第14章 ── 第6話
夕食後、私室で寛ぐ。
いつもの通り、メンバーたちは俺の部屋に集まって自由に過ごしているのだが、そこにアースラやヘスティアさんもいる。
フィルが工房から帰らないようで、エマは監視のために工房に残るといっていた。責任者としては当然かもしれないが、フロルもいるから平気だと思うけどなぁ。
「明日、ファルエンケールに出発しようと思うんだけど」
「お、行くか?」
「ファルエンケールってどこじゃ?」
マリスはファルエンケールの帰り道に出会ったから知らないのは仕方ないね。なんせエルフの秘密都市ですからな。
「トリシアの故郷だな」
「おー、トリシアにも故郷があったのじゃなぁ」
「私を何だと思ってるんだ」
「エルフは木の股から生まれると読んだ本に書いてあったんじゃがのう」
それ、どこのエルフの話だよ。つーか、それって日本の
「ちょっと失礼な言い草だぞ、マリス。俺の故郷じゃ悪口に近い」
「そうなのかや? ごめんなのじゃ」
「悪口なのか?」
マリスは素直に謝るが、トリシアは意味が解らないので気にもしていないようだ。
「んー、人情を理解しないとか、無粋とか朴念仁とか言う意味かと」
「人情やら無粋やら……ひどいな。ボクネンジンとは何だ?」
そこもかよ。
「無愛想とか分からず屋とか言う意味だな」
「ケントは結構博学じゃないか」
アースラが酒瓶抱えたまま冷やかしてくる。
「一般常識だと思うけどな?」
「俺には判らんな。国語とか苦手だったからな」
「アースラは理系? いや、体育会系か」
「理系だ。剣術の道場には通ってたがな」
「剣道じゃなく?」
「ああ、無外流だ」
無外流って居合術じゃなかったっけ?
「じぁあ、居合も?」
「本来はな」
俺とアースラの話をトリシアやハリス、アナベルが興味深げに聞いている。マリスは戦闘スタイルが全く違うせいか、あまり興味はないようだ。
「居合……とは?」
ハリスが珍しく口を挟んでくる。
「居合は抜刀術と言われる剣術だ。刀を抜くと共に攻撃とする技だな」
「カタナ……? ニンジャが……持つという……剣の事……か」
「それ、ほとんど直刀だから日本刀とは違う気がするな」
「どっちかというと、俺の持ってる剣みたいな奴だね」
俺は壁に立てかけてある愛剣「グリーン・ホーネット」を指差す。
「ああ、曲刀の方が抜きやすいからな」
「ちょっと見せてくれない?」
俺が言うと、アースラが酒瓶を脇に置いた。
「酒の
アースラは立ち上がると、俺の剣を手にとった。
「型くらいで勘弁してくれよ」
「うん、頼む」
何かが始まるのを察知したメンバーが部屋の隅に寄る。
アースラが腰に剣を刺して前方のなにもない空間を見つめる。
途端に、周囲の空気が凍りつくような緊張感が発生する。
重苦しい空気が呼吸さえ忘れさせる。
気が張り詰め、耐えられないほどになった瞬間。
俺の愛剣が鞘走り。アースラの前方の空間を切り裂く。
──電光石火
そんな言葉が似合うものすごい居合だ。空間のみならず、全てを断ち切ってしまったのではないかと思われるほどだ。
アースラが剣を振り、鞘に納めた。
「ま、こんなもんだな」
「すげー。息するのも忘れてたよ」
「居合の勝負は鞘内で決まる。それがコツさ」
メンバーたちは唖然とした顔をしていた。あの居合の凄さが判ったようだね。
「一撃必殺……か」
「ドラゴンも簡単に斬られそうじゃ」
「瞬きしたせいで剣を抜くのが見えませんでした……」
瞬きしたらそうだろ。
「はて?」
トリシアが何故か首を傾げている。
「ケントも似たような技を使うのを見た記憶があるが」
その言葉にアースラが興味深そうに俺を見る。
「ケントも居合い使いだったのか?」
「いや、居合いは使ったことないと思うけど。俺には記憶にない」
俺とアースラの視線がトリシアに集まる。
「ファルエンケールの演習場で見せてくれたじゃないか」
「演習場で?」
俺は記憶を探る。演習場で居合い?
「扇華一閃……だな」
ハリスの一言で俺は思い出す。
「あ、あれは居合いのまねごとだよ……本物じゃないよ!」
俺はあの時の事を思い出して赤面してしまう。時代劇で見た剣豪の真似しただけだし!
「真似で同じに見えるほどか? ちょっとやってみろよ」
ぎゃー! 真面目に剣術してきた人の前でやるの勘弁して!
「いや、マジ勘弁」
マリスが俺をジーッと見上げながら期待を込めた視線を送ってくる。もちろん、ハリスとトリシアもだ。
ハリスとトリシアは見たことあるんだし、そんな目をするな。
「ケントさんのヤツを見たいのです! 弟子として勉強したいのです!」
お祈りポーズのアナベルの組んだ腕が巨乳を押しつぶして眼福すぎる。
「し、仕方ない。ちょっとだけ……」
アースラがニヤリと笑って剣を渡してくる。
剣を腰に刺して目を閉じる。
静かに息を整えて、精神を統一する。
時代劇で見た剣豪の身体の動きを脳裏に何度も再生。
目を開けた瞬間、剣を鞘走らせる。
かなり上手く剣豪の動きをトレースできたかな?
