第13章 ── 帰還、そして再び王都へ

第13章 ── 第1話

 帰りの道程は来た時の逆順で、まず衛星都市リムル、貿易都市アドリアーナ、軍事都市プルミエ、カートンケイル要塞となる。


 衛星都市リムルは、帝都の衛星都市だけあって、速歩トロットの速度でも半日掛からないので通り過ぎるだけにした。駈歩キャンターで一時間といった所だ。


 次のアドリアーナまでは常歩ウォークで三日ほどだが、天候も恵まれているし道路の状態も悪くないので、駈歩キャンターで馬車を進めれば夕方から夜くらいまでに辿り着けそうな気配。


 途中、昼食のため、前にジルベルトさんと出会った馬車溜まりに馬車を停めた。

 ここは、フェンリルがダイア・ウルフ部隊を掌握した地でもあり、帝国でも感慨深い場所だ。


「フェンリル、ダイア・ウルフ部隊は付いてきてるの?」


 俺はふとそんな事をフェンリルに問いかける。


「ウォン」


 そう吠えながらフェンリルは首を縦にふる。


「ウォン?」


 あの自動翻訳の魔法道具でフェンリルの言うことを確認すると。


『お呼びしましょうか?』


 ふむ。それもいいな。


 周囲を確認しても馬車や旅人の姿は見えないようだし、ちょっと久々にブラック・ファングの顔を拝むのも良いかも知れない。


「じゃ、頼もうかな?」


 俺がそう言うと、フェンリルが声高らかに遠吠えを始めた。


「ウォオオォォオォォン!」


 四方からその声に応えるダイア・ウルフの遠吠えが幾つも上がる。


 しばらくすると、例の林の中から一際大きいダイア・ウルフ、ブラック・ファングを先頭に多数のダイア・ウルフが現れ始める。


 ブラック・ファングがフェンリルの前に座り頭を下げた。

 追従するダイア・ウルフはどんどんと数が増えていく。


 おいおい。なんだこれ?


 前回、襲ってきたダイア・ウルフは二〇体前後だったはずなのに、林付近から出てくるダイア・ウルフはその数を優に超えていた。


「随分と数が多いな!」


 目算でも一〇〇匹は下らない。


『ブラック・ファングが率いるダイア・ウルフの群れの総数は大小合わせて全部で一八〇〇〇匹ほどです。メスも子供も含めてですが。現在、半数以上がトリエン周辺に居を移すために随行中です』


 なんと。あの二〇匹はただの一部隊だけだったようだ。

 ブラック・ファングは帝国北部と西部、トリエン地方の最南部付近までを治める巨大な群れのリーダーだったということらしい。


『現在、我々の周囲を警戒する部隊が今ここに来ています』


 フェンリルがそう言うと、それを肯定するようにブラック・ファングが短く鳴き、頭を上下に振った。


「これはすごいな」


 大小というからには、数々のダイア・ウルフの群れをブラック・ファングが統率しており、状況によってウルフ・パックを編成して行動しているのだろう。かなり組織化されているあたりに高い知性を感じる。野生の狼と一線を画す特徴だろう。


「数は多いけど、帝国とトリエンという広大な土地を全てカバーできるのかな?」


 フェンリルがブラック・ファングに小さく吠えながら何かを聞いているみたい。


『ファングが言うには、今、子沢山計画を実行中。数年でカバーできるほどの規模に仕上げると言っています』


 子沢山計画って……それだけダイア・ウルフが増えて、食糧事情とか大丈夫なんだろうか……?


「食べ物とかは足りるかなぁ……」

『現在、私の命令により人族に属するものは厳禁しておりますが、野生生物などの中でも巨大なもの、人族に対して害をなすもの中心に狩り行動を行っているとのことです。周囲は非常にそれら生物が豊富なため、餌には困らないと思われます』


 ふむ。そのうち隠密護衛部隊とかを発注してダイア・ウルフ部隊に仕事を振ってみるのも面白いかもしれないな。


 俺はブラック・ファングに近づいて、頭を撫でてやる。


「グルルル」


 唸ってるようだが、目はトロンとしているので怒っているわけではなさそうだ。


「色々、ありがとうな。そうだ、いくらか肉を分けてやろう。牛とか豚の肉がまだ沢山あるから」


 俺はそう言って、インベントリ・バッグから巨大な肉の塊を何個か取り出して、ダイア・ウルフたちの前に置く。


 周囲のダイア・ウフルたちの目が肉に集中する。よだれを垂らしながらハアハアと息をする声が大量に聞こえ始める。

 だが、ブラック・ファングがピクリとも動かない内に肉に飛びつくような不心得者は一匹としていなかった。大した統率力だ。


 ブラック・ファングが俺に頭を下げると一口だけ噛み付いて食べた。


 一口しか食べないのかな?


 その後、何頭ものダイア・ウルフが肉の塊に群がったが食べるというより、何処かへと引きずって運んでいってしまった。


『随行中の群れへ運んでいくそうです』


 なるほど。さすがだな。最初に一噛みでボスが手を付けたということにしたのだろう。群れのボスが食べていないのに部下が食べたりできるわけないもんな。ブラック・ファングは統率力だけでなく、部下たちから向けられる信頼においても群れのボスとしての魅力を備えているんだな。


「そろそろ、我の番でいいかや?」


 俺とフェンリル、ブラック・ファングのやり取り中、ずっと黙って見ていたマリスが口を開いた。


「ん? どうぞ?」


 何だろね?


