第14章 ── 第10話

 工房の表に出てくると、工房前の広場にドワーフたちが円陣を組んでいた。


 円陣のドワーフたちは声援を円の中心に向けて叫んだり、ワイワイ喋ったりとやたら騒がしい。酒樽まで運び出して酒宴のような事をしているものもいる。

 その円陣の中心に、鎧姿のマストールとマリスが相対して立っている。


「まだ始まってないけど、すでにお祭り騒ぎだね」

「ドワーフは何かあると、すぐに祭りにしてしまうんだ。私はこういう雰囲気は嫌いじゃない」


 トリシアもニヤニヤしながら遠目にマリスたちを見ている。


「大丈夫かなぁ?」

「まあ平気だろう」


 見ていると、マストールが武器をドスンと地面に置き、マリスに一礼する。


「なんじゃ。礼儀がなっておらんな。試合の前に礼もできんのか!」


 マストールは顔を上げると、構えたままのマリスにそう言葉を掛けた。


「れ、礼儀じゃと!? 我はオリハルコンの冒険者じゃ! 礼儀はわきまえておる!」


 そういうと、マリスも武器を地面に突き立てた後に一礼をマストールに送る。


「そう、それで良いのじゃ。それでこそオリハルコンというもの。ちっこいの、見込みがあるぞい」


 礼を終えたマリスが、その言葉にニンマリする。


「当然じゃぞ。ようやくトリシアと肩を並べたのじゃからな! ケントに追いつくのももう直ぐじゃ!」

げんや良し。だが、実力が伴わければ意味はなし。見せてもらうぞ」

「掛かってくるのじゃ!」


 両者が再び武器を構えた。


 その途端、周囲の喧騒が静まった。


 いよいよ始まるマストールとマリスの模擬戦の緊張感が周囲を一瞬で黙らせたということだろう。

 アースラの居合いの時の緊張感にも似ているが、それとはまた別の高揚感に似たものも感じる。


「伸びよ刃! 盾よ! 鎧よ!」


 マリスが立て続けにコマンドワードを唱える。

 言葉と同時に剣と盾、鎧が白い光に包まれる。


「ほほう。これほどの武具か。ケントの腕前も見られるとはな、重畳ちょうじょうじゃ。では、参る……」


 マストールがスレッジハンマーのヘッド部分を前に、そして下段に構える。柄のヘッド近くに左手を添えた不思議な構えだ。


「土竜閃鋭突」


 スキル名を言った瞬間、ハンマーヘッドがマリスの立っている地面にものすごいスピードで飛んでいき地面をえぐり、噴煙を巻き上げる。まるで地面が火山噴火でふっとんだような凄まじい突き技だ。

 もうもうと上がる土埃がマリスの身体を包み込み、姿を見えなくする。


「タクティカル・ムーブ! ソード・ランチャー!」


 土埃の中からスキルを使うマリスの声が聞こえ、光の刃を備えたショート・ソードがいくつも飛び出してきた。


 無数のショート・ソードがマストールに襲いかかる。


 すご! 剣が分身!? しかも空飛んできた!


「なんの! 車輪防御槌!」


 マストールはスレッジハンマーをまるでプロペラのようにクルクルと回す。すると青い光の盾のようなものが、円形に現れて、飛んできた光の小剣を弾き返していく。


 地面に落ちたショート・ソードは地面に落ちると共に消えてしまった。


 土埃が収まり始め、マリスの姿が見えてきた。


「マストール爺、やるのう」

「ふ。ワシはこんなものじゃないぞい。ちっこいの、全力を出さねば負けるぞい?」

「マリストリアじゃ! ケントやトリシアたちはマリスと呼ぶがの」


「破砕光陣・天の構え……」


 さっきの構えの逆で上段の構えだが、やはりハンマーヘッド付近に左手を添える感じだ。そういう流派なのかも。


 マストールが構えると共に、マリスの顔色が変わった。じっとりとした冷や汗を掻き始めている。


「マリスとやら……避けぬと死ぬぞ」

「避けたら我の名折れじゃ…… 我はケントの盾じゃぞ! この一撃耐えてみせるのじゃ」


 マリスはミスリルのタワー・シールドを前面に押出し、片足を後方にガッシリと踏ん張った。


 マリスはマストールの一撃を受け止めるつもりのようだ。


「覚悟を決めたようじゃな。では、参ろう。我が渾身の力を込めて……」


 マストールの周囲の空気密度が突然高くなったようだ……凄まじい気が集まりだす。

 それと共に、スレッジハンマーのヘッド部分が微かに光り出す。


「いくぞ! 破砕閃光波状突!」


 スレッジハンマーのヘッド部分が無数に分裂したように見えたが、それと同時に周囲を閃光のような光が包み込む。


 あまりの眩しさに俺は目を閉じてしまう。


──ズゴゴゴーン!


