第12章 ── 第21話

 ジルベルトさんが帝都に魔族が潜り込んできていたこと、それを俺らが退治したことをなど、事の次第を一から説明する。


「そ、そこに……まだ魔族が……」


 半ドラゴン化しているマリスを指さして震える声で指摘する貴族。さっきから他の貴族も気になっていたのだろうが、怖くて指摘できないでいたようで、殆どの貴族が顔に恐怖をたたえていた。


「ご安心ください。彼女は魔族ではありません。王国から救援に来て頂いているクサナギ辺境伯のお仲間の冒険者殿です」

「しかし……」


 その言葉に納得がいかないようだ。


「マリスは魔族じゃないですよ。ドラゴン……ですね。そこを間違えるのは彼女に失礼だと思うけど?」


 ドラゴンと聞いて、全貴族の顔に緊張が走る。

 ドラゴンは邪神カリスが作り出した最初の生物。神ですら制御ができず、魔族がつくられたという神話は、ティエルローゼ全域で共通するものだ。


「マリス、そろそろ元の姿に戻ってもらえるかな?」


 俺はマリスに頼む。


『解ったのじゃ。少し待っておれ』


 マリスはそう言うと目をつむり精神を集中する。

 すると、みるみるマリスの背は縮んでいき、元の可愛らしいマリスの姿になった。完全に素っ裸なので慌てて毛布を取り出してマリスに掛けてやる。


「ふー。中途半端に姿を晒すと微妙に疲れるのう」


 マリスは床に落ちている自分の無限鞄ホールディング・バッグから着替えを取り出し、毛布の中で着込んでいる。

 その様子は人畜無害な幼女なので、その和みの風景に貴族の警戒感は緩み始める。


「ドラゴンを仲間にしているとは……クサナギ辺境伯殿は凄まじい……」

「魔族を相手にするほどの傑物けつぶつ……ありえない話ではない……」


 妙な所に貴族の幾人かが感心している。


「彼女はトリ・エンティルに憧れて冒険者になったんですよ」


 俺はマリスの事を少しだけ紹介する。


「おお、トリ・エンティルに憧れて! さすがは伝説の冒険者ですなぁ。ドラゴンですら憧れるとは! 王国のみならず大陸東方最高の冒険者ですからな!」


 冒険譚が好きなのか貴族の一人がウンウンと頷きながら感心する。


「ま、今は憧れているという風でもないがな」


 トリシアが小箱の上で腕を組みながら苦笑している。


「こちらのエルフの方が、そのトリ・エンティル殿です」


 ジルベルトさんが今度はトリシアを紹介し始める。


「トリシア・アリ・エンティルだ。今はケントのチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』に所属している」


 トリシアが気負いもせず自己紹介する。


「ほ、本物のトリ・エンティル!?」


 先程の貴族が立ち上がってマジマジとトリシアを見る。その姿にトリシアがアダマンチウム製の義手を上げて挨拶している。

 貴族が感動のあまり目に涙を浮かべ始めた。


「あのトリ・エンティルが……なるほど、ドラゴンも大人しくなるわけだな」

「なんじゃ!? 今はケントこそが我が嫁じゃぞ? 我はケントの盾じゃもの!」


 別の貴族の言葉や冒険者スキーっぽい貴族の反応から判断したのだろう、トリシアばかり持ち上げられているのが気に入らない風のマリスがプリプリしながら俺をヨイショし始める。

