第13章 ── 第3話

 ナイアスの予告どおり、次の日の朝にネレイスたち人魚部隊がやってきた。その数三〇名ほど。


 大量の人魚たちのバチャバチャと立てる水音で気づいたんだが、なんでこんなに来てるのか。


「おーい。ケントー」


 ネレイスが手を振りながら俺を呼ぶ。


「昨日、ナイアスが来るって言ってたよ」

「約束のものを持ってきたぞ!」


 俺は帆布を水辺に数枚並べて、その上に品物を置いてもらう。


 まぐろかつお、イカ、タコ、ウニ、ハマチ、秋刀魚さんまカニ海老エビ、昆布やワカメなど、俺がリクエストした海の幸が盛りだくさんだ。これだけの量を持ってくるために三〇名も必要だったらしい。


「どうだ!?」


 ネレイスは自慢げに胸をそらす。たわわな胸がプルンと揺れる。

 ニンフも人魚もやっぱり目に毒です。


「ありがとう、助かるよ。これだけの海の幸は中々お目に掛かれないね!」


 寿司がガッチリと作れそうな感じだ。


「これの報酬は例のものでいいんだよね?」

「もちろんだ!」


 人間の言葉の解る人魚たちが嬉しそうに水面をヒレでパシャパシャと叩く。

 俺は木の器に宝石の粒を五〇粒程度ザラザラと入れてネレイスたちに渡す。


「こんなもんでどう?」

「おお! こんなにいっぱいか! なかなかいい取引だな!」


 俺は嬉しげな人魚たちを見て思案を巡らす。


 ここら周辺はすでに俺の領地になっているわけだし、このあたりにニンフや人魚たちと取引できるような施設……街か村を作ったらどうだろう?


 毎回、こんな感じで注文出して来てもらうってのも問題ありそうだしな。


「なあ、ネレイス。ナイアスなんかにも言っておいて欲しいんだが、このあたりに今回みたいな取引に使えそうな街か村を作ったら来てくれるかな?」

「ん? アドリアーナみたいな所を作るのか?」

「うん、この周辺は俺の土地になったからね。アドリアーナみたいな商人の詰める街やら村があったら定期的に取引するのも楽になると思うんだけど」


 ネレイスは少々考えている。


「ここまで来なきゃならないのは面倒だけど、いいんじゃない?」

「そう? じゃあ作ってみようかな?」

「ちゃんとした取引場所が増えれば足元見られることもないしね」


 やっぱり足元とか見られるのか。


「これだけの魚を持ってきてもらうんだから、人魚たちには報酬をしっかり払いたいしねぇ」


 ネレイスがニンマリと笑う。


「陸の宝石は海では手に入らないからね。そう言ってもらうと私たちも腕のふるい甲斐があるよ」


 ネレイスは手に持つトライデントを天に上げる。


「海って結構魔物出るんだよね? ホントご苦労様」

「あはは、確かに海には大型の魔獣が多いけどね。私ら海のニンフの敵じゃないよ」


 ほー。人魚って戦闘民族なの?


