第13章 ── 第15話

 国王との謁見が始まったのは昼を過ぎての事だった。


 それまでは軽いレセプションのようなものが行われて、各貴族たちの情報交換や交友などが行われていた。

 俺たちは三貴族と一緒なので、その傘下の貴族などと軽い会話などで暇をつぶした。

 立食パーティ的な軽食も出たので空腹は問題ないが、軽めと手抜きが合わさった食事という印象が拭えぬメニューだったので、後でメンバーに食い物を要求されるに違いない。宿の厨房借りるかな。


 こうして午後になり、謁見の間で国王との挨拶会が始まる。

 位の高い順からなので、王族を筆頭にミンスター公爵などの国王と血筋が近いものから始まる。


 俺の出番は四〇番目くらいだったけど、二〇〇人近くいる貴族の中で四〇番って結構前の方だよね。新興貴族なんだけどなぁ。


「陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」


 前の貴族の文言を真似て挨拶してみる。


「クサナギ辺境伯、堅苦しい挨拶は良い。帝国はどうであった?」


 やっぱり国王陛下も興味はそっちですか?


「上手く行きましたよ。前回お話しした計画の部分はすべて帝国に飲ませました」

「おお……さすがだな」

「それと……帝国の北側に広がる湿地帯を割譲してきたんですが」

「なんと! 領土まで奪い取れたというのか!?」


 国王は挨拶そっちのけです。報告会って訳じゃないんだがなぁ……


「実のところ、王国に割譲じゃなく、俺に割譲してきたんですが……」

「ん? そうなのか? まあ、いいだろう。それにしても良くやってくれたな」


 リカルド国王はご満悦のようだ。宰相のフンボルトさんも満足げな笑みを浮かべている。


「詳しい活動や条約に関する前段などの報告は後ほどでよろしいでしょうか?」

「うむ。そのようにしよう」

「それと……実は一つお願いがありまして……」

「何だね? 遠慮なく言ってくれ」


 この様な場で言って良いのかわからんけど、王の許しが出たので話すことにする。


「今から約七〇年前に起きた事件のことなのですが、ブリストル子爵暗殺事件の被害者の一人を発見しました」


 俺がそういうと国王の眉間にしわが寄る。


「つきまして、不当な被害を被ったマクスウェル男爵家の再興をお願いしたいのです」


 俺の後ろの仲間たちの中にいたエマの手を取り、俺の横に来させる。


「こちらの令嬢がシャーリー・エイジェルステット・デ・ブリストル子爵の姪、エマ・マクスウェルです」

「マクスウェル……」


 国王の目が宙を探るようになる。


「マクスウェル……聞いたことがある家名だ……」


 貴族の列にいたミンスター公爵が前に進み出た。


「陛下、マクスウェル男爵家とはあの王国の英傑の家柄でございます」


 その言葉にリカルドの目がハッと開かれる。


「お! 叔母の血筋ではないか!?」

「さようです。私も先程まで忘れておりましたが、何よりエマ殿の所持しているハンカチの紋章で判明しました」


 エマがゴソゴソとハンカチを取り出す。


「これの事でしょうか?」


 エマが広げたハンカチにリカルド国王の目が止まる。


「おお、セリーナ叔母さんの家の紋章によく似ているな」

「そうです。今は亡きセリーナ・クラーク様のお家の庶子筋にあたるようですが、そのお血筋でしょう」


 国王は何かを思い出そうとしている。


「そう言えば……祖父が申しておったな。クラーク家の傍流の家が不心得者によって謀殺され血が絶えたとか」

「陛下、絶えて居なかったのです。その血筋の嫡子がクサナギ辺境伯殿の手によって発見されたのです」

「それにしては……若いな」


 国王がエマの顔をジロリと見た。


「彼女はハーフ・エルフですよ、陛下。六八年ほど仮死状態のようになっていたのですが、そのせいで成長が止まっています。その状態になるまでに二二歳になっています」


 エマがコクリと頷く。


「ハーフ・エルフなのか? ん? あの物語が思い出されるな?」


 国王の言葉に今度はマルエスト侯爵が前に出てきた。


「その物語の悲劇の奥方の忘れ形見が、エマ殿でございます、陛下」

「おお、エルフの奥方の子供か!」


 その物語は随分と有名らしいね。俺は知らないけど。


 エマを見てみると、少々顔が赤くなってる。貴族の男たちに注目を浴びて照れているのかもしれない。


「一体どこにおったのだ?」


 国王が興味深げに聞いてきた。別に隠す必要もないので応える。


「トリエンの西側に位置する廃砦群、ホイスター砦の地下でございます」


 ホイスター砦と聞いてリカルド国王がった。


「アンデッドの巣窟……ドラゴンに破壊された砦……」

「左様です」


 俺は頷く。


「後ほど、その辺りも詳しく聞きたい」

「ご随意に」


 こうして俺の挨拶は終わった。


 しばらくして、俺たちはフンボルト侯爵に連れられて国王の執務室へと連れて行かれた。


「クサナギ辺境伯、詳しい報告を頼む」

「了解しました。まず、帝国での事からご報告しましょう」


 俺はそう言って、帝国であった様々な事を詳細に報告する。

 ダイア・ウルフの事を報告するあたりでは余り良い顔はされなかったが、文句は言われなかった。

 そして帝都でキマイラやアルコーンの事になると、国王もフンボルト侯爵も顔面蒼白になる。


「そ、そんな上級魔族……いや、邪悪なる亜神が……」

「はい。もう討伐してありますので問題はありません」