 嫁発言で批判された貴族が困惑の表情を浮かべる。


「ケントの料理はすごいからの! いつか我の嫁に迎えるつもりじゃぞ?」

「今、その気はないし、そんな事はもっとグラマラスに成長してからにしなさい」


 嫁々うるさいので俺はマリスにピシャリと釘を刺す。


「お、素敵用語じゃ。意味はわからぬが」


 さて、なんとか混乱が収まってきたな。



「モ、モート公爵は……宰相閣下は、このような事態なのにどこにおられるのか? 魔族の侵入などあってはならぬことだ。皇帝陛下は無事なのであろうか?」


 一人の貴族から当然の疑問が沸き起こる。


「モート公爵こそが魔族だったのですよ。モート公爵の中から、このアルコーンが這い出てきましたから」

「なんだと!?」


 ジルベルトさんの告白に当該貴族が驚愕の声を上げる。


「それと、今まで我々が皇帝陛下とお呼びしていた人物は皇帝陛下ではありませんな。シャーロック侯爵、良く思い出していただきたい。これは門閥の皆さんも同様ですな」


 疑問をていしたシャーロック侯爵と呼ばれた貴族が眉間にしわを寄せる。


「皇帝……陛下……ではないな。確かにあれは替え玉だった。今まで忘れていたのはどういう訳だ?」


 シャーロック侯爵が首をひねる。


「そういえば、そんな話がありましたな。皇女殿下が引きこもっておられるとの話で替え玉を用意する旨、モート公爵と元老院で決議した事が……」

「そうだ! 皇女殿下は無事か!?」


 貴族たちが殿下、殿下と言い始める。いや、もう陛下だと思うんだが。


「殿下ならばここに居られますぞ! ご安心めされい!」


 ナルバレス子爵がここぞとばかりにシルキスの手を取り前に進み出る。

 貴族たちがシルキスとナルバレス子爵を見る。


「ヘリオスではないか。貴殿、今までどこにおったのだ。最近顔を見かけなかったが」


 門閥貴族の一人がナルバレス子爵に声を掛けた。


「カヴォン伯爵、私はモート公爵と偽皇帝に地下迷宮に落とされておりました。幸い、クサナギ辺境伯殿に皇女殿下……いや女帝陛下とお呼びするべきですな。陛下と共に救出されたので今、ここにまかりこしております」


 カヴォン伯爵と呼ばれた貴族だけでなく、全員の貴族がシルキスに視線を向けていた。


「おぉ……前皇帝陛下に目元がそっくりだ……」

「いや……今はなき皇后陛下の御尊顔に瓜二つだ」


 数人の貴族が唸るような声を上げる。嗚咽し始める者までいる。


 シャーロック侯爵が椅子から立ち上がり段から降りてくると、シルキスの前まで来てひざまずいた。


「殿下……いえ、女帝陛下! よくぞご無事であられました!」


 どうもこの侯爵が今ここにいる貴族の中で一番力があるような気がするな。


「この人物はどのような人ですか?」


 俺はジルベルトさんに小さな声で聞いてみる。


「シャーロック侯爵はモート公爵の片腕と言われている人物ですな。モート公爵と国政を壟断ろうだんしていたのではと思われます。聞かれる前に申しますが、ナルバレス子爵と話したカヴォン伯爵は、ナルバレス子爵が所属する勢力の盟主です。シャーロック侯爵の対抗馬ですな」


 ふむ。すでに貴族派閥による鞘当さやあてが始まったと見るべきだろう。シルキスを真っ先に担ぎ上げる事で、国政への影響力を保とうとしていることは見え見えだ。

 面倒くさいことこの上ないが、コイツをこのままにしておくと、俺と帝国の取引に割り込んできて邪魔くさくなりそうだ。


 俺はピンと来るものがあって念話スキルを発動した。相手はデニッセルだ。


 例の呼び出し音の後、デニッセルの声が聞こえた。


『ま、まただ……もしかして……クサナギ辺境伯閣下……?』

「あ、すぐわかった? うん、そう。俺だよ」


 デニッセルが少々ホッとしたようなため息を漏らす。


「こちらの作戦は全て上手くいきました。現在、皇太子殿下を保護して封鎖地点で待機しております」

「おお、それは朗報。シルキス陛下が喜ぶよ。ところで聞きたいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」


 デニッセルの声に懐疑的なものが混じった。


「王国侵攻作戦なんだけど、元老院に作戦を持ち込んだ人物がいたような話だったよね?」

「はい。それが何か?」

「それってシャーロック侯爵って人?」

「左様です。彼はイルシス神殿の神官長マルチネス卿の縁戚の者です」


 やはりな。


「ありがとう、参考になったよ。こちらは魔族退治は完了した。デニッセル子爵はアルフォートと殿下と一緒に帝都へ向かってくれ。ダイア・ウルフ部隊に護衛させているから護衛兵はいらないと思うよ」

