第13章 ── 第6話

 俺は厨房に顔を出す。まだ夕食には早いが、色々と仕込みをしなければならないからね。


 本日の夕食は海鮮づくしとします!

 寿司、海鮮丼、刺し身、アサリの味噌汁などなど。


 館の調理場に久々に顔を出す。


「みんな、お久しぶり」

「お帰りなさいませ、旦那さま」


 料理長のヒューリーを筆頭に、副料理長ナルデル、料理人たち四人が深々と頭を下げて出迎えてくれた。


「今日は俺が夕食を準備します」

「本日の献立はどのように致しますか?」

「そうだね。今日は帝国で手に入れてきた海の幸を使って料理をしようと思います」


 俺は鉄製のバットを幾つも用意して食材を置いていく。


「う! 悪魔の魚」


 バットに置かれたイカやタコを見た何人かが顔に嫌悪感を浮かべる。


「これはタコにイカだ。料理すると美味いんだよ?」


 と言っても、その姿形すがたかたちから連想されるものに嫌悪感を持つ人々にはすぐには受け入れられないだろう。


 そういう人は放っておいて、下ごしらえを始めます。


 まずはまぐろの解体からかなぁ。


 巨大なまぐろを目の当たりにした料理人は手伝い方も解らないのであたふたしている。


 まぐろの解体は普通の包丁では無理なので、刀のような愛剣を使用して豪快にさばく。


 赤身、中トロ、大トロなどを切り分け、まぐろの頭から、はちの身やカマなども切り出す。はちの身は筋が多いのでスプーンで身を穿ほじくって中落ち風にしよう。


 他の魚もそれぞれ解体していく。

 さけからは大量の筋子をゲットできたので、イクラを作りましょう。


 穴子もうなぎも仕入れられたけど、今回は海の幸なので穴子オンリー。

 穴子を煮崩れせずに煮るのが少し難しかった。


 出汁巻き玉子を焼き、海老えび、タコなどを煮たり、どんどんと下準備を終えていく。


 ほぼ、全部の魚を切り身にし、ほぼ準備が整った。


 さて、料理開始です。


 ご飯を大量に炊き、酢飯を作る。アツアツのご飯に酢と砂糖と塩を合わせたすし酢を回しかけて、シャモジで切るように混ぜていく。団扇で風を通しながら混ぜていくと、寿司屋のシャリの香りが周囲に充満していく。


 んー、久々の寿司ですなー。


 昔見た寿司屋の大将の握り方を思い出しながら寿司を握る。高料理スキルのおかげで、かなり上手く握れている。スキルさまさまです。


 ここで、俺は足りない食材に気づく。


「しまった……海苔のりが無いな……」


 これでは軍艦巻きや巻きずしが作れないではないか!


 俺が少々悩んでいると、料理人の一人が何やら取り出して俺に手渡してくれた。


 それはまさに海苔のりだった。その海苔のりの束は、相当上質な海苔のりのようで、海の香りが心地よい。


「こ、これ、どこで手に入れたの!?」

「大陸の西方からです」


 ん? この料理人、見たこと無いけど……新人かしら?


 その料理人はニコニコしているが、他の料理人よりも年かさに見える。


「あれ? 君は……新しい料理人かな?」


 俺がそう言うと、料理長のヒューリーが応えてくれた。


「この女性は旦那さまの料理の腕の噂を聞いてやってきた方で、物凄い技量をお持ちでして、我らに料理を教えてくれるのです」


「ヘスティアと言いますの」


 俺は彼女が名乗った瞬間、とある神話を思い出した。

 俺はまじまじとヘスティアの顔を覗き込む。


 じーーーーーーーっ!


 すると、ヘスティアの目が泳ぎ出し、口笛を吹き始める。ちゃんと音出てないからヒューヒューと変な音になってるよ!


「ちょっと良いかな?」


 俺はヘスティアの腕を掴んで調理場の端へ連れて行く。


「ヘスティアさん、もしかして神界から来てませんか?」


 タラタラと冷や汗を流し始めたヘスティア。


 俺はその反応を見て確信した。


「料理の神が下界降りてきちゃマズイんじゃないの?」

「いえ……あの……アースラさんが言ってたカレーの秘密を知りたくて……」


 マリオンの心配が的中してしまった! 神が正体隠して下界に降りてきてしまっているよ!


「カレーの秘密はいくらでも教えますから、早めに帰ってくださいよ?」

「教えてもらえるの!?」


 俺は黙って頷く。

 周囲の料理人たちが怪訝な顔をしている。


「それと、海苔のりありがとう。これで海鮮づくしが作れそうだ」

「それ、シンノスケが西方で広めた海藻の利用方法なんですよ」


 ぬ。魔神シンノスケがそんなことを? ファルエンケールでは邪悪の塊っぽく聞いたんだがな。そういや、アースラも詳しくは言わなかったけど、完全なる悪って感じではなさそうだったっけ?


