第14章 ── 第7話

 森林に入って一時間ほど奥へと進んだ時、フェンリルが小さく吠えた。


 俺は手を上げてみんなを停めた。


「これから、フェンリルの新しい部下が挨拶に来るよ」

「ワクワクじゃな!」

「ほう。面白そうだな」

「フェンリルさんの部下なんです?」


 そんな話をしていると、奥から大きな青黒い巨体が数体現れた。


 その姿を見て、俺は目を疑う。


「ちょ、ま……あれ、ダイア・ウルフじゃないよ!」


 そこには、軽トラックほどあろうか、巨大な熊が五頭もいた。


 ダイア・ベア。ダイア・ウルフと同じ魔獣一種だが、その凶悪さはダイア・ウルフの比ではない。知能も高く、その膂力りょりょくは哺乳類最強だと思われる。哺乳類じゃなく魔獣なのだが。


「おー。熊じゃな!」


 フェンリルに乗ったマリスは現れたダイア・ベアの周囲を走り回っている。


 ダイア・ベアは顔を静かに伏せ、服従のポーズを取った。


「ブラック・ファングはやるなぁ。ダイア・ベアまで従えたようだ」


 トリシアが物珍しそうに巨大な熊を眺めている。


「これは……ビックリだな……」


 ハリスも驚いている。当然だ。ダイア・ベアは結構なレア・モンスターで通常見ることはない。ドーンヴァースの機能、モンスター・エンサイクロペディアに載せるのに苦労するというネットの書き込みが出るほどだからだ。ちなみに、俺のエンサイクロペディアには掲載できなかった。


「森の熊さん。おっきいですね!」


 熊さんってレベルのモンスターじゃないんだがな……どうやって配下においたんだろ? レベルが三五くらいあるはずだし……数で押したのかも。


「我がフェンリルの主人のマリストリアじゃ! 以後、よろしく頼むのじゃ!」


 フェンリルから降りたマリスが、ダイア・ベアの前に立って、先頭の熊の頭をポフポフと叩いている。


 超レア・モンスターを前に、俺も触りたくなってマリスの横まで行く。


「ウォウ!」


 ダイア・ベアが突然立ち上がった。


「ウォヴォォ!」


 前足による攻撃が俺を襲う。


 うわー。爪がものすげぇ!


