第13章 ── 第12話

 ハイヤヌスと別れ、本部の受付ロビーへと戻ってきた。

 俺たちの姿が見えると、周囲にいた冒険者たちの視線が集まってきた。


 正体がバレたかな?


 俺たちはそんな視線に構わず、先程の隅っこの受付の前に立った。


「おかえりなさいませ!」

「あ、うん。俺たちの冒険者カードの更新手続きをお願い」


 俺たちは以前ここで発行されたカードを取り出して女性職員の前に置く。


 既に新しいカードが用意されていたので、新旧カードがズラリと並べられる。


 女性職員が情報転写データ・コピーの呪文を唱えて、情報が複写される。また、ガーディアン・オブ・オーダーの編成にアナベルの加入も記録される。


 更新が終わってここでも報奨金が支払われた。


 うーん、貰いすぎな気がするけど……あっても困る事はないのでとりあえず頂いておく。

 それぞれ白金貨二〇〇枚です。

 ご当地の事件じゃないから帝国の時より少ないけど、アルコーンとキマイラだからね。放っておいたら王国も確実に被害にあっただだろうし。


 手続きが終わり受付から離れると、俺たちは周囲の冒険者たちに取り囲まれていた。


「あれがトリ・エンティルか?」

「なんかちっちゃい子供もいるぞ?」

「あの細いのがリーダーなのか?」


 奇異の目を向けられているのは明白だ。さてどうしたものか……


 こういう状況は帝国でもあったしワカランでもないんだが、なんか憧れや尊敬というより動物園のライオンとかを見に来ている来場者みたいな感じを受けるのは気のせいなんかな?


 俺が少々戸惑った感じに見えたのか、俺を見上げていたマリスが不意に剣を抜いた。


「邪魔じゃぞ、貴様ら! 道を開けねば蹴散らすぞ!?」


 マリスから猛烈な殺気を感じた。


「ちょ、ま」

「伸びよ刃!」


 俺の制止の言葉とほぼ同時にマリスのコマンド・ワードが周囲に響き渡る。マリスのショート・ソードには白く輝くランス状の魔法の槍が出現した。


「やるか」


 トリシアがニヤリと笑うと弓を背中から下ろす。


「あらー。やっちゃうのですねー」


 アナベルもウォーハンマーを嬉々として構える。ダイアナが出てきてない時もコレか?


 ハリスは見ると無言のまま影に消えた。


「ちょ、みんな?」


 俺がワタワタしていると、周囲の冒険者は慌てたように武器に手をかけ始める。


「それが一人前の冒険者の態度か!?」


 トリシアが少々怒り気味の声を上げた。矢をつがえずトリシアが弓を引き絞っている。


空弾ブロー・バレット!」


 目に見えない空気の矢が俺たちの前方に放たれた。


──ブワッ!


 周囲を巻き込むように螺旋状の空気の渦が冒険者たちを吹き飛ばしていく。怪我はしなさそうだが凄まじい。


「やるな、トリシア。今度は我じゃ!」


 マリスが冒険者たちが吹き飛ばされて割れた部分におどり込む。


「ローリング・ストライク!」


 マリスはコマのようにクルクル回転し始めるが、剣から伸びた魔法の刃で冒険者が吹き飛ばされていく。峰打ちなのか血しぶきが飛ぶような感じではないので手加減してるっぽいな。


「うぐ!」

「げほ!?」

「あが……」


 周囲……と言っても後ろ方向だが、珍妙な声がいくつも上がっている。


 振り返ってみると、短剣を手にしたハリスが後ろから俺たちに襲いかかろうとしていた冒険者たちを昏倒させていた。ただ、一人のはずのハリスが複数見え隠れしている気がしてならないんだが……もしかして分身の術!?


 俺がアワアワしている内に、取り囲む冒険者の輪が広がっていく。

 それを感じると同時に、マリスとトリシアが攻撃をやめた。


 周囲は沈黙に包まれているが、アナベルだけがウキウキでどこに飛び込もうかといった感じで身構えている。


「あっちにしようかしら? こっちも面白そう!」

「あ、うん。アナベル、終わったみたいだよ」


 俺がそう声を掛けると、アナベルがキョトンとした顔でウォーハンマーを下ろした。


「最初から、そうすれば良いんじゃ。身の程も弁えぬウジ虫どもが」


 マリスがそう言ったので見てみれば、俺たちの前方には道が開けていた。


「ケントはこう見えても貴族だ。その往来を塞ぐなど処刑されても文句は言えんぞ? 主席副官として、いや冒険者として自ら騒乱を起こすようなやからに容赦はしない」


 こう見えて……トリシアの言い方、ひどい……

 いつの間にか俺の後ろに戻ってきたハリスも腕組み状態でウンウンと頷いている。早業すぎるぞ、ハリスの兄貴。忍者になったからか? そうなのか?