「りょ、了解しました。それでは明日の正午あたりに帝都へ到着できると思います!」

「皇城に来てくれれば大丈夫だと思う。よろしくね」


 俺はそれだけ言って念話を切る。


「シャーロック侯爵さんでしたっけ? 貴方には少々聞きたいことがあるんですがね」


 俺はシルキスの前でひざまずくシャーロック侯爵に声を掛けた。


「何だ!? 無礼者!」

「無礼者? 俺はオーファンラント王国の国王から全権委任された正式な使者でしてね。俺の言葉はオーファンラント国王が発していると思ってもらって結構。その言葉は我が国の国王を侮辱するものととらえてよろしいか?」


 権威で押してくるやつには、より大きい権威で威嚇するのが効果的だ。俺としてはあまり好きな論法ではないが、コイツには有効だろう。


「何!?」


 シャーロック侯爵が言葉に詰まる。俺がコイツに不快感を示せば、帝国内での彼の権威に傷がつくって寸法だね。外交問題になるからね。


「辺境伯などという妙ちきりんな爵位のものが王国の代弁者だと申すのか」

「その通り」


 俺は国王直筆の書類をインベントリ・バッグから取り出して見せてやる。国王であるリカルド陛下のサインと王国の押印がしっかりとある奴だ。

 書類を見て、侯爵の顔が青くなる。効果覿面こうかてきめんって奴だ。


「で、昨日、女帝陛下にもお話ししたけどね。王国侵攻作戦の発起人ほっきにんは、侯爵、貴方だと聞いているんですがね。それは間違いないですか? あとイルシス神殿のマルチネス神官長も噛んでるそうですな」


 シャーロック侯爵が目をそらしてプルプルと震えている。


「戦争は外交手段であり、国の専権事項。それに神殿勢力が絡んでいるとなると少々問題が大きくなりますなぁ。マルチネス神官長は、貴方の縁戚のものだとか」


 俺は畳み掛ける。


「俺は国王から全権を委任されて帝国まで出向いたわけですが、帝国が起こしたこの問題に対して責任を追求しないと使命が果たせないんですよ。関係者の処分と損害賠償とかを求めますよ?」


 シルキスの目は、シャーロック侯爵に向けられているが、その眼差しは氷点下といった感じだ。


「シャーロック侯爵と言いましたか。それは事実なのですか?」


 シルキスにそう問いただされたシャーロック侯爵は言葉も無く顔面は蒼白。


わらわは真実を知りたいのです。答えなさい、シャーロック侯爵」

「じ、事実ですが……モート公爵のご命令により立案したのです!」


 そう来るか。


「死人に口なしだもんなぁ。というか、貴方、モート公爵の右腕と自称していたそうで」


 シャーロック侯爵が、キッと俺を睨みつけてきた。


「魔族の右腕か……帝国には問題ありありな貴族もいたもんですなぁ」


 俺は上から目線でシャーロック侯爵をこき下ろす。

 周囲のシャーロック侯爵派の貴族たちが居心地悪そうな身じろぎをしている。そういった貴族は全体の三分の二くらいだろうな。


 どうも帝国はシャーロック侯爵派とカヴォン伯爵派で二分されていたようだな。シャーロック侯爵派はモート公爵派と言った方がいいかもしれないな。

 右腕がいるんだから左腕もいそうなもんだが、当然それを声高に主張してくる貴族はいない。


わらわにも話せないようなら有罪と見て間違いありますまい。シャーロック侯爵、その方は屋敷で謹慎していなさい。おって沙汰致します」


 シャーロック侯爵がうなだれるように頭を下げた。カヴォン伯爵派の貴族たちが色めき立つ。


「おお……これで元老院にも新たなる風が吹くやもしれん」

「王国のクサナギ辺境伯殿は、大層な政治手腕をお持ちのようだぞ?」

「これはお近づきになりたいものですな」


 よし、これで面倒くさい権力闘争は一段落かな? でも、カヴォン伯爵派も権力闘争の一派だし、あまりお近づきにはなりたくないものだ。


 こういう面倒なのはホント勘弁してもらいたいよねぇ。

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