第13章 ── 第17話

 夕方から城で晩餐会が行われた。

 王国内の有力貴族が五〇名以上参加する席に、俺たち一行も加わった。

 この席には既にロスリング家にゆかりのある貴族の姿は見当たらなかった。

 当然だが、例の盗賊ギルドを後援していたと目される貴族も出席していない。


 宰相フンボルト侯爵とミンスター公爵による迅速な処理が行われたのは間違いないだろう。


「諸君、この席で余は言っておきたい事が二つある」


 国王リカルドが静かに話し始めた。


「謁見の時にクサナギ辺境伯が申した願いについてだ。

 祖父王の代に起きた痛ましい事件により家族や親族、そして家を失ったエマ・マクスウェルに対し、余は家の再興を許した。これは祖父王が防ぎきれなかった王家にとって不名誉な記録である。

 余はそれを払拭したいのだ。この不名誉を払拭する機会を与えてくれたクサナギ辺境伯に感謝を述べたい」


 国王が俺に目礼したので、俺は立ち上がって深々と貴族の礼を以て応える。

 その姿に国王は満足げに頷く。


「マクスウェル家は男爵位ながら余の縁戚に連なる家だ。本来なら余の直臣とする所だが、エマ・マクスウェル女爵の強い希望により、クサナギ辺境伯の領地に所属する事を許すことにした。この事は諸君らにも伝えておく」


 国王は貴族たちを見渡し、頷くと更に続ける。


「さて、もう一つだが……いくつかの貴族の姿がないことに既に気づいている貴族諸君もいることだろう。これもマクスウェル家に関わる話と言えるやもしれない」


 国王は真面目な顔で言う。


「先月から先日までの間に二回。このクサナギ辺境伯の命が狙われた。盗賊ギルドの暗殺者によってである。その暗殺はある貴族が依頼したものだと判明した。それが余の直臣の貴族によって行われたことを知り、またもや余の名誉が傷つけられた事を知った。由々しき事態と言える」


 国王は厳しい顔で貴族たち一人一人ひとりひとりの顔を見つめていった。


「余は貴族たちの競争に反対はせぬ。だが、陰謀や謀殺によってそれらがなされることは貴族たちの恥と考える。また、余が叙爵じょしゃくした貴族を害そうと考えることは、余の判断を誤りであると言っているのに他ならないと感じる。

