第13章 ── 第4話
帝国兵捕虜を送り出した日の夜、カートンケイル要塞の訓練場では王国vs帝国最強王座決定戦的な模擬戦が開始されようとしていた。
王国最強軍人紅き猛将ブルート・オルドリン・デ・カートンケイル子爵、そして、帝国最強
すでに会場となる訓練場には要塞駐屯兵総勢五〇〇〇人が詰めかけ、賭け屋まで出る始末。
「いやー、トリシアさん。今回の一戦、どちらに軍配が上がるのでしょうか?」
「やってみなければ判らんな。ところでケント。そのご飯用のヘラは何の意味があるんだ?」
しゃもじをマイク代わりにトリシアに向けていたが、やはりこういう演出は理解されないか。
今回は自分が当事者じゃないので雰囲気的に何かのタイトルマッチ風に行動してしまったんだが、こんな時こそアースラさんの出番じゃないんですかねぇ。
「帝国最強の。本気でやらせてもらうぞ。刃引きだが当たれば死なぬまでも大怪我は免れんぞ」
「ふん。お前さんこそ、狭い世界でガキ大将になったつもりなら後で後悔することになる。ケントの国の言葉にあったな……なんだっけ? ケント、なんだっけ!?」
戦う前から早くも挑発合戦が開始されている。
「井の中の蛙大海を知らずってやつか?」
「そう! それそれ! カエルに海のしょっぱさを教えてやるよ」
以前、何気に教えてやった
「それでは始めようか。その若さで帝国最強に上り詰めた才を見せてもらおう!」
大剣を振りかぶったオルドリンが先手を取る。
豪腕に物を言わせ大剣を大上段から振り抜くスピードはまさに一級品だ。
俺も一番最初にこの技をくらい掛けたんだ。
だが、ダイアナはちょいと身体を捻りこむだけで躱す。
問題はこの後だ!
大剣が地面に深々とめり込んだ。
ここだ!
ダイアナはニヤリと笑うとウォーハンマーを振り上げる。
その時、地面がバキバキと音を立てながら盛り上がり、大剣の返し技が跳ね上がってくる!
──ガキーン!!
一瞬の
物凄い火花が散った。
こういう戦闘を命のやり取りなしで端から見物するとワクワクするね!
「やるな小娘!」
「はん。おっさんもな!」
距離を取った二人の視線が絡み合い火花を散らす。
「武技! 柄突旋風槌!」
今度はダイアナの攻撃だ。
柄の先端が猛烈な勢いでオルドリンに迫る。オルドリンは大剣のリカッソ部分で受けに行く。
「おらぁ!」
その刹那、ダイアナは柄の中心部分を持つ右手を軸に、ヘッド部分を左手で殴りつけて回転を加える。
柄の部分は囮か!
スキル発動によるオーラが円の軌跡を描き、オルドリンの顔に目掛けてハンマーヘッドが加速を付けつつ襲いかかった。
──ゴガン!
物凄い音が響きわたる。
だが、オルドリンはビクともしていない。
よく見ると、大剣の長い柄がウォーハンマーのヘッドから頭部を防御していた。
「くっ!?」
攻撃を防御されたダイアナの腹部に、オルドリンの拳があてがわれていた。
「破ッ!」
オルドリンの掛け声とともに、衝撃波のようなものがダイアナの腹部から背中に向けて突き抜けていった。
「ぐはっ!」
ダイアナが堪らず息を吐き出す。そのままダイアナの身体は後方へと飛んでいく。
ダイアナは身体をよじり、クルリと回転すると地面に足から着地した。ダメージはあったようで、ふらりと身体が揺れる。しかし、ダイアナは足を踏ん張り倒れることを拒否した。
「こりゃ……王国最強は伊達じゃない……」
腹を押さえながらダイアナがボソリと弱音を吐いた。
「我が剣技は無手状態でも出すことが可能。侮るなよ」
「そうかい……仕方ないね。そっちこそ、女だと侮るな!」
ダイアナは果敢にもオルドリンに走り込んでいく。
「打天連槌!」
またもやダイアナはスキルを発動させた。
振り下ろされるウォーハンマーが分裂したように見える!
