第12章 ── 第27話

 帝国で行う予定の事がほぼ終わったので、俺たちは王国へ帰還することにした。

 夜が明けて、帝都を発つのはイシュマル月三八日とみんなで決めた。

 本日は帝都を発つ挨拶のため、冒険者組合、魔法学校、行政本部、皇城と回り、最後はアルフォートの館を訪れた。


「ケント、よく来た!」


 シルキスから頂いたという館を訪れた俺たちをアルフォートは笑顔で迎えてくれた。


「忙しい所悪いね」

「構わない。ケントの為なら元老院の会議だって休むさ」


 彼に招き入れられた館は、以前住んでいた貴族が後継者もなく、貴族本人も死んでしまったものらしい。結構大きな家で家具などもそのままだったそうで、そのまま放置されているのも問題なので元老院で管理していたものだとういう。


「まだメイドも執事も雇っていないから、全部自分でやらねばならないが……」


 そういってアルフォートがお茶を入れてくれた。


「元気そうで良かった。アルフォートはシルキス陛下の前では緊張でガチガチだったからなぁ。途中で気絶でもするんじゃないかと思ったよ」


 俺は笑いながら茶化す。


「その通りだな。私も自分が自分でないようで、頭の中が真っ白だったよ。ところで、今日はどうして?」


 俺は帝都を発つことをアルフォートに伝えた。


「実は、明日、帝都を発つんで挨拶に来たんだ」

「そうか……寂しくなるな」


 彼は腕に付けた銀色の小手を撫でるような仕草をする。俺がプレゼントしたミスリル製の魔法の手甲だ。


「なに、トリエン地方専属の外交官になったんだ。ちょくちょく会えるよ」

「そうだな。そう言えば、私は外交官になったわけだが、外交部とは無縁らしい」

「そうなの?」


 アルフォートによれば、外交部はとある侯爵が外交部の長らしいが、モート公爵派だった事もあり、規模が縮小されて魔法省の管轄に代えられてしまったらしい。

 そんな部署の外交官だと問題があると判断したジルベルトさんが、アルフォートは特別外交部員としたらしい。この特別外交部は従来の外交部とは独立して組織するようだ。

 今は外交員はアルフォート一人だが、その内人員を増やすとのことだ。


「良かったじゃん。諜報員みたいな外交官だと王国でも扱いづらくなっちゃうからね」

「そうだろうな。何はともあれ、これからはトリエンと帝国の橋渡しとして頑張るつもりだ」

「期待しとくよ。まず、正式な外交文書を携えて、一度トリエンに出張してくることになるんじゃないか?」

「そうだな。来年になると思うが」


 今はまだ帝国もシルキスの復権によってゴタゴタしているから正式な条約なり協定なりは後のことになる。


「その時は俺と一緒に国王の前に出てもらうからね」

「ああ……大国の王と会うのも緊張しそうだな」

「今から緊張してどうするよ」


 早くも顔を強張らせるアルフォートを見て俺は笑う。


「よう。アルフォート。随分広いな」


 周囲を見て回ってきたトリシアが顔を出した。


「前の貴族が結構な資産持ちだったらしい。私もここを譲られて戸惑ったよ」

「なんか出そうじゃないか?」


 トリシアが幽霊っぽい仕草をしながらニヤリとする。


「よ、よしてくれ……私はまだこの屋敷で単独生活なんだから……」


 奥の廊下からトテテテテとマリスが走ってきた。


「地下に牢屋があったのじゃ! ホコリだらけで掃除が大変じゃぞ!」


 マリスの手には何か骨が握られている。


「マリス、その骨は何だ?」

「あ、地下の牢屋にガイコツがあってのう。それの腿の骨じゃぞ」


 それを聞いたアルフォートの顔が凍りつく。


「ちょっと見てくる」


 アルフォートが立ち上がったので俺もついていくことにする。


「アル・オーソリオクリスタ・コリス・リュミエル。『白光ライト』」


 アルフォートは白光ライトの魔法を掛けて地下に降りていく。微妙に恐る恐るといった感じだ。


 確かに地下はホコリだらけだった。何十年分ものホコリが積もったのだろう。

 ホコリの層にマリスが歩いたらしい足跡がついている。


 降りた辺りは倉庫的な部屋が左右にあったが、少し進むと頑丈そうな扉があり、そこから向こうに独房が並んでいた。

 ほとんどの独房は空だったが、一つだけ鎖に繋がれたむくろがあった。

 死後、何十年といった感じだが、ボロボロの服は比較的豪華な装いで、まず貴族だと判断できる。


「これは……事件の臭い?」

「やめてくれ。まだここに住み始めて一日だというのに……」

「でも、随分古いものだし、面倒なら庭に穴でも掘って埋めちゃえば?」

「そ、そうだな。そうしようか」


 その後、俺とハリスで穴を掘り、アルフォートが集めてきた骨を穴に埋めてやった。

 墓石になるように土饅頭の上に石を置いた。


