第14章 ── 第3話

 クリストファとの打ち合わせ後、俺は街へ繰り出す。


 目的地は西の大通りの裏にあるマクスウェル魔法店だ。

 道中、見かけた冒険者たちや市民と挨拶を交わしたり、世間話をした。


 市民たちによると、最近、街に出回る生活用品が安くなっているという。食料品はそれほどでもないが、金物類など日常生活で使うものが安くなっているので助かっているらしい。


 エマードソン商会とのやり取りや、商人たちを動かしているせいでお金の回りが良いのが原因だろうか。


 冒険者たちの話は少々興味深かった。

 最近、頻繁にダイア・ウルフの目撃例が多いらしいのだが、ダイア・ウルフの被害が出たという話がないらしい。

 最近、ギルドの依頼掲示板にはダイア・ウルフ関連のクエストが多いのだが、発見することも討伐することもできず、空振りで終わることが多いため、冒険者たちはダイア・ウルフの案件を嫌い始めているという。


 これはフェンリル麾下きかのブラック・ファング部隊によるものだろう。俺の命令の通り、人間を襲わなくなっている。トリエンに土着だったダイア・ウルフも配下に入れたんじゃないかな?

 となると、トリエンから帝国に掛けて、ダイア・ウルフの警戒網がしっかり機能しているということだ。


 集めた噂を考察しているうちにマクスウェル魔法店の前に到着した。


 相変わらず怪しさ大爆発なのは無視しておく。


 扉から入ると、フィルがオーバーアクションな例のポーズで出迎えてくれる。


「いらっしゃいませ! マクスウェル魔法店へようこそ!」


 ジト目でヘンテコポーズを眺める。


「おっと……領主閣下、ようこそおいで下さいました。姉はお役に立っているでしょうか?」


 俺に右手を差し伸べ、顔ごと後ろに反り返るそのポーズは、どんな意味なんですか?


「ああ、元気に魔法研究に勤しんでいるようだね。今後、大いに活躍してもらうつもりだよ」

「姉が羨ましいです……私も工房を使ってみたいものです」


 素のフィル。弟モードが顔を覗かせる。彼も魔法に魅せられた一人だからな。


「ところで、相談があるんだけど」


 俺が話を切り出すと、フィルが首をかしげる。


「実は、君を雇いたいんだ。俺の専属魔法薬研究員としてね」


 それを聞いたフィルが目を輝かせた。


「そ、それは! 叔母の作った工房をお見せ頂けるという事でしょうか!?」


 そっちかい。


「いや、工房に詰めて研究をしてもらいたいんだよ」

「おお! 工房の使用を許可してくださると!」

「もちろんだ。だが、この魔法屋で働けなくなるよ?」


 フィルが衝撃を受けた感じで目をしばたかせる。


「そ、それは店を……たためと……」


 一気に意気消沈したフィル。


 感情のアップダウンが激しいなぁ……長年、ヘンテコポーズをしてる所為せいじゃないの?


