第12章 ── 第23話

 偽皇帝だったマシールは、箱が壊れたために精神支配の魔法が消えて元来の人格に戻った。

 彼に掛かっていた精神支配はかなり強力であったようでその間の記憶は全くなかった。

 自分が捕らえられた経緯すら覚えていないのだから、それ以上情報を引き出すことができなかったのは仕方ないね。


 近衛たちなど、皇城周辺にいた全ての人間も元の状態に戻ったようで、シルキスが真に皇帝であることを認めさせるのは比較的簡単だった。


 説明や説得にジルベルトさんが大いに活躍したのは言うまでもない。彼は先代皇帝の時代から信が厚く、当代に至っても国の重鎮だからだ。

 公爵であった魔族が貴族位では最大の権門であった。その直下の爵位である侯爵位は先ほど失権したシャーロック侯爵とその他何人かいたが、全員モート公爵の派閥だったようで、同じ様に発言力はなくなってしまったようだ。


 それに対抗していた派閥であるカヴォン伯爵派が台頭しそうな気もするのだが。

 女帝を連れてきたのがカヴォン伯爵派のナルバレス子爵で、中立派だったローゼン閣下でお馴染みのジルベルトさんと一緒だったわけで、この状況を利用するには配下のナルバレス子爵とローゼン閣下を懐柔なり廃絶しなければならないはずだ。

 もっとも、そんな事は俺らが許さないのでカヴォン伯爵もジルベルトさんとナルバレス子爵を粗略には扱えないようだね。

 そりゃ中身ドラゴンの仲間やらトリ・エンティルを連れた奴と敵対したいガッツのある貴族はいないようだからねぇ。

 正体知ってたら、きっとモート公爵の派閥の対抗馬になろうなんてカヴォン伯爵も思わなかったに違いないね。


 俺たちは皇帝の玉座に座ったシルキスの前に並んでいた。


「全てが終わりました。門閥貴族の方々もわらわの復権に異論はないと決まり、とうとうわらわが皇位を取り戻しました。全てはクサナギ辺境伯殿のご助力のおかげであります」

「勿体なきお言葉。やっと一仕事終わりましたねぇ」

「そちはわらわと会った時から、変わりませんね」

「それは俺の持ち味ですからね」


 フフフと笑うシルキスと俺は笑い合う。


「フフフ。そちは主である王の前でもそうなのですか?」

「ああ、ケントは変わらないな。逆に国王の方が膝を折りかねない始末だ」


 トリシアが肩をすくませる。


「おいおい。王国の権威を落とすような言いぐさは止めとけよ」

「なぁに、私は元々冒険者で自由なエルフだ。人間のしきたりなどに頓着とんちゃくしないんだよ」


 国王がここにいたらエルフにそう言われては苦笑するしか無かったろうな。


「ま、ケントはそういう人間の面倒くさい部分とはかけ離れておるからのう。誰とも対等じゃ。神ともな」

「確かに……な」


 マリスが腕組みしてしみじみ言うとハリスも同意している。


「マリオンさまの姉弟弟子きょうだいでしなのです。俗世などには左右されないのですよ」


 アナベルも神の試練を問題なく遂行できたので満足そうだ。「正体看破トゥルー・ペネトレーション」を一番最初に唱えるように神に指示されていたそうだからね。


「さて、シルキス陛下。すでに夜も遅いですし、話の続きはまた後日でどうでしょうか?」

「そうですね。明日、きっと登城下さいますね?」

「そうしますよ」


 俺は請け合う。


「では、陛下。我々もお暇致します」


 ジルベルトさんがそう言うと、ナルバレス子爵も頭を下げる。


「そちたちにも苦労を掛けました。今日はゆるりと休むように」

「はっ!」


 こうして、俺たちは皇城を後にした。


「いやはや、今日はなんと目出度い日でしょうな。アウフレーグの不在の吉凶は証明できずですな」


 そういや、前そんな話をしたなぁ。凶兆なのか吉兆なのかって話だな。占星術的にはどうなんだろうね? 現実世界でもそんな論争あるのかな?


