第12章 ── 第24話

 宿の食堂で昼食を取っていると、例の慇懃無礼の従業員がやってきた。


「あの、お客さま。そろそろご予定の一〇日となりますが……」


 ん? 何の話だ?


「一〇日? なんかあったっけ?」


 俺の言葉に従業員の眉間に少しだけしわが寄る。


「ご滞在が一〇日となります。今日もお泊りですと宿泊費用が……」

「ああ、その事。今日は城に呼ばれててね。帰ってきてからにしてくれないか?」


 俺がそういうと、慇懃無礼な従業員の目が見開かれる。


「え……あ……そ、そういう事でしたら、お戻りになられましてからで結構ですので」


 急に手もみ状態になる。


 コイツ薬でもやってんじゃないのか? 豹変っぷりがジャンキーみたいだぞ。


 午後になりアナベルも帰ってきたので城へと向かう。


「アナベルさんは今年で何歳?」

「ほえー? 女性に年齢聞くとか、私と結婚でもするつもりですか?」

「え!? いや、違うけど!」


 この世界は女性に年齢聞くとプロポーズにでもなるの!?


「それは少々残念なのですよ。私は今年で一九歳なのですよ」


 一九でその巨乳。さらにデカくなる気満々ですか?


 巨乳はともかく、俺より年下発見。一応メンバー扱いのアナベルが俺より下で安心する。


「いや、午前中にウチらの年齢の話になったんでね」

「なるほどなのです。ケントさんは一七歳くらいですね!」


 は? それはないだろ?


「いや、二四ですけど?」

「あら? 随分若く見えたのですが。私より年上だったのですか」


 うーん、確かに日本人は海外だと若く見られがちだけどな。ティエルローゼでも一緒なのか。


「人間は一六歳で成人ですから結婚適齢期を大分過ぎていますね。マリスちゃんはもう少し大きくならないとケントさんのお嫁にはなれないのですよ」


 いや、三四〇〇歳超えですよ、彼女。


「それなら大丈夫なのじゃ。安心するとよいぞ」

「そうなんですか。もしかして妖精さん?」


 え? ああ! そうか! アナベルはドラゴン・モードのマリスを見てないのか! あの時はアナベルはダイアナ・モードだったな。


「違うのじゃ。我はドラゴンじゃからの!」

「うふふ。可愛いドラゴンちゃんなのですね」


 あらら。アナベルは多分マリスの新しい遊びか何かと勘違いしてるよ。天然入ってるからなぁ。


 無駄話をしているうちに城門が見えてきた。


 城門は開かれており、正規の金色のレリーフが刻まれた鎧を着た近衛兵がズラリと奥の方まで左右に並んでいる。

 城門の真ん中に、デニッセル子爵が立っていた。


 おお、無事に帝都に戻ったようだな。


 俺はデニッセルに近づいて右手を差し出した。デニッセルがその右手をガッチリと掴んでくる。


「クサナギ辺境伯閣下。お待ちしておりました」

「出迎えありがとう、デニッセル子爵」

「今日は貴族の装いですね」


 俺の着た貴族服を見てデニッセルが微笑む。


「流石に女帝陛下に正式に招待を受けてるからね。冒険者の姿じゃ失礼にあたるだろ?」


 俺たちはデニッセルに連れられ城壁の中に入っていく。


 城の巨大な扉の前までくると、近衛兵がラッパを高らかに鳴らす。

 その音色に反応して城の扉がゆっくりと開いていく。


 城の中は広いロビーといった感じだが、一番奥には玉座がある。


 ロビーは謁見の間を兼ねているのかな?


 この謁見の間は非常に豪華で赤く巨大なタペストリーには帝国の紋章が金糸で縫い込まれており、かなりお金が掛かっているのが見て取れる。

 それだけでなく、シャンデリアも巨大でクリスタルと金銀で飾られているのでかなり派手だ。


 その玉座にはシルキスが上品に座り、玉座へと続く両端には帝都にいる上級下級を問わず貴族たちがズラリと並んでいる。


「オーファンラント王国使者、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯殿をお連れいたしました!」


