第14章 ── トリエン開発
第14章 ── 第1話
トリエンでのこれからの仕事を考えつつ、宿を出て王都の外へと馬車を移動する。
王都の南門から数キロ移動し、馬車を停める。
トリエンへの帰路は馬車で行う必要はない。
『
魔法を唱えると瞬時にトリエンの街の俺の屋敷へと馬車ごとテレポートできた。
俺の馬車が庭先に現れ、慌てたようにリヒャルトさんたちが出迎えに来た。
「おかえりなさいませ、旦那さま」
「変わりはない?」
「ございません」
リヒャルトさんの返答に俺は満足する。彼が変わりないと言うなら、何も変わりはないだろうしね。
そうそう、馬車を降りる段階で思い出したというべきかな。
レベッカをそのまま連れてきてしまった。ミンスター公爵への手土産にするつもりだったんだが、すっかり忘れてたよ。
「レベッカ、どうしよう?」
「私に聞くな」
トリシアに相談するが、自由にしろという感じだ。
ここまで来て殺処分というのも気分が悪いしなぁ。
レベッカを抱き上げて馬車から下ろす。
「折角命は助けたんだし、自由にしてやるかな?」
「また命を狙うかもしれんのう」
「その時は……俺が……
護衛役のマリスとハリスがそういうので、とりあえずお解き放ちとしますかね。
俺はレベッカを担ぎ上げて風呂場につれていく。そして浴場に椅子を持ち込んで、その上に座らせる。
血が出るだろうし、後の掃除を考えるとココだね。
「レベッカ、ちょっと痛いけど我慢してもらえるかな?」
「殺すの?」
レベッカが聞き返してくるが、その目に恐怖の色は無い。
「いや、そんな面倒なことはしないよ」
俺は剣を抜く。
「そのままだと手足の再生が出来ないんで、傷口部分を少々切り落としたいんだ」
「再生? 手足が元に戻るの?」
「再生には真新しい切り口にしないとダメなんだよね」
「そう……いいわよ……」
レベッカが目を閉じる。
「相当痛いと思うけど……」
「早くやって」
「わかった」
俺は剣を構える。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。その途中でピタリと息を止める。
シュッシュッシュッシュと短く息を四回吐く。息一回ごとに刃が走り、レベッカの失くなった手足の傷に新しい切断面を付けていく。
「
頭の中でカチリと音が鳴る。
「くはっ!」
レベッカのか弱げな悲鳴が小さく聞こえた。
「もう少し我慢して」
切断面から鮮血が流れ出してくる。
『ポーテス・リジェンタス・ゼラリオス・モート・ライファーメン、
九レベルと非常に高レベルの魔法なので、このティエルローゼでは、おいそれと使える者がいない。
魔法書があっても使える人間がいないので遺失魔法みたいなものだ。
シャーリーの工房で魔法書を発見した時、トリシアの右腕の再生を打診してみたら、何故か断られてしまった。なので、今まで使う機会はなかったんだよね。
通常であれば六三ポイントほどの消費だが、生命属性のスキルを持っていない俺は、通常よりも三倍ほどMPが持って行かれる。ついでに九レベルの魔法なのでさらに九倍。よって約一七〇〇MP。
半分以上のMP消費で、一瞬体の力が抜けるような感覚に膝を降りそうになるが何とか持ちこたえる。
普通ならキャスト・タイムなどの
レベッカの四肢が徐々に再生していく。急激な再生に伴い、相当の苦痛がレベッカを襲う。
「うぐぐぐ……」
レベッカの口から悲鳴になっていないが苦悶の声が上がるが、閉じていた目をカッと見開いてレベッカが再生していく手足を見つめている。
ものの四分程度でレベッカの四肢は完全に元の状態に戻った。
「はぁはぁ……」
再生が終わり、苦痛から開放されたレベッカの肩が上下している。
「よく頑張ったな」
膨大なMP消費で少々頭がフラフラするが、レベッカに慰労の言葉を掛ける。
すると、レベッカが椅子から立ち上がり俺に抱きついてきた。
豊満なバストに俺の顔が埋まる。
「むぐっ!?」
「ありがとう、クサナギ辺境伯」
レベッカは抱擁をしばらくやめてくれなかったが、ポヨッポヨの感触が心地よかったからいいか。
「さてと……」
レベッカの抱擁が終わったところで、俺は声を掛ける。
「レベッカ、これで君は自由だ。どこで何をするのも構わない」
俺の言葉にレベッカが目をパチクリさせる。
「衛兵隊に突き出すんじゃないの?」
「罪を償いたいなら衛兵隊に出頭するのも自由だ」
俺はさらに付け加える。
「今後、また罪を犯すつもりなら、今度は容赦しない。できれば俺の手を煩わせてほしくないのが本音かな?」
また盗賊ギルドを作るかもしれないが、俺の目は誤魔化せない。マップ機能でいつでも、どこでも検索可能だしね。
「あんたの手を煩わせることはしない。約束するよ」
「あれだけの盗賊ギルドを組織した女の言葉を信じるのも危険だけどな……」
危険は承知ですよ。
「ドラケンには戻りようがないけど……トリエンの街に住んでも構わない?」
「好きにすればいい」
俺はインベントリ・バッグから白金貨を五枚ほど取り出し、レベッカに手渡す。
「先立つものも必要だろう? これからは清く正しく生きてくれ」
白金貨を握りしめたレベッカが俺の目を見つめてくる。
「お人好し……」
「それが俺の持ち味! でも、敵には容赦ないけどな?」
俺はニヤリと笑う。
「今回、君の組織のお陰で、俺は貴族界隈で敵になりそうな人間を軒並み始末できた。その礼も含めた恩赦だと思ってくれ」
これが俺の本音だ。
俺は今回の件を利用して情報を操作した。そのお陰で王国内で確固たる足場を築くことが出来た。