 俺はそう応える。その俺を驚愕の表情で見つめてくるリカルド国王。


「や、やはりプレイヤーというものは凄まじいな……」


 国王はプレイヤーの存在を知る数少ない人物の一人だからなぁ。


「まあ、俺だけの力というか……神に少々助けてもらいました」

「え? よく聞こえなかったのだが……?」

「英雄神アースラに少々稽古を付けて頂きまして。そのお陰か結構楽に倒せました」


 リカルドの顎がカクーンと落ちた。


「アースラ神がご降臨あそばされたと申すのか……?」

「そうです。多分ですけど、今、トリエンの館で酒でも飲んでるんじゃないですかね?」


 フンボルト侯爵の問いに俺は素直に応えておく。


「……天変地異の前触れ……だろうか?」


 国王が囁くような小さな声を上げたが、俺の聞き耳スキルが拾ってきた。


「いえ、アースラとは同郷なんですよ。彼も元はプレイヤーですからね」


 俺はアースラについて簡単に説明する。

 神話の時代に転生してきた事、その功績が認められて神になったらしい事などだ。


「アースラはティエルローゼ固有の神々ではありませんので、結構自由みたいなんですよね。今回下界に降りてきたのも俺の料理が食べたいからって理由ですし」


 国王が、もう何を聞いても驚き尽くしたといった疲れた表情をしていた。


「それでは何か神罰とか天変地異を起こしに来たわけではないのですな?」


 フンボルト侯爵も妙な汗を流しながら俺に問いかける。


「そんな事、俺が許しませんよ。アースラがそんな事しに来たら神界に追い払います」

「クサナギ辺境伯なら出来そうだな……」


 俺の言葉にリカルド国王がようやく安心する。


「ま、そんな訳で、帝国の領土割譲は女帝救出の駄賃みたいなもんですかね。ちなみに、これが割譲の証明書です」


 俺は女王の書類を見せる。


「なるほど。解った。良くやってくれた」

「土地の借款しゃっかんなども既に約束が交わされていますが、そちらは王国との国交が正常化してからということになっています」


 フンボルト侯爵はそれを聞いて頷く。


「その件も了解した。ご苦労だったな」

「いえ、俺の領土のためですので。あ、そうそう。ファルエンケールと交易を行うかもしれませんので、それも了承してくれます?」

「エルフたちともか?」

「ええ、軍隊作るのにミスリルが大量に必要なもんで」


 国王とフンボルト侯爵が困惑した顔になる。


「な、何をするつもりかね?」

「ゴーレム兵部隊を組織するつもりなんですよ」


 俺はゴーレム部隊の利便性を二人にく。


「可能なのか!?」

「もちろんですよ。そうそう、謁見の間では出しませんでしたけど、陛下に献上の品があります。マクスウェル家再興のために作ったんですけどね」


 そう言って、俺はインベントリ・バッグから真新しいゴーレムホースを取り出した。


 国王の目がゴーレムホースに釘付けになる。


「こ、これは!?」


 リカルド国王の目が少年のようにキラキラと輝く。


「はい。ミスリルで作った騎乗ゴーレムです。俺の持っているのと同じ奴ですね」

「す、凄い……」


 フンボルト侯爵も感嘆の声を上げた。


「これを余に?」

「そのために作りました。この馬は陛下の命令しか聞きません。陛下専用の騎乗ゴーレムです」


 ま、俺の命令も聞くけどね。製作者だから当たり前のバックドアですよ。


「これほどの宝を……余は嬉しく思うぞ」


 早速乗り回したい衝動に駆られているようだ。トリシアもマリスもそうだったからなぁ。気持ちは判るよ。俺もスレイプニルを手に入れた日は乗り回したからね。


「マクスウェル家の再興を許す。ロゲール、そのように手配し高札を揚げよ」

「賜りました」


 フンボルト侯爵が丁寧なお辞儀で応える。


「再興ってこんなに簡単なの?」


 エマが俺を見上げて言う。


「そうみたいだね。まあ、国の支配者が言うんだ。誰も反対なんかしないよ」

「そう簡単な事ではありません」


 フンボルト侯爵が戸棚から貴族家の資料を出しながら言う。


「先程の謁見にて、ミンスター公爵とマルエスト侯爵が押しているようでしたし、他の貴族からの反対はありますまいが」


 フンボルト侯爵によれば、一度潰れた貴族の再興は結構面倒事が多いらしい。政争、それも謀殺によって潰された貴族家はかなり厄介だそうだ。


 だが、マクスウェル家については、相当昔の事というのもあるし、敵対貴族が一掃されたという記録があるようなので、面倒事は起こりえないという判断もあるようだ。


「それでは、マクスウェル男爵家当主、エマ・マクスウェル殿」

「は、はい!」


 突然、侯爵から声を掛けられたエマが慌てて返事をする。


「男爵家の再興は果たされた。血筋などを考慮して陛下の直臣として仕える事も許されるが、どうするね?」

「私はケント……いえ、クサナギ辺境伯閣下の主席魔法担当官です。トリエン領に所属致します」

「相わかった」


 フンボルト侯爵が頷いて書類に何かを書いている。


「クサナギ辺境伯、このゴーレムの名前は何というのかね?」


 国王はゴーレムホースに心を奪われ、子供のようだ。


「名前はご自由に付けて下さい。人間の言葉を理解するので名付けられます」

「おお……早速何か考えねばな……」


 国王は長考に入った。もう誰の言葉も耳に入らないだろう。

 この国王は相変わらずだなぁ。そこが憎めない所でもあるんだけどね。

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