第12章 ── 第20話

 アルコーンの背中から剣を抜いた途端、俺の背中にチリチリしたものが走る。

 慌ててバックステップすると、アルコーンの肩の関節があらぬ方向に曲がり俺を攻撃してきた。


 俺はその攻撃を剣で受け流し事なきを得る。


「あっぶねー」


 攻撃の受け流しをすきとしてアルコーンが俺に向き直る。


「おのれ……人間の分際で我が身に傷を……」


 憎々しげにアルコーンは俺をにらみつける。


「プッ……今、マリスにコゲコゲにされたじゃん」


 アルコーンの悪態がちょっとマヌケでウケてしまう。

 アルコーンの顔が怒りに歪む。


「おのれ! 下僕たちよ!!」


 アルコーンのその言葉に周囲の空間が歪んだ。

 しまった。使い魔を召喚したな。


 杖を投げ捨てたアルコーンが召喚と共に凶悪な鉤爪かぎづめのある太い腕を使って俺を攻撃してくる。


 物凄いラッシュだ。

 俺は剣での受け流しや回避をフル活用して防御するが、今まで経験したことがないような強烈な連続攻撃に反撃のタイミングが掴めない。


 半ドラゴン化したマリスが慌てるようにアルコーンとの接近戦に加わってくるが、アルコーンの尻尾や羽根によってあしらわれている。


 完全なドラゴンじゃないのと、レベル差もあってマリスも決定的な一撃を加えられないでいる。

 俺がアルコーンと接近戦を繰り広げているため、ドラゴン・ブレスによる攻撃もできないようだ。


 歪んだ空間からは四匹のグレムリンが姿を現した。



『ケント、もっと距離を取るのじゃ……』


 マリスが無理くさいことを言う。


「そのような事はさせぬわ」


 アルコーンの言う通り、そんな余裕もすきもないんだよ。


「ガハハ、距離を取らせてブレス攻撃なぞさせぬ」


 アルコーンがマリスの言葉を嘲笑ちょうしょうする。


 なるほど。アルコーンは俺よりもマリスを脅威と見たわけか。確かにドラゴンと人間を比べたらそう判断するだろう。


 俺はアルコーンの右の鉤爪かぎづめを受け流しなら言う。


「心配するな、マリス……おっと。コイツは俺がなんとかする」


 受け流した瞬間には左の鉤爪かぎづめが俺の胴をぎに来る。

 スウェーを使った回避行動。


 出現したグレムリンが俺とマリスに近付こうとしたが……


「下僕よ。他のものを攻撃せよ!」

「グゲェー」


 アルコーンが言い放つと、グレムリンはトリシアやハリスの隠れた木箱の方に向き直った。


「マリス、こっちはいいから、トリシアたちの援護だ……」

『わ、わかったのじゃ!』


 木箱へ殺到したグレムリンを追ってマリスがアルコーンから離れていく。


「フェンリル! みんなを守れ!」

「ウォーン!」


 俺の命令にフェンリルが動きだして吠えて応答する。


「グフフフ、ドラゴン無くて私に勝てると思うか人間よ!」


 ほぼ同時の両の鉤爪かぎづめを回避と受け流しで辛うじて防御する。


「やって見なければ判らんね……」


 俺はあまり余裕はないけど負け惜しみをアルコーンに返す。


 全く、アースラめ。接近戦なら瞬殺なんて嘘じゃん。こいつ接近戦もメチャクチャ強ぇじゃんか。レベル八〇メチャクチャ強ぇ。


 アースラが教えてくれた技「威圧フェイント」なども織り交ぜてみるが、あまり解決策にはなっていない。


 俺の腕は二本しかないからね……まてよ? ああ、そうか。二本しかないなら増やせばいいじゃない?


 俺はふと思いつき、防御が疎かにならないよう考えつつ実行する。


 右の鉤爪かぎづめが襲ってきた瞬間、ひょいとかわして、ほぼ同時に膝を出す。

 アルコーンの身体は回避された鉤爪の速度の為、その出された膝に吸い込まれるようにぶち当たってくる。


──ドゴッ!


「ぐぅっ!」


 鳩尾みぞおちに入った。アルコーンの身体の軌道上に置いただけだが、猛烈な運動エネルギーがあだとなる。


 腕が駄目なら、あしも使えばいいじゃない作戦成功~。


 そこからはある意味簡単だった。威圧フェイント、左拳、愛剣、両脚を上手く組み立てて、アルコーンのHPを削っていく。


 威圧フェイントの使い方も実戦の場においてこなれてきたためか、同時に二箇所、三箇所とフェイント自体の数を増やすことが出来るようになった。


 アルコーンも突然戦い方が変わった俺との戦闘に必死になり始める。今まで無駄口が多かったのに無口になっちゃったよ。


 うまく戦えるようになってきたので、グレムリンと戦うトリシアたちを見る余裕も出てきた。


「そっち行ったぞ! フェンリル! シルキスを守れ! ナルバレス! そっちじゃない! 右のグレムリンを防御だ!」


 トリシアは次々に指示を出しながらも飛んできたグレムリンを矢で迎撃している。


「オラァ!」


 アナベルのウォーハンマーのスイングでグレムリンが空中に打ち上げられた。


 打ち上げられたグレムリンをマリスがジャンプして右手攻撃で叩き落とす。バレーボールみたい。


 フェンリルはグレムリンを牙と両前足で三連撃。


 影から影を移動してグレムリンの背後をとるハリスは、既にほとんど忍者だな。


 みんなの戦闘はうまい具合に連携が取れていて全く危なげない。三〇レベルのグレムリン四匹程度では勝負にならんね。

 そういう事なら俺はアルコーンとの勝負に専念しよう。


 一〇分後。


 アルコーンのHPバーが一割程度まで減った。大マップ画面による敵のHPバー表示機能は便利だと改めて思う。


 「トドメだよ! 竜虎撃滅殺掌斬!」


 厨二病的技名を言いつつ威圧フェイントと足技によってアルコーンの行動をコントロールし、渾身の左抜き手と愛剣による斬撃を組み合わせた攻撃をぶち当てる。


 アルコーンの比較的柔らかい腹部に抜き手が突き刺さり、頭部は剣によって切り飛ばされ宙に舞った。


 信じられないといった表情の頭がクルクルと周りながら床に転がり落ちる。頭部を失った身体がガクガクと四肢を痙攣させる。


 俺は微妙に気持ち悪いので突き刺さった左腕を強引に抜き取った。魔族の青い血で俺の左手がヌラヌラと濡れていた。


 トリシアたちは既にグレムリンを殲滅せんめつし終えて、俺とアルコーンの戦闘を観戦していた。


『おお……ケントの技は相変わらず華麗じゃのう!』


 半ドラゴンのマリスは飛び上がって喜ぶ。巨乳がプルンプルンしてるのが目の毒です。服着てないから目の毒レベルが跳ね上がってます。


「すげぇ……剣士ソードマスターなのに拳闘士フィスト・ストライカーの技を融合して使った大技だよ。すげぇ!」


 アナベルが、「すげぇ」を連発している。まあ確かに二つの職業の技とも言えなくもない。俺も魔法剣士マジック・ソードマスター範疇はんちゅうを超えてきたかなぁ……


「流石はケントだ。安心して見ていられるな。最後の新技は心に焼き付けておくとしよう」


 トリシアが木箱の上から言う。


 お前ら余裕ぶっこいてんなぁ……俺は結構必死だったんだからな。ちょっとは手伝えよ。でも、こっちは良いって言っちゃったからな。それはそれで仕方ない。


「クサナギ辺境伯殿……貴方は人か……