第13章 ── 第16話
王の執務室での報告が終わりかけた時、扉がノックされミンスター公爵が入ってきた。公爵の後ろにルイス・エマードソン伯爵がついてきていた。
執務室の中にゴーレムホースがいて、王様が撫で回しているのを見て公爵と伯爵は少々驚いたようだが、すぐに平静に戻ったようだ。
「リカルド……陛下、それと宰相、話がある」
「俺たちは出ていった方がよろしいですかね?」
「いや、君に関係することだ。いてもらった方が助かる」
あ、ロスリングの話かな? なんでエマードソン伯爵がいるのか解らないけど。
「何だ、コーネル。それよりも見てくれ! クサナギ辺境伯からもらったんだ!」
早速、ゴーレムホースの自慢ですな。マジで子供みたいだ。
それを見てもミンスター公爵が何の反応も示さないのを見て、国王が真面目な顔になった。
「よほど重要な案件ということか?」
「リカルド、その通りだ」
「
お? 国王とミンスター公爵は
「実は、ここにいるクサナギ辺境伯殿にも関係がある話だ」
そう聞くと国王だけでなくフンボルト侯爵も顔色を変える。
やはりロスリング伯爵のことだと確信する。
「実は、先月の事になるが、私はトリエンのブリストル大祭に顔を出した。その時、毒矢によってクサナギ辺境伯が命を狙われた」
国王と宰相が言葉もなく無言で驚く。
「その時、クサナギ辺境伯は驚異的な体力と精神力で一命をとりとめた。事を大きくしたがらない辺境伯の事、我々も口をつぐんでいたのだ」
「そ、そんな大事を黙っていたのか!」
国王が少々怒り出した。
「あ、陛下、ミンスター公爵に罪はありません。俺がそのようにしてもらったんですから」
俺の取りなしで国王の怒りは急速に落ち着いていく。
「それで? それだけでこの話は終わったわけではあるまい」
「実は先日、クサナギ辺境伯の命が再び狙われた」
フンボルト侯爵が険しい顔で俺の顔を見てきた。俺は無言で頷いておく。
「実行犯はドラケンに根付いていた盗賊ギルド『血まみれの鷹』の暗殺部隊」
ミンスター公爵が一度言葉を切る。みんなの頭に話が浸透するだけの間だが。
「幸い、辺境伯殿の協力もあり、ドラケンの衛兵隊が盗賊ギルドの殲滅には成功した」
「それは
国王がそんな相槌を打つが、ミンスター公爵の顔はピクリとも動かない。
「それだけなら何の問題もなかったんだがね、リカルド。この暗殺未遂事件には当然ながら依頼者がいる」
ミンスター公爵の言葉に国王の眉間に
「その口ぶりだと……」
「その通り、貴族の仕業だよ」
「バカな……例の事件以来、貴族間での謀略はご法度ではないですか!」
「それを破ったバカがいるということだよ、ロゲール」
ミンスター公爵は反論したフンボルト侯爵に辛辣に返答する。
「それで、その首謀者は誰かね?」
「二度目の暗殺未遂を辺境伯から報告された私は、謁見前に貴族たちから情報を集めてみた」
そう言ってミンスター公爵はエマードソン伯爵に頷いて見せた。
「エマードソンでございます、陛下」
「挨拶は良い。先を述べよ」
「はっ。実は先月の事ですが、王都で開かれた伯爵以下の爵位のものが集まるサロンでの話です。クサナギ辺境伯が死んだという噂がありました。暗殺者による謀殺だと」
エマードソン伯爵の話に俺もビックリする。
「その知らせを受け、歓喜したものがおります」
「だ、誰だ、それは?」
国王が厳しい声色でエマードソンを問いただす。
「アルベール・ロスリング、陛下の直臣でございます」
それを聞いたリカルド・エルトロ・ファーレンがハンマーで脳天を強烈に殴られたような顔つきになる。フンボルト侯爵も例外ではなく、似たような顔つきだ。
「ロスリング……あやつには戒めのために登城禁止を言い渡したはずだぞ?」
「左様です、陛下。その程度なら逆恨みもないはずだと私も判断しました。自分の行動や言動を省みるのに良いと判断したのですが」
リカルド国王とフンボルト侯爵がお互いにロスリングに与えた処罰を確認している。
「余の直臣が、余の意向を無視したというのか……よりにもよってクサナギ辺境伯に害意だと……」
国王の体がフラリと揺れ、執務机にしがみ付く。そして、少しの間無言になってしまう。
ようやく口を開いた国王から発せられた言葉は苛烈を極めた。
「ロゲール! 宰相!!」
「はっ! 陛下!」
「余の名を以て命ずる! ロスリング家のものをすべて捕らえよ! いいか? 全てだ! 親戚筋……外戚も含めて! 使用人も逃すな!」
使用人もかよ……まぁ、盗賊ギルドとの橋渡しをしたやつもいるかも知れないからなぁ……
「拝命しました!」
「私の治世でこのようなことは二度と許さん……」
国王の言葉は血が混じるような凄まじい決意の響きがあった。
いつも、のほほんとした感じで人のいい国王が、これほどまで激しい一面を持っていることに俺は驚いた。
だが、為政者の意を曲解したり、無視する輩に失望し続けてきた者はこうなるのだと心に刻んでおこう。
「ミンスター公爵、そしてエマードソン伯爵、貴殿らの忠誠に感謝を」
「勿体なきお言葉」
エマードソン伯爵が
立ち上がったエマードソン伯爵に俺は話しかける。
「証言ありがとうございます、エマードソン伯爵」
「二度目の暗殺未遂の話を聞いて驚きましたよ、辺境伯殿」