 ナルバレス子爵やジルベルトさんと別れ、宿に帰り着く。

 すでに正面は閉じてしまっていたが、宿の裏口はあのボーイ君たちが寝ずに待っていてくれた。


「おかえりなさいませ、お客様」

「ただいま。夜遅くまで悪かったね」

「いえ、お気になさらないで下さい」


 俺たちはボーイ君たちにチップを弾んで部屋に戻った。


 その夜、俺たちは泥のように眠った。

 肉体的には大して疲れていないが、精神的なものが大きかったのだろう。

 俺自身も自分よりもレベルの高い敵と戦ったせいか例外ではなかった。


 朝、ボーイ君のノックの音で目が覚めた。彼らは朝食を運んできてくれた。

 パンやハムなどの保存の利くものばかりで、生鮮食品が殆ど食卓に上がっていない。

 大した朝食ではないが、物資が完全に止まってしまった帝都ではかなり豪華な気もする。


 俺はインベントリ・バッグから野菜を少々取り出して皿の上にちぎって置く。サラダ代わりだ。これにマヨネーズを付けて食べる。


「さて、今日は午後から城に行こうかな。アナベルは午前中は神殿に報告だろ?」

「そうですねー。報告しておかないと神官長がうるさそうですし」


 筋肉ダルマの神官長か。


「私らはどうする?」

「好きにしていい。もう魔族はいないしね」


 あの後、アルコーンの死体をどうするかが少々話し合われ、ジルベルトさんが回収するということで元老院たちが納得した。俺も持ち帰ろうと思ったけど、魔法の研究に使えるかどうか調べたいらしい。


「ケントはどうするのじゃ?」


 マリスに聞かれて俺は少々考える。


「そうだな……マリスが壊しちゃった鎧を直すよ」

「ご、ごめんなのじゃ……」

「構わん構わん。別に鎧自体が壊れたというより、ベルトの留めビスが飛んだだけだから、すぐ直るよ」


 申し訳なさげにマリスがモジモジする。

 この小さい身体が膨れ上がったのはビックリしたけど。


 そういや、ウチのメンバーはあの後、大して驚いてなかったな。俺は結構ビックリしたんだけど。


 食後、アナベルが神殿に出かけ、俺は鎧を直しはじめる。俺の隣にマリスはちょこんと座って修理を見学している。ハリスとトリシアも武具の手入れを始めた。


 四人で武器の手入れとか、初めて一緒に泊まったトマソン爺さんの宿の時を思い出すね。


「元に戻るのかや?」

「ベルトが外れただけだからね。簡単だよ」


 俺は新しいベルトとミスリル製のピンをハンマーで鎧に取り付ける。


 今度、マリスがああいう変身をする可能性も無いとは言えないので、後でこの部分の改良をする必要あるかな。


「相変わらず器用じゃな」


 鎧の修理自体は一時間も掛からず終了したので、マリスに着せてみて微調整をする。


「マリスはドラゴンだったんだなー」

「そうじゃぞ? 別に秘密にしてたわけじゃないのじゃが……」


 マリスは少々言いよどむ。


「ま、ドラゴンだなんて知れたら、周囲が大騒ぎになっちゃうからね。俺ら以外には秘密でいいだろ」

「そ、そうじゃな! そうしておこうかの?」

「そうだぞ、マリス。有名になると結構面倒だからな。握手求められたり、名前書いて欲しいとか言われたりな」


 トリシアが可笑しそうに言う。


 そういうの面倒だって思ってたの? 結構マメにしてやってたじゃんか。


「それはそれで、少々憧れるのじゃが?」

「有名になると悪さはできなくなるな。周りの目があるからな。ハメを外すのも他人の目があるからな、冒険者としての品位が気になるようになるんだ」


 えー!? 品位気にしてたの!? 結構食いしん坊チームとしてガッツガツな気がしますよ?


