第12章 ── 第22話

 その時だった。


──ドーン!ドーン!


 建物の入り口のドアが大きな音と激しい振動に見舞われる。

 貴族たちの顔に恐怖の色が浮かぶ。


 シルキスをナルバレス子爵とジルベルトさんが背に隠す。その前方に俺たちも布陣する。


──ドガシャッ!


 ドアが弾け飛び、入り口の向こうに破城槌はじょうづちの代わりらしき丸太を抱えた兵士が多数見える。


「開いたぞ! 突入せよ!」


 その言葉に兵士どもが室内に乱入してきた。


 兵士たちの鎧は金のレリーフで彩られており、帝国兵にしては激しく派手だ。

 そうか、これが近衛兵か。


「モート侯爵閣下と元老院の方たちは無事か!?」


 そう言いながら入ってきたのは、ヘルメットの先に大きな羽飾りを付けた近衛隊長らしき人物。


「何事ですかな!? ブルーム近衛隊長!」


 ジルベルトさんが進み出て近衛隊長らしき人物に声を張り上げた。


「おお!? ローゼン閣下! ご無事で!」


 ヘルメットを脱いだ禿頭のブルーム近衛隊長は嬉しげな笑みを漏らす。


「ご無事も何も、今まで何をしていたのですか!? 先程からこの中で魔族が暴れていたのですぞ! 陛下をお守りするはずの近衛が後からのこのこやってくるとは嘆かわしい!」


 ジルベルトさんがかなり辛辣しんらつに怒っている。


「はっ! 申し訳ありません、ローゼン閣下! して魔族とやらは!?」

「魔族アルコーンは、もうクサナギ辺境伯殿が倒された。陛下もご無事だ」


 ブルーム近衛隊長は困惑した顔をしている。


「陛下もご無事とは……? 皇帝陛下ならば先程からあちらにお出ででございますが」

「バカモン! それは替え玉の偽皇帝だ! 本物の皇帝陛下は、こちらにおわすシルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルト女帝陛下である!」


 その声が聞こえた近衛兵たちが突然身体を震わせると、さっきの元老院貴族のようにボケーっとした表情で動かなくなる。もちろん衛兵隊長もだ。


「こ、これは!?」


 ジルベルトさんが慌てた声を出す。


 くそ。まだこの魔法解けてないのか。何か独立して動いている魔法道具でもあるんじゃないか?


 俺は色々考えてみて、あるモノを思い出す。


 そういえば、二つほど正体の解らないアイテムを、人が絶対に入って来なさそうな場所で手に入れたな。あれかもしれん。


 俺はインベントリ・バッグから彫像と箱を取り出した。


物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクト


 やっぱりだ。


『召喚の彫像

 ティエルローゼにアルコーンを召喚するために太古に造られた像。

 アルコーンの召喚には人間の魂が必要とされる。大変邪悪なアイテム』


『精神支配の箱

 アルコーンが魔界よりティエルローゼに持ち込んだ魔界の工芸品アーティファクト。人心を掌握し続け、嘘を真実と信じ込ませる。

 また、嘘に反する情報を与えられると、対象の思考を停止させ、真実を塗り替えようとする』


 こりゃ物騒だな。


 俺は箱を両手で掴んで人間万力よろしく両手で挟み込み渾身の力を込めた。


──メリメリメリ……グシャ!


 箱が壊れた瞬間、魔法の波動のような物が一瞬で拡散していくような感覚が伝わってきた。


 周囲の近衛兵たちがハッと我に返るのが確認できる。


 よし、精神支配の解除成功。やっぱり魔法道具に頼っていたか。流石に数千人の精神支配を一遍に解くほどMP多くないからね。結果オーライかな?


「い、今のは何事ですか!?」


 ジルベルトさんが俺を問いただす。


 彼も魔法の波動を感じたのかな?


「ああ、精神支配の波動を発していた魔法道具を破壊したんです。これでアルコーンの精神魔法の影響は完全に消えたと思われます」

「おお……流石、クサナギ辺境伯殿!」

「それと、こっちが……」


 俺は悪魔をかたどったような彫像をジルベルトさんに見せる。


「これはアルコーンを召喚する時に使われた物のようです。どうも、魔族を呼び出した者が帝国にいるようですねぇ」

「な、なんですと!?」

「これまでの状況証拠からするとモート公爵ではないかとも思われますが、それが真実かどうか解りません。今後、そういったものも含めて魔法省なりで調査されたら如何いかがでしょうか?」


