第13章 ── 第14話
「それで、相談というのは?」
ミンスター公爵が俺を促す。
「これを御覧ください」
俺はインベントリ・バッグから一枚の書類を取り出す。俺の暗殺依頼を書き留めた書類だ。
「これは?」
「盗賊ギルドが俺の暗殺依頼を受けた時の書類ですよ」
ドヴァルス侯爵が興味深そうに覗き込んだ。
「なんだって……!? ロスリング???」
「そうです。俺の暗殺を盗賊ギルドに依頼した人物はロスリング伯爵だったんですよ」
三人に沈黙が降りる。
「何を恨みに思って暗殺なんか依頼したのか判りませんが……」
「陛下との謁見で恥をかかされた……大方そんな所ではないか?」
ミンスター公爵が推測を口に出す。
「恥ですか……あれは自業自得という気がしますが?」
「彼はそう考えなかったのだろう。有力貴族の面々の前で侮辱された。そう思ったのかもしれん」
「そう言えば、ロスリング伯爵は今、どんな状況なんです?」
あの時、処分が言い渡されるまで謹慎とかなんとか言ってた気がするが。
「一ヶ月ほど登城禁止を言い渡されたはずだ。ロスリング家は王国
ドヴァルス侯爵が冷たい顔で言い放つ。
「これは大変な事件ですな。先々代の不安定な国政時ならともかく、今この時にこんな権力闘争が表に出ては……」
マルエスト侯爵が口に手を当てて青ざめる。
「今は暗殺なんかはないんですか?」
「ほとんど無いでしょうな。以前も言った記憶がありますが、お家騒動などで暗殺を手段に使ったなどという噂が流れることが時々……他家へ向けての暗殺など、ここ数十年ないはず。記録的には七〇年近く前のブリストル子爵の暗殺事件が最後では?」
歴史に詳しいマルエスト侯爵が記憶を辿って教えてくれる。
その言葉にビクリとエマが反応するのが見えた。
「なるほど……そうそう。みなさんにご紹介したいのですが」
そう言って、俺はエマの方を見る。薄くピンク色の白いドレスが可愛いエマの手を俺は取る。
「おお、小さなお嬢さん。ご機嫌は如何かな?」
ヒゲモジャのロリコン、ドヴァルス侯爵が相好を崩す。
「彼女はマクスウェル男爵家の嫡子でしてね」
「はて……聞いたことがない家名だが?」
ミンスター公爵が首を傾げる。
「あぁ、そうですね。彼女は先程マルエスト侯爵が
それを聞いたマルエスト侯爵が目を丸くする。
「すると……ブリストル子爵の……」
「姪にあたります。当時、エイジェルステット・デ・ブリストル子爵の人質として捕らえられていましたが、イルシス神の加護に守られ現代まで眠っていたのです」
俺はエマを助けた経緯を大まかに説明する。
「そ、それは……! 当時の生き証人ってことですな!?」
マルエスト侯爵が興奮で鼻息が荒くなる。
「王国の大都市を治める領主閣下のみなさまにお会いできて光栄です。エマ・マクスウェルと申します。以後、お見知りおきを」
エマが綺麗な貴族風の会釈をした。一〇代の子供に見えるが、仕草は非常に大人びている。
「おお、しっかりしたお子さんだ」
マルエスト侯爵が破顔する。
「失礼ですが……こう見えてもハーフ・エルフゆえ、二二歳でございます」
それを聞いてマルエスト侯爵がまたビックリした。
「な、なるほど! それは失礼した。御母上の仕込みがいいのですな。実に気品がある」
俺はミンスター公爵に聞いてみる。
「正確には六八年……いや、年が開けたから六九年前ですかね。その当時、陰謀によって失くなってしまった家名の再興は可能でしょうか?」
「そ、そうだな……私は事件を詳しくしらないのだが……」
「それはお任せ下さい」
マルエスト侯爵がシャーリーの暗殺事件の貴族目線での記録を得々と話してくれた。
当時、トリ・エンティルが出張った事件だけあって、社交界ではかなりセンセーショナルな事件だったようだ。
その事件に関わった貴族は優に二〇人を越え、時の国王の怒りは頂点に達した。
国王はブリストル子爵の謀殺に関係した者のみならず、その家族も含め厳しく処断した。
ただ小さな子供には罪が無いとして、処断を免れたそうだ。一五歳以上の成人は
その事件があってからと言うもの貴族同士の争いが、なりを潜めたらしい。国王の権威に傷がついた事件だけあって、今でも貴族を律する故事になっているとマルエスト侯爵は付け加えた。
「シャーリー・エイジェルステット子爵の姉が当時、マクスウェル男爵家に嫁いでましてね。その嫡子がエマなんですよ」
マルエスト子爵がポンと掌に拳を落とした。
「そう言えば! 麗しきエルフの奥方の物語のことですな! 悲劇に見舞われ命を落とした。そんな悲劇芝居がありましたな!」
この物語は民間でも人気があり、現在でも時々演じられるらしい。特に女性に人気があるそうだ。
「そうですか! その物語の奥方の忘れ形見が!」
歴史の一端に触れられてマルエスト侯爵が歓喜に打ち震えていた。
「そういう事情だと、再興に陛下も反対はなされまい。それを証明できるものがあるかね?」
エマがポケットから刺繍入りのハンカチを取り出した。
「私が今持っているのはこれだけです」
ミンスター公爵がそのハンカチを広げる。
「これは……! こ、これがマクスウェル家の紋章かね!?」
「そ、そうですけど……?」
ミンスター公爵が少々難しい顔になる。
「この紋章は確かに男爵号のものだ。しかし、この第三クォーターの部分に立ち上がるライオンの印がある。これは王家の血筋を表すものだ。なぜ男爵に王家の紋様が……? ライオンに斜線……ということは、庶子の血筋ということだが……」
ミンスター公爵が紋章を見てブツブツと呟いている。さすがに公爵だけあって紋章にも詳しいっぽいね。俺にはチンプンカンプンだが、記号によって意味があるのか。
立ち上がるライオンは王家の紋章に左右二体描かれているけど、エマのハンカチは一体だ。そこにも意味があるのかな?