「でもさー、俺の目標ってドラゴン・スレイヤーなんだよな。マリスがドラゴンだと諦めるべきかなぁ」


 俺が嘆くように言うとマリスがキョトンとした顔になる。


「なんでじゃ? 冒険者といったらドラゴン・スレイヤーが最終目標というのはよく聞く話じゃ。トリシアだってドラゴンと戦ったのじゃぞ?」

「え? 同族を殺されたら気分悪くない?」


 マリスは、やはり理解不能という顔をする。


「同族とか言われてものう……我の同族はニーズへッグの氏族だけじゃし。他の種族はどうでも良いしのう。ケントはニーズヘッグと戦いたいのかや?」

「いや、ニーズヘッグ族とかそういう尺度なの?」


 どうもドラゴンの意識は人間と違うようだな。

 人間なら人権がどうとか何とか、同族に対する他種族からの蛮行には嫌悪感があると思う。

 エルフであるトリシアも人間がニンフにやろうとした事を聞いて嫌そうな顔をしていたんだがな。


「ドラゴンは他のドラゴンには興味なしなのか?」

「そうじゃのう。ドラゴンは好きなことをして生きているからの。ニーズヘルグの一族の中で、我は異色じゃぞ」


 ニーズヘッグのドラゴンは古代竜エンシェント・ドラゴンという最上位ドラゴンの種族で、他にも様々な最上位ドラゴン族との戦いで忙しく、人間界には全く興味がないそうだ。

 ドラゴンたちの戦いは異空間を作り出し、その中で戦う為、通常の世界には何の影響もないそうなので少々安心しておく。


住処すみかに入り込んできた冒険者たちの死骸がゴロゴロしてたんじゃが、その持ち物に良くトリシアの物語の本があってのう。そういう冒険譚を読んで、冒険者になりたくなって住処すみかを飛び出してしもうたのじゃ」


 マリスもトリシアに似て自由人だな、おい。

 というかドラゴンは自由気ままなのが普通なのか。神に逆らって逃げ出すくらいだからな。

 トリシアがドラゴン気質ってことだね。気質が似た本の登場人物に共感したってのが本当なんじゃないかな。


「ケントは何で冒険者になったんじゃ?」


 マリスが俺が冒険者になった経緯を聞いてくる。これ、説明していいのかな?


「俺は、この世界の人間じゃないからねぇ。元は地球という世界の住人だ。その世界の日本という場所が俺の国だ。そこで生まれたんだよ」


 俺は、自分の二〇数年の人生を当たり障りのない感じに話して聞かせる。


 子供の頃、両親に虐待されて育った事、大学で経済学を学んだ事、実家を飛び出して一人暮らしを始めた事、金融関係の仕事で若くして大金持ちになってしまった事、その金を元手にニート生活をしていた事。


「ある時、ドーンヴァースというVRMMOに出会ったんだ」

「VRMMO?」

「うーん、ちょっと説明は難しいので省くが、体感型の遊びだな」


 少々ヴァーチャル・リアリティについて説明したが、マリスだけでなく、トリシアもハリスも理解できているようで、ちょっと驚きですな。


「要は幻影系・精神系の魔法道具みたいなもんじゃな」


 ああ、なるほど。それに近いよね。そうか確かに魔法で考えれば難しくないね。


「で、そのゲームの中でドラゴンと戦ったんだよね。前に話しただろ? 下級ドラゴンだったがブレスに焼かれて死んだんだ」


 俺はソファに座ってお茶を飲む。


「で、気づいたらティエルローゼに居た」

「よく解らんのう」

「俺も何でこの世界に転生してきたのか解らない」


 この部分に関しては、神々も解ってないようだしな。


「どうも、虚空の深淵が俺の世界とティエルローゼで繋がっているらしいんだね。でも神さまたちも良くわからないらしい。それが解るのは創造神だけだそうだよ」

「話が大きくなりすぎて、人の理解の及ぶ話ではないな」


 トリシアがお手上げといった感じで口を挟む。


「そうじゃな。生まれてから数千年たつが我にも解らんのう」


 ドラゴンであるマリスもウンウンと頷く。


「そ、そんな歳なの!?」


 ビックリしてマリスの顔をじっくり見る。


「そうじゃぞ? えーと、三四〇〇年くらいじゃな」


 うわー! メンバー最長老発見! でも姿は一〇歳くらいの幼女です! かなり反則じゃね?


「トリシアはどのくらいじゃ?」

「私か? 私は四三〇年って所だな」


 トリシアも結構イッてました。エルフだから当たり前か。しかし、四三〇歳なのに悪ガキっぽいのはちょっと面白い。


 ま、まさかハリスも……!?


 俺だけでなくトリシアとマリスも、ハリスを見る。


「俺は……二九だ……」


 最年少俺でしたーっ! ハリスの兄貴はいつも常識人で助かります! 一瞬ティエルローゼは全種族長寿なのかと思っちゃいましたよ。


「俺は二四歳だけどな!」


 俺の宣言には全員「フーン」といった無関心でカナシス。


 でも、最年少がリーダーでいいのかねぇ。

 まあ、マリスにリーダーさせたら色々と大変そうだけどさ。

 みんなも俺がリーダーで納得しているし、わざわざ爆弾を落とす必要もないし何も言わないでおこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る