第14章 ── 第4話
「いらっしゃいませ、ご主人様」
フィルを連れて工房に転送してくると、転送装置の前にフロルがいて挨拶してきた。
「出迎えありがとう、フロル。そうだ、彼を工房の入室許可リストに登録してくれないか?」
そういって俺はフロルにフィルを紹介する。
「彼は、俺の魔法薬開発担当官に任命したフィル・マクスウェルだ」
フロルがフィルをジッと見つめる。
「よ、よろしく……お、お願いします」
フィルがおどおどとした感じでフロルに挨拶している。
「登録完了。フィル・マクスウェル様が許可リストに掲載されました」
「ありがとう、フロル。エマはいる?」
「エマ様は研究室の隣、実験室にて魔法の使用実験をなさっています」
「了解。行ってみるよ」
フロルはまだフィルを見ている。
「な、何か……?」
その視線に居心地悪そうなフィルがフロルに話しかけた。
「シャーリー様の身内の方ですね。目元がソックリでございます」
「ああ、彼は姓で判ると思うけど、エマの弟だよ」
「シャ、シャーリー叔母さんを知ってるんですか?」
フィルが驚いた顔になる。
「あ、彼女はシャーリーが作ったナビゲーション・ゴーレムだよ?」
「え!? この女の子が!?」
ま、見た目、普通の女の子だもんな。ゴーレムには絶対見えないもん。
「うん。シャーリーの天才ぶりが判るだろ?」
「はい! これほどのゴーレムは他にいるとは思えません!」
フィルは感動に酔いしれている。
キョロキョロと周囲を見回して、気付けば違うところに突進しそうなフィルを連れて、なんとか研究室に到着する。
研究室の中の扉の向こうが実験室だが、さっきから微弱ながら何回も振動が伝わってくる。
どうみても攻撃系の魔法使ってる気がするんですが。何をしてるんだろ?
実験室へ繋がる扉には『実験中、開けるな危険』という札が下がっていた。
「入ってはまずそうですね」
「だね。エマは最近、工房に籠もりっきりだからなぁ。体調崩さなきゃいいけど」
研究室で待つことにするが、フィルは研究室の中をアチコチ歩き回り、器具や魔法書などを眺めたり、手に取ったりしている。
「これほどの知識の殿堂を私は見たことがない!」
「シャーリーは冒険生活の全てを、こういった知識の収集に使ってたみたいだからねぇ。トリシアも付き合ったそうだし」
「おお、トリ・エンティル様までが! 流石です!」
何が流石なのか解らんが。
フィルの行動を見ていたら、何か魔法薬の実験を始めたよ。まあ、それが彼の仕事なので問題はない。
一時間程度で何かの魔法薬が完成したようだ。
「閣下、これが閣下の言う中級……つまり私が開発した特製回復ポーションです」
俺は、ビーカーに入れられた赤い液体を手にとって眺めた。
「一回分を作るのに一時間ほど掛かるんだね」
「いえ、通常でしたら半日以上は掛かります。が、ここの機材にはある種の魔法が掛けてあるようで、醸成がものすごく効率的に行えました」
正直だね。シャーリーの機材は殆どが魔法道具だからな。
「なるほどね。後でエマに教えてもらうといいけど、あっちの機械を使うと自動的にポーションを作り出すらしいよ。こっちの筒いっぱいに出来るんだってさ」
フィルはそれを聞いて自動ポーション作成機に飛びついた。
「す、凄い! こんなものが存在するなんて!」
「あははは、魔法屋も形無しだろ」
俺は可笑しくなって笑ってしまった。
「叔母さんの凄さは本当に世界一だ……そんな工房に雇ってもらえるなんて感激です!」
そんな話をしていると、実験室の扉が開いた。
エマがタオルで汗の雫を拭いながら顔を覗かせた。
エマはフィルの姿を認めてキョトンとした顔になっている。
「あれ? ケント、フィルを連れてきたの?」
「ああ、雇い入れたよ。彼はこれからこの工房で魔法薬の研究をしてもらう」
「姉さま、よ、よろしくお願いします」
エマはフーンといった感じだが、嬉しそうな表情が微かに浮かんでいる。弟と一緒に仕事ができるので嬉しいのだろうね。
「ところで、エマ。何の魔法を実験していたんだ? 随分振動が凄かったけど」
「え? ああ、
「
エマの言葉に俺より先にフィルが驚きの声を上げた。
「随分とレベルの高い魔法を練習してるんだな。五レベル魔法だろ」
「うん。なんとかモノにできたわ」
マップ画面でエマの情報を検索してみると、彼女はすでに
「うお!? エマ、自分が今レベルいくつか解ってる?」
「え? レベル? 自分じゃ解らないわよ?」
なんという末恐ろしい逸材だ。独学で、しかも冒険にも出ず、レベル二九だよ? 帝国最強のアナベルと初めて会った時より高いんだよ?
「凄いな。レベル二九の
「レベル二九!?」
またフィルが驚いてる。
「ちなみに、フィルは今、
フィルのレベルを聞いてエマがフフンと鼻で笑った。姉の威厳を保てたという事かな?