「無縁仏完成」

「むえんぼとけ?」


 仏教用語なのでどうかと思うけど、アルフォートに教えてやる。


「全く関係もない人でも、死んでしまったら墓を作ってやるんだ。無縁仏と呼んで弔ってやるわけ。俺の生まれた所の風習だけどな」

「優しい風習だな」


 確かに。


「さてと、今日は色々回って疲れたし、もう帰るよ」

「そうか? ゆっくりしていけばいいのに。久々にケントの料理を食べたい気もするしな」

「お前も食いしん坊チーム所属か!」

「そのようだ」


 可笑しげにアルフォートが笑う。


 その夜は、みんな、宿でゆっくりと過ごし次の日の出発に備えた。


 次の日、宿の前で馬車の準備をしていると、ナルバレス侯爵、ジルベルト公爵、アルフォートが見送りに来た。


「皆さんお揃いで。俺たちの見送りですか?」

「そうです。救国の恩人を見送らねば、帝国貴族の恥になりますのでな」


 三人を代表してジルベルトさんがニコやかに言う。


「それは嬉しいですね。旅先で知り合った人との別れも寂しいものだけど、笑って別れが言えるのはいつでも嬉しいものですね」


 俺はジルベルトさんと握手をする。


「そのうち、トリエンに顔を出させて頂くので、その時は良しなに」


 そう言ってジルベルトさんは左手も添えてきた。


「もちろん歓迎しますよ。魔法工房も見学してもらいますからね」


 俺がそう言うとジルベルトさんが破顔する。


「是非に! 色々と勉強させていただきます」


 次はナルバレス侯爵だ。


「息子のアルフォートだけでなく、とにかく色々とお世話になりましたな」

「いえいえ、俺の計画のためですんで。これからもアルフォートにはビシビシ働いてもらいますよ」

「両国が手を取り合って発展できるなら、アルフォートをこき使ってもらって構いません」


 ナルバレス侯爵がニンマリしながらガッシリと手を握ってきた。


「昨晩、アルフォートと色々と話しました。父親として言わせて頂きたい。本当に良くしていただいた。ありがとう」


 ナルバレスが俺の手を握ったまま深く頭を下げた。


「ほんと、気にしないで下さい。アルフォートは友人ですからね。友人に手を貸すのは当然ですから」


 アルフォートが俺たちのやり取りを見て、少々顔を赤らめながら鼻を掻いている。


 さて、アルフォートの番だ。


「昨日の今日だし、言うこともないのだが。父上に言われてな」

「そうか。まあ、昨日挨拶したからな」


 そう言いつつも、アルフォートと握手をする。


「気をつけて行けよ」

「なに、大丈夫だろ」

「確かにな……ケントたちと対峙するのはドラゴンと対峙するようなもんだからな」


 アルフォートが苦笑気味になる。


 その言葉にジルベルトさんとナルバレス侯爵が顔を見合わせる。


「息子さんには話していないので?」

「言っても信じてくれるかどうか……」


 そのやり取りにアルフォートが怪訝な顔で振り返る。


「何のことです?」

「いや、こっちのことだ。気にするでない」


 アルフォートは首を傾げつつ俺に顔を戻す。


 俺の横にフェンリルの鞍を装着していたはずのマリスが来ていた。


「我のことじゃな?」

「マリスの事?」


 アルフォートがニコニコのマリスを見て聞いている。


「ドラゴンじゃ。我の事じゃろ?」


 アルフォートは何のことだか解らず困り顔だ。


「マリス、早く準備しろ。アルフォート気にするな……って言っても無理だろうな」

「何のことなんだ?」

「実はな、マリスはドラゴンなんだよ。ブホッ」


 自分で言って何だが、情報が一個も増えていないことに気づいて俺は吹き出してしまった。

 アルフォートはますます混乱した顔になる。


「いや、詳しくはジルベルトさんと親父さんに聞いてくれ」


 俺は必死に笑いを堪える。


「ケント、準備できたぞ」

「我はもう終わっておる」

「こっちも……オーケー……だ」

「私も大丈夫なのですよ?」


 みんなの声に俺は振り返る。


「よし、では乗り込め」


 俺の号令に、トリシアとマリスが、それぞれの騎乗ゴーレムに乗り込み、ハリスとアナベルが馬車に入った。

 俺はヒラリと御者台に飛び乗った。


「それじゃ、みんな。元気で。シルキス陛下にもよろしくね」

「クサナギ辺境伯殿もご健勝で」


 ジルベルトさんの言葉に俺は首を縦に振る。


「白銀、スレイプニル。常歩ウォーク


 馬車がゆっくりと走り出す。


 手を振る三人に手を振り返して本当の別れとする。


 銀色の馬が引く黒塗りの馬車には八ッ剣菱とワイバーンの紋章旗がはためいていた。

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