第14章 ── 第8話

 シャリア率いる偵察部隊の面々とファルエンケールの西門を見下ろす丘の上に到着する。

 見る限り久々のファルエンケールに変わりはないようだ。


「まだ一ヶ月程度だというのに、妙に懐かしく感じるな」


 トリシアが都市を見下ろしながら感慨深そうだ。


「ほー。これが噂のエルフの里かや? キラキラなのじゃ」

「はふー。宝石みたいなのです」


 俺はみんなの意見に頷く。


「相変わらず綺麗な街だよな」


 いつも表情の起伏が乏しいハリスだが、口角が少しだけ上がっている。


「ここから……俺の人生は……変わった……」


 仲間の裏切りやあこがれの冒険者との出会いなど、ハリスには思い出深い都市だしな。俺もこの街には好印象しか無いしねー。


「さあ、行こうか」


俺の号令とともに、ファルエンケールに近づいていく。


 俺を先頭に銀の馬の集団と徒歩の斥候部隊が門に近づいていく。門を守護する遊撃兵団の警備兵がそれを見て慌ただしく動き出す。


 以前、訪れた時は徒歩だったからあまり警戒はされなかったけど、今回は騎乗ゴーレム四体だし、相当目立つからね。


「と、とまれー!」


 槍を構えた警備兵が大きな声を上げる。

 俺たちは素直にゴーレムを停止させるが、警備兵の言葉にシャリアが激高し始める。


「無礼な! トリ・エンティル様とワイバーン・スレイヤーの方々に失礼であろう!!」


 シャリアが猛烈な怒声を発すると、警備兵たちがビビったように槍を揺らした。


「メ、メルアレス隊長!?」

「馬鹿者! 槍を下げよ!」

「あ! 団長閣下だ!」


 トリシアに気づいた警備兵が慌てたように直立不動で敬礼をした。


「元なんだがな……兵団員諸君、ご苦労!」


 俺の後ろからトリシアのささやくようなボヤキと、慰労する大声が飛ぶ。


 大丈夫そうなので歩を進める。


「お勤めご苦労さま」


 俺は笑顔で警備兵に声を掛ける。


「おお……ワイバーン・スレイヤーさまだ」

「ワイバーン・スレイヤーさまがご帰還なされた」


 警備兵の小声を聞き耳スキルが拾ってくるのが、何ともこそばゆい。

 というかご帰還って、エルフたち的には俺のホームタウン扱いなの?