 デニッセルが謁見室全体に響くような大きな声で言う。

 後ろの近衛が再びラッパを吹き鳴らす。


 その声にシルキスがフワリと立ち上がる。


 デニッセルに連れられ、中央の赤いカーペットの上を歩いてシルキスの前まで行く。


 俺たちはシルキスの前でひざまずく。


「クサナギ辺境伯殿、よくぞ参られました」


 シルキスが嬉しそうな声で言う。


「アルフォート・フォン・ナルバレス。ヘリオス・フォン・ナルバレス。ジルベルト・フォン・ローゼン。アルベルト・フォン・デニッセル。そちらも彼らと並びなさい」


 シルキスに命じられ、四人も俺らの横でひざまずく。


「オーファンラント王国貴族、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯。トリシア・アル・エンティル。ハリス・クリンガム。マリストリア・ニールズヘルグ。アナベル・エレン。そして、四人の帝国貴族たち。

 この者たちは、魔族に侵入された我が帝国を救う為、尽力した者たちです。元老院議員及び貴族たちよ。永劫に記憶に留め、感謝を」


 その簡素ながら感謝の気持ちの籠もった声に周囲の貴族たちから大きな拍手が俺たちに送られる。


「この度、帝国は王国への侵攻を企て、そしてそれは失敗に終わった。そのため、オーファンラント王国はクサナギ辺境伯を使者として帝国へと遣わされた。わらわの不在の際に行われた蛮行なれど、その責任を果たすとします。

 わらわの名の元に帝国は王国へ謝罪を申し上げる。それと共に、王国への賠償として、王国に接する帝国の国境四〇キロ周辺の湿地帯をケント・クサナギ辺境伯へ割譲し、王国領とする!」


 周囲の元老院議員たちがどよめいたが、大きな混乱はないようだ。


 つーか、シルキス。大盤振る舞いじゃないの? 王国はそれほど大きな被害を受けたわけじゃないんだけどな。クリストファの養父の男爵一派が断罪されたくらいだけど。


「クサナギ辺境伯、王国への謝罪と賠償はこれで済みますでしょうか?」

「過分と申したい所ですが、シルキス陛下のお言葉に従いましょう。これで王国と帝国に遺恨はないものと俺は判断します」


 俺の言葉にシルキスが頷いた。


「今回、魔族より帝国を開放してくれた事に対して報奨を与えたいと思います。何か望みはありますか?」

「以前、お話した計画を共に実行できれば幸いですが、そうですね。一つだけよろしいでしょうか?」

「遠慮なく申して下さい」


 俺は色々と協力してくれた人に約束した言葉を思い出していた。


「アルフォート・フォン・ナルバレスを外交官としてトリエンとの交渉にあてていただきたい。帝国との円滑な交渉などを進める上で、彼を外交官にしていただけると助かるのですが」


 俺の言葉にアルフォートが動揺した顔で見つめてくる。


「では、そのように致しましょう。ナルバレス家次男、アルフォート・フォン・ナルバレス」

「は、はっ!」


 シルキスに名前を呼ばれたアルフォートが慌てて返答する。


「そなたに伯爵位を授けましょう。ナルバレスを名乗り続けるのも良し、新たなる家名を立ち上げるのもよし。お好きになさい」

「はっ! ありがたき幸せに存じます!」


 アルフォートがシルキスの言葉を聞いて、深く頭を下げた。彼が成し得たかった目的がこれで達成されたことになる。


 これからは計画を進める手助けをしてもらうからな。ビシビシ働いてもらおう。


「高名なるトリ・エンティル殿、望みの褒美はありますか?」

「私は特に無いよ。ケントと一緒にいることが私の褒美さ」

「小さく強大なる者マリストリア殿、そなたは?」

「特に無いのう。強いてあげればじゃが、オリハルコンの冒険者になりたいのじゃ。早くトリシアに追いつかねば、ケントに辿り着けんしの」


 シルキスがフフフと優しげに笑う。


「その願いは私には叶えられませんが、帝国の冒険者組合本部に、事の経緯と結果、私の望みを伝えておきましょう。悪い結果にはならないと思いますよ」

「おお? 口利きしてくれるのかや? ありがとうなのじゃ!」


 マリスが嬉しげに言った。


「ハリス・クリンガム。そちの望みは」

「俺は……何も要らな……い。トリシアと……同じ……だ」

「クサナギ辺境伯の仲間の方たちは無欲な方ばかりですね」


 シルキスは少々呆れ気味だ。そうだぞ、みんな。何かもらっとけよ? こんな機会はそんなに無いからな?