剣を鞘に納めて皆をみた。
「やはり英雄神と比べると見劣りするな」
トリシアが正直な感想を言う。
「当たり前だろ! 真似事なんだから!」
その言葉に俺が反論する。
「ふむ。いや、中々だな。気組みが出来てないが、型は田宮流かな」
アースラも感想を話し始める。
「素人レベルじゃない。居合いを初めて三年目くらいと同レベルか」
「は? マジでやったことないんだけど?」
「
アースラは面白げに言葉を続ける。
「居合いで弟子を取る気はなかったが、ケントなら弟子に欲しいな」
またとんでもない事、言い出した。
「さすがケントさんです!」
アナベルは嬉しげにニッコニコだ。
つーか、すでに弟子って事になってなかったっけ?
「今までのはただの指導だが……どうだ? ちょっと弟子入りしてみるか?」
確かに、あの居合いをモノにできれば今後の戦闘に有利かもしれないが……
「うーん。弟子入りしたいのは山々なんだけど、今は暇がないんだよね」
「そうか。ま、暇ができたらみっちりと教えてやるよ」
アースラはそう言うと俺の頭をワシワシと撫でてきた。俺は子供か何かか!
アースラ的には俺は弟みたいな感覚なのかもしれないな。ま、あのアースラ・ベルセリオスに気に入られるのは悪い気はしないけどね。
夜遅くまで剣術談義をしていて思ったけど、日本刀を今度作ってみようか。手持ちのアダマンタイトのインゴットだと少々心もとないし、マストールがアダマンタイト鉱床の開発を進めてくれていると助かるんだが。
次の日、ファルエンケールに向けて出発する。
今回は森を突っ切るアルテナ森林経由で行くので、馬車ではなく、それぞれが騎乗ゴーレムに乗る。
アナベル用のは作っていないので、俺の鞍の後ろに乗ってもらうことにした。
巨乳の感触を背中に感じたいからでは決してない。決してな!
留守をクリストファとリヒャルトさんたちに任せ、トリエンの東門から外に出る。
馬で飛ばせばアルテナ村まで二時間。そこからファルエンケールまでアルテナ大森林を突っ切るコースを取る計画だ。森の中を進むとスピードが出せないので、一晩、野営をすることになるだろう。
銀の馬群は相当に目立つ。街道に出た後にすれ違う行商や運搬人、旅人などの目が俺たちに集まる。
結構スピードを出しているが、そういった人々が俺らを見るたびに跪いているのが見えた。
ゴーレムが巻き上げる土埃で彼らを汚さないように気をつけて走る。
午前一〇時頃にアルテナの村に到着した。すでに真冬なので作付した田畑は少ないが、野菜は作っているようだ。
ティエルローゼにおいて王国は比較的温暖湿潤なので、冬でも育つ野菜があるからね。
アルテナの村で少し休憩する。
「これはこれは、冒険者の方々、良くぞおいで下さいました」
村唯一の宿に入って飲み物を注文すると、宿の主人が直接飲み物を持ってきた。
「以前、来ていただいてからワイルド・ボアの被害もありません。ありがとうございました」
「あー。うん。それは良かった。また何かあったらギルドにクエストの依頼をしてくださいね」
「はい。そうさせてもらいます。本日はお泊りでは?」
「いや、このまま森に入る予定なんだ」
宿の主人は頷くと奥に戻っていた。
「前に来たことあるのかや?」
「ああ。その時はハリスが元いたチームのみんなとね」
ハリスはあの頃の事を思い出したのか終始無言だ。彼にとっては拭い切れない苦い記憶のようだしな。
「ワフ」
開いている宿の入り口からフェンリルが顔を出してこっちを見ていた。
ん? 何か用だろうか?
飲み物を飲み干して、入り口に近づく。
自動翻訳機を取り出して、フェンリルの声を拾う。
『ブラック・ファングの部下が挨拶に来ています』
「挨拶?」
『はい。森林を縄張りにしていた群れですが、ブラック・ファングの配下に収まったようです。私の主人と創造主殿にお目通りを願いたいとの事です』
「わかった。森に入ってから顔を出してもらうとしよう」
『了解しました。では、そのように』
そういってフェンリルは森の方へ走っていった。
俺が宿の中に戻ると、マリスが木のカップから飲み物を飲みながら俺を見ていた。
「フェンリルが何か言ってたのかや?」
「ああ、新しい部下を紹介したいそうだ」
「新しいのかや!?」
「そうだってさ。何か、このあたりの群れも配下にいれたらしいぞ?」
「ファングはやるのう。褒めてやらねばの」
マリスは椅子の上からブラブラと足を交互に揺らしつつ嬉しそうだ。
休憩を終え、宿の外に出る。村人が銀の馬を珍しそうに見物に来ていた。フェンリルはダイア・ウルフ型なので、恐々とした感じだが、大人しそうに座って俺たちを待っているので、村人が逃げ出すようなことはないようだ。
「おい、あの銀の馬って……新しい領主さまが乗っているって噂のヤツじゃないか?」
「でも、以前来た冒険者たちが乗ってたぞ?」
「じゃあ別のものか。それにしても凄い馬だな」
「相当裕福な冒険者だったんだなぁ」
「あの頃はシミッタレた感じだったはずだがな」
「ケチなだけかもよ」
俺たちに気づかない村人が言いたい放題だが、まあ仕方ないね。
俺たちが馬に近づくと、流石に村人たちは散っていった。
さてと、そろそろ森に入ろうか。
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