「このまま城に顔を出そうと思うんだが、シャリア隊長、マルレニシアも呼んでもらえるかな?」

「ご下命かめい承りました!」


 シャリアは部下たちを連れて駐屯地方向へ疾走していく。行動が早い。

 ファルエンケールまでの道中もそうだが、シャリアは異様に俺を崇拝しているっぽいんだよ。何でなんだろね? トリシアを崇拝するなら判るんだが。


 俺たちはゆっくりと都市内を移動して城へと向かう。


 木の上のデッキや道を行く妖精族たちが目を丸くして俺たちの行軍を眺めている。


「あ! 飛竜殺しの兄ちゃんだ!」

「トリ・エンティルさまも一緒だぞ!?」


 木の上から子どもたちの声が聞こえてきた。見上げると、デッキの手摺りに鈴なりに子どもたちの顔が並んでいた。


 俺はファルエンケールの旅立ちの時のように軽く手を振ってやる。子どもたちが満面の笑みで千切れんばかりに手を振り返してきた。


「可愛いのです!」

「うむ。なかなか気分がいいのじゃ。一人持って返ってよいか?」

「ダメ」

「ケントはケチじゃのう」


 ダメに決まってるだろ。人さらいになる気か。


 城へ続く橋の手前の警備兵が、緩み無く敬礼で出迎えてくれる。


 城の入り口で馬から降りる。


「スレイプニル、邪魔にならない所で待機」


 俺の命令でスレイプニルが城壁の隅に静かに移動する。白銀とダルク・エンティルがそれにならう。


 フェンリルはマリスの横にいて動かない。

 俺がダイア・ウルフを配下にいれた事を報告する際の説明に自分が必要になるとフェンリルは判断したんだろう。なかなかに賢い。


 城の入り口が開くと、そこにはトンガリ帽子の幼女……もとい、ミルレアル・プリアスが立っていた。


「久々でございます。ワイバーン・スレイヤーのお二人と元団長殿」


 見た目幼女なのにうやうやしくお辞儀する様は学芸会の出し物のようだ。


「久しぶりです、文官殿。陛下にご挨拶したく登城しました。お取次ぎをお願いできますか?」

「はっ、遠見の呪者の報告により、既に謁見の間にてお待ちでございます」


 遠見の呪者って何だっけ?


「お供致します。追ってマルレニシア・スヴァルツァも顔を出す事になっておりますので」

「ありがとう」


 ミルレに連れられ、謁見の間へと向かう。謁見の間はかなり奥にあるから結構歩くんだよね?


「ワイバーン・スレイヤーの御一行をご案内致しました!」


 謁見の間の大きな扉を警備兵が開くと、ミルレが大きな声を発して中に入っていく。


 謁見の間は外が透けて見える技工が施されていて相変わらず壮大な眺めだ。

 玉座にはファルエンケール女王ケセルシルヴァ・クラリオン・ド・ラ・ファルエンケールと、侍女たちがいた。

 今日は評議員たちはいないようだ。


 俺たちは女王の前まで歩いていき、ひざまずいた。


「お久しぶりで御座います、陛下」


「そなたたちの顔を再び見られて嬉しく思いますよ。人数が幾分増えているようですね?」


 女王の澄んだ声は相変わらず美しく、謁見の間を満たす。


「はい。旅の道中に仲間になったものがおりますので」

「トリシアが追っていってビックリしたでしょう」

「はい。ビックリというか何というか。団長らしいなと思ったのが正直な感想ですが」


「ふふふ。トリシアは貴方の腕に惚れ込んでしまいましたからね。私も制止などできませんでした」

「俺としましては、彼女がいてくれて助かっています。派遣くださりありがとうございます」

「お陰で更なるレベルアップを成し遂げましたよ、陛下」


 俺の横でトリシアがニヤリと笑う。


「流石ですね」

「ではご挨拶はこのくらいで……色々と報告と相談したい事があります」


 俺は単刀直入に本題に入ろうとする。


──バーン!


 入り口が大きな音を立てて開いた。

 振り返ると、そこには少々立派な銀の鎧を着たマルレニシアが立っていた。


「ケントさん! お帰りなさい!」


 疾走に近いスピードでマルレニシアが走ってきた。


「スヴァルツァ団長、陛下の御前だぞ?」


 トリシアが面白げな声を上げる。


「はっ!? し、失礼致しました、女王陛下!」


 マルレニシアが慌ててひざまずくのが見える。


「構いません、スヴァルツァ団長。さ、もっと近くに」


 なんか女王の声も可笑しそうだ。ミルレが必死に笑いを堪えていて顔が真っ赤だ。

 俺の横までマルレニシアがやってきて、女王へ再びひざまずく。


「マルレニシア隊長はもっとお淑やかな印象だったけど、団長になって変わった感じ?」


 俺が冗談ぽくマルレニシアに言うと、彼女の顔は茹でダコのように真っ赤になってしまった。


「ご、ごめんなさい。いらっしゃったと聞いて急いできたものだから……」

「元気なマルレニシアも面白くて好きだよ」


 俺は何気なく言ったのだが、マルレニシアは頭から湯気が出るほど赤くなり、激しい動揺を見せた。


「あれがケントの手管てくだかの?」

「あれ、自覚ないだろ?」

「ラーシャさまが舞を踊っているのです!」


 トリシアとマリスとアナベルが何か言っている。何のことかサッパリわからんのだが。

 ハリスはというと、肩が凄い速度で揺れているんだが、体調でも悪いのか?