 俺は大マップ画面で人魚たちのレベルを調べてみる。


 うほ。ここに来ている人魚の殆どが二〇レベル後半で、何人かは三〇レベル台を叩き出している。ネレイスに至っては三九レベルだ。


 これは海の上で敵対したら瞬殺だな。


「そいつは心強いね。これからも定期的に取引してくれる?」

「願ったりだね。次は夏になったら来るつもりだよ」


 夏か。それまでに何かしら取引所を用意しておこう。


「よろしくね」

「任せて。それじゃ、いい取引できたよ。ケント、またね」


 ネレイスが手を振って帰っていく。他の人魚も手を振ったり投げキッスしていった。やっぱり投げキッスはティエルローゼにもあるようだ。美女たちにされるとドキッとするね。


 俺は手に入れた海の幸を鮮度が落ちる前にインベントリ・バッグに詰め込んでいく。


 そろそろインベントリ・バッグ内を整理しておいた方が良さそうだ。アイテム一覧でフォルダをいくつも作成して階層化し、食材などを分類別に整理する。

 これでいつでも必要なものをすぐに見つけられるだろう。


 その日の朝ごはんはワカメの味噌汁と鮭の切り身を焼いたものにした。日本の食卓っぽくて嬉しい。



 午前中から馬車を飛ばしてカートンケイルを目指す。午後一番でカートンケイルの大きな城壁に到達した。


「開門!」


 俺が声を掛けるとすぐに門が開かれた。


「クサナギ辺境伯閣下、ご無事の帰還お喜び申し上げます!」


 門番隊の隊長らしき兵士が仰々しい敬礼で出迎えてくれた。

 俺達が馬車を停めているところへ、ブルート・オルドリン・デ・カートンケイル子爵が走ってくるのが見えた。紅き猛将の後ろには副官のテオドール・マチスン男爵の姿も見える。


「クサナギ辺境伯殿! 良くぞ無事で!」

「オルドリン子爵、ただいま」


 俺とオルドリン子爵は固い握手を交わす。


「帝国はどうでしたか?」

「なかなか面白かったよ」


 俺はオルドリンに肩を抱かれるように城塞の中に入った。もちろん、みんなも付いて来る。


「魔族も現れてのう。結構、色々あったのじゃ!」

「ま、魔族だと!?」


 マリスの言葉にオルドリンだけでなくマチスンまで顔を凍りつかせる。


「うむ。キマイラにアルコーンだ。私も肝を冷やしたぞ」


 トリシアが追い打ちを掛ける。


「大丈夫なのです。ケントさんが倒してくれましたので~」


 アナベルはカートンケイルは初めてだが、何の気負いもなくいつも通りニコニコしている。


「さすが王国随一の剣の使い手! 模擬戦などと言って腕を試した私が恥ずかしくなる」

「おお。腕試しか。是非私も一手頼みたいものだ」


 オルドリンの言葉にアナベルの中のダイアナが反応したらしい。


「こちらの神官プリースト殿は? 以前は見かけなかったはずでは?」

「ああ、あちらで仲間になりましてね。彼女は帝都最強の神官戦士プリースト・ウォリアーですよ」

「もしかして……狂戦士ダイアナでは?」


 これは強者は強者を知るってやつだろうか。


「そうですね。彼女の名前はアナベル・エレン。今はダイアナが表に出てきてるようで……」

「そうだ。私はダイアナ・エレンだ。ケントも解ってきたな」


 解らいでか! 口調も性格も全然違うからな!