 俺の言葉に高速でコクコクとジルベルトさんが頷いている。


「そうですな! それは至急手配しなければなりませんな!」


 予定表らしい手帳にジルベルトさんは何かを書き込む。マメだね。


 俺は彫像は重要な証拠物件だし、また使用されたら厄介なのでインベントリ・バッグに仕舞い込んだ。


「わ、我々は一体何を……?」


 ふと声の方に俺は振り返ってみる。

 先程の威勢はどこへやら。ブルーム近衛隊長が頭を振りながら喋っていた。


「貴方たちは魔族に精神を支配されていたんだよ」


 俺は周囲の近衛兵たちの目の色などを確認しながら応える。


「魔族に……? そういえば、何か頭にもやが掛かったような塩梅あんばいで……」


 周囲の近衛兵も正気を取り戻しているようだ。これが帝都全域で起こっていることだろう。


「ブルーム近衛隊長と言いましたっけ? 偽皇帝はどちらに?」

「偽!? ああ! 先程、ローゼン閣下がそのような事を言って居られましたが……」


 俺に言われて思い出したといった感じの近衛隊長がある方向へ目線を這わせている。


「皇帝陛下はあそこの陣幕におわします」

「よし、では行ってみようか」


 俺は頷くと陣幕の方へと歩き出す。当然、俺の仲間たちも、ジルベルトさんやナルバレス、シルキスまでもが俺の後ろから付いて来る。


「しかし、先程のローゼン閣下のお言葉は事実なのでしょうか」


 ブルーム近衛隊長は俺を元老院議員か何かと勘違いしてるのか丁寧な敬語で話しかけてきている。まあ、この冒険者風の格好で貴族だと思うとか、どうなのかね?


 陣幕に掛かった垂れ幕をめくってみると、そこには少々豪華な椅子に座って豪華な服を来た中年男性が、ソワソワしながらたたずんでいた。


「こちらが皇帝陛下であられますが……」


 ブルーム近衛隊長がそう紹介するが、男がそれを聞いて首を横に凄いスピードで振っている。


「こ、皇帝陛下とか……そんなじゃねえですだ! ここは一体どこでごぜえますか!?」


 男の様子は、殆ど錯乱しているような感じだ。こいつもアルコーンに操られていたたぐいかもしれんな。


「君、名前は?」


 俺は錯乱した男に話しかける。


「オラはマシールですだ」

「どこから来た?」

「ここはどこでごぜえますか戦士様? オラはマリアンヌ村の者ですだが」


 俺はブルーム近衛隊長に視線を向ける。


「マリアンヌ村……? はて……? お! そういえば三〇年ほど前に反逆の嫌疑で宰相閣下の命で滅ぼされた村がそんな名前だったような……」


 その言葉を聞いてマシールと名乗った男が反論してきた。


「そんなハズは無ぇです! 現にオラは昨日も畑を耕していただが……なんでだ? オラの手が土で汚れてねぇ。なんでこんなスベスベなんだべか?」


 子供の頃から畑を耕してきたはずの彼の手は女のように綺麗なスベスベなものだ。昨日、今日に皇帝にさせられたなら、そんな手では無いはずだろう。

 彼もそれに気づいてオロオロしているのだ。


「君、年はいくつだ?」

「へぇ……今年のイドアの月で一八歳になったですが……何でそんな事を聞くんだべか?」


 俺はインベントリ・バッグから手鏡を取り出すと、彼の顔の前に差し出してやる。


 差し出された鏡を覗き込んだ彼の顔には見る見る恐怖が広がっていく。


「そんな……ばかな……親父くれぇの歳の顔でねぇか……これは一体どうなっているので……」


 もう、マシールは気絶寸前といった感じだ。


「君は長い間、魔族によって操られていたんだ。今日、その魔法が解けたんだよ」

「そ、そんな……オラの村は……オラは村に帰りてぇだ……オラは何も知らねえだ! 村に帰してくれろ」


 マシールは地面に突っ伏して大粒の涙を流しながら地面に頭を打ち付けている。


 魔族め……全く何て面倒なことを仕出かしてくれるのか。


 俺は今更になってアルコーンが彼にした仕打ちに憤慨する。


「陛下、この者をどうしますかね?」


 ここは帝国だし俺の管轄じゃないので、帝国に返り咲く事になったシルキスに問題を丸投げしてみる。どんな支配者になるかの参考にもなりそうだし。


「哀れな……近衛隊長」

「はっ!」


 ブルーム近衛隊長が背筋をピンと伸ばし、不動の姿勢を取る。シルキスの気品が彼にそうさせたようだ。


 なかなか貫禄あるじゃん。


「貴方に命じます。この者を彼が住んでいた村へと送り届けるように。また、彼が村で生活に困るような状況であったのなら連れ帰り、保護するように」

「謹んで拝命致します!」


 彼は派手な敬礼をするとマシールを抱き起こして陣幕から出ていった。


 シルキスはマシールが座っていた玉座に腰を下ろした。


「何ということでしょうか。魔族によって皇城は滅茶苦茶になってしまっているのでしょうか?」

「どうなんだろうね? 見た感じは何もなさそうだけど、問題があるとしたら人の心だろうなと思うね」


 俺の言葉にシルキスが頷く。


「そうでしょうね。私の撒いた種ではありますが、何十年も魔法によって記憶を支配されていたならば、正常に戻すにはときが必要となりそうです」

「大丈夫? なんとかやっていけそう?」


 シルキスが苦笑する。


「やらねばなりません。昔、父に言われた事があります。皇帝とは即断にて命令を行うことが必要だと。皇帝の迷いは臣下を迷わせますから」


 ジルベルトさんもナルバレス子爵もウンウンと優しげに頷いている。


「さてと、これで俺のやらなきゃならないことは終わったかな?」

「真に感謝します、クサナギ辺境伯殿」


 シルキスが片手を差し出してきた。俺はその手を取ると、その手の甲に軽くキスをする。

 シルキスが少し嬉しそうに微笑んだ。

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