「では、顔も揃ったこと、報告と相談とやらをお聞かせなさい」


 女王の言葉に俺は頷いた。


「ではまずはご報告から」


 俺はそう言うと、ファルエンケールから旅立った後に起こった出来事などを報告した。

 トリエンにおける男爵の事件、帝国による侵攻、王国の爵位を叙爵じょしゃくした事、帝国への遠征、魔族討伐などなど。


「なるほど、ケント殿は王国貴族になられたか。それでは、この会見は外交交渉の一環いっかんとも取れるでしょうね」

「は、そう捉えてもらっても構いません。一応、オーファンラント国王の親書も預かってきておりますので」


 俺はインベントリ・バッグからリカルド国王の親書を取り出す。ミルレがその親書を俺から受け取り、女王の元へと運んだ。


「後に目を通させて頂きますよ」

「よろしくお願いします」


 俺は更に続ける。


「これは陛下というよりも団長に報告なのですが」

「私に!?」


 マルレニシアが素っ頓狂な声を上げる。


「最近、ダイア・ウルフの目撃例が多くなって警備を強化していると聞いてるんだけど」

「そうです! ケントさんはご存知なのですね!」

「その事で報告させてもらうよ」

「ウォン」


 俺らの後ろに控えていたフェンリルが小さく吠えた。


「凄いゴーレムですね」

「はい。俺が作ったマリストリア用の騎乗ゴーレムなのですが……」


 帝国でネームド・モンスターのダイア・ウルフであるブラック・ファングに出会い、フェンリルが配下に置いたこと、ファング麾下きかの全ダイア・ウルフが王国の俺の領地に移住してきた事など、更に、彼らを早期警戒部隊として使役してることも付け加えて説明する。


「という次第でして、最近目撃されるダイア・ウルフに危険はないと思います」

「なんと……魔獣を支配下に……凄まじいことですね」


 さすがの女王も驚きを隠せないようだ。マルレニシアに至っては口をパクパクするばかり。


「さすがワイバーン・スレイヤー……いや、これからはデモン・スレイヤーと呼びましょう。そなたたちのような勇猛な者と出会えた事を神に感謝します」

「神なら屋敷に二柱もおるしのう。直接感謝すると喜びそうじゃが」


 その言葉に女王が可愛く首を傾げた。


「ケントさんは英雄神アースラさまの弟子ですから! マリオンさまの弟弟子おとうとでしでもありますもんね!」


 アナベルは神の話になると得意そうになるんだよなぁ……吹聴されると困った事になる気がするんだけどねぇ。


「なんと……やはりケント殿はそのような存在であったのですね」

「いやー、たまたまですよ。あまり買いかぶられても困ります」


 女王は静かに頷くとトリシアに視線をやる。


「トリシア、ケント殿に良く仕えるのですよ」

「陛下が何と言おうと、ケントから離れる気はありませんよ」


 トリシアが胸を張ってドンと拳で叩いた。

 彼女も冒険スキーだし頼りになるからいいんだけど、妙に積極アピールが多いんだよね。でも中身が悪ガキ。


「団長、羨ましすぎます……」


 マルレニシアがボソリと言う。


「ははは、済まんな。本当ならお前が着いてきたかったのは知っていたが、職権を行使させてもらった。それと今は元団長だ、今はお前が団長だからな」

「解っています。今、団長候補を鍛えてますから!」


 その言葉にトリシアがニヤリと笑った。


「あんな事言ってますけど、陛下」


 そうトリシアに言われて、女王が苦笑する。


「このままだと、みんなケント殿のところに行ってしまいそうです」

「何のことです? 妖精族が森を出て、トリエンに来るんですか?」


 俺の言葉に女王はトリシアとマルレニシアを交互に見る。


「二人とも苦労しそうですね」

「全くです」

「え? え?」


 トリシアは深くため息をき、マルレニシアはキョロキョロと女王とトリシアを見ている。

 解るぞ、マルレニシア。俺も話の意味が全くワカラン。


「さて、ご報告の次なのですが、ご相談したい儀が御座います」


 俺は今回の来訪の本題を切り出すことにした。

 トリエン地方経済圏計画を誠心誠意説明して納得して、協力してもらいたいと思う。断られると目も当てられない事になるから、ここからは真面目モードでいくぞ。

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