ヘッド数がいくつもの軌道を描きオルドリンを襲った。
オルドリンは大剣を上方に一閃し、多数のハンマーヘッドを迎撃する体勢を取る。
「もらったぁ!」
誰もが頭上から迫るウォーハンマーに目を奪われていた。それはオルドリンも例外ではなかった。
だが、伏兵は違う所にいたのだ。
──ゴキッ!
大きいが鈍い音がオルドリンの下から聞こえてきた。それは、ダイアナの伏兵、蹴り攻撃がオルドリンの股間に突き刺さった音だった。
その瞬間、オルドリンの顔色が蒼白に変わる。そして盛大に脂汗を吹き出したと思ったら……
オルドリンは股間を抑えて地面に突っ伏した。
「うわー。なんという……」
俺は思わず自分の股間をおさえてしまう。というか、この会場にいる全兵士が股間に手をやっているのが見えた。
「ひ、卑怯な……」
それだけ言うと、オルドリンが泡を吹いて気を失った。
「ふん。戦いの場で卑怯もクソもあるもんか」
それはそうだけど……正々堂々の戦いじゃなかったの?
まあ、戦いの女神の信者だから戦闘に勝つことが至上なのかもしれないけど……
武人と戦闘狂の戦いは、こうして幕を閉じた。
オルドリン閣下、うちのメンバーが本当にゴメンなさい。
俺は兵士たちに引きずられて医務所に連れて行かれるオルドリンに回復魔法を掛けてやる。これで後遺症は残らないと思うけど……
「どうだ、ケント! 勝ったぞ~」
嬉しげにやってきたダイアナに俺は非難めいた視線を向けた。
「あれはどうかと思うよ」
「なんだよ。勝ちは勝ちだろ!?」
俺の反応にダイアナは不満げな様子だ。
「俺としては、純粋に戦闘の技量をぶつけ合うのかと思ったけど、あれは男に対しては反則だと思う……」
俺はつい、股間を隠しながら言う。
「だって、男の方が力も強いし頑丈だろ!? 女はこういう技を使わねば戦闘に勝つのは難しいんだ。女が生き残るための秘策なんだぞ?」
必死にダイアナが弁明するが、俺はやっぱりどうかと思うよ。
ハリスも股間を隠してダイアナから距離取ってるし。
「んだよ。勝ったっていうのに!」
ダイアナはプリプリ怒っていたが、カクリと頭が下がったと思ったらキョロキョロと回りを見渡しはじめる。
「あれ~? いつの間にか夜なのですよ?」
む、アナベルに戻りやがった。ダイアナめ、逃げ出すのが早いな。
「ああ、ダイアナ・モードだったしね」
「ほえ? ダイアナさん? また出てましたかー」
ダイアナの時の記憶はアナベルには無いのだが、ダイアナ自体の存在だけは認識しているアナベルはダイアナ・モードだった時の事は気にしないようにしている。
マリオン神殿の神官長が、アナベルのこの厄介な性格がマリオンが神託を下す事の副作用らしいと教えてくれたけど。
マリオンの神託はダイアナ・モードの時にダイアナの口から言い渡されるんだって。
以前、アナベルから突然マリオンに変わった事が何度かあるけど、ああいう感じなんだろうね。
全ての
その日の夕食は元気になったオルドリンも交えて盛大に行われた。
ことの経緯を聞いたアナベルがオルドリンに謝っていたけど、オルドリンは気にしていないようだった。さすが紅き猛将は懐が深いね。
次の日の朝、オルドリン、マチスン、それと駐屯兵のみんなに見送られてカートンケイル要塞を後にした。
やっとトリエン地方に戻ってきた。
カートンケイル要塞の北に広がる草原地帯を目にしながら、馬車を走らせる。
ここが帝国と協力して開発される姿を想像する。
一大穀倉地帯になれば、帝国の食糧事情は急激に改善されるに違いない。
もちろん、ここから上がる税収や守護費用なども徴収できるので、トリエンとしても貴重な財源になるだろう。
ついでに、帝国と王国で貿易が盛んになれば、よりトリエン地方は発展することになる。
まだまだ計画は進み始めたばかりだ。これからもっと忙しくなると思う。
今は、一仕事終えたんだし、トリエンの館でちょっと一休みしたいなぁ。
その後はゴブリンの王と条約や協定を結んで、ファルエンケールにも顔を出さなくちゃね。
あ、国王への報告が先かな?
何にしても、やることは山積みだ。頑張らなくっちゃ。
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