「いや、たたむ必要はないんじゃないの? 人を雇って続ければいいじゃん」


 ハッとしたフィルが顔を上げるが、目は失望の色を残したままだ。


「そ、そう言われましても……人を雇うにはお金が掛かるんです」

「そうだね」

「お察しの通り、この店は売上が良くありません。維持するのも必死な状態でして、店員を雇い入れる余裕は……」


 ま、そうだろうな。この前、金貨で何枚か支払ったけど、そういう大口の取引は無さそうだしなぁ。


「冒険者の方々が時々魔法薬を購入してくれるので何とか食べていける程度なのです。兼業は難しいです」


 弟モードの消沈フィルがかなりの落胆状態だ。


「俺の専属で魔法薬研究担当官になれば、一月ひとつきの給料は銀貨五枚、ついでに工房は使い放題。食事も付くぞ? 工房には泊まる部屋も世話係のゴーレムもいる」


 俺は工房に就職した時の待遇をアピールする。


「ぎ、銀貨五枚!?」

「うん。それと研究費は俺持ちだ」

「研究費も!?」

「その給与から人を雇うのは簡単なんじゃないか? もちろん、研究が進めば報奨も出すつもりだ」


 フィルが口をパクパクさせているが言葉が出てこないようだ。


「ま、待遇は相当いいと俺は思っているんだが……断られるなら仕方ないな」


 押してダメなら引いてみる戦法。


「い、いったい領主閣下は私に何を求めているのでしょうか……」


 あ、やっぱりそこが気になる?

 魔法薬の研究者だけあって知性度は高いようですな。


「基本的にはポーションの製造だけど、より効果的なポーションを研究開発してほしいと思っている。君は特製ポーションをいくつか開発したよね?」

「フィル・マクスウェル特製回復ポーションは私の自慢の逸品です」


 フィルが嬉しげな顔をする。


「うん。俺の知っている中級回復ポーションが、それだよ」

「中級……? あれは私が開発した……」


 俺は手を上げて、フィルの言葉を遮る。


「俺の知っているポーションの等級は、それぞれの回復ポーションごとに四つ存在する」


 俺はインベントリ・バッグを開く。


 「下級。これは普通にティエルローゼでも出回っているね」


 コトリとバッグから取り出した下級のHP回復ポーションをカウンターに置く。


「そして中級。これは君が独自に開発したものと効果が一緒だ。君は何の知識もなしに、その中級ポーションをいちから開発して見せた。凄いことだと思う」


 続いて置いたのは中級の回復ポーションだ。彼の特製ポーションと効果は一緒だ。


「上級。これは中級より効果が高いものだ。ここから製造に必要な材料が高価な所為もあって値段が跳ね上がるね」


 自前の錬金術スキルを持っているプレイヤーは、これでスキル・アップの修行に必要な資金稼ぎが可能になるほどだ。高いとっても高レベルのプレイヤーにはお手頃な値段だしね。


「最後に特級。回復ポーションで最も効果の高いものだ。それなりの複雑な製造工程が必要なので最も高価な代物だ」


 特級はトップ・プレイヤーたちが必要とするため、比較的多く出回っていたが、値段は上級の一〇倍以上。NPCショップでは出回らないので、基本的にバザー機能で売られていたし、錬金術師はトップ・プレイヤーの専属になる事も多く、市場への安定した供給はなかった。俺も偶然宝箱から出たこの一本以外に持ってない。