 ものすごい轟音が周囲を包み込む。

 慌てて目を開けると、先程のような土埃が舞い上がり、戦っている二人をも包み込んでしまっていた。


 土埃の中から半壊したミスリルのタワー・シールドが凄いスピードですっとんで工房の壁を貫いて行った。


「マ、マリス!?」


 俺は土埃に目を凝らしてマリスの無事を確かめようとした。


「ケント、大丈夫だ。見ろ!」


 土埃が薄れ始め、二人の姿が見え隠れしている。


 そこには、鎧が弾け飛び、半ドラゴン化したマリスが頭上で両手をクロスしてマストールのスレッジハンマーを受け止める姿があった。


「ぬう!? ただのチビ助ではなかったか……!?」

「ガルルル。どのような攻撃も我は受け止めねばならぬのじゃ! 絶対に負けぬのじゃ!」


 周囲のドワーフたちが、心底驚いたように「おお!?」と声を上げている。


「貴様……ドラゴンか……」

「我はニズヘルグの末裔にしてケントの盾じゃ!」


 マストールがスレッジハンマーを引く。


「辞めじゃ……このまま続けてもワシには勝てぬじゃろう」

「なんじゃ? 負けを認めるのかや?」

「ワシは、ドラゴンとはもう戦わんと決めておる。負けで良い」

「ちょっと拍子抜けじゃが、我にこの姿を晒させるとは、マストール爺はやるのう」


 マリスが力を抜き、スルスルと元の可愛いマリスの姿に戻っていく。


「ワシの渾身の一撃が簡単に防がれるとは……やはりドラゴンは別格じゃな」


 マリスが、ほぼ素っ裸な状態で胸をそらせた。


「当然じゃ! ケントの盾として、防御力で世界一を目指すのじゃからの!」


 俺は固まったままのドワーフたちを押しのけてマリスの元に駆けつける。


「まったく、ヒヤヒヤしたよ。良くアレを受け止めたな」

「どうじゃ!? 凄かろう?」


 エッヘンと平らな胸を反らして鼻を鳴らすマリスに毛布を掛けて素肌を隠してやる。


「やれやれ……鎧の改造しておいて良かったよ。でも盾は作り直しかなぁ?」


 盾が飛んでいった方向を見れば、工房の壁の一部に大きな穴があいてしまっている。


「盾はもうダメかや? うむう。折角ケントが作ってくれたのにのう……ごめんなのじゃ」

「いや、防具なんかはまた作ればいいし、問題ないよ。でも、あの姿を他人に晒すのはあまり良くないかも……」


 周囲のドワーフは未だに身動きすら出来ない状態にある。


「そうじゃな。これからは気をつけるのじゃ。許してたも」


 マストールが近づいてきた。


「盾は惜しいことをしたな。後で修理してやるから心配するな」

「出来るのかや?」

「当然じゃ! ワシがやればな!」

「頼むのじゃ」

「うむ。頼まれたぞ、マリスとやら」


 マストールはマリスがドラゴンだと判明したにも関わらず、態度に何ら変化は見られない。


「マストールはあんまり驚いていないね」

「ん? 驚いておるぞ? だが……邪竜ではあるまい。目を見れば一目瞭然じゃからな」


 髭だらけの口を歪ませてマストールが笑う。


「当然じゃ! オリハルコンの冒険者じゃからな。邪悪なぞと扱われては名折れじゃ」


 マリスは自分の無限鞄ホールディング・バッグから着替えを取り出して着始めている。


「どうだ、マストール。ウチの前衛は?」


 ようやく近づいてきたトリシアがマストールに声を掛けた。


「良い性根を持っておる。前衛の気構えは十分じゃな。後が楽しみじゃろうて」

「マリスの前衛は、お前と同じほどに安心感があるんだよ」

「そうじゃろう。打ち砕かれぬという心意気はワシなどより上じゃよ」


 どうもマストールはマリスの腕試しをしたという事みたいだ。


「ワシの弟子と戦友を預けるに値する腕前じゃ」


 おー、マリスが認められたぞ。


 マリスを見ると、ズボンを履こうと足を突っ込んで失敗している。後ろにコロンと転がってしまい、ジタバタしていた。

 手を貸して起き上がらせ、ズボンを履かせてやる。


「ふいー。片方に両脚を入れてしまったのじゃ。失敗失敗……」

「マストールに認められたみたいだけど?」

「ん? 何のことじゃ?」


 マリスは相変わらずの我が道を征くといった感じだな。


「何か大きくならなかったか?」

「トリ・エンティルさまのお仲間だぞ? 魔法に決まってる」

「なるほどなー」


 周囲のドワーフからはそんな感じの納得話が聞こえてくる。バレたら大騒ぎだけど魔法の世界だと何でもアリかよ。


 しかし、マストールの攻撃は凄まじかった。俺は大マップ画面の検索機能でマストールのレベルを確かめてみた。


『マストール・ハンマー

 職業:聖騎士パラディン

 レベル:四五

 脅威度:小

 ファルエンケールに住む戦う鍛冶屋。その鍛冶の腕と戦闘能力は折り紙付き』


 げ。レベルがマリスより高いわ。爺さん、元気なはずだよ。ということは、以前のトリシアより強かったってことかよ。

 伝説の冒険者チームは恐ろしいな。シャーリーもMPがチート状態だったようだし、この分だとギルド本部のハイヤヌスも凄いのかもしれない。


「マストールって凄ぇ強ぇじゃん」


 トリシアに声を掛けると、トリシアが不思議そうに振り返った。


「知らなかったのか? 以前は、私なんかより遥かに強かったんだ」

「でも、伝説になったのはトリシアだね」

「マストールは前に出たがらないタチでな。それで私がリーダーだったから、いつの間にか私が伝説扱いされたってだけだ」


 ふーん。もしかすると世の中にはもっと隠れた達人とかいるかも知れないな。そういう人たちを探し出す旅というのも面白いかも。

 俺はマリスの鎧の着付けを手伝いながら、そんな冒険を夢想していた。

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