第12章 ── 第26話

 博物館を出て、冬ながら穏やかな天気の中を散歩してあるく。


 心なしか帝都民の顔に笑顔が戻りつつあるような印象を受けた。

 帝都に到着したばかりの時には感じられなかったものだ。


 不意に行政掲示板が目に入る。

 そこには大々的に二日前の夜に起きた事件の全容と詳細が張り出されていた。


「こりゃ凄いな」


 マリスとハリスも掲示板を眺めている。


「これの凄さが解る?」

「サッパリじゃな」

「帝国政府の公式見解だよ。自分たちの不祥事も含めて全部書いてある。あ、これ帝都行政長官の名前で発表されてるね」

「ナルバレス親父……だな」


 ハリス、ナルバレス侯爵をそう呼んでるんだ。


「普通、絶対王政の国で自分の罪を民衆に発表することは、まず無いんだよ。国や王の威信とか権威とかが傷つくからね」

「そうなのかや?」

「そうなんだよ。帝国が王国に戦争ふっかけました。負けたら王国から苦情来ました。賠償金払いました。そう冒頭に書かれている。これ、賠償金は誰のお金?」


 マリスが少々考えてから応える。


「シルキスじゃろ?」

「まあ、そうだけど……じゃあシルキスはそのお金はどこから稼いできたと思う?」

「……税金?」

「そうだ。その税金は貴族や富豪が払ったものばかりじゃないね。民衆全てが少しずつでも払っている」

「それが何なんじゃ?」

「折角納税したのに、その金を賠償金として他国に払うってことは、国の利益に全くなっていない。すると、税金を払った人間はどう思うかな?」

「あまり面白くはないのう」

「そうだね。こういう事がいつまでも続くと、民衆はたいてい決起する」


 そうやって俺の世界では権力者が倒されてきたんだ。


「でも民じゃぞ? 軍隊とは戦えんのじゃ」

「その民衆の味方に軍隊がつくとそうでもなくなるね」

「シルキス、大丈夫かや?」

「今回の件は魔族が関わっていたって事で大丈夫だろう。ここに書いてある。それに呼応した一部貴族や有力者の逮捕などもね」


 もっとも、シルキスはデニッセルやナルバレス、ジルベルトさんという現在では有力な貴族たち王党派が脇を固め始めているので、なんら問題はないと思う。

 俺としてもシルキスが支配者の方が都合が良さそうだし、何かあったら俺が力を貸してもいいね。


「それと、ほら、俺たちのことも書いてあるぞ?」

「ほんとじゃ! 王国の貴族と冒険者で組織されたチーム、ガーディアン・オブ・オーダーの活躍で魔族は倒されたと書いてあるのじゃ!」


 マリスは誇らしげに鼻を鳴らす。


「こっちの張り紙は、デニッセル伯爵の軍部の話だね。帝都内外で暗躍していた魔族派の貴族を俺たちと協力して打倒した功績を褒め称えている。お、アルフォートの名前も出てるね。ナルバレス家の次男がこれで家名を得た。アルフォート・フォン・ヒルデブラント伯爵は新たなる帝国の英雄だって」


 ナルバレス侯爵は息子をアゲアゲですな。


「ヨイショが過ぎるんじゃないかの?」

「まあ、いいんじゃない? アルフォートに活躍してもらったのは事実だしね」


 俺たちは再び歩き出す。

 今、シルキス率いる帝国は必死に地盤固めをしている所だ。民衆の目を英雄の出現という慶事に向けさせて確固たるものにするのは当然の施策だろう。

 多分、今回の件を王国に報告したら、俺たちも英雄扱いにされるんじゃないか?

 その時、マリスやハリス、トリシアたちの置かれる立場を考える。ま、有名人クラスは確実だろう。

 そうなると色々なねたみやそねみが必ず付いて来る。その時、俺がみんなを守ってやらねばならない。

 ダレルの一件を考えると、その負の感情はバカにできないだろう。

 俺も誰かに毒殺されかけたし。


 暫く観光したので宿に戻る。


 部屋にはアナベルが戻ってきており、トリシアと談笑していた。


「おかえりなのですよ~」

「遅かったな」

「ちょっと観光してたんだ。よし、みんな集まったし、帝国の冒険者ギルドに行ってみないか?」


 それを聞いてマリスがビシッと手を上げる。


「賛成なのじゃ! これで我もオリハルコンがありえるかも?」


 ウッキウキですねマリスさん。


「ほえー。マリスちゃんはオリハルコン狙いですか。私はゴールドになれたら御の字なのです」

「いや、私の経験ではアナベルはもっと上がるだろ。マリスのオリハルコンは少々無理な気がするが」

「む、無理なのかや!? シルキスが口添えしているのじゃぞ!?」


 無理だろうなぁ……国政はギルドに口出しできないからな。逆もまた然りだが。出来るのは考慮して欲しいと頼むくらいだな。その国の中で運営している以上、国の口添えは無視できないだろうけど、口添えの丸呑みは避けるだろ。足元見られるからね。