「結構、腹黒いね」
「当然だろ。情報戦はどんな世界でも基本だよ」
ちょっとした印象操作で軽々と人間は行動を左右される。これは現実世界でもよく行われることだ。現実世界では、ステルス・マーケティングなどあたりまえだろう。その手法を少々使ったに過ぎない。
綺麗事だけで成功できたやつなんて、俺はかえって信用できないと思っている。成功するためなら、法律ギリギリで勝負するのはビジネス界では当たり前だろう。
条件を有利にできるならば、俺は何でも使うよ。
「なるほど……手を血に染めずに世界を動かすのね……気に入ったわ」
「ん? 何が?」
「これから、私は貴方のために仕事をしようと思う。貴方が必要としている情報を手に入れて買ってもらうんだ」
ほう。情報屋か。政治や商業などには必要かもしれないな。
「情報を商材にしたビジネスか。この世界では珍しいかもしれないね。でも、それは面白い……というか、俺としては是非整備しておきたい業務の一つだな」
「そうなの?」
「俺がいた世界ではそれを諜報機関と言うんだ」
今、一国に等しい権力を手にしている俺としては、諜報活動をする意味は大きいし、早い段階で整備しておく必要があるかもしれない。
貴族による政変などで王国がガタガタになっては、俺のお気楽ライフを維持するのは難しいからな。現状を維持し、安定した安全保障が実現しなければ冒険者として各地をフラフラできないからな。
「諜報機関? 何なの?」
「そうだな、俺の領土だけでなく、国全体を安定した状態に保つために周囲の情勢を監視、操作するための組織だね」
「例えば?」
「うーん。例えば、隣国の支配者が変わったとする。好戦的な支配者だ。その支配者が何をしようとしているか知っていたら、それに対応することは簡単だろ?」
「そうね」
レベッカは結構頭がいいようで、俺の言葉を瞬時に理解している。
「逆にだ。そんな国に民衆が支配者を倒そうとしているといった噂が流れたらどうなると思う?」
「その支配者は民衆を弾圧するかもしれないわね?」
「ということは隣国の内政が乱れるよね? じゃあ、そうなった隣国が自分の国に攻め込んでくる危険性は?」
そこまで言うと、レベッカがハッとした顔になる。
「それが情報を操作するってこと?」
「そういう事。軍備にお金を掛けなくても、自国の安全性が高まるね。そういう情報操作をやったり、自国が必要とする情報を敵国から手に入れたり……そういう事をする組織が諜報機関だね」
レベッカの目に光が宿るのがわかった。
「なかなか面白そう」
「まあ、
俺は風呂場でこんな重要な話をするのも何なので、執務室へレベッカを連れて行くことにした。
執務室に入ると、チームメンバーとエマが集まっていた。
「何? その女を許しちゃうの?」
エマが少々不機嫌そうな顔をする。
「まあ、そう言うなよ。実はこれから話す事をレベッカにやってもらおうかと考えているんだ。みんなの意見も聞いておきたい」
そう言って、俺は諜報機関について説明を行う。
「それは……俺でもできるんじゃ……ないか?」
最初に意見したのはハリスだ。
「多分出来るね。忍者だしね」
俺は
「だけど、長期間、トリエン以外の地域や他国への潜入を必要とする案件だ。ハリスがいないとチームのバランスが崩れちゃうんだよねぇ」
そういうと、ハリスは沈黙してしまう。
「そこで、レベッカの登場だな。彼女は
俺の言葉にレベッカが頷く。
「そうね。でも、もっと人員が必要になると思うけど」
確かに。諜報機関は一人では不可能だろう。彼女は盗賊ギルドの長だったわけだし、そういった人脈はありそうだ。そこを利用できるかな?
「私たちには得手不得手がある。必要な能力を持つ人材がいるなら登用するのが筋だろうな」
「そうじゃな。レベッカなら裏切らんじゃろうし」
トリシアとマリスがレベッカを擁護する言葉を発する。
この二人が一番反対しそうだと思ってたんだが。意外ですね。
「ま、私はそういうの良くわからないし、任せるわ」
エマはあまり興味なさげだな。
諜報アイテムとか作ってもらいたいんだけど……某国の有名スパイの七つ道具みたいなの!
「難しいのです。でも、仲間が増えるのは楽しいのですよ?」
アナベルはニコニコしているので賛成かな?
「よし、では賛成多数で諜報機関を設立することにする。これはトリエン地方に財政を負担させるつもりはないので、俺のポケット・マネーで運営しよう」
「ポケット? 真似?」
レベッカが微妙な顔をする。英語だとダメだな。
「俺の財布から金を出すって事。年間白金貨一〇〇枚程度でいいかな?」
「そ、そんなに!?」
レベッカが驚いた顔をする。
「ん? 君の盗賊ギルドの隠し部屋には金貨一〇〇〇〇枚もあったやん。白金貨にしたら四〇〇〇枚だぞ? そこから考えたら
「あれは、長年盗賊ギルドで溜め込んだ金だよ。あのギルドで白金貨一〇〇枚稼ぐなら数年以上掛かるよ……」
そうなの? まだまだ金銭感覚が身についていないのかもしれない。
「ま、俺個人で使える組織だし、白金貨一〇〇枚なら問題ないよ。ゴーレム部隊を作るのに比べたら、大した金額じゃないよ」
それを聞いたレベッカが再び驚いた顔になったが、他のメンバーは納得した顔になった。
こうして、新たなる行政機関、といっても俺個人の組織だけど、トリエン地方情報局、通称「TーDIO」が設立された。
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