 フィルは震える手で特級HP回復ポーションを手に取った。


「こ、こんなものが存在するのですか……これらは神界の魔法薬なのでしょうか……?」

「いや、普通に錬金術スキルで作れるはずだ。機材と材料さえ手に入ればね」

「閣下は一体……これをどこで手に入れられたのでしょうか……?」


 ふむ……このティエルローゼでは製法は知られていないからな。当然の質問だね。


「それは俺の仲間にならないと教えられないなぁ」


 俺は少々意地悪な感じでニヤリと笑う。


「あ、姉は知っているのでしょうか?」

「もちろん、知ってるだろうね。でも、エマに直接聞いても教えてくれないだろうね」


 フィルは手に持った特級ポーションをジッと見つめて黙り込んでしまう。


「現物がある以上、作ることは可能なんじゃないかと俺は思っている。その研究を君にやってもらいたいんだけどね」


 俺の言葉にフィルが頭を上げ、特級ポーションをカウンターの元の位置に置いた。上げたその顔には求道者に良く似た色が浮かんでいる。


「グレイリー・ガンダルフォンの不肖の弟子、フィル・マクスウェルは閣下にお仕えすることを誓います」


 仰々しいポーズながら真摯な雰囲気でフィルが俺に頭を下げた。


「よろしい。今日から工房への出入りを許そう」

「ありがたき幸せ」

「人を雇うにもそれなりの準備も費用も必要だろう。1ヶ月の給料は前払いしておこう」


 俺はカウンターに銀貨を五枚積み上げる。


「ここに並べられている各ポーションはお預かりしても……?」

「むむ。構わない……と言いたい所だけど、特級は勘弁してくれ。一万ゴールドもする貴重品なんでね……」

「一万……ゴールド?」

「ああ、この世界だとゴルド金貨か。ゴルド金貨1万枚だよ」

「1万ゴルド金貨!?」


 俺はそう言って、特級ポーションだけインベントリ・バッグへと仕舞い込む。

「上級は何本かあるから預けておくよ。ちなみに上級はゴルド金貨五〇〇枚程度だよ」


 一ゴールド、つまり一ゴルド金貨はこの世界の通貨に換算すると金貨四枚価値がある。よって、特級は金貨四万枚、上級は金貨二〇〇〇枚の価値となる訳だ。

 もっとも、物価の安いティエルローゼでは、ここまで法外な値段にはならないと思うけど……物価指数とか算出した方がいいのかな? 現実世界とドーンヴァースでは比べられないけど、ドーンヴァースとティエルローゼなら考えようはあるかも。

 ただ、一ゴールドがゴルド金貨一枚という部分が共通してるだけなんだけど、そのゴルド金貨をティエルローゼに来てから俺は見たことがない。ゴールド自体がそれと同じものだろうと漠然と思っているだけなんだよね。一度、ゴルド金貨の実物をティエルローゼで手に入れてみたいな。


「謹んでお預かり致します」


 各ポーションをうやうやしく持ち上げ、フィルが奥の部屋に持っていった。


 それらはそんなに貴重じゃないんだけどなー。


 ティエルローゼのポーションは例外なく素焼きの陶器製の容器に入っている。ちなみにドーンヴァースのはガラスの容器なので一目瞭然だ。


 ティエルローゼにもガラスは存在するが、非常に高いという印象だ。高価な宿や貴族の屋敷などの窓は板ガラスが使われているが、一般的な家屋では鎧戸と言われているものだ。明り取りの機能さえあればいいなら板ガラスを使う必要なんかないもんね。

 コップなども陶器か木製だし、鉄製なんてものもあるね。わざわざガラスで作る酔狂人は貴族くらいなものだろう。でも、素麺そうめん作るならガラス容器ほしいなぁ。涼しさが段違いですからな。今は冬だから素麺そうめんを作るつもりはないけどね!


 そんな事を考えていると、フィルが巨大な背負い袋を背負い込んで出てきた。


「もう行くつもり? 人を雇うのは?」

「後日にします。雇うならちゃんとした魔法使いスペルキャスターを雇いたいですから……それよりも工房を早く見たいのです」


 それが正直な気持ちなんだろうな。エマも危険を顧みずに着いてきたもんなぁ。


「わかった。工房への転移装置は館にあるから一緒に行こう」

「て、転移装置!?」


 フィル、何度も驚きすぎだ。そのうち慣れるだろうけどさ。


「それと……そんな大荷物は大変だろ。これを使いなよ」


 そう言って、俺はインベントリ・バッグから、数ある下級の無限鞄ホールディング・バッグを二つ取り出した。


「一個は君が使えばいい。もう一つはエマに渡してやってくれ」

「これは?」

「下級だけど無限鞄ホールディング・バッグだよ?」


 フィルがポカーンとした感じで口を開けた。


「マジで君、驚き過ぎ」


 俺は苦笑まじりに店を出る。慌てるようにフィルも出てきたが、店の閉店準備もあるので少々待たされることになった。


 しかし、これでポーションの安定供給に問題はなくなるね。普段使いの下級と中級の入手に心配がなくなるのは嬉しい限りだ。

 大量生産が可能になったら冒険者ギルドを中心に安価で供給してみようかね。結構な収入になるかもしれないし。

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