 余はクサナギ辺境伯を叙爵じょしゃくした事を誤りなどと思っておらん。諸君らも長く続いた帝国との問題をいとも簡単に平定した辺境伯の実力を疑うことはあるまい?」


 どの貴族も何も言わない。ここに集まる貴族の半数以上はあの三人の大貴族の門閥らしいし、リーダー三人の意向に従わない貴族はいないってことだ。


 居心地が悪そうにするものは何人かいたが、別段俺と関わりがあるとも思えない人たちなので無視でいいだろう。


「今回、余の直臣、ロスリング伯爵は、余の考えを否定し、そして余の名誉を傷つけた。いかに王国開闢かいびゃく以来の古参貴族といえど許す訳にはいかない。

 余を軽んずるものには厳罰を以て当たる」


 国王の厳しい視線が貴族たちに降りかかる。


「諸君らも心しておくように。以上だ」


 そう言うと国王は椅子に腰を下ろした。


 少々重苦しい雰囲気の中、マルエスト侯爵が立ち上がった。


「みなさん、国王陛下が先程申された、マクスウェル家の事ですが、歴史的に見ても非常に興味深い事実があるのですぞ?」


 そのマルエストの話に貴族たちの視線が集まる。


「アルマイア──悲劇のエルフ、奥方の物語を知らぬ者はおるまい?」


 何人かの貴族が静かに頷いている。


「それが何か? マルエスト侯爵殿。アルマイアの悲劇は貴族なら知らぬものはおるまい。それこそ血みどろの争いを戒める教訓とも言える話だ」


 そんな反応にマルエスト侯爵がニンマリと笑う。


「あの悲劇のアルマイア夫人が嫁がれていた貴族の家名を知るものは少ない」


 その言葉に、そういえば……とか家名は何だったっけ? といった反応がいくつも上がる。


「その家名こそ、マクスウェル男爵家なのですぞ、みなさん!」


 すると、おお!? とか、なんと! などの感嘆の声が上がる。


「ということは、今回のお家再興は、あの悲劇に終止符を打つことになるのですな!?」


 少々小太りだが人の良さそうな貴族が声を上げた。


「その通りですぞ、ハーマン伯爵。ついでに付け加えるなら、エマ殿こそ、そのアルマイア夫人のお子さんなのですぞ?」


 エマに視線が集まる。エマが少々居心地悪そうに身じろぎする。


「何を言い出すのかと思ったら……まだ一〇とおほどの子供ではないか」


 その反論にマルエストは更にニンマリとした顔になる。


「ある事を忘れておるのではありますまいか、ボーマン侯爵」

「何を忘れているというのかね?」

「アルマイア夫人はエルフだったのですぞ? エマ殿はハーフ・エルフなのです。そして、長い間魔法の力で眠っていたと聞いております」


 またエマに視線が集まった。


「な、なるほど……エルフは長寿だ……ハーフ・エルフであれば……そういう事か」


 ボーマン侯爵と呼ばれた男が何やら納得し始める。


「これは晩餐会後の園遊会で御婦人たちが大喜びするネタができましたな」

「然り然り。なにぶん、女どもはあの物語を妙に気に入っているからな」

「前回のファーマル劇場の公演の際に少なからず援助させられましたからな」


 口々に盛り上がり始める。最初の重苦しい雰囲気は既に四散していた。


 やるな、マルエスト侯爵。彼はこういう手腕を持っているわけだ。貴族内のムードメーカーなのかな。


 それからの晩餐会は話が盛り上がり、エマの救出劇について俺たちの話を聞きたがる貴族諸侯が多くいた。

 もちろん、トリ・エンティルの英雄譚として認識しているようだったので俺は脇役に回った。


 晩餐会後の園遊会。俗に社交界と言ったものだと思うが、その社交界にエマと俺はデビューしたということになるのかな?

 前回、王都の晩餐会は鎧姿だったし、あまり社交界デビューという感じではなかった。貴族たちの認知度が今と前では全く違うからね。

 エマは婦女子たちに囲まれ、大人気だった。見た目は一〇歳程度でマリスと同じようなものだが、年齢的には二二歳だしハーフ・エルフという事も相まって人形のような可憐な美貌が御婦人たちの心を捕らえたと言えよう。


 また、トリシアも御婦人たちに大変な人気だ。エルフ特有の絶世の美女なのに男装ですからね。ヅカジェンヌ的な効果で女性たちがメロメロになっている。


 マリスとアナベルはというと、髭モジャのドヴァルス侯爵を筆頭に、男性貴族たちに取り囲まれていた。可愛いと巨乳は正義ということなんでしょうか?


 ハリスは「影に潜んでいる」という言葉がピッタリです。俺の目には見えているんだが、誰も彼に気づいていないといった感じ。忍者になって、その傾向が異様に高くなっている気がする。

