第13章 ── 第5話

 トリエンの城門をくぐり街を馬車で走っていると、人々の目線が俺たちに集中してるのを実感する。そして皆が声を掛けてくるのだ。


「領主様! おかえりなさい!」

「ケントさま~!」


 声援や挨拶に軽く手を上げて応える。


 城門の兵士もそうだったが、街の人々も馬車を引く銀の馬などで領主の馬車だと判断している。まあ、こんなの持ってるの俺たちしかいないもんな。


 館に到着すると、白髪の紳士、執事のリヒャルトさん、その他メイドたちが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、旦那さま」


 馬車を降りた最初にリヒャルトさんの声が飛び込んでくる。

 その言葉にメイドたちが深々と頭を下げる。


「変わりはなかった?」


 俺の言葉にリヒャルトさんが一瞬黙ったが、すぐに一件だけ俺に話してきた。


「旦那さまのお友だちと申される方が、今、館に滞在しています」


 俺の友だち? 誰だ?


「なんでも数年来の友だちとのことで……」

「その人は今どこに?」

「館のテラスにお出ででございます」


 俺は早足で館のテラスへ向かう。もちろんトリシアもハリスもマリスも着いてきた。アナベルさんも何も言わずに着いてきたけどね。



 テラスに繋がる扉を空けて外に出る。


 テラスの隅に置いてある丸テーブルと椅子の所に、見た顔が座ってワイングラスを傾けていた。


「よう。ケント。邪魔してるぜ」


 そこには英雄神とティエルローゼの人々に言われる元プレイヤー、アースラ・ベルセリオス、その人が座っていたのだ。


「お? アースラ。何で俺の家で寛いでるんだよ?」

「いや、まあ。ちょっと色々あってな」


 コイツの苦情を神々から色々言われた俺としては歓迎するのも何だが、一応、神さまなので無下にもできない。


「あれか。神界で下界自慢しまくって居づらくなったんだろ」

「何で知ってんだよ!?」


 やっぱりなー。解りやすすぎ。戦闘以外だと、てんで駄目人間だわ、この人。


「マリオンがプリップリに怒ってたぞ。神界の秩序を乱しまくりらしいじゃんか」

「あー、うん。ちょっと懐かしい日本の味を喋っただけなんだがな……」

「なんか、ウルド神が妙に機嫌悪いとか言ってたよ」

「ああ、あいつか。あいつは神界の酒飲み友だちみたいなもんだから、最初に下界の話をしたんだよ」


 神界にも酒があるんか。実体を持たない神もいるのに、そんなものあるのか?


「で、行く所なくて、俺の家に押しかけたと」

「ま、そんな所だ。少しくらい良いだろ?」


 俺は深くため息をく。


「仕方ないな。この前の訓練の恩もあるからな。でも、少ししたらマリオンたちに謝って神界戻れよ」

「ああ、そうする」


 俺たちの会話を聞いていたメンバーがポカーンと見ていた。


「ケ、ケント……あの御方が……?」


 トリシアがハリスみたいな話し方になってる。


「ああ、あれがアースラ。ゲンメツしたろ? 普通のオッサンだ」

「誰がオッサンか! 俺はまだ三一歳……! と約六八〇〇〇歳だ」


 だよねー。外見は三一歳のままだけど、ティエルローゼには六八〇〇〇年も前に来てるんだよねー。って、すげえな! そんな前から来てたのかよ!


