第14章 ── 第9話

 俺は女王にトリエンの開発計画を説明する。

 安全保障の面なども含め、この開発計画のメリットを例に上げ、熱心にプレゼンを行った。


「なるほど……それは今までにない話ですね。その協力をファルエンケールに求めると」

「はい。この計画には王国のみならず、ブレンダ帝国も絡んできます。また、陛下には良く思われないかもしれませんが、ゴブリンの王とも協力関係を築くつもりです」

「先程の報告にあった魔族の言動……それをケント殿はどう思われますか?」


 女王が妙な事を言う。


「あれは多分、妖精族が作り出す魔法金属が狙いなのではないかと推察します。そういう脅威が再び現れる事も考えますと、安全保障におけるゴーレム部隊の役割は大変重要になると思いますが」


 女王が少々考えるような表情をする。


「魔族の狙いはそれではないでしょう」

「と、言いますと?」

「タクヤの遺物……私はそう思います」

「え!? タクヤの遺物は墓の中ではないのですか!?」


 女王が小さく頷く。


「なるほど……奴ら、そんな情報を掴んでいたのか……」

「それが魔族の手に落ちれば、世界に大いなる危機が訪れましょう」

「それは何としても阻止したいですね……その為にもご協力頂きたいのですが……」


 女王が俺の目をしっかりと見つめてくる。


「私は、貴方の願いを全て受け入れると決めてありました。これは初めて出会った時からのものです」


 その言葉に俺は戸惑う。


「貴方が望むならば、それら遺物を貴方に託すこともいといません」

「ドーンヴァースのアイテムはこの世界には確かに危険ですが……」

「貴方の元にある方が安全だと思います」


 そういう考えもあるか。確かにこの世界において、神やドラゴン、魔族以外では俺のレベルにあらがえる存在は少ないだろうし……


「そ、そうですね。安全を考えるなら、俺のインベントリ・バッグに入れてしまえば、奪い取ることはほぼ不可能ですね」

「ならば、そうしましょう。先程のミスリル等の話については全面的に協力します。ハンマー家に協力させましょう」

「あ、ありがとうございます! 細かい打ち合わせはマストールとすればよろしいんでしょうか?」


 女王は静かに頷く。


「ケント殿なら遺物を悪いようにしないと信じています」

「もちろんです。どうにもならなくなったら、神界の神に預けてしまうという手もありますしね」


 女王がニッコリと笑う。


「それは安全ですね。いざとなったらそのように取り計らって頂けますね?」

「賜りました。命に替えましても」


 俺は深く頭を下げる。


「本日は実のある話ができて、私は大変うれしく思います」

「俺も同じです。妖精族と協力が出来れば、どのような脅威も怖くありません」

「ふふふ。こちらこそケント殿の庇護が受けられ重畳ちょうじょうというものかもしれませんよ」


 女王が鈴のように笑う。


「明日、また園遊会を開きたいと思います。出席して頂けますね?」

「御意」


 こうして、女王との会見は終わった。

 城を出てあの宿屋を目指す。何故かマルレニシアも一緒に着いてきた。


「あれ? 駐屯地に戻らなくていいの?」

「わ、私はケントさんの護衛です!」


 少々顔を赤らめるマルレニシアは結構可愛い。


「スヴァルツァ団長、私がいれば何の問題もないはずだが?」


 悪戯小僧的な声色でトリシアが言う。


「そ、そんな……」

「ははは! ま、しっかり護衛してくれ」

「と、当然です!」


 例の宿屋に到着してチェックインする。

 前回泊まった部屋に俺とハリス。あと一つ同規模の部屋を取り、トリシア、マリス、アナベルが泊まる事になった。


「それで、ケントさん。今日のご予定は?」


 マルレニシアが俺の部屋まで着いてきて、そんな質問をしてきた。


「そうだね。マストールに会いに行くかな。お邪魔じゃなかったら、その後に駐屯地に顔を出してもいいかな?」

「だ、大歓迎です! では早速準備を致しますので、私はこれで」


 マルレニシアが嬉しげに部屋を出ていった。


「モテモテ……だな」

「そうなのか? ま、まあ、そうだったら嬉しいけどな」

「全く……ケントは……何だったか……ボク人参……か?」


 ボク人参? 何のことだ?


「俺は……先に……駐屯地に顔を出すつもりだ……」

「そう? んじゃ、マストールの案件終わったら向かうよ」

「了解だ……」


 みんなで宿を出て、それぞれの目的地に向かう。

 アナベルはハリスと共に駐屯地へ向かうようだ。

 マリスとトリシアは俺と一緒にマストールの工房に行くという。


「義手も点検してもらうからな」

「トリシアの仲間のドワーフを見てみたいのじゃ!」


 トリシアの義手はマストールのお手製だから納得するけど、マリスのはどうなんだろう? やっぱりトリシアの冒険譚に出てくるドワーフだから興味あるのかもね。


 以前、マストールと歩いた道だから迷うこと無くハンマー家の第一工房に到着する。


 忙しそうに工房内を行き来するドワーフの一人に声を掛けてみる。


「あのー、マストールいます?」

「え? 親方? 最近はご自分の工房に籠もりっきりでさ」

「地下の?」

「左様で。ご用なら直接行って下さい。最近、親方は邪魔するとおっかなくて……」


 そういうとドワーフは足早に行ってしまう。


「おっかないの?」

「何かに熱中しているマストールは邪魔を嫌うんだ」


 ふむ。何に熱中してるんだろね?