 俺としては男同士で飲みたいとも思うんだが、酒を持っていこうとしたら気にするなのポーズをして近づけない雰囲気。


 で、俺の周りだが、三貴族は勿論だが、その取り巻き連中や俺とお近づきになりたい下級貴族などが集まってしまっている。


 その中で、以前、俺の館の宴に出てくれた何人かに再び出会った。


「ファーガソン准男爵でしたね?」

「覚えておいで下さいましたか」

「当然です。実は折り入ってお願いがあったんですよ」


 ソリス・ファーガソン准男爵。貴族位としては最下位だが、以前会った時に聡明さを感じた紳士だ。


「今、我が領地が非常に忙しい事になっていましてね」

「それは結構なことですね」

「それが、行政長官一人だと捌ききれないほどでして。ファーガソン准男爵、俺の領地トリエンの街の行政副長官などをやってもらえませんかね?」


 それを聞いたファーガソン准男爵が目をパチパチしはじめた。


「わ、私ごときにそのような仕事を……?」

「ええ。俺の目に狂いが無ければ、准男爵、あなたの聡明さは埋もれさせておくには惜しい」


 ファーガソンの目尻に少し涙がにじみ始める。


「も、申し訳ない。少々、感極まりまして」

「どうかなさいましたか?」

「当家は爵位を頂いてからずっと無役でして……病気の母を抱えて、そろそろ家を畳んでしまったほうがいいのではないかと思っていたのです」


 そうなの? あぶねぇ。こんな有能そうな人物を在野ざいやに落とすところだったわ。


「トリエンの街に来て頂けるなら、住まいや当座の用意は勿論ですが援助させていただきますよ」


 その言葉にファーガソン准男爵は臣下の礼の姿勢を取った。


「この身の全てを閣下に差し出し、臣下としてお仕えさせて頂きます」

「ありがとうございます。本当に助かりますよ」


 俺は彼の手を取って立ち上がらせる。


「後で俺が泊まっている宿の部屋まで来て頂けますか? 迎えるにあたっての待遇なども話し合いたいですし、今後、やって頂きたい事も話しておきたいので」

「畏まりました、閣下」


 それから、カイル・ロッテルとも話した。ロッテル子爵家の次男の武人だ。


「クサナギ辺境伯閣下、貴方が王国最強だともっぱらの噂なのですが……」

「え? マジで?」

「ええ。あの紅き猛将が模擬戦で負けたと伝え聞いております」


 あー。あの話、外に出ちゃったのか。


「まあ、運良く勝てたんですけどね」

「ご謙遜を。オルドリン子爵閣下は運で勝てる御仁じゃありませんよ」

「ちなみに、あそこにいる神官プリーストも勝ってますよ?」


 そういって俺はアナベルを指差す。カイルは信じられないといった顔つきだ。


「彼女は帝国最強なんですよ」


 そういうとカイルが目を見開く。


「も、もしかして狂戦士殿ですか!?」

「そういう称号持ちみたいですねぇ……他の人から聞く二つ名も毎回物騒な感じでした」


 俺は苦笑してしまう。


 王国でも相当名を馳せているんだから笑わずにはいられないよ。


「お手合わせを願いたいものです」

「あー、おっとりした感じに見えるけど、戦闘になると人が変わるから気をつけないといけないんですよ? それから彼女、レベル四二なので……」

「よ、四二!?」

「あっちのマリスは四三です」


 ドヴァルス侯爵に肩車をされて微妙な顔つきのマリスを俺は指差す。


「四三!?」

「貴方も知ってるトリ・エンティルは今、五五です。出会った時は四一だったんですけどねぇ」


 カイルはポカーンとした顔で呆然としている。


「ま、既に伝説だったトリシアを、彼女らは今、越えてますからね。模擬戦するのはお勧めしないですよ?」


 カイルは呆然とした状態から戻ると、俺に真剣な目を向けてきた。


「クサナギ辺境伯閣下。私を家臣に加えて頂けないでしょうか? 貴方の武を間近で感じたいのです」


 そこには真摯な気持ちが感じ取れた。


「うーん。俺なんかで良いんですか? 貴方なら軍でも有能な指揮官になれそうな気がするんですが」

「いえ、軍に興味はありません。閣下の元にいれば、自分はより高みに行ける。今、そう確信しています」


 うちのパーティに入れるつもりはないけど、ゴーレム部隊の指揮官にはいいかもしれないな? 何人か人間の指揮官が欲しいと思っていたから、彼にはそれを任せられるかもしれない。


「じゃあ、よろしくお願いしようかな?」

「はっ! こちらこそよろしくお願い致します! 辺境伯閣下!」


 カイルも俺にひざまずいてきた。そういうの結構苦手だけど、俺も貴族だし仕方ないね。


「後で、ファーガソン准男爵と俺の宿に来てくれるかな?」

「了解しました、閣下!」


 うーん、軍人っぽい。軍人嫌がってたのに、まんま軍人だよ。


 他にも何人か俺の家臣になりたいという下級貴族がやってきたので、その能力などを判断しながら、少数ながら俺の家臣に加えることになった。


 こうやって貴族の派閥的なものが出来ていくのかもしれない。

 でも、派閥の抗争とか面倒な事は嫌いなので、俺の名を笠に着たような事は許さないという事は徹底しておこう。

 そんな奴は俺の部下に必要ないからね。俺は能力主義だから。

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