「おー、あれが神か。我も初めて見たのじゃ」


 マリスは俺の影から頭だけ出してアースラを観察している。


「よう。ドラゴンの嬢ちゃん。ケントの役に立ってるようだな」

「なんじゃ!? 我に喧嘩を挑んでおるのか!? 我はケントの盾じゃ! 役に立たないわけがないじゃろうが!」

「おっと、そいつはスマン」


 アースラは子供に噛みつかれて苦笑気味だ。


「現実世界にのこしてきた娘もそのくらいでな。つい、からかいたくなった」


 げ、アースラって既婚者で子持ちだったのか。こんな道楽ダンナで残された家族は随分苦労したことだろうな……お気の毒に。


「英雄神アースラさま! 私はマリオンさまの信者! ケントの弟子のダイアナと申すもの! アースラさまの孫弟子でございます!」


 ダイアナがマリオンの祈りポーズでアースラにひざまずいた。こいつはダイアナでもアナベルでも信仰って観点ではブレないなぁ。


「おお、そうか……俺の孫弟子?」


 アースラが俺の方を向いて怪訝そうな顔になる。


「ちょっと手ほどきした程度だけど、そう言い張ってるもんで」

「何をいうかケント! お前はアースラさまに師事したのであろうが! マリオンさまの姉弟弟子きょうだいでしではないか!」

「ということらしいんだけど?」


 俺はアースラを見る。


「あ、うん。マリオンには色々教えたけどな。あいつ、生まれた時からジャジャ馬らしくてなぁ。中々手を焼かされたよ。寝てる時に襲ってくるのは勘弁して欲しかったな」


 うん。マリオンならやりかねないか。「二四時間すなわち戦場」とか言いそうだもん。


「そういや、アイゼンってのはどんな神なんだ?」

「あいつか? あいつはマリオンの兄貴だな。戦闘は一級品だが、自分勝手で女好きだぞ?」

「帝国の女帝一家に呪いだか掛けてるらしいぞ?」

「それは初耳だな?」


 俺は帝国の皇帝一家の話をして聞かせる。


「女帝の息子がアイゼンの隠し子? マジか?」


 俺は大マップ画面の検索でヘリオス・オルファレス・フォン・ラインフォルトの情報を出してアースラに見せてやる。


「あ、これ。ドーンヴァースのマップ画面じゃねえか」


 見せてる目的はそこじゃないんだが、まあ、その気持ちは解る。俺も初めてコレを見た時にそう思ったからな。


「どうも俺にしか無い能力石ステータス・ストーンの機能らしいんだがね」

「懐かしいな。まあ、ここはティエルローゼだし、そんな事もあるかもしれないな」


 アースラは別に不思議とは思わなかったようだ。物理にしろ魔法にしろ、こういった機能が個々人で一定しないシステムというのに俺は奇妙な感じを覚えるが、ティエルローゼではそうなんだろう。マジで良くわからないので、そう考えるしか無い。


「確かに、この情報だと隠し子らしいな」

「だろ? 隠し子って事は、アイゼンは神界で既婚者なんじゃないの?」


 俺がそう言うと、アースラは頷く。


「アイゼンは、愛の女神ラーシャのダンナだな」


 ほほう。愛の女神ラーシャは、所謂いわゆる、嫉妬の女神としても知られている。ギリシャ神話のヘラみたいなもんだ。


「そりゃまた……。これバレたらヤバイんじゃね?」

「そのようだ……」


 アースラがトリシアみたいな黒いニヤリ顔になる。


「いいネタ、サンキュー」

「ネタなのかよ」


 ふと、気づいた。ハリスが影に溶け込むように消えた。


 なんだ?


 突然、アースラが背中の大剣を一瞬で抜いて全く別の方向にぶん回した。


──ドカッ


 その瞬間、ハリスが虚空から現れたように姿を晒して吹っ飛んだ。


すきは無ぇよ。なりかけ忍者」

「失礼……した……自分の実力が……どの程度か……推し量ろう……と」


 結構激しく壁に激突していたが、怪我はないようだ。アースラが手加減したんだろう。


「ま、気持ちはわからなくないが。お前、明日起きたら忍者になってるぜ」


 アースラがそういうとハリスの顔が高揚する。


「それは……まことですか……!?」

「俺の目に狂いはねえよ」


 ハリスが破顔する。


「おー、ハリスがとうとう超絶素敵職業になるのかや……羨ましいのう」


 マリスが目をキラキラと輝かせる。


「私にも一手指南を願えませぬか!?」


 いまだダイアナ・モードのアナベルがアースラに食い下がる。


「ちっ、仕方ないな。希望者は中庭に集まれ、夕食まで揉んでやる」


 アースラはそういうと、グラスのワインをグイとあおって飲み干すと立ち上がった。


「おお、これは勉強させてもらわねばな!」


 トリシアが嬉しげに顔をほころばせる。

 アナベルもマリスもハリスも気合を入れているようだ。


 やれやれ。うちのメンバーは戦闘技術向上に繋がることには貪欲ですなぁ。


「ケント、夕食は期待している。それまでお前の仲間は預かるぞ」


 なんか、仲間を人質に取られた感じなんだが……


「ああ、今日は期待しておけよ。帝国で色々と仕入れてきたからな」


 俺はそういってニヤリと笑う。


「お! ケントの期待しておけが出たのじゃ! 今日もすごいの作る気じゃぞ!?」


 マリスの目がランランと輝く。


「来た……年明けと誕生日と英雄祭が同時に来たような雰囲気だ!」


 トリシアの言いたい事が良くわからない。目出度いってことかな? 英雄祭って何だろ?


「よし! アースラさまと思いっきり修行して腹を減らさなきゃな!」


 ダイアナ・モードのアナベルはノリノリだ。


 食いしん坊チーム三人は意気揚々としているが、ハリスは相変わらず寡黙でした。でも顔は高揚したままなので、彼も似たような心持ちなのかもしれないね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る