第13章 ── 第13話

 さて、レベッカの事は置いておいて……


 次の日、俺たちは正装に身を包んで宿を出た。

 早朝から新年の挨拶に王城へ向かうのが通例らしいからね。


 エマが部屋から出たがらなかったので、無理やり引きずり出して正装のドレスに着替えさせたのはもはや様式美だな。


 今日の御者はハリスに任せた。貴族自ら御者台はやっぱり問題あるっぽいからね。ほら、俺、今日は貴族服の正装だし。


 トリシアとマリスはダルクとフェンリル、馬車の中はエマとアナベルと俺ってことだ。


「なんで、新年の挨拶なんてあるのかしら?」


 馬車の中でブーたれるエマを見て苦笑する。


「貴族の務めだからな」

「私、もう家もないのよ?」

「まあ、そう言うなって」


 俺はエマをなだめる。


「私もついていっていいのでしょうか?」


 アナベルが真新しい神官服で少々おどおど気味です。


「いいんだよ。トリシアもマリスもハリスも行くんだから」

「そうですね。みんな一緒ですもんね」


 アナベルはようやく落ち着き、いつもの感じになる。



 馬車が城門前まで到着し、近衛兵に確認を取られる。新興貴族なので紋章に馴染みがないからかもしれない。俺たちの馬車を尻目に先へ行く馬車が多数あったし。


「失礼します!」


 馬車の扉が開き、近衛兵の一人が覗き込んできた。


「お勤めご苦労さん」

「クサナギ辺境伯の馬車でお間違いないでしょうか?」

「ああ、間違いないよ」


 俺の顔を見た衛兵が頷いた。


「以前、いらっしゃった冒険者の方ですね? 叙爵じょしゃくされたと伺っております! 大変失礼致しました。確認致しましたので、ご入城頂いて結構です!」


 彼は綺麗な敬礼を俺に向けてすると、静かに扉を締めた。


「近衛はちゃんと仕事しているようだね」

「でも、貴族の馬車をとめるなんて、失礼じゃないかしら?」


 エマが少々不機嫌に言う。


「いや、いくら貴族でも規則には従うべきだ。それがしっかり出来なければ、近衛がいる必要はないと俺は思うよ」

「それもそうね」

「帝都では魔族に入り込まれてましたからねー」


 アナベルがニコニコ顔で言う。


「うん、そうだね。そういう前例もあるからね」


 俺は相槌を打つ。


「魔族? その話、私は聞いてないわよ?」

「あれ? 話さなかったっけ?」

「帝国へ行って帰ってきたってだけよ。一体帝国で何をしてきたの?」


 エマがしきりに帝国での出来事を聞きたがったので、城へ入ってからてがわれた待合室で話して聞かせた。


「相変わらず非常識な冒険をこなしているわね」


 エマがアルコーンと戦った話を聞いて呆れ顔になる。


「まあ、俺も自分よりレベルが高いのが現れるとは思わなかったけどね」

「それよりも……マリスってドラゴンなの……?」


 ジロリとエマがマリスを見る。


「そうじゃぞ? 何か問題があるのかや?」

「無いわね。ちっちゃい割にすごい正体だとビックリだわ」

「ふふん。凄かろう?」


 エマの言葉にマリスが胸を反らす。


「とても神様クラスのドラゴンには見えないけど。だって小さくて可愛いし」

「我は可愛いのかや? もっと褒めてよいのじゃぞ?」


 マリスがニンマリと笑う。


 こうやって見てるとただの子供だしね。半ドラゴン・モードだと巨乳が色っぽいんだけど。


「失礼します」


 メイドが扉を開けて入ってきた。


「ミンスター公爵、マルエスト侯爵、ドヴァルス侯爵のみなさまがお見えです」


 メイドの言葉と同時に、三人の上級貴族が部屋に入ってきた。


「久しぶりだな、クサナギ辺境伯殿」

「聞きましたぞ? 帝国に外交交渉に行っていたそうじゃないか」

「お、マリストリア嬢も変わりないようで安心したぞ」


「ミンスター公爵、マルエスト侯爵、ドヴァルス侯爵、お久しぶりですね」

「うわー、我を抱き上げるでない! よ、よるなー」


 早速、ドヴァルス侯爵がジタバタしているマリスを抱き上げて肩の上に乗せている。


「ドヴァルス侯爵、マリスが嫌がるのでそのくらいで」


 一応、たしなめておく。

 中身はドラゴンだからね。キレたら王国壊滅しますよ?


