第13章 ── 第2話
夕方頃、アドリアーナに入った俺たちは、以前泊まった宿にご厄介になった。
「師匠! また来て頂き光栄です!」
俺が宿の主人に挨拶をしつつ宿帳に記入していると、厨房から弟子を自称する料理人が飛び出してきた。
「お。お久しぶり。修行に励んでる?」
俺が声を掛けると、料理人は嬉しそうにする。
「もちろんです! あれから宿の客はみんな俺の料理に夢中ですよ!」
「そうなんですよ。泊まり客だけじゃなく、食堂だけに来る客も毎日いっぱいでして。おかげで儲けさせていただいています」
宿の主人もホクホク顔だ。
「また厨房をお使いならいつでも声を掛けて下さい」
主人としては新たなる料理を料理人に仕込んで欲しいってことなんだろうなぁ。
「カツドンとか豚ドンとか教えてやるといいかもな?」
「そうじゃな! ドンは最高じゃからの! 前はここでテンドンじゃったっけ?」
「私もまた食べたいのです!」
「同じく……な」
うむむ。カツ丼か。トンカツはそろそろバッグに在庫がないのでまた大量に作るかな?
「カツドン? 豚ドン? 師匠、是非ご教授願えないでしょうか!?」
やっぱり料理人が食いついてきた。
「仕方ないね。そうみんなにリクエストされては断れないな」
「素敵用語で意味はわからぬのじゃが、了承されたということは理解できたのじゃ。今日はカツ丼で宴じゃな!」
「言って見るものだな!」
マリスとトリシアが手を取り合ってクルクルと回っている。アナベルも拍手しながらニッコニコだ。
ったく、この食いしん坊チームめ。
その日の夜、俺はトンカツの作り方、豚ドンの作り方を料理人に教えた。
料理人は真剣に俺の教えをメモに取っていた。
料理人が炊いた米は若干柔らかすぎたので、水分の量などを見極めるコツなどを伝授する。
料理人の入手していた米は少し長い感じの米だったので、水加減が俺の米と違ってるんだね。この米ならパエリアとか炒飯とかの方が合うかも。
ここらの違いも教えておかないとね。
食堂は大盛況で混雑してきたので、料理人の仕事をある程度手伝ってやった。
料理人だけでなく宿の主人も涙を流すほどに有難がってくれたので、手伝い甲斐はあったね。
一番いい部屋を用意してもらったので、そこで皆と遅くなったけど食事を取った。
トンカツとカツ丼と豚丼だが、そこに長い米を使ったパエリアも用意した。この都市ではとにかく大量に魚介類が手に入るので作ってみたんだ。
「この不思議な料理が美味いのじゃ!」
「伝説のドンと拮抗するとは……ケントの可能性は留まることを知らんと見える」
「よりどりみどりなのですよ!」
「太りそう……だな」
最後の言葉に女性陣が一瞬固まったが、非難じみた視線を少々ハリスに向けただけで食べることは止められなかったようだ。
ご飯に満足した俺たちは早々に眠りにつき、翌日に備える。
翌日、朝市でまたもや大量に魚介を仕入れてきた。香辛料や
野菜などももちろん買ったよ。今の所、ここでしかトマト買えてないからね。
すでに真冬だというのに野菜が結構出回っているので、冬でも栽培に支障をきたさない方法がこの地にはあるのかな? さすがにビニールハウス栽培はないだろうから、どうやってるのか疑問に思った。いつか調べたいところだね。
昼前にアドリアーナを後にする。急げば、今日中にプルミエに到着できそうだ。
俺は馬車を
夕方というには少し遅い時間ながらプルミエの城門を潜ることができた。以前泊まった宿屋に入ったのは既に、夜といった時間だった。
食事も早々にベッドに潜り込んでしっかりと睡眠は取っておく。
次の日の朝、チェックアウトをした俺たちが馬車の準備をしていると、街を行く市民の一人が近づいてきて、アナベルに声を掛けていた。
「以前は本当にありがとうございました」
「ほえ? どちらさんでしたでしょうか?」
「覚えてらっしゃらないでしょうけど、以前、助けていただいたものです」
俺はその女性の顔に見覚えがあった。初めてこの街に来た時、兵士に絡まれていたあの女性だ。
「アナベル、兵士に絡まれていた所を助けたじゃん」
「んー? そんな事ありましたっけ?」
相変わらず天然ボケかい。
「あまり気にしない方がいいですよ? こういう人なんで」
俺は女性にそう言っておく。
女性はペコペコしながら俺たちから離れていった。
馬車の準備を続けていると、軍事都市だけあって道行く人々には兵士もそれなりの数がいる。
俺たちの姿を認めて慌てて走り去るというのが結構いたが、俺たちに仰々しい敬礼をしていくものも少なくなかった。
多分、デニッセルと一緒に封鎖任務についた兵士たちなのかもしれないね。
プルミエを後にし北を目指す。
数日掛けて湿地帯を縦断する街道まで辿り着く。しばらく進んでいると、
ニンフは俺たちをジッと観察すると水の中へ消えていった。
かの帝国軍と衝突した駐屯地跡で野営の準備を始めた時だ。
沼に近づいてみると、数人のニンフがいた。
「お、ナイアス。久しぶりだね」
「冒険者よ。もう冬だが約束は忘れていまいな?」
約束……お、あれか!