「マリオン神殿神託の巫女オラクル・ミディアムアナベル・エレン。望みはありますか?」

「えーと、ケントさんについてトリエンの街に行きたいのです。神官のいない教会があると聞いているのですよ」


 え? アナベル、トリエンに来るの? あの教会に神官が来るのは嬉しいことかもしれないけど、帝都の神殿はどうするのかね?


「帝都のマリオン神殿からそちらに移りたいということですね?」

「そうなのですよ。神官長が駄目って言ったけど行くつもりなのですよ!」

「フフフ。みんなクサナギ辺境伯の近くにいたいのですね。わかりました。アナベル・エレン。貴方の希望に沿うようにマリオン神殿の神官長に意見してやりましょう。ついでに旅の路銀を与えましょう」

「ありがとうございます~」


 アナベルが嬉しげに頭を下げる。


 その後、ナルバレス子爵が侯爵へ、ジルベルトさんが公爵へ、デニッセル子爵が伯爵へと陞爵しょうしゃくされた。

 新たにナルバレス侯爵となったヘリオス・フォン・ナルバレスは、帝都の東西南北の四区を束ねる行政長官となった。

 デニッセル伯爵は帝国全土の帝国軍の最高司令官に任命された。

 そして、ジルベルト公爵は、魔法省大臣、魔法学校校長を兼任していたが、更に宰相として元老院議長も言い渡されてしまった。

 ジルベルトさん的には研究時間が減るのでいささが不満げな様子だったが、年に一度、トリエンへの視察の名目で一ヶ月ほどの出張が出来ると知るや快諾していた。そのうち工房を見学させてやらないといけないかもしれん。


 これら決定にカヴォン伯爵などは悔しい思いをしていたようで、ナルバレス侯爵に少々嫌味を言っていたのが聞こえた。


 俺が少々離れた所からジーーーーーーーーーーーーッと見ていたら慌てたような声で、新侯爵に賛辞を送っていた。



 その後、シルキスと新宰相のジルベルトさん、アルフォート、俺たちで個室に集まって、細かな話し合いが持たれた。


 ヴォルカルス侯爵家のお取り潰しや、イルシス神殿神官長の更迭及び捕縛、カートンケイル要塞に勾留中の帝国兵の返還なども含めたものだ。


 この時、俺に割譲された湿地帯の地図も貰った。

 ついでに俺らメンバーへの報奨金が各五〇〇白金貨(金貨にして一二五〇枚だね)が下賜された。

 さらに、俺らメンバー全員に帝国名誉貴族なる称号を頂いた。ファルエンケールの名誉市民の称号みたいなものかな?

 帝国黄金十字章なる勲章も付いてきた。王国でも勲章貰ったなぁ。名誉なことなんだろうけど、基本的に一般人の感覚しかない俺にはピンと来ない。

 まあ、文句はないのでありがたく貰っておくことにしよう。


 その日に全ての事が解決してしまった。専制君主制度の迅速な政治決定は現代社会では考えられないスピードだね。

 現代社会の鈍い政治を考えると羨ましいけど、愚かな支配者が現れた時は地獄だろうねぇ。皇帝ネロとかあったじゃん?



 そうそう、新たに宰相になったジルベルトさんに、帝国の各地に俺の作った拠点転移ホーム・トランジションの起点となる装置を置かせてもらう許可を貰ったので帝都の皇城に一つ置かせてもらう。

 後で貿易都市アドリアーナにも置きに行きたいね。海産物が色々あったからねー。あとトウモロコシと香辛料? とにかく食材確保できそうな所は押さえておきたい。


 魔族が退治された翌日から帝都の封鎖が解かれ、物資や人の行き来が再び始まり、帝都は段々と落ち着きを取り戻し始めた。デニッセルは仕事が早いな。

 各行政区も新たな行政長官ナルバレス侯爵の手腕によるものか大した混乱もなく順調に動き出したようだ。


 アルフォートは新たな家名を考えるのに苦労していたが、ヒルデブラント家という家名にしたようだ。なんか古代ノルドの英雄の名前だな。この世界でも同じ名前の英雄がいたらしいね。


 アルフォート・フォン・ヒルデブラントは叙爵に伴い、トリエン地方専属の外交官に任命され、女帝陛下からお祝いに館をプレゼントされていた。

 シルキスの気前がいいのか、初恋の人に似ていた所以ゆえんかわからないが、アルフォートの外交官としての出だしは悪くなさそうだ。

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