「まあ、あの程度は何でもありませんから」
「二度目が実行される前に手を打っていなかったのですかな?」
「生憎、情報がありませんでしたので」
俺がそういうとエマードソンが
「それは変ですな?」
「へ? どういうことでしょう?」
「私は先月の事ですが、貴方の片腕、クリストファ殿にこの情報を話しておいたのですが」
今度は俺がハンマーで頭を殴られたような衝撃を受ける。
「ちょ、え? それ、本当ですか!?」
「事実ですよ。例の蛇口の案件で面会した時のことですから……正確な日付は……」
エマードソンが考えるように宙を見つめる。
「そうそう。先月……アミエル月の四一日でしたね。帰り道の夜空にバファエルの流星群が見えた日ですからな」
俺はカレンダーを確認する。その日は工房に籠もっていた日だな。工房から出たのが四二日だからな。帝国へ出発する前日の出来事か……
俺が帝国を出発する前なら報告が上がってきていないのはおかしい。クリストファが俺の暗殺に一枚噛んでいるという可能性が出てきたというのか。
あまり考えられない事なんだが……これはトリエンに戻った時にクリストファを問い詰めねばならないな。
「エマードソン伯爵、情報ありがとう」
「お役に立てて光栄です」
エマードソンが貴族式の綺麗な仕草で頭を下げてくる。
「何にしても、俺に情報を上げてこなかったクリストファにその意図を聞かなくちゃなりません」
「クリストファ殿が閣下を裏切った……という事でしょうかな?」
「いや……それは無いと思いたいんですがね。一応弁明の機会を与えねばなりません」
エマードソン伯爵は少々理解できないと言った顔だが、それを口にすることはなかった。
「もし行政長官殿が失脚されるような事になったら、エマードソン商会との取引に影響はありますかな?」
「いや、それはありません。エマードソン商会の力は俺も大いに期待しているので、今後も良好なお付き合いをさせて頂きたく思います」
それを聞いたエマードソンはニンマリと笑う。
「安心しました。これからも良いお付き合いをさせて頂きたいと私も思います」
俺はエマードソンと握手を交わした。
だが、俺のニコリと笑った顔とは裏腹に、頭の中は嵐のように思考が巡っていた。
裏切られたのではないかという疑惑、疑念。信じたいという気持ち。俺とアルフォートとクリストファの三人で結束した日の思い出。それらがごちゃ混ぜになってグルグルと回っている。
今なら国王陛下の臣下への失望といった気持ちが少しだけ判る気がする。国王という立場なら、こういった感情はもっと大きいものなのかもしれない。
国王のあの激烈な反応と対応が、その衝撃の大きさを現していると理解した。
俺も国王を見習うべきなのだろうか?
そんな危険な感情が俺の思考を硬直させていく。
「ケント? クリストファなら大丈夫じゃろ?」
「当たり前だ。部下を信頼できなくなったら終わりだぞ?」
トリシアが俺の肩に手を置く。マリスはうなだれた俺の頭を背伸びをして撫でてくれている。
その手の温もりが骨の髄まで暖めてくれるような不思議な感触を俺の心にもたらしてくれた。
思考の硬直がゆっくりと溶け、氷解していく。
そうだな。俺がクリストファを信じてやらねばな。今、俺を失ったら、トリエンは大変なことになる。そんなバカな事をクリストファが考えるはずはないんだ。
「クリストファってどなたですの?」
マヌケな質問がアナベルから飛び出す。
「クリストファはトリエンの街の行政長官じゃよ? ケントとは仲良しさんなのじゃ」
「あの色男がケントを裏切るなんて考えられないわね。館の食堂で時々会ったし、魔法の蛇口の出荷について話し合ったりしたけど、そういう兆候は感じられなかったわ」
そうか。エマは工房の担当官だし、クリストファと話す機会も多かったんだよな? そのエマがそういうのなら何の問題もないのかもしれない。
かなり面倒な仕事をクリスには押し付けていたし、多忙を極めたせいで報告を忘れたという事も考えられる。
俺の思考は迷路からようやく脱した。
人間、疑い始めると切りがないし、できれば俺は友人を信じたい。もし裏切られたのが本当だとしても、裏切られる程度の俺が悪いとも思える。
信頼の無い関係なんて長続きもしないし、いい結果も生まれないもんだ。
今、トリエンの財政は健全化しているし、魔法の蛇口販売によって潤い始めている。
この順調な運営状況を見ても何か陰謀的なものが裏で動いているとは到底思えないもんな。
「みんな、ありがとう。落ち着いたよ」
「うむ。死にそうな顔になってたのじゃ。心配させるでないぞ?」
「ケントには私たちがいる。何か起きても私たちがケントを支えるから安心しろ」
「そうなのですー。私もケントさんの味方なのですよ? マリオンさまもアースラさまもそうなのです!」
「ケントの……後ろは……俺が守る……」
「わ、私だってケントと一緒よ!」
俺の後ろには、これほど信頼できる仲間がいるじゃないか。クリスもその一人だ。それに帝国のアルフォートを筆頭に、ジルベルトさん、デニッセル、ナルバレス侯爵だっているんだしな。
俺は一人じゃない。今は一人じゃない。これほど嬉しいことはない。
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