「フィル、長く生きてきた割りにまだまだね?」
「姉さま、凄すぎです……ボクも頑張りますけど……追いつけそうにないですよ」
エマは自慢げだ。
「それだからフィルはダメなのよ。最初から諦めていたら、何も成就しないわよ? やってやれない事はない。父さまがいつもそう言っていたでしょ?」
「でも、二九なんて……どうやったらそんなレベルに……」
「ここで修行すればすぐよ。あ、でもMPが問題かしら?」
エマはイルシスの加護で、MPほぼ無限だからなぁ。徹夜で魔法撃ち続けてもMPが枯渇しないなんてチートですよ。
「エマはイルシスの加護があるからな。成長速度も普通じゃ考えられないレベルだろうな」
俺は素直に感想を述べる。それを聞いてフィルが愕然としている。
「イルシスの加護……魔法の神に愛されているのですか……なんと羨ましいことか……」
確かに、
「仕方ないじゃない。いつの間にか加護を受けてたんだもん」
姉弟なのに不公平な気もするよね。ま、成り行きでそうなっただけだし、フィルが人質になってたら逆の立場だった可能性だってあるんだよね。
「ちょっと、イルシスに聞いてみようか」
「え!?」
「そんな事できるの?」
驚くフィルと対象的にエマは俺なら出来そうと思っている顔だ。
「できるよ。ちょっと待ってね」
俺はスキルリストから念話スキルをオンにして、一覧からイルシスを呼び出す。
相変わらずの呼び出し音の後、イルシスが念話に出た。
『はーい。貴方の愛しのイルシスちゃんです。ケントの声が聞けて嬉しいわ』
「相変わらずだな、イルシス」
軽いんだよなー、神様なのに。ま、確かに可愛い女神だからいいけどさ。
「ふふ。可愛いだなんて。お姉さん嬉しいのよ?」
「ぐ、思考ダダ漏れなの忘れてた……」
「で、今日は何の用なの?」
「ああ、すまん。実はシャーリーの姪と甥が今いるんだけどさ」
「あ、姪って、あの子ね? 甥もいたの?」
「そうなんだよ。ちょっと見てくれる?」
俺はフィルの顔を見る。思考がダダ漏れなので彼の様子も俺の目を通してイメージで伝わるだろう。
「あ。この子も良いわね。エマちゃんほどじゃないけど」
「シャーリーの血族だけに、適正が高いんだろね?」
「そうね。この子にも加護つけとく?」
「そうしてもらえると俺も助かるね」
「わかったわ。私の子どもたちが増えるのは楽しいのよ」
イルシスが嬉しげに鼻歌交じりになってきた。神も鼻歌歌うのね。
「芸術の神ピリスちゃんに教えてもらってるのよ?」
そんな神までいるんか。
「そうなのよ。はい、加護完了よ」
「お、ありがとう」
「いいのよ。魂になったら私の使徒にするから」
「それが代償かよ。悪魔の契約みたいだぞ」
「何それ? そんなのがアッチにはあるの?」
「伝承だとそんな話があるね。見たこと無いけど」
「ふーん。今度、そのあたりも教えてくれてもいいのよ?」
「考えておくよ。それじゃあ、またな」
「いつでも念話してくれていいのよ? 待ってるわ」
念話機能をオフにする。イルシスとは初めて念話で繋がってから何度も話したので友達と会話しているみたいだな。神と友達ってのは許されるのか判らんけど、イルシス神殿のやつらに知られたら嫉妬されそうだなぁ。
「姉さま、いったい……」
「あ、ケントは念話で神と話せるらしいのよねぇ……選ばれた存在は凄いわけ」
物知り顔でエマが吹聴している。
「いや、別に選ばれたわけじゃないぞ? 加護はマリオンには貰ったけど、イルシスのは貰ってないし」
「だって、神と対等に口を利けるなんて、ケント以外で見たことも聞いたことも無いもの。英雄神アースラさまともヘスティア神さまともお友達みたいに話してるじゃない」
「ま、まあ、ヘスティアさんはともかく、アースラは同郷だからな」
俺とエマの会話でフィルが頭から湯気でも出そうな状態で放心している。オーバーヒートしたかな?
「領主閣下は……神様……」
おっと、フィルが危険な方向に思考を巡らせ始めたぞ。
「いや、俺は神じゃないぞ? 人間だ。勘違いするな」
「し、しかし……」
「神なんて面倒くさそうなモノになってたまるか。俺は自由に冒険したいだけなんだよ!」
俺の剣幕にフィルが戸惑った表情になる。
「わ、わかりました。そういう事にしておきましょう」
全く、ちょっと神と話したくらいでコレじゃ困るよ。
魔法薬の器具を片付けに行ったフィルが、小さく何かボソリと呟いたのを聞き耳スキルが拾ってきた。
「冒険神……ケント・クサナギ……か」
くどいな! だから神じゃねえって!
「それより、フィル。君にもイルシスが加護を与えてくれるってよ」
「ほ、本当ですか!?」
器具を棚に戻していたフィルが慌てて振り返った。
「ああ、エマほどじゃないようだけど、間違いないよ」
「おお! 神よ!」
「俺に祈るな。イルシスに祈れよ」
フィルめ、マジで俺を神と勘違いし始めてる気がするよ。後でキッチリと釘を差しておくべきだな。神罰食らわせるぞ?
じゃないと、マジで神として崇められそうで怖いです。
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