 マリスはブラック・ファングに近づくと、モッフモフの黒い毛の太い首に飛びついた。


「フェンリルの部下じゃものな。我も可愛がってやらねばの!」


 そう言いながら、モフモフを楽しんでいるマリス。

 フェンリルの主人である女王にモフモフされてブラック・ファングが切なそうな声を上げている。嬉しさと興奮を必死に抑えているといった風情だ。


 あれもフェンリル直下の部下としての特権ということなんですかねぇ?


「そうそう、ブラック・ファング。マリスは人じゃないんだよ? 知ってるか?」


 俺がそう声を掛けるとモフモフされつつ首を傾げている。


「君らは魔獣なわけだけど、マリスはその上の上だな。魔族の上の存在だよ。ドラゴンは解る?」


 そういうと、ブラック・ファングが目を見開き身体を硬直させる。


「む、途端に大人しくなったのう。大丈夫じゃぞ。我はドラゴンじゃが、家来の部下に無体はせぬ」


 そういってマリスはフェンリルの二倍ほどの大きさのブラック・ファングの頭を背伸びをしながら撫でる。


「ケントが保護しているんじゃから、お前らの安全も生活もケントがどうにかしてくれるのじゃ。安心するのじゃぞ?」


 ブラック・ファングは自分たちの女王がドラゴンだと知って緊張もしたようだが、逆に安心するように言われ、マリスへ下げる頭がより深くなったような気がする。


 この世界においては神の存在は別として、絶対的な暴力の頂点および具現者でああるドラゴンの配下になったわけだしね。

 世界最強の米軍を擁するアメリカ合衆国の同盟国になったようなもんだろうからね。


「こうやって見てると子供にしか見えないんだがな。正体を知れば、ケント争奪戦のライバルに相応しい相手だな」


 ボソリと俺の横に来たトリシアが言う。


 俺、争奪戦の景品なんですか?


「俺の意思は無視かい!」

「ははは、嬉しかろうが」


 トリシアがカカと笑う。


「ま、別にきさきは何人でもよかろうが。私もその一角に入れてくれればいい。なんならファルエンケールのマルレニシアも入れるか?」

「何でマルレニシアの名前が出てくるんだよ。彼女は俺を英雄視していた気もするが、そういう感情はないだろ?」


 俺がそう言うと、トリシアはヤレヤレといったポーズを取る。


「鈍いってのは罪なもんだ」


 トリシアはそう言って昼食のためのテーブルなどを準備するハリスやアナベルの方へ歩いていってしまう。


 ぐぬぬ。鈍感とか言われるの初めてなんですがね? ハリスとかアルフォートとかクリストファのようなイケメンじゃない俺としては、それほど自分がモテるとは思わないんだけど。顔は普通だし、背もそれほど高くない。この世界のイケメンどもは、西洋人的にみんな背が高いし。俺より五センチ、一〇センチ高かったりが当たり前ですよ?


 トリシアの言葉が頭の中でグルグル回っていたが、俺は昼食の準備を始めた。


 本日の料理は簡単なものにします。

 ご飯を炊いて、その上に豚肉とタマネギを砂糖、醤油などで味付けしたものを乗せるだけ。

 そう、豚丼ですな。牛丼もいいけど、俺は豚丼の方が好きです。

 七味唐辛子がないのがネックだと思うが、唐辛子はあるので一味で我慢しよう。色々と集まってきたら、七味唐辛子の開発なんかに着手しよう。



「さて、本日は豚丼を作りました」


 そう言って、蓋のされたどんぶりをみんなの前に置いていく。


「新たなるドンとの邂逅かいこう

「豚のドンなのじゃな!?」

「新作……だ」

「楽しみなのですよ!」


 みんなが一斉に蓋をとる。

 ふわりと白い湯気が立ち上り、その中にはふっくらご飯の上に少々汁だく気味に作った豚とタマネギを煮たものが乗っている。


「これが豚ドンか……ご飯が豚の料理で見えぬほどに乗っているな!」

「早速食べてみるのじゃ!」


 マリスがスプーンで豚肉とご飯をすくい口に運ぶ。


「うおおぅ。甘くてうまうまじゃぞ!?」

「これはとろけるな! 私としてはドンの至高はカツドンだと思うが、これはこれで美味いな!」

「うまうまなのですよ」


 みな気に入ったようだ。

 ハリスは相変わらず無言だ。口に運ぶスピードを見る限り不味いとは思ってないようだ。


「本当なら、七味唐辛子を少し振りかけると更に美味しいんだが、この世界にはないので一味唐辛子を作っておいた。試してみてよ」


 そういって皿の上に少しだけ盛ったスリコギで摩り下ろした唐辛子をテーブルの真中に置く。


 みんな興味深げだが、使い方が解らないようなので、俺が実践して見せる。


 一味を一つまみ、パラパラと豚丼に掛けると、みんなが俺の真似をする。


「こ、これは! たったこれだけの量で随分と味が変わるのだな!」

「なるほどのう……やはり量を少なめにするというのが重要なのじゃな」

「か、からい~」


 トリシアとマリスは適量だったようだが、アナベルが少々掛けすぎたようなので豚丼の汁をおたまで少々掛けてやる。甘みが強い汁で緩和。


「これで大丈夫だろ」


 かなり汁だくになってしまったが、それを口にしたアナベルがニンマリしたので問題解決のようだ。


 その後、みんなは豚丼をお替りをしてお腹いっぱい味わった。

 もちろん俺もお替りしたよ。


 真冬の空の下だが、強い風もなく、温かい豚丼で温まった俺たちは、貿易都市アドリアーナへ向けて再び馬車を進めていく。

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