「これは済まない。マリストリア嬢は私の宝物だからな! わははは」


 このロリコンめ。


「で、帝国での交渉はどうなったんだね?」


 マルエスト侯爵の関心はそこらしい。


「ええ、うまくいきました。賠償として湿地帯全体を割譲してもらいましたよ」

「ほ、本当か? それは凄い」

「王国に割譲じゃなく、俺自身に割譲してきたのですが……問題になりますかね?」


 俺は、少し不安な点である事を一応聞いておく。大貴族三人に根回ししておければ楽だと思えるしね。


「それは書状になっているかね? 帝国の正式なものなら問題はないと思う」


 ミンスター公爵がマルエスト侯爵と俺の会話に入ってきた。


「ええ、もちろんです。後で国王陛下にお見せできるように持ってきています」

「ならば何の問題もない。今回の侵攻に関して、カートンケイル要塞から報告が上がっていた。侵攻自体は殆ど行われずに済んだそうだな」

「ええ、俺たちで帝国軍を押し返しておきましたので」


 ドヴァルス侯爵がそれを聞いて大きな体を寄せてきた。


「この人数でか?」

「そうです。実質、俺とトリシア、マリス、ハリスの四人ですね」

「そちらの神官プリースト殿は?」

「ああ、彼女は帝国で仲間になったマリオン神の神官プリースト、アナベル・エレンです。俺たちにマリオンの神託を持ってきてくれたんですよ」


 ドヴァルス侯爵は驚いた顔でチラリとアナベルを見る。


「エレンと言ったか? 神託の神官オラクル・プリーストなのか?」

「そうですが何か?」

「いや……ダイアナ・エレンとかいう狂える神託の神官オラクル・プリーストが帝国にいるという噂を聞いたことがあるんだがね」


 それを聞いて俺は吹き出しそうになる。


「ああ、彼女がそのダイアナ・エレンですよ。帝国最強の戦う神官戦士プリースト・ウォリアーですね」


 ドヴァルス侯爵が驚愕の色を深める。


「あの美人が!?」

「ええ、あの美人がです」


 俺としてはトリシアの方が美人だと思うが、アナベルは愛嬌あるしいつもニコニコしてて可愛い部類の美人なのは間違いないね。


 ドヴァルス侯爵は離れて、アナベルに話掛けに行った。


「それで、クサナギ辺境伯殿。あちらの魔法学校は見てきましたか?」

「あ、はい。魔法学校の校長と親しくなりましたので」


 それを聞いたマルエスト侯爵が、おお! と感嘆の声を上げた。


「ローゼン閣下と呼ばれている御仁だとか。魔法が盛んな帝国随一の魔法使いだと聞いている」

「そうですね。今は宰相と魔法省の大臣、学校の校長を兼任しているんですよ」

「三役も……? 凄いな」

「忙しくて困っているみたいです。それはそうとですね……」


 俺はドラケンの領主、ミンスター公爵に向き直る。


「何だね?」

「以前、盗賊ギルドの話をなされましたよね?」

「ああ、未だに頭を悩ます問題だな」

「昨日ですが、俺たちとドラケンの衛兵隊で潰しておきました」


 ミンスター公爵は俺が何を言っているのか解らないといった顔をほんの少しした。


「そ、それは真かね!?」

「はい。実はドラケンに到着する直前に、また命を狙われまして」


 俺は事の次第を説明する。

 説明が進むとミンスター公爵は厳しい顔つきになっていく。


「真に済まない。私がまつりごとを上手くこなせないばかりに、クサナギ辺境伯殿にお手数をおかけした」

「いえ、構いません。俺は自分に降りかかる火の粉を払ったにすぎませんから」

「しかし、この恩をどうやって返したら良いものか……」


 義理堅いミンスター公爵は、そっちの方が気になるらしいね。


「そうそう、そこで押収した物があるんですが、ミンスター公爵にお納め頂きたいんですよ」


 俺はソファ・テーブルの上に盗賊ギルドで押収した金貨などをザラザラと取り出して置く。


「こ、これは!?」


 マルエスト侯爵もドヴァルス侯爵も驚いてテーブルの上のお宝に目が釘付けとなる。


「ざっと金貨一〇〇〇〇枚ってところですかね?」

「い、一〇〇〇〇枚!?」


 ミンスター公爵がバカみたいに復唱する。


「それと、これです」


 そのお宝の上に置かれたのは例の依頼人や後援者のリストだ。


 その書類を目にしたミンスター公爵の目には、もう金貨は映っていなかった。


「バ、バカな!? クリエール伯爵が!? こっちは……ペイロース男爵……」


 クリエール伯爵とはドラケン領の貴族だ。ミンスター公爵の片腕と言われている大物でもある。

 ペイロース男爵はドラケンの行政官の一人だね。


 ミンスター公爵は書類に目を通しながらワナワナと震えている。

 自分の配下の貴族が何人も列挙されていることに衝撃を受けたのもあるだろうが、相当頭に来ているといった感じだ。


 いつ喚きだしても可笑しくないほど赤黒く高揚した顔色だが、ミンスター公爵の品性がそれを抑え込んでいる。


「こ、この貴重な情報を私に見せる意図は何だね?」


 震える声でミンスター公爵が俺に言う。


「意図? 何の意図もありませんよ、ミンスター公爵。公爵のお役に立つならお好きな様に」

「この情報で私の足を引っ張るつもりもないと……」


 なんだ、そういう意図で使ったのかと思ったのか……まだまだ信用されてないね。というか、政争ってのはいつの世もあるから、公爵的には政争の具に使われては敵わないと判断しただけかもしれないな。


「俺は貴族の勢力争いとか全く興味ないんですよ。俺に良くしてくれる人なら貴族も平民も関係ありませんからね。公爵は俺を正当な目で見て付き合ってくれた貴族でも稀有な人です。だから情報を利用しようとも思いません」


 ミンスター公爵の目がやっといつもの優しい目の色に戻った。


「た、助かる。最近、色々とあってね。君を疑うような言動をした事を心から謝りたい。申し訳なかった」


 ミンスター公爵が深々と頭を下げた。前にも思ったが、他の大貴族がいる前でこの行動は異例だと思う。

 ドヴァルス侯爵もマルエスト侯爵も言葉無くミンスター公爵を見ているしね。


「頭をお上げ下さい。国王陛下のお血筋であるミンスター公爵に、こうも頭を下げられては俺が困ります」


 俺はミンスター公爵の肩に手を置いて言う。


「済まない……」


 ミンスター公爵が再度短く謝罪の言葉を述べ、ようやく頭を上げた。


「ところで、お三方に折り入って聞いて頂きたい……というか相談したいことがあるんですが……」


 俺はもう一つの爆弾をこの雰囲気の中に投下することにした。

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