「ほほう。それは手合わせしてみたいですな」


 オルドリンがニヤリと自信ありげに笑う。


「是非頼む! 英雄神アースラの孫弟子としてどれほど自分が強くなったのか知りたいのだ」

「英雄神アースラ……?」

「知らないのか? ケントは戦いの神マリオンさまの姉弟弟子きょうだいでし。私はケントに手ほどきをしてもらったので孫弟子だと思っている」


 オルドリンは足をとめた。驚愕の顔で俺の顔を見ている。


「まあ、成り行きでね……」


 俺は苦笑混じりに返すと、納得したような、それでいて信じられないといった複雑な感情をオルドリンは顔に浮かべている。


「ま、まあクサナギ辺境伯殿ならありえるかもしれん……ならば、孫弟子殿との一戦、こちらからお願いしたい。私とて武人。神の御業の一端を体験させて頂きたい」


 オルドリンが強い目線でアナベルを見る。アナベルはそれを真正面から受け止めた。

 まるでオルドリンとアナベルの真ん中で火花が散っているようなイメージが浮かんだ。


 模擬戦は程々にね……。


 応接室で帝国であったこと、帝国との取り決めなどをオルドリンに話して聞かせる。


「ということは、帝国兵捕虜は速やかに釈放ということですな?」

「そうなりますね」

「ふむ。クサナギ辺境伯殿が旅立たれた二日後に帝国兵が投降してきましたが、それもということですか」

「例外はありません。すでに帝国は賠償を済ませていますんで。この事も含め、俺は国王に報告しなければなりません」


 オルドリンは無言で頷いた。

 今までの慣例では引き取り手のいない捕虜は労働奴隷に落とされて鉱山などに送られていたようだ。


 すぐさま、帝国兵捕虜が要塞の中庭に集められた。

 あの沼地を通ってきた別働隊も含め、およそ九〇人ほどの帝国兵だ。アルフォートに率いられていた帝国兵、俺が帝国軍と一戦交えた時の助けた二〇名ほどの兵たちもいる。


「帝国は王国への賠償を終えた。君たちはこれから釈放される。君たちはすでに敗残兵ではない。戦争に生き残った栄誉ある帝国兵である!」


 俺は虜囚の辱めを受けた帝国兵の心情を考えて、そんな風に言って聞かせた。


「君たちはこれよりカートンケイル要塞を出て、プルミエの帝国軍基地へ帰投すること。そこでデニッセル伯爵に会うように!」


 俺は一通の親書を取り出す。


「ヘインズ兵長!」


 俺が兵士の前を歩きながら、あの戦いで助けた兵長の名を呼ぶ。

 一列に並んだ帝国兵の中から、即座に一人の兵士が前に一歩踏み出す。


「はっ!」

「この書状をデニッセル帝国軍最高司令官に手渡せ。これは我が友、デニッセル伯爵に当てた親書である。君たちに対する対応や保障について俺からの頼みが書いてある。確実に直接手渡すように」

「はっ! 命令、賜りました!」


 俺は頷くとヘインズ兵長に手渡す。

 ヘインズは受け取った親書を大切に胸のポケットに仕舞い込んで俺に仰々しい帝国式の敬礼をする。


「諸君、本当にご苦労であった。今後、王国と帝国は友好国となる。これまでの戦乱において生まれたかも知れない憎しみや敵対心は既に過去のものとなった。これよりは我々は盟友である。友人として手を取り合い、両国の発展に寄与しようではないか!」


 俺はそう締めくくった。

 最初は戸惑っていた帝国兵たちの目には安堵や不安など様々な感情が渦巻いていたが、最後には決意や誇りを浮かべるものとなった。


 自然と、カートンケイル要塞の駐屯兵たちの間から拍手があがり始め、やがて割れんばかりの歓声も混じり始める。


 俺は帝国兵一人一人と握手を交わし、その肩を叩いてやる。


 帝国兵を送り出す時、道中の食料や飲水などの物資を持たせてやる。以前、接収した帝国軍の物資だから問題はない。また、それぞれ金貨を一枚ずつ手渡してやった。

 プルミエに戻った後、軍に残ったにしろ、離れるにしろ、その後の生活に必要になるだろう。


「随分と気前がよろしいようですな。普通なら逆に身代金を要求するもんですが」

「彼らは殆どが貧民出身だよ? そこから金を取ってどうするんだよ。それよりも軍人としての傷ついた誇りや栄誉を繕ってやる方が今後の協力も得やすいと俺は考えているんだ」

「ふむ……クサナギ辺境伯殿は軍略家ですな。万が一また帝国と戦うことになった時の布石ですか」


 帝国兵を見送る俺の横にオルドリン子爵がやってきて、そんな話になる。


「いや、もう帝国は王国に攻め込んでこない。俺と敵対したらどうなるか、しっかりと刻み込んできたからね」


 俺は自信ありげに言う。そんな俺を見てオルドリンは笑いながら肩を落とす。


「すると、このカートンケイルの役割も終わりますな。私も身の振り方を考えなければなりません」

「オルドリン子爵にはまだ働き場所があると思いますよ。なにせ王国最強だ」


 オルドリンが苦笑する。


「クサナギ辺境伯殿に言われると、皮肉にしか聞こえませんよ」


 俺は肩をすくめる。


「俺は領主だからね。軍人最強はオルドリン閣下でしょうに」

「今後もそうありたいものですな。クサナギ辺境伯殿、今度、私にも色々とご教授願えませんか?」

「トリエンに居る時に暇があればいいよ」


 オルドリンが嬉しげに笑う。


「こちらも暇を作りますので、是非に」


 俺たちは帝国兵の姿が見えなくなるまで、カートンケイルの南門から彼らを眺めていた。

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