「だが、ケントとハリスはオリハルコンかアダマンチウムは確実だな」

「マジで?」

「マジだ」


 ハリスはトリシアと俺のやりとりを聞いて表情が固まる。レア金属クラスへの昇格は様々な権利が発生するが、負わされる義務も同じ様に大きくなる。


「ちょっと……早すぎ……ないか?」


 ハリスは義務への不安のためか躊躇ためらいがちだな。


「亜神クラスの魔族討伐だぞ? それに私がオリハルコンになったのも、魔族とキマイラを倒した時だ。私の時の魔族は中級くらいだったがな」


 ハリスは昔読んだトリシアの物語を思い出したようだ。一瞬目を閉じたハリスが再び目を開けると、その表情には決意が読み取れるような精悍せいかんなものになっていた。



 帝都の冒険者ギルドは中央広場にあった。帝国の冒険者ギルドの本部だけあって非常に大きい。

 看板には「帝国冒険者組合総本部」と書かれていた。


 ギルドの中は王国の本部に似た雰囲気で、受付やロビー、掲示板前に大量の冒険者がひしめいている。


 そういや、大通りや広場に冒険者っぽい人がチラホラいたね。というか、ここ二~三日で増えた印象がある。それまでは殆ど見なかったと言ってもいい。


「随分と冒険者が多いね」


 俺は近くにいた冒険者に声をかけてみた。


「ああん? 当然だろ? 帝都に魔族が現れたって話だぞ? お前もそれが目当てで来たんじゃないのか?」

「いや、魔族ならもう倒されたよ?」

「なんだって? その情報の信憑性は!?」

「行政の掲示板に張り出されてたけど?」


 俺と冒険者の会話を聞いた周囲のものの視線が俺たちに集まる。


「知らんのかや? 我らが倒したんじゃぞ?」


 得意げに胸を反らすマリスが可愛い。


「ブフォ! 冗談も休み休みにしなよ。お嬢ちゃん」


 俺と喋っていた冒険者の連れらしい女冒険者が盛大に吹き出した。


「ホントじゃぞ? なあ、トリシア」

「ああ、間違いない」


 トリシアが自信ありげに腕を組んで頷いている。


「マジなのか?」


 俺と話していた冒険者が俺に確認をしてくる。


「ああ、マジだな。このエルフはお前さんも知ってると思うぞ? トリ・エンティルだ」


 冒険者と女冒険者の顔が驚愕と共に固まる。

 その視線は、トリシアのアダマンチウムの義手に注がれている。

 トリシアがドラゴンと戦って隻腕になったことは物語の終焉に書かれていて、冒険者なら誰でも知っている事なのだ。


「そ、それじゃぁ……あんたたちは……」

「うん。王国から来た冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』の者だ」


 女冒険者が震える手でトリシアに近づいた。


「トリ・エンティル様……握手をお願いできますか……?」

「ん。構わんぞ」


 そう言うとアダマンチウムの義手でガッチリと女冒険者の手を取っている。


 ここからが大変だった。

 周囲の冒険者たちが俺たちを取り囲み、トリシアのみならず、俺やハリス、マリス、アナベルにまで質問攻めやら冒険譚をせがんだりと大騒ぎだ。

 あまりの騒乱にギルドの職員たちがすっ飛んできたのは言うまでもない。


 なんにしても二時間ほど冒険者たちとの交流がギルド職員たちの努力で行われ、落ち着いた時には総本部の会議室に俺たちは通されていた。


 俺らの眼の前には帝国冒険者組合の総組合長、いわゆる本部ギルドマスターと副ギルドマスター、上級職員などが勢揃いしている。


「皇城から報告は受けていました。ようやく本部に顔を出して頂けたようで安心しました」


 ギルドマスターであるソアン・ジグリットが汗をフキフキ言う。


「いやぁ色々ありまして、報告が遅れたことをお詫びしますよ」

「いえ、別に非難しているわけではありません。『ガーディアン・オブ・オーダー』の方々とお会いできて、我ら一同大変うれしく思っています」

「それは光栄です。んじゃ、今回の事を報告させて頂いてよろしいですかね?」


 ギルドマスターが頷いたので、俺は経緯を説明する。

 王国の貴族としての任務のため帝国に来ていた俺たちは、アナベルによって神の啓示を受けた事。シルキスを助けに皇城に侵入した際、キマイラを討伐した事。シルキスの依頼により、魔族を討伐した事などだ。

