第13章 ── 第8話

 普通の速度で進むなら、前回と同じようにマチウス村で一泊といった所だが、今回は余裕がないので強行軍で夜も馬車を走らせる。

 明日の朝にはドラケンに到着するだろう。


 エマはともかく、他のメンバーにはHP回復ポーションとSP回復ポーションを五本ずつ渡しておいた。MPの方は必要ないようだったので渡していない。

 まだ訓練の余波で完全回復していなかったからだが、必要な時に使えるようにしておくのも冒険や旅の備えとしては重要だろう。



 今回、俺もやることがあって工房に籠もっていたので、ご飯の用意が殆どできなかったが、今までの作り置きがインベントリ・バッグにある程度残っていたので大丈夫だろう。



 大マップで周囲の状況を確認しながら夜の街道を進む。


 周囲一キロ四方に一〇体程度の青い光点が展開している。ダイア・ウルフの早期警戒部隊だ。


 ふと、その時、前方から狼の遠吠えのようなものが小さく聞こえた。


 その方向をマップで確認すると、二キロほど先の街道沿いにある青い光点の付近に赤い光点が一〇個程度あるのが確認できた。


 そこは街道が林を抜ける地点で、待ち伏せには格好の場所といえる。

 俺は赤い光点の一つをクリックしてみる。


『ジルト・プルス

 職業:暗殺者アサシン

 レベル:一五

 脅威度:なし

 ドラケンの盗賊ギルド「血まみれの鷹」に所属する暗殺集団「見えざる手」の構成員』


 暗殺者アサシン? またアイツらか?


 俺は以前暗殺されかかった時の事を思い出す。誰が黒幕か解らないが、面倒極まりないなぁ。


「みんな! 二キロ先に賊だ!」


 俺の掛け声で全員が武器の用意を始める。


「さっきの遠吠えかや!?」


 マリスが声を張り上げる。


「そうだ! どうもドラケンの盗賊ギルドらしいぞ?」

「性懲りもなく、またケントの命を狙うのかや!?」

「それは許せんな!」


 マリスとトリシアが復讐の機会を得て、美女と可愛い幼女の顔には不釣り合いな獰猛な笑みを浮かべた。


「面倒だ、今回は一人捕まえて、他は殲滅だ! 明日のドラケンで徹底的に盗賊ギルドを叩くぞ!」

「了解だ!」

「待っておったのじゃ!」

「やるぞ……」


 仲間たちはやる気満々だ。中のエマはアナベルに守ってもらおう。


「ウォォーン!」


 フェンリルがマリスを背にして走りながら遠吠えを発した。


 マップを確認すると展開している早期警戒部隊のダイア・ウルフたちの光点が賊の潜む林の周囲を固める為にスピードを上げて移動してく。


 馬車の速度は結構あるため、ものの数分で林の付近まで到達した。


 俺の首筋にチリチリした感覚が走る。


 危険感知スキルが発動したので愛剣で前を薙ぎ払うように振る。


──ガガガッ!


 すると飛んできた矢が俺の剣の刃によって打ち払われた。


 危険感知は何とも便利スキルだね。


「みんな! 戦闘開始だ!」


 俺は賊を全部クリックしてHPバーと名前をAR拡張現実表示させる。

 これで暗くても敵は丸見えだ。


 俺は御者台から一番近い敵に跳躍する。

 俺の跳躍と共に馬車は停止する。


 俺の高ステータスによる驚異的な跳躍距離のせいで賊どもは一瞬ひるんだようだが、俺は構わず一人の前に着地する。


 慌てたように暗殺者アサシンは弓を投げ捨て、近接武器を抜きに掛かる。


 遅いんだよ!


 俺はそれを許さず、愛剣で斬り伏せる。


 抜きかかったショートソードがポロリと地面に落ちた時には、暗殺者の胴体は既に二つに別れていた。


 ドサリと上半身が地面に落ちると、下半身は少し脚をバタつかせながら二・三歩前に歩いて倒れた。


 既にトリシアの矢とマリスのチャージ攻撃で二人の暗殺者アサシンが絶命した。俺のと合わせて三人目。


 ハリスが闇に消え、一番奥にいた暗殺者アサシンの真後ろに出現すると、ミスリルの剣のつか部分で賊の後頭部を強打したのが見えた。その暗殺者アサシンのステータスは昏倒のアイコンが表示された。


「よし! 後は殲滅せよ!」


 俺の掛け声と共に、ダイア・ウルフまで参戦して勝負は一瞬で終わってしまう。


 獰猛なダイア・ウルフたちは暗殺者アサシンどもに食いつき脚や腕をもぎ取る。


「ぎゃあああ」

「うごおおお」


 さすがの暗殺者アサシンどもも悲鳴を上げる。


 俺は馬車の付近まで戻ってくると、ダイア・ウルフたちの戦いぶりを観察する。


 それは陰惨を極めるものだが、俺は暗殺者アサシンどもに同情する気はさらさらない。

 こっちは命を二度も狙われているからね。


 暗殺者アサシンどもの死体はダイア・ウルフたちが引きずって持っていってしまった。きっと早期警戒部隊の胃袋に収まるに違いない。


 ハリスが気絶した暗殺者アサシンを一人担いで連れてきた。

 俺はロープを出して、そいつをグルグル巻きにする。


「よし、少々野営をするよ」


 林の少し開けた場所に馬車を停めて、焚き火の用意をする。周囲が火事にならないように焚き火の周囲は石で囲んでおく。


「な、なんなの?」


 エマが馬車から降りて来た。


「俺を狙った暗殺者アサシンだよ」

「へぇ。いい度胸してるわね。トリシアたちが護衛してるのにバカなのかしら?」


 いや、今回はダイア・ウルフ部隊の早期警戒網に引っかかったからねぇ。どっちかって言うとフェンリル麾下きかのダイア・ウルフたちを褒めてやるべきだな。


「フェンリル、助かったよ。ダイア・ウルフたちにお礼を言っておいてくれ」

「ワフ」


 フェンリルが小さく吠えて頭を縦に振る。

 マリスがフェンリルから降りると、フェンリルは林に消えていった。


「今度こそ、此奴こやつらを許さぬぞ」


 マリスは小さい拳をもう片方の手でグリグリしているが、ポキポキという指が鳴る音は聞こえなかった。


「で、こいつをどうする?」


 トリシアが賊の前で腕を組んで仁王立ち。


「そうだな。口を割らせるなら拷問なんだろうけど、俺はそういうの嫌いだな」


 この世界に来て、男爵にやられたからなぁ。あれを好きにはなれないね。


「とりあえず、拷問しても口を割らない可能性も高いので、魔法でやっちまいますよ」


 しばらく待つと、うめき声を上げて暗殺者アサシンが意識を取り戻した。

 周囲を見回して自分の置かれた状況にやっと気づいたようだ。


 舌を噛まれても困るので猿轡さるぐつわにしているので唸り声だけで何を言っているか解らない。

 目だけが見開かれ、恐怖の色を浮かべている。


「全く、面倒を掛けてくれるね、盗賊ギルドってのは……」


 俺の言葉に暗殺者アサシンが俺に視線を向ける。


「で、血まみれの鷹は俺の命を狙っているようだが……二度目だな。見えざる手って暗殺部隊なんだって?」


 俺は大マップ画面で知った情報を暗殺者アサシンに聞かせる。


 すると、暗殺者は周囲を見回しながら他の仲間を探している。


 多分、他のメンバーが口を割ったと思ったんだろうね。でも、他の奴らは今頃ダイア・ウルフの胃袋の中だよ。


「さて、さすがの俺も二度も命を狙われて黙っているつもりはないよ。君らのギルドは叩き潰させてもらう」


 俺は工房で色々読んだ中の書物に記載してあった一つの魔法を唱える。


上級呪縛アドバンスド・ギアス


 その効果が発揮されると、暗殺者アサシンの目が途端に虚ろなものになる。


「俺に絶対服従せよ」


 俺の声が林の中に木霊する。と同時に暗殺者アサシンは元の目の色に戻った。


「今、お前に呪いを掛けた。お前はもう俺の言葉に逆らうことはできない」


 そう言いつつロープと猿轡さるぐつわを外してやる。


 自由になった暗殺者アサシンがショート・ソードを抜こうとするが、俺は無視して命令を発する。


「俺らと敵対することを禁ずる」


 ショート・ソードを抜きに掛かった暗殺者アサシンが突然苦しみだし身体が硬直する。


「無理だよ。俺の命令は絶対だ。もう逃げも隠れも殺そうとも出来ない」


 黙っていた暗殺者アサシンが苦悶の表情で俺を見る。


「一体俺に何をしたんだ……」

「ケントは、禁呪を使った。普通は許されない魔法だが……お前らには有効だろうよ」


 トリシアが冷酷な目で暗殺者アサシンを見下ろしている。


 ほう。上級呪縛アドヴァンスド・ギアスは禁止魔法なのか。あまり使わないようにしないとな……


「俺をどうするつもりだ……?」

「明日、ドラケンに着いたら、盗賊ギルドのアジトに案内してもらおうかな」

「そんな事は……うぐっ!!」


 また暗殺者アサシンが苦しみだす。


「拒否は出来ないよ。そういう魔法掛けたから」


 エマが興味深そうに何か呪文を掛けた。


魔法鑑定アプレイサル・マジック


 ん? 効果が知りたかったのかな?


「あらら。これ普通じゃないわよ?」


 エマがビックリした顔になった。


「これ、神の神罰に近い効果だわ。神の呪いって言ったほうがわかりやすいかしら?」

「へ?」


 俺はマヌケな声で聞き返してしまう。


「これ、神さま級の魔力を持ってないと解除できないみたい」


 トリシアも『魔法鑑定アプレイサル・マジック』を唱えて確認を始めた。


「なんだこれは? すごいぞ……見たこと無い魔力強度だな」

「でしょ? これ、普通の人間じゃ無理よ」


 良くわからないが、すごい呪いの強度らしい。


「なんで? 俺も良くわからないんだけど」

「最近、神々と接する機会が多かったようだからな。そのせいかも知れんな。こうなると……ケントはあまりこういう魔法は使わない方がいいぞ?」


 トリシアが俺に釘を刺してくる。


「言われなくても、乱発しようなんて思わないよ。こんな強制的に相手を支配するなんて、俺の信念にもとる」


 俺がそう言うと、トリシアが少々難しそうな顔だが首を縦に振る。


「だが、今回は特別だ。こういう奴らは中々口を割らないしね」

「そうだな。とっとと殺してしまった方が利益になる類の人種だ」

「だろ? だからアジトまで案内させてさ、中に入っちゃえばこっちのもんでしょ」


「あとは、煮るなり焼くなりじゃな! こいつも仲間を裏切ったと思われて仲間に殺されるじゃろうなぁ」


 マリスは先を想像して何か楽しそう。中身ドラゴンだから妙にしっくり来る気もするが、女の子にはそんな事を言ってほしくないという気もする。


「何はともあれ、先に進むとしよう。ハリス、御者を頼んでいいか?」

「了解だ……」


 俺は馬車の中に暗殺者アサシンを乗せる。


 さっきから姿が見えないと思っていたら、中でアナベルがスヤスヤと寝息を立てていた。これだから天然は!

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