「勿論だ。覚えているよ。俺は人魚と呼んでいるんだが、海のニンフから魚が手に入ったのか?」
「それだが……」
ナイアスは口ごもってしまう。
「どうしたんだ? 海のニンフたちは、冒険者と直接取引をしたいと言っている」
「ほう? ということはネレイスか?」
「やはり、知っているようだな冒険者よ」
「ああ、南の貿易都市の海で会ったんだよ」
ナイアスは考えるような顔をする。
「ネレイスたちと直接取り引きをするなら、我々とは取引しないか?」
「いや、するよ! しないわけがない。ワサビはここでしか手に入らないからな!」
「わさび? ああ、ワジャのことか。それだけでは光る石に見合わない。我らも色々と用意してみたのだ。検分してくれぬか?」
そういうと、ナイアスが連れてきた他のニンフが水草を地面に敷いて、次々と品物を置いていく。
そこには、
「おおおお! これは! こんなに色々あるの!?」
「どうだ? 海のものではないが」
「是非取引したい! 特にこの
俺の喜びようにナイアスたちニンフが安堵したものになる。
「これらを数が減らない程度に渡すつもりだ。そっちは用意できるか?」
「もちろんだ。今日はどのくらい持ってきてくれたんだ?」
次々と水草の網の中から品物が置かれていく。小さい馬車にいっぱいになるくらいだ。
「今はこれだけだ」
俺はそれを見て大満足だ。
「よし、今日は奮発しちゃおうかな!?」
そういって、インベントリ・バッグから小粒の宝石を取り出して、地面に敷いてある水草の皿の上にザラザラと流し込む。二〇粒くらいの宝石が皿に転がり落ちる。
それを見たニンフたちが物凄い笑顔になる。これだけの美形ぞろいが嬉しそうに笑う顔は眼福といえるね。
「このくらいでどう?」
「これほどくれるというのか?」
「もちろんさ。またお願いしたいしね」
何人かのニンフが小粒の宝石を一つずつとり、夕焼けの太陽にかざしてウットリしている。
「そうそう。ニンフのみんなに言っておく事があったよ」
俺の言葉にナイアスが振り向いて首をかしげる。
「実は、このあたりの湿地帯全域なんだけど、帝国から割譲されて俺のものってことになったんだ」
何を言っているか解らないといったナイアスに俺は領土という概念などを一から説明する。
「それは我らニンフが冒険者のモノということになったのか?」
「いや、そういう意味ではないんだが」
少々いぶかしげなナイアスに俺はどう説明して良いのか解らず口ごもってしまう。
「君たちは今までどおり生活していいんだよ。この湿地や君たちを俺が守るという意味さ」
「人族が我らに手を出さぬという意味か?」
「そういう事に俺が責任を負うということだ」
「ふむ。では我らはお前の所有物ということだな」
違うんだが……
「お前の子種を我らにくれるのなら、それでいいぞ?」
「は?」
ナイアスはクイと顔を上げる。挑戦的な視線を俺に向けながらも口元が少し笑っている。
「あ、いや、うん。機会があったらね」
ナイアスは、俺の言葉を聞いて他のニンフに何やら話している。
「ウシュト・エル・マーティル。ハシャ、ネリース・オル」
「ハシャ! シトマル・シューリル」
「ムイムイ。ハシャ、ケリュシット」
さっぱり解りません。
「冒険者よ。お前は我らの婿と決まった。子種をくれる気になったらいつでもこい」
「えー!? マジで!?」
「この、シャリアが族長の子供だ。このシャリアが認めたのだ。問題はない」
シャリアと言われたニンフが嬉しげに手を振っている。
ナイアスも美人さんだが、この子もすごい美人だ。
「あ、うん。ありがとう……」
俺は顔を赤くしてそう言うのが精一杯だった。
「そうだ。冒険者よ。明日の朝、海のニンフたちをここに寄越そう。準備しておけ」
そう言ってナイアスたちニンフは帰っていった。
シャリアという娘が投げキッスをしていったのが印象的だった。投げキッスってニンフにもあるんだな、と少々感慨深く思った。
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