第14章 ── 第5話

 フィルを工房に残し館へと戻る。

 まだ、日暮れまでに少々時間が残っているので、次にやることを考える。

 俺に仕えてくれる人たちの住まいを探さねばならない事に思い当たった。


 そうだった。家族連れもいるし、これは早めになんとかしないと。


 まず、貴族でもあり、それなりの屋敷が必要になるだろうから俺の屋敷や行政区のある北区周辺がいいだろう。


 この辺りは富裕な商人や以前の領主の家臣団などが暮らしていた地区なので立派な建物や屋敷が多い。特に、前領主の身内や家臣団の家は、今は無人であり、行政府が接収した後は、役人が管理しているはずだ。

 

 俺は散歩がてら候補地を探すために隣の役場へと顔を出すことにした。


 役場に入ると、何か手続きをしに来ている街の人や商人風のものが受付周辺にいるのは以前と変わらないが、数が増えた印象がある。


 俺はあたりをキョロキョロしながら見渡してしまう。


 受付はいっぱいみたいだし、列に並ぼうかな?


 一番、人の少なそうな列の最後尾に並んで、受付の順番を待つ。


 数分、列の最後尾に立っていると、受付奥の職員たちが仕事をしている場所の一人が眼鏡をクイと上げてこちらを見た。

 その瞬間に猛烈な勢いで立ち上がった。あまりのスピードに椅子がぶっ飛んで倒れて大きな音を立てている。


 役場では静かにしないとダメだろ。


 立ち上がった職員が、すごいスピードで受付の方に走ってきた。受付から外に出ると、まっすぐに俺の方までくる。


 ん? 何か用なのかな?


「領主さま! な、何故列に並ばれているのですか!?」

「え? ちょっと役場に用があって……」


 猛烈な剣幕に一瞬たじろいでしまった。


 よく見れば、以前不審者を見るような目つきでやってきた女性職員だよ。名前は……聞いてないから解んない。


「ご用ならば私が伺いますので、こちらへどうぞ」


 俺は促されるままに奥へと連れて行かれてしまう。


 街の人たちの列を通り過ぎる時に聞き耳スキルが彼らの声を拾う。


「領主さまが俺の後ろにいたんだって……」

「なんで列に並んでるんだ……?」

「相変わらず楽しい領主さまだ」


 いや、単に日本人の習性です。列があると、ついつい並びますから!


「それで、領主さま。ご用は何でしょうか?」

「あ、はい。以前、前の領主の関係者の家屋などを接収したよね? その資料を見せてもらいたくて」


 例の二階の応接間に落ち着いたところで、女性職員に用件を伝えた。


「ということは……」


 少々考える顔をする女性職員。


「畏まりました。担当部署のものをお連れしますので少々お待ち下さい」


 彼女は頭を下げると以前のように背中を見せずに退室する。相変わらず器用だな。


 少々待っていると、資料を抱えた小太りの男性職員がやってきた。


「お、お待たせ致しまして申し訳ありません。担当のキース・エドガーです」


 彼は資料をテーブルに置き、ポケットからハンカチを取り出して汗を吹き始めた。


「ありがとう。これが資料?」

「左様でござます、領主閣下」


 俺は資料を見ながら新人たちの家族構成などを考慮して検討を開始する。


 数値データや住所、家屋の図面など詳細データが資料には揃っていた。不動産屋顔負けの緻密さだ。


「この資料は誰が作ったの?」


 資料に目を通しながら職員エドガーに聞く。


「これは例の事件後、接収した屋敷や家屋の測量も含め、自分が作りました」


 おー、有能職員発見か?


「随分と細かいね」

「お目汚しで申し訳ありません。つい趣味が高じまして……」


 エドガーは目を白黒させながら汗を吹き続けている。


「いや、別に責めているわけじゃないんだ。なかなか良い資料を作ってくれてて助かると思ってね」

「身に余る光栄です」


 自分の仕事を褒められて、エドガーが嬉しげな顔になった。


「君の所属部署は何?」

「はい、役場の在庫管理部でございます」


 なんで在庫管理部の役人がこんなことしてんの?


「え? 建築関係の部署じゃないの?」

「建築関係……? そういう部署はございませんが……」


 えー? マジで? 現実世界では、こういう公共施設とか公共で管理する建築物を扱うセクターが普通はあるよね? トリエンには無いのか。というか王国自体には無いということか?


 都市計画などをしようと思ったら、絶対必要になる部門だと思うんだけどな。


 扉が開き、例の女性職員がお茶を運んでくる。


「あ、君。クリスは戻ってきてるかな?」

「え? クリス? あ、はい。行政長官の事ですね。先程お戻りになられて執務室におりますが」

「戻った早々悪いんだけど、来てくれるように伝えてくれるかな?」

「は? はい。畏まりました」


 女性職員は何だろうという顔ながら素早く応接室を出ていった。


「あ、あの……何か落ち度がありましたでしょうか……」


 エドガーがおどおどとし始める。


「いや、ないよ。というか、君、これほどの能力があって、何で在庫管理部なんだよ。宝の持ち腐れとはこの事だ」

「いえ、私は何の能力も持っていないので、誰でもできる仕事を隅でやるだけですので」


 汗をフキフキするエドガーは申し訳なさそうに応える。

 俗に言う窓際族か。どこの世界でも職場に馴染めないと窓際行きかよ。これほどの能力を誰も評価しないとは人事部は何をしているのか。というか、人事部ってあるのかな?