「面白いのう。我と背丈は変わらんのう」


 マリスは行き来するドワーフたちを興味深そうに見ていた。


「マリス、行くよ」

「おう! なのじゃ!」


 歩き出した俺たちの後ろをマリスがスキップしながら着いてくる。


 工房の中はフル稼働といった感じで、一階にいくつもある溶鉱炉でスプリガンとドワーフたちがミスリルの製造を行っている。

 スプリガンとドワーフは見た目ソックリだが、スプリガンは少々ずんぐりしていて、髭が薄いのでなんとなく判る。


「こっちだ」


 以前来た時に降りた地下への階段を降りる。

 階段下の扉の前まで来ると、中からトンカントンカンと槌を打ち下ろす音が聞こえている。


 ノックをしてみるが、反応がない。槌を打ち下ろす音だけが続いている。

 しょうがないので、俺は扉を開けることにした。


「お邪魔しますよー」

「うるさいな! 誰じゃ!」


 不機嫌なマストールの声が聞こえてくる。


「誰じゃとは誰じゃ! 名を聞きたくば、先に名乗るのが礼儀というものじゃぞ!」


 のじゃ口調の応酬が始まる。


「なんじゃと!? ワシはマストール・ハンマーじゃ! 知らんわけあるまい!」


 槌を打ち下ろしながらこちらも見ずにマストールががなる。


「マストールじゃな! 我はマリストリアじゃ! 以後よろしゅう頼むのじゃ!」


 そのやり取りに俺は吹き出した。


「ぶっ! マストールも結構律儀なんだね」

「確かにな」


 俺の感想にトリシアも笑っている。


「ん? その声は……」


 おもむろに槌を振るう手を止めてマストールが振り返る。


「おお! ケントではないか! 久しいの。なんじゃ、バカシアも一緒か。ん? そっちのちっこいのは誰じゃ?」

「誰じゃなかろう! さっきマリストリアと名乗ったじゃろが!」

「ん? そうだったか? まあ、何でもよいわ」

「何でもじゃと! このヒゲモジャの筋肉爺め!」


 俺はマリスを後ろから抑える。


「まあまあ、静かにしろよ」

「むう。ケントがそういうなら仕方ないのう」


 ようやくマリスが落ち着く。


「で、今日は何の用じゃ?」

「女王には許可を貰ったんだけど、ミスリルのインゴットを仕入れに来たんだよ」

「なんじゃ、そんな事か。そこらに転がっとるじゃろ。自由にもってけ」

「いやぁ……そんな簡単な量じゃなくてね」


 マストールが怪訝な顔になる。


「どの程度じゃ?」

「そうだなぁ……この工房の中に敷き詰められるくらいかな? 最低でも五〇トンほど」


 マストールが目を丸くする。


「そ、そんなにか!? 何に使うつもりじゃ?」

「ゴーレムを大量に作るつもりなんだよ」

「ゴーレムじゃと?」


 マストールがそう言うと、フェンリルに目を向けた。


「それはオヌシが作ったのか?」

「あ、うん。そうだよ。シャーリーの工房は知ってるでしょ?」

「ああ、ワシら一族が作ったからな。ちょっとそれ見せてみろ」


 マストールがフェンリルに近づいてくる。


「見せてやってくれる?」


 俺はマリスに許可を求める。


「仕方ないのう。壊すでないぞ?」

「壊すものか。どれどれ……」


 マストールはフェンリルを色々と調べ始める。


 大分熱心にしらべているね。俺の稚拙な鍛冶の腕を貶されそうで怖いね。


「ふむ。ケントよ、なかなか腕を上げておるな。そのまま精進せい。ワシの弟子なのじゃからな」


 どうやら合格点らしい。俺はホッと胸を撫で下ろす。


「そっちのちっこいヤツの鎧と武器もケントのか?」

「あ、そうだよ。魔法の付与も含めて自分でやってみた。どうかな?」

「やるな。このちっこいのにピッタリに作ってあるようじゃ」

「さっきからちっこいのちっこいのと……お主も小さかろうが!」


 小さい小さい言われ続けてチームに入れてもらえなかったマリスとしては、侮辱されたと思ったのかもしれない。


「なんじゃと!? ちっこいからちっこいと言っておるのじゃ! それとドワーフはちっこいのが普通じゃ!」


 あー、なんか同レベルの言い合い始まったー。


「やるか!?」

「やるのじゃ!」


 何をするつもりか。


「あれ、止めるべき?」


 俺は少々心配になりトリシアに振り向く。


「いや、ほっとけ……というか、少々面白い」


 トリシアがニヤリと笑う。


 マストールが鎧を着始め、巨大なスレッジハンマーを取り出す。


「勝負は一回。先に大きな損傷を与えた方が勝ちじゃ」

「望むところじゃ! フェンリル! 見守っておれ!」

「ウォン……」


 フェンリルも少々心配そうな声を上げる。


 二人は意気揚々と階段を駆け上がっていく。


「ほんとに大丈夫かなぁ……マリスは昔のトリシアよりもレベル高いんだぜ?」

「マストールも結構な腕前だ。問題あるまい」


 トリシアと俺は、二人を追って階段を上がった。

 まったく、腕試しがみんな好きだなぁ。これも冒険者の特性なのかな?

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