 他の事は冒険者の業務に関係ないので伏せておく。一応国家間の話とかだからね。


「そ、それは……さすがトリ・エンティル様たちの冒険ですな」

「おい、リーダーはケントだ。私はチームの一員に過ぎない」


 トリシアの鋭いツッコミにギルドマスターがビクッとする。


「そうじゃぞ。それにキマイラもアルコーンもトドメを刺したのはケントじゃもの。ケントはトリシアより強いからのう」


 目を白黒させている組合関係者たち。


「じゃ、とりあえず証拠の品ですがね」


 俺は会議室の真ん中を空けさせると、インベントリ・バッグからキマイラの死体を取り出して置いた。


「これが倒したキマイラです。ちょっと真っ二つにしちゃいましたけど、検分よろしく」


 眼の前に、まだ湯気が立ちそうなほどに新しいキマイラの死体を出された組合員のあごが例外なく外れたようになる。


「黒幕だったアルコーンの死体なんだけど、魔法省のジルベルトさんに持っていかれてしまったのでお見せできないんですが」

「そ、それは構いません! キマイラの死体だけで確実に魔族が関わっていたことが証明されています!」


 俺の言葉に慌てたように副ギルドマスターと名乗った女性が声を張り上げた。ハンカチを口に当てて吐きそうなのを我慢している風だね。


「これは素晴らしい功績です。冒険者ケント・クサナギ辺境伯殿」

「ありがとう。とりあえず、王国の冒険者ギルドにも報告する必要あるよね? 死体は仕舞っていいかな?」

「ご随意に」


 許可が降りたのでキマイラは仕舞っておく。


 その後、俺たちは帝国の冒険者規定によりランク・アップを言い渡され、報奨金なども支払われた。とりあえず、また白金貨が全員三〇〇枚ほど増えたよ。

 それと「キマイラ・スレイヤー」と「デモン・スレイヤー」なる称号ももらえた。


 俺たちの新しいランクだが、俺はとうとうオリハルコンのクラスになった。キマイラとアルコーンのトドメを刺したというのが決め手らしい。

 ハリスはアダマンチウムだ。ハリスは満足げだが義務や権利の説明を受けて顔がこわばってしまった。

 マリスは三階級特進でミスリルだったことに少々不満げだったが、俺と同じ三階級特進だぞと言ったら落ち着いた。

 アナベルもマリスと同じく三階級特進でミスリルだ。嬉しそうだが天然なので真意は見えない。

 トリシアは既にオリハルコンなので、別に感慨もなかったっぽいね。


「とうとう、私の階級と同じになったな」

「いやはや、光栄ですなー」

「当然だ。ケントは私よりも遥かに高みにいるのだ。なるのが遅かったくらいだぞ」


 トリシアは俺の働きが評価されたのが一番嬉しかったらしく左腕を俺の右腕に絡めている。

 ちなみに、左腕はマリスが絡みついている。


「ぐぬぬ。まだトリシアに辿りつけんのじゃ。ケントは我が追いつくように、もう少し足踏みするべきじゃ!」

「ははは、努力しよう」


 マリスの横にはアナベルがのほほんとした感じで歩いている。


「これで希少金属クラスなのです。どんどん修行するですよ」


 ダイアナが出てきたら冒険者相手に訓練でもしそうな感じだね。


「アナベルはこれからどうするんだ? トリエンに来るそうだけど」

「私はケントさんのチームに入れてもらうのです。そしてマリオンさまの弟弟子おとうとでしの技を教えてもらうのです」


 やっぱ、そうなるんですか。まあ、神官プリースト系がチームにいるのは便利だし断る理由はないけどさ。


 ハリスは俺たちの後ろから付いてきている。寡黙な彼だがアダマンチウムは嬉しかったらしい。新しい冒険者カードを眺めている。


 そうそう、冒険者カードの裏には「キマイラ・スレイヤー」と「デモン・スレイヤー」の称号が書き込まれてたよ。表には討伐マーク入りだ。


 こうして一流冒険者の仲間入りを果たした俺たちは意気揚々と宿へ帰った。

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