「ま、まあ死人とか出てなさそうで良かった。投獄するつもりも処刑するつもりもないから、みんな安心するようにね」


 俺は周囲の冒険者に苦笑気味に言っておく。


「すげぇ……あれが大陸東方最強の……」

「トリ・エンティルは伊達じゃねぇな……」

「見たかよ……全員、オリハルコンのカードだったぞ……」

「オリハルコンの伝説は今解き放たれた」


 どんな伝説だよ。


 遠巻きに見ていた冒険者の囁きを俺の聞き耳スキルが拾ってくる。


 吹き飛ばされた冒険者たちは打撲などの症状があったので、一応全体回復オーバーオール・ヒールの魔法を掛けておく。


 それを見た神官プリースト系の冒険者たちが目を丸くして最後にはひざまずいて、それぞれの神の印を切るのを見て少々困惑する。


 水属性の初級回復ヒール魔法を全体化しただけなんだけど……神官プリースト魔法じゃないのにねぇ。


「じゃ、行こうか」


 俺の号令で俺たちは開いた一画に歩いていく。


 俺たちが踏み入るとそ冒険者たちは後ずさりするので、道が大きく開く。モーゼの十戒的な気分を味わう。


 別に恐れられるつもりはないけどなぁ……

 何にしても、俺はあまり困ったりした感じを表に出さない方がいいかもしれない。マリスとかトリシアが過剰反応するからな……



 ギルドを出て宿に向かう。


「マリスもトリシアも手加減してたから良かったけど、あんまり騒動起こすなよ?」


 俺は道中、そんな事をマリスとトリシアに言って聞かせる。


「何をいうか! あやつらの態度は排除対象として合格じゃぞ?」

「確かにな。問題や障害を解決するはずの冒険者があれではハイヤヌスが嘆くのも解るというものだ」


 ぐぬぬ。あんまり聞く耳持ってねぇな。つうか排除対象として合格ってどういう基準なのか。


「我らもオリハルコンになったんじゃし、ああいう手合を戒めるのは上に立つものの務めじゃと我は思うのじゃが?」

「その通り。ケント、私たちも自覚を持って行動せねばならんぞ?」


 逆にお説教されてしまいました。気をつけます。

 地位に相応しい態度を示せば、あのような騒動は起こらないとトリシアは言っているのだろうね。確かに自覚は足りてないと俺も思う。なにせ最高ランクなんて経験ないもんな。


 だからといって、周囲に殺伐とした雰囲気を醸し出し続けるのは疲れるだろうし……貴族っぽくって事かもしれん。でも、横柄なキャラは嫌いなんだよなぁ。



 宿の自室に入ると、レベッカがモジモジしていた。なんかすごい苦しそうだ。


「どうした?」

「ちょっと……」


 どうやらトイレに行きたいらしい。捕らえてから丸一日、行ってないものな。


 俺は慌てて……といっても優しくレベッカを抱き上げてトイレに運ぶ。


「見るなよ?」


 体を支えておかねば倒れちゃうので、俺は目を瞑ってレベッカがし終わるのを待つ。


「終わったわよ」


 レベッカがそういうので、お尻などを綺麗な布で拭いてやる。丸見えなので少々オッキしそうになるが自制する。


「したくなったらいつでも言えよ」

「わかったわよ」


 少々恥じらい気味のレベッカを毛布に再び包んでソファに運ぶ。


 このままだと毎日コレやらなきゃならないの? 面倒……というか気まずいんですけど?


──ガチャリ


 そんな微妙な雰囲気が周囲に漂っている時、ノックもせずに仲間たちが俺の部屋に入ってきた。


「……ん? なんだ?」


 トリシアが微妙な雰囲気を感じ取って俺とレベッカを見る。


「なんでもないけど?」


 マリスもピンと来たのか、腰に手を当ててにじり寄ってきた。


「なんでもない感じじゃない気がするのう?」

「マジで何でもないんだけど?」


 トリシアとマリスに詰め寄られる俺を見てレベッカが口を開く。


「トイレに行かせてもらっただけよ。辺境伯は私に何かしたわけじゃないわ」


 レベッカの弁護にトリシアとマリスが顔を見合わせている。


「ふむ。今後、それは私らがやろう。ケントの手を煩わせる必要はない」

「そうじゃな。我らがやれば問題解決じゃな」


 トリシアとマリスが同じ様に腕を組んで頷いている。いいコンビだなぁ。


「私は辺境伯でも誰でも構わないんだけど……」


 チラリとレベッカが俺に目を向ける。


「解ったのです!」


 事の成り行きを見ていたアナベルが手を上げながら大きな声を出す。

 いったい何が解ったのだろうか。


「ふふふ、ケントさんも隅に置けないのです。レベッカさんはラーシャの心が降りたのですよ?」


 何を言っているのかホントに判りません。


「そ、そういうことは本人がいる前で言ったらダメなことなのよ!?」


 レベッカが赤い顔で言っている。


「ん? どういうこと? まるで判りません」


 俺の頭の上にハテナマークが盛大に出ているのだけは確信できているんだが。


「やれやれ……私たちも苦労するはずだよ、な?」

「全くじゃ。でもそこもケントの魅力じゃろ?」


 トリシアとマリスが意味の解らないことを言っている。一体何の話なんだ?


 助けを求めるようにハリスを見るも、ハリスは現実世界で言えば外国人特有の肩をすぼめて掌を上にクイと上げるポーズをする。


 ぐぬぬ。良く判らん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る