「どうです? そのハンカチが身元の証になりますかね?」
「貴族の紋章を偽ることは重罪だ。これを私に気兼ねなく渡してきた事だけでも証といえるだろうな」
「そうなんですか?」
ミンスター公爵が頷く。
「私はドラケンの領主であるが、王国の紋章学を修めていてね。王国で紋章について私以上に詳しいものはいないだろう。王城にある紋章年鑑はほぼ頭の中に修めている。趣味が講じたが、こんな所で役に立つとは」
すごいな。ミンスター公爵は紋章の権威ってことか。苦笑しているが、自信ありげだし間違いなさそうだ。
「俺は陛下にマクスウェル家の再興を願い出ようと思っています」
「うむ。私も全面的に支援させてもらおう」
ミンスター公爵が優しげな笑顔をエマに向けた。
「わ、私、マルエスト侯爵家がお家再興の後援をしてもいいのですがな?」
慌てたようにマルエスト侯爵が付け加えてくる。
「麗しき少女が困っているなら私も力を貸すぞ!?」
ドヴァルス侯爵も身を乗り出してくる。
「あ、ありがとうございます。でも、私はケントの領地で魔法の研究を行いたいのです」
エマが少々戸惑った感じで言う。
「一応、今、エマは俺の領地の魔法担当官として雇っていましてね。後援はありがたいのですが……」
「そ、そうか……でもお力はお貸ししますぞ?」
少々残念そうなマルエスト侯爵だが、力を貸してくれるらしい。
「クサナギ辺境伯殿でもどうにも出来ない事があったら遠慮なく私の領地に使いを出すといい」
ドヴァルス侯爵がエマの手を取って言う。やっぱりロリコンだよね?
「クサナギ辺境伯殿。ロスリングの事、御前では私に任せてもらえないか? もちろん、マクスウェル家の再興にも口添えさせてもらう」
ミンスター公爵が真面目な顔で俺の目をしっかりと見てくる。
さっきの盗賊ギルドの件も含めて恩返しさせてくれってことなんだろうな。そういう事なら俺としても助かる。
「お願いできますか?」
「喜んで
そういうとミンスター公爵は俺の手を取る。それを見たマルエスト侯爵も俺と公爵の手の上に自分の手を置いてきた。エマに良いところを見せたいドヴァルスも手を出してきた。
こうして、大貴族連合三人衆を俺は完全に仲間につけることが出来た。エマと盗賊ギルドの情報を出汁に使った感じだけど、それはそれで情報戦って事で許してもらおう。
大貴族三人が退出した後、エマが深い溜息を
「はー。息が詰まるわ」
「ご苦労さん。なかなか貴族のご令嬢っぽい振る舞いだったじゃないか」
「そりゃそうよ。一応、そういう礼儀作法は母さまに仕込まれたもの。でもやっぱ窮屈だわ」
エマは手を団扇のようにピラピラと振って顔に風を送っている。
「エマ、随分とお淑やかな感じじゃったな。別人かと思ったのじゃ」
マリスが正直な感想を述べる。俺もそう思ったしな。
「からかわないで。社交界じゃ当たり前のことなのよ?」
確かに礼儀作法ってのは俺にはないしなぁ。今度教えてもらおうかな?
「確かにな。だが私はああいう振る舞いは苦手だからやらん」
トリシアがニヤリと笑いながらそんな事を言う。というかトリシアさん。貴方はヅカジェンヌまっしぐらじゃん。
社交界というか貴族の集まりだと、貴族の令嬢が放っておかない類の偉丈夫といった感じですよ。
何はともあれ、大貴族三人を味方につけたので、ロスリングの件もエマの事も何の心配もなくなった。あとは国王との挨拶で、どういう感じになるかだが、行き当たりばったりのアドリブ作戦だな。これが俺の得意技だし!
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