第13章 ── 第7話

 みんなで夕食を楽しんでいると突然扉が大きな音を立てて開く。


「ケント! 私を差し置いて夕食を始めるってのは無いんじゃないの!?」


 エマが食堂に飛び込んできて開口一番、そんな事を言う。


「フロルがケントが戻ってるって言ったから気づいたんだけど!」

「あ、ゴメン。工房に入り浸っているみたいだから声を掛けなかったんだけど」


 ティエルローゼに来てから作ったゴーレムは工房のデータベースに魔法的にリンクして処理速度を上げているので、データベースを介して工房のゴーレムとゴーレムホースたちはリンクされている。その辺りで情報の交換が行われたのだろうか。


「ま、エマの分もちゃんとあるから心配するなよ」

「当然でしょ!」


 エマはそう言うと椅子にドカリと座る。


「あ? 貴方、以前見たわね?」


 椅子に座ったエマはアースラに気づいたようだ。前回はカレー大会の時に会ったんだったね。


「よう、お嬢ちゃん」


 酒をかっくらいながらアースラがヒラヒラと手を振る。


「何で貴方がここに居るわけ? 帝国の人じゃないの?」

「いや、彼は帝国人じゃないよ。正確には今は神界人だね」


 エマの頭の上にハテナマークが浮かぶ。


「アースラは英雄神じゃぞ? ケントの師匠じゃな!」


 ウニの軍艦巻きを口に放り込みながらマリスが言う。


「は? 英雄神!?」


 エマはポカーンとしている。


「アースラは俺と故郷が同じでね。今は神さましてるらしいよ」


 俺は簡単に説明する。


「もしかして……ケントも神さまなの?」

「いや、違うけど? 俺の故郷の料理に触発されて降臨あそばされているわけだね」


 アースラは自分の寿司を平らげ、刺し身をツマミに酒を楽しんでいる。


「そういう事だ。カレーなんてティエルローゼじゃ食えなかったからな。ケントが来てくれて久しぶりだったぜ。ついでに今日のも俺らの国の代表的料理だ」


 俺はエマの前に寿司と海鮮丼などを並べる。

 エマが並べられた料理を見て眉間にしわを寄せる。

 しかし、エマはトリシアやアナベルのように何か言う前に口を付けようとした。

 醤油ショルユも付けずに食べようとしたので、食べ方を教える。


 寿司を頬張ったエマはウットリとした顔になる。


「やっぱりケントは料理の天才ね!」


 その言葉にヘスティアがウンウンと頷いている。彼女にも後でカレーの作り方を教えなくちゃな。


 食事後、ヘスティアにカレーの作り方などを教える。何やら天ぷらやトンカツの作り方も教えろと言われたので、それも教えておいた。


 そのうち神界でもこういう料理が流行るかもしれないな。



 夜、執務室で俺が留守だった期間の行政資料をチェックしているとリヒャルトさんがお茶を持ってきた。


「ありがとう」

「旦那さま、年明けの事ですが」


 リヒャルトさんがお茶と共に用件を話し始めた。


「年明けの一日目は国王陛下にご挨拶へうかがうのが貴族の恒例でございます」

「え!? 今日は何日だっけ!?」


 俺は慌ててカレンダーをチェックした。


「本日はイシュマル月の四二日でございますな。あと五日で新年となります」


 マジだった。急いでも王都まで二日掛かる。最低でも三日は見ておかないとマズイ。


「リヒャルトさん、みんなに明後日までに出発の準備をしておくように伝えて!」

「畏まりました。旦那さまはどのようになされますか?」


 俺は椅子から立ち上がり作業着に着替え始める。


「俺は今日から工房に行くよ。俺の旅支度はリヒャルトさんに任せていいかな? エマのドレスもよろしく」

うけたまわりました」


 リヒャルトさんは丁寧なお辞儀をすると部屋を出ていく。


 俺は着替え終わるとお茶を一気飲みして、転送装置のある小部屋に飛び込んだ。



 二日後の朝、俺とエマが目の下にくまを作りつつも工房から戻ってきて食堂で簡単な朝食を取っていると、トリシアが完全武装で食堂にやってくる。


 まだ作業着の俺を見てトリシアが呆れたような顔をする。


「ケント、まだ準備が終わってないのか? もう馬車の準備もできてるぞ?」

「すまん、食事を終えたらすぐに着替えて出発するよ」


 トリシアが頷いて出ていく。


「ケントも大変ね。年始早々国王陛下に会いに行かなくちゃならないなんて」


 エマは他人事のようにゆっくりと食事をしている。


「何言ってんだ? エマも行くんだよ!」

「え!? 何で!?」


 エマ、お前も貴族だろが。今は家も何もなくなったけど、一応マクスウェル家の継承者じゃんかよ。


「マクスウェル家の再興を国王陛下にお願いしに行くのも予定に入ってるんだぞ?」

「え!? 何で!?」

「何でもくそも無いよ。極悪貴族に家を潰されただけだろ。継承者が生き残っている以上、お家再興は国王の義務だぞ?」


 え゛~? って露骨にイヤそうな顔をするエマ。


「ここでマクスウェル家の再興ができなきゃ、国王の権威に傷がつく。俺はそう思うんだけどな?」


 六〇年以上前だとしても、国王の統率力が無かったために起きた事件だ。これを元に戻せないままだった国王の権威は傷ついたままなんだ。孫の代だからといって放っておいたら国王の器量を問われる。