「よし、料理を続けよう」


 料理の神ヘスティアに大根の桂剥きをさせてみたが上手いもので、物凄い長さの桂剥きが出来上がった。さすが料理の神だ。


 料理をどんどん進める。


 飾り包丁で綺麗に細工されたニンジンやキュウリなどで飾ってみたんだけど、その技を見た料理人たちが感嘆のため息を漏らしていたよ。


 全部の料理が完成するのに数時間要した。

 もう良い時間になっているので、食堂に運ばないとな。


 メイドと料理人を総動員して料理を運ぶ。


 寿司が並んだ皿、海鮮丼、刺し身の盛り合わせ、アサリの味噌汁などなど。



 食卓の準備が終わった頃、食堂の扉が開いた。

 トリシアたちが力なく食堂に入ってくる。


 おいおい……元気無いな。


「じ、地獄だ……」

「我は……もう……駄目なのじゃ……」

「はふぅ……し、死にます……」


 ハリスがアナベルに肩を貸しているが、ハリス自身もいつ倒れてもおかしくないほど疲弊している。


「おいおい。みんな大丈夫か?」


 俺の問いにトリシアがチラリと俺の方を見たが、すぐに目を伏せてしまう。


 トリシアがあの状態かよ。一体どんな訓練だったんだよ?


 みんなの後ろからアースラが意気揚々と食堂に入ってくるなり叫んだ。


「寿司かーー!? こっちは刺し身! うおーー!」


 アースラが神とは思えないほど狂喜乱舞する。


「今日は海鮮づくしだよ。寿司と海鮮丼と刺し身だね」

「ケント、でかした! お前は期待を裏切らないな!」


 そいつはどーも。


 アースラはそそくさと席に着く。

 なかまたちはノロノロと席に着いたが、料理を目の前にしても上の空といった感じだ。


 本当に大丈夫か?


 俺は彼らのHPバーやSPバーを確認する。


 あらぁ……


 四人のHPとMPとSPがほぼゼロだった。これ、衰弱してるって状態じゃないの?


 俺は慌てて、回復ポーション類を取り出し、みんなに配って飲ませる。


「アースラ、ちょっと追い込み過ぎ」

「そうか? ケントなら余裕で付いて来るレベルだぞ?」


 うーん。俺と一緒にしたら駄目だろ。レベルが全然違うじゃんか。


 ポーションを飲んだ仲間たちが少々元気を取り戻し、ようやく料理の存在に気づき始める。


「こ、これは!? ケント! これは魚じゃな!?」

「そうだぞー。俺の故郷の名物料理、寿司、刺し身、海鮮丼だぞ」


 マリスは椅子の上で飛び上がらんばかりに喜んでいる。


「お、おい……これ、な、生なんじゃないのか?」

「あうー。生の魚はお腹を壊してしまうのですよ」

「生は……下手したら……死ぬ……」


 マリス以外のメンバーが顔を引きつらせている。マリスは生食に偏見はないようだな。ドラゴンだしねぇ。


「平気だよ? 新鮮だし、寄生虫処理もしっかりやったからね」

「なんだ? こいつは美味いんだがな……」


 アースラは小皿に醤油ショルユを垂らしながら言う。


「お前らが食わないなら、俺が食っちまうからな」


 寿司をちょいと摘んだアースラが、口の中に一つ放り込む。


「う、うめぇ……久々の寿司は格別だ……」


 アースラは目尻に涙を浮かべている。


 その様子を見たマリスもアースラの真似をして寿司を食べ始める。


「う、美味いのじゃ! 何じゃ!? この口の中で溶けていくような料理は!?」


 大トロから行ったのか。そりゃ溶けますよ。


「それは大トロだな。まぐろの一番美味いところだよ」

「こっちの宝石のようなのは何じゃ!?」

「それはイクラだね。さけの卵の醤油ショルユ漬けだよ」


 マリスは猛烈な速度で寿司を口の中に頬張り始めた。

 その様子をみていた三人は恐る恐るといった感じで寿司を口に運び始めた。


 トリシアがイカの寿司を口に入れた瞬間、「カッ!」と目を見開く。


「なんだと!? このネットリとした白い物体とご飯の融合は……! む!? それだけではないな!? あの緑のにくい奴がいい仕事をしている!」

「それはイカだな。皆が悪魔の魚って言ってた奴ね」


 それを聞いたトリシアが信じられないといった顔をしたが、もう手は止まらないようで。次々に寿司を食べている。


「この灰色っぽいのは何ですか?」

「カニ味噌だね。カニ味噌軍艦だ」

「甘くて磯の香りが素敵なのです!」


 アナベルも寿司を気に入ったようだ。


 ハリスは既に黙々と寿司を口に放り込んでいた。


「食わず嫌いどもめ。一度味わったら、これだよ」


 アースラは優雅に寿司を食べながらニヤニヤしている。


「これで、日本酒があれば最高なんだがな」

「贅沢言うなよ。ここは日本じゃないんだし」


 俺がそう言うと、一緒に席についていたヘスティアが鞄から何やら瓶を取り出した。


「アースラ、これじゃない?」

「何だ? その瓶は」


 コップに瓶の液体を注いだヘスティアが、アースラにコップを渡す。


 アースラはコップの中身の臭いを嗅いだ途端にグイと煽った。


「おー、ティエルローゼにも日本酒があったのかよ! 今まで何で秘密にしてたんだ?」

「これはシンノスケが作った酒造のお酒ですよ」


 アースラが煽るのを辞め、まじまじとコップの中を見ている。


「そうか……」


 アースラはそれだけ言って、再び酒をあおる。


 やはり魔神シンノスケには何かあったんだな。

 アースラが自分から話してくれるまで、今はそっとしておこう。そのうち聞かせてもらえるかもしれないしね。

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