「君には面白い能力があると俺は判断する。在庫管理部とは君のような人物が送り込まれる部署なのか?」

「えー、まあ、そうかもしれません」


 ふむ。大いに興味が沸くね。一度顔を出す必要がありそうだ。


 扉がノックされてクリストファが顔出す。


「ど、どうしたんだケント。何か不都合なことがあったのか?」

「ああ、クリス。座ってくれ」


 クリストファも何が何だか解らないといった顔でソファに座った。

 クリストファに横に座られたエドガーが緊張した面持ちで汗を拭い続けている。


「君は在庫管理部を知っているか?」

「在庫管理部……ああ、役場の備品などを管理している部署だね。顔は出したことはないが、行政で必要な道具や備品、資料などの管理をしてもらっている。それが何か?」


 クリストファはキョトンとした顔だ。


「この資料を見てくれ。ここにいる職員エドガーが作成した行政で管理している屋敷や家屋の資料だ」


 クリストファが資料に目を通す。


「随分と詳しいな。これは仕事で利用する時に助かるね」

「そうだろ? 俺もそう思う。役場で管理している使われていない施設や家屋を再利用する際には大いに役立つだろうね」

「これが何か?」


 何かじゃねえよ。


「役場にはこういう建築物や家屋を扱うセクションがないのはどういう事かと思ってね」

「セクション……という言葉は知らないが、必要なのか?」


 あー、うーむ。必要性が解っていないんじゃ仕方ない。


「都市計画という言葉は判るかな?」

「都市計画? 都市で何を計画するんだ?」


 なるほど、そこからだな。


「都市計画とは、都市の開発を進める上で、その都市の未来像を考える事だ」


 クリストファも重要案件だと感じたようで真剣な眼差しになる。


「都市を将来あるべき状態に発展させるためには綿密な設計と計画が行政視点で必要になるんだ。例えば……」


 俺は小さい街から街が発展していく様を説明し、そうなった段階で持ち上がる問題などを言い並べていく。


「というように、都市が発展していく上で後々現れていく問題がある。汚水処理などもそうだね。飲料水を川に頼っているのに、そこに汚物を流したら水が飲めなくなってしまうだろう?」

「ふむ。確かにそうだ」

「そういう問題を先に考えて街づくりをしておけば、後々問題にならないわけだ。これで何十年も先の事を考えておく事の重要性は解ってもらえるかな?」


 クリストファは静かに頷く。トリエン程度の小さい町では、まだ必要にならないかもしれないが、経済圏構想が進めば、どんどんと大きくなっていくのは間違いない。事前に都市計画をしておかねば、困ることになる。


「役場にそういうものを計画し、設計や建築、管理を扱える部署は必要だろ?」

「なるほど、理解した。で、彼の資料に繋がるわけだね?」


 クリストファがエドガーを見る。エドガーはしどろもどろという感じ。

 

「さすがはクリス。彼の能力を理解したか」

「当然だ。ケントの発想は凄く面白いし、君のその発想を形にするのが私の仕事だ。その上で、彼の能力は必要と判断する」

「ど、どういう事でしょうか?」


 エドガーはまだ良くわかっていないようだ。


「君はさっき、この資料の作成を趣味だと言ったね。その趣味はどんなものなの?」

「えー、自分は町の地図を書くのが趣味です。その地図を眺めていて、そこに暮らす人々の生活を想像するのが好きなんです」


 まさにその能力が必要なんだよ。


「それそれ。それが都市計画に重要なんだよ。君は、このトリエンがどのように発展し、人々がその発展した都市でどのように生活するか想像できるか?」

「ああ、それは楽しい想像です、領主閣下」

「そうなると、町の問題点とかも見えてこないか?」


 そういうとエドガーは目を輝かす。


「そうなんです。ここに井戸があれば、この地区の住民は助かるのにと考えたりもします」


 俺は頷く。クリストファの目も輝き始めた。


「なるほど! ケント、全て理解出来たぞ」


 俺はクリストファを見てニヤリと笑う。


「エドガーと言ったな。君を都市開発部門の責任者にしよう。必要な人員は申請してくれたまえ、すぐに手配する」

「あの……どういうことです?」

「君はこれから都市開発行政官だ。領主閣下と私の計画に従った都市設計を君の責任で行ってもらう」

「自分の責任で?」


 クリストファの言葉にエドガーの目に恐怖が宿った。


「あ、エドガー。気負う必要はないんだよ。君の趣味で未来の発展したトリエンを想像してくれればいいんだ。その夢のような都市を実現してみたくないか? 君は想像だけで満足なのか? そして、それを実現させる人員も資材もこちらで用意する。もちろん資金もね」


 エドガーはまだ解っていないようだが、仕事をさせてみれば自ずと理解しはじめるかもしれない。


「もちろん、こちらで必要な施設なども提案するけど、まず、自由な発想で未来のトリエンを書いてみてくれないか?」

「ご命令とあれば……でも、いいんですか?」

「何が?」

「そんな仕事聞いたことないもので……そんな遊びで給金を頂けるなんて」

「構わない。俺やクリスには、そんな能力はないからね。君の能力が今後のトリエンに必要になると俺は考えているんだ」

「わ、解りました。やってみようと思います」


 ようやくエドガーが了承する。俺は楽しくなってくる。このワクワクは某有名都市開発ゲームを初めてやった時に感じた事がある。自分の都市を設計開発なんて現実ではできないからね。


「君の給料は一ヶ月に銀貨四枚にしよう」


 エドガーは目を丸くする。


「え? 今の二倍になるんですか!?」

「当然だ。俺は能力に見合った給料を払いたい」


 クリストファも頷いたので決定です。


「が、がんばります!」

「期待しているよ」


 エドガーがペコペコと頭を下げて応接室から出ていった。早速、都市計画を考えるつもりのようだ。行動が早いのは良いことだね。

 俺は、その後、エドガーの資料から新人たちの住居を確保して役場を後にした。

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