 俺は飛んできた爪をガシッと掴み、まじまじと見つめた。


「こりゃー、殴られたら普通に死ぬね」


 ギリギリとダイア・ベアが力を入れるが、俺の腕力はその数倍あるのでビクともしない。


 ダイア・ベアの顔色は判別しずらいが、その目には恐怖と畏怖が浮かんでいるのは判った。


 ダイア・ベアが力を抜いて伏せるポーズを取った。


「すげー爪だよ。さすがダイア・ベアだよ」


 俺は後ろを振り返って皆をみた。


 皆は武器に手を掛けた状態でポカーンとした顔になってた。


 マリスだけが普通だ。


「ケントにオイタはダメなのじゃぞ。メッ!」


 ポカリとダイア・ベアの頭を叩いた。


「ウォウ……」


 ダイア・ベアが反省したような声を上げた。


「ま、熊は普通、臆病だからね。突然近づいた俺が悪いんだよ」


 そう言って俺はマリスをいさめる。


「ブラック・ファングから聞いてると思うけど、人間は襲ってはダメだぞ。あ、危害を加えられそうなら、やっちゃって良し」


 そう言って俺は頭を撫でてやるが、今度は受け入れてくれたようだ。


「ウォウオウ」

「俺、熊ってクマクマ鳴くって聞いたんだけど、違うね」

「なんじゃそれ? 熊はガオーじゃぞ?」

「オウオウ鳴いてるが?」

「そうじゃな? 変なのじゃ」


 ダイア・ベアの挨拶が終わり、彼らは森内の早期警戒任務に戻っていった。


 俺たちは騎乗ゴーレムに搭乗し先を進む。

 以前なら迷って大変な事になるところだが、大マップ画面もあるし、トリシアもいるので何の問題もない。


 夜になり手近な水場付近を確保し野営をする。


 今日は森の中なので火を使う料理は困りそうだから海鮮丼にする。ご飯はトリエンで炊き上げてインベントリ・バッグに保管していたので炊きたての状態だ。


 酢飯を作り、刺し身を切り出したり、わさびを摩り下ろす。


「今日は海鮮丼~」

「おー、生魚丼じゃな!」


 変な覚え方するなよ。


「海鮮丼だよ。魚だけじゃなく、ホタテもイカもカニも入ってるだろ」

「魚じゃろ」

「この前食べた時は躊躇したが、これは相当美味いからな。お替りさせてもらうぞ?」

「いっぱいあるから問題なし」


 トリシアの宣言に応える。ネタは大量にあるし、ご飯も結構炊いてきたからね。


「今日もプチプチのコレから食べるのですよ」


 アナベルはイクラが好きらしい。前はイクラ軍艦を食べて騒いでたもんな。


「魚を生で食べたら……死ぬと教わったが……これは別……だ」


 ハリスも海鮮丼に嬉しそうだ。


 食事後、みんな早々に寝袋に入った。


 ダイア・ウルフたちの早期警戒網がある為、野営での警戒が必要ないからだ。


 俺はというと、トリエンで補充した牛一頭分の肉を肩に担いで、森の奥にフェンリルと入っていく。


「これは、警戒部隊へのお礼だよ」

「ウォン」


 俺の言葉にフェンリルが小さく吠えて頭を下げる。


 しばらく奥に入ると、ダイア・ベアとダイア・ウルフが二頭ずつ現れた。


「任務ご苦労。これはお礼だ。みんなで分けてくれ」


 ドスンと巨大な牛肉の塊を地面に置くと、ダイア・ウルフが嬉しげに俺に近づいてきて頭を俺の太ももにこすり付けていった。


 さて、俺も寝なきゃな。


「それじゃ、後はよろしくね」


 俺が手を振ると、ダイア・ウルフの一匹が頭を縦に振って、肉にかぶりついた。


 ちゃんと分けろよ。



 次の日になり、さらに森を進む。このペースだと昼頃にはファルエンケールの西門に到着しそうだな。


 ファルエンケールに近づくに連れ、周囲に人の気配を感じるのに気づいた。

 姿は見えないが、確かにいるようだ。


 俺は大マップを開いて、周囲を確認する。

 白い光点が、森の中にいくつもある。


 一つをクリックすると情報が表示される。


『プリス・マーモセット

 職業:レンジャー

 レベル:一四

 脅威度:なし

 ファルエンケールの遊撃兵団偵察隊所属の女性隊員』


 なるほど、エルフの斥候部隊か。偵察隊所属だとすると、マルレニシアの部下だな。


 俺はみんなに合図して、行軍のスピードを緩める。


 しばらくゆっくりと進むと、数人のエルフが俺たちの前方に現れた。


「冒険者の集団とお見受けする!」


 銀色の鎧を来た女性のエルフが大きな声で話掛けてきた。


「いや、どっちかというと外交使節だね」


 俺の返事に女性のエルフが首を傾げた。


「た、隊長……あれは……ワイバーン・スレイヤーさまです!」


 女性エルフの後ろの一人が声を上げた。そのエルフの顔に見覚えがあった。


「あ、確か、オリアさんじゃない?」

「お、覚えておいででしたか!」


 オリア隊員が嬉しげな声を上げた。


「あれ? 隊長はマルレニシアじゃないの?」


 俺はオリアに聞いてみるが、女性エルフが俺とオリアの間に入ってきた。


「ちょ、ちょっと! オリア! いったい誰なの?」

「た、隊長はファルエンケールに来たのが最近ですからね。知らないかもしれませんが……」

「何だ? 新しい隊長か?」


 俺達のやりとりを見ていたトリシアがダルク・エンティルに乗って前に出てきた。


「だ、団長閣下!!」


 女性エルフ以外の兵団員が、凄いスピードで兵団の敬礼をした。


「団長? マルレニシア団長じゃないわよ?」

「隊長……元兵団長閣下です!」

「は?」


 マヌケな声を上げて女性エルフが振り返る。


「どこの森から来た新人だ?」


 トリシアが馬上から女性エルフに声を掛けた。


「し、新人ではありません! 私はラクースの森から団長に請われて来たシャリア・メルアレスと申します!」


 トリシアの目が少々厳しいものになる。


「メルアレス? フーリアの親族か?」

「フーリアは私の母です。知っているのですか?」

「知っているも何も、ドラゴン退治に同行した仲間だからな」

「元兵団長……ドラゴン退治……」


 みるみるシャリアと名乗ったエルフの顔色が変わる。


「トリ・エンティル様!?」

「さっきからそう言ってるじゃないですか、隊長……」


 不動の姿勢で敬礼を続けるオリアがボソリとささやいた。


「で、ではこちらの方が!?」

「ワイバーン・スレイヤーさまです!」


 シャリア・メルアレスがいきなり俺にひざまずいた。


「し、失礼しました! まさかワイバーン・スレイヤーさま御一行だとは思いませんで!」


 美人にひざまずかれて少々居心地が悪い。


「あ、もういいんで。立って下さい。そんなに畏まられると困ります」

「はっ! 仰せのままに!」


 キビキビとした体捌たいさばきでシャリアが立ち上がる。


「今はマルレニシアが団長なの?」


 エルフたちに聞くと首をコクコクと縦に振る。


「私がそう命じたからな」


 トリシアが自慢げに言う。


 命じたって、押し付けたって事だよな……マジでご愁傷様だったんだ。


 俺はマルレニシアの苦労を考えると、気の毒に思った。


「俺たちはファルエンケールに向かっているんだけど、問題ないよね?」

「はっ! 何の問題もありません! 我々は斥候任務がありますのでご案内できないのですが……」


 残念そうな声でシャリアが言う。


「何かあったの?」

「はっ、最近、周囲でダイア・ウルフが目撃されることが多く、問題が起きる前に警戒態勢を取っております」


 俺は手を目に当てた。


 あちゃー。ブラック・ファング麾下のやつらに違いない。


「あー、その件も含めて、マルレニシアと陛下に挨拶にいかなきゃならないな」

「どういう事でしょうか?」

「ダイア・ウルフは俺の作ったゴーレムの部下なんだ」

「は?」


 もう訳がわからないといった顔になったシャリアに、なんて説明するべきだろうか。

 もっと早く報告をファルエンケールに届けるべきだったかなぁ?

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