「ま、そんなだから君も早く支度しなよ」

「で、でも……私、国王の前に出られるような服とか持ってないのよ?」


 エマは、毎日工房詰めで少々薄汚れたローブの胸の部分を引っ張ってじっくりと見つめている。


「ああ、その辺りはリヒャルトさんに頼んである」


 俺がそういうと、控えていたリヒャルトさんが頷く。それを合図にメイドがカートを押してくる。

 その上には白くてキラキラしたドレスが置かれていた。


「ほら、もう用意できてる」


 エマはメイドが広げてい見せてきたドレスを見てポーッとした顔になっている。


「し、仕方ないわね! でも、ケントの雇い人って所は変わらないんでしょうね!?」

「当然だ。君は我がトリエン地方の優秀な魔法担当官だ。君が嫌でも任を解くつもりはない」


 それを聞いたエマが安堵した。


「それと、そのうちフィルも雇い入れるつもりだよ」

「フィルも?」


 エマは少々嬉しげな顔をする。


「俺の知る限り、ティエルローゼで中級回復ポーションを作り出した初の人物だ。魔法が盛んなはずの帝国でも下級ポーションしか見ていない。

 そんな貴重な人材を自分の配下に置かないなんてバカのすることだよ。しっかりと資金を提供してより強力なポーション開発をさせたいのさ」


 エマはちょっとビックリした。


「下級とか中級とか何? ポーションはポーションでしょ?」

「確かに、このティエルローゼではポーションといえば、HP、MP、SPの三種類の回復ポーションしかないね。でも、俺のいた世界には、各回復ポーションには、下級、中級、上級、最上級と四つのポーションがあったんだ」


 エマは、どこの話なんだろうと疑問をもったような顔つきだが、俺の話に口は挟まない。


「彼は独自に中級まで開発した。その上も開発できるようになる可能性は高いと俺は見ているんだ」


 エマの朝食が終わったので、俺は立ち上がる。


「それじゃ、フィルもケントのお抱えになるのね?」

「そういう事。魔法屋を続けたいと言われたら兼業を許すつもりだけどね。人を雇って店をやらせ、彼自身は研究に励むってのが一番手っ取り早いと思うな」


 エマも椅子から降り、俺と食堂を出る。


「じゃ、準備があるから」


 執務室の前まで来たエマが執務室の扉に入っていった。俺は自分の寝室に入り、作業着を脱ぎ捨てて鎧を着込む。



 支度を終えて玄関から出ると、既に馬車の準備もフェンリルとダルク・エンティルの準備も終わっていた。


「ケント、遅いのじゃ」

「少し待って。エマも行くから」

「エマもか? 何でじゃ?」


 マリスが首を傾げている。


「彼女のマクスウェル家の再興を国王にお願いするからさ」

「ふむ。それは良い。シャーリーも浮かばれるというものだ」


 トリシアがダルクの身体にブラシを掛けながら賛同する。


「だからちょっと待ってね」

「仕方ないのう」


 少々待っていると、薄汚れたローブではなく綺麗なピンク色のローブに身を包んだエマが玄関から出てきた。


「おまたせ!」


 エマは自分の上半身よりも大きなリュックを背に背負い、自分の背よりもあるだろう大きめの杖を抱えていた。


「なんでそんなに荷物が……?」

「今、ちょっと手を離せない研究があるのよ。その資料とかがあるの」


 どうも、彼女にも無限鞄ホールディング・バッグを渡した方が良さそうな気がしてきた。


「よし、では出発するよ」


 俺は御者台に乗り込む。


 エマとアナベルは馬車の中に入る。馬車の屋根の上はハリスだ。

 全員が準備完了なので馬車を進める。


 館の前の通りを西に向かい、北へ向かう大通りに出る。


「あら? 領主さま、またお出掛けなのー?」


 道行く町娘が、そんな声を掛けてくる。


「今回は一週間くらいで戻るよ」


 俺はそう言いながら手を振っておく。


 北門を抜けてドラケンへ向かう街道を進む。


 時は創生二八七一年、イシュマル月(八月)四四日(イドア/水曜日)、俺達は再び王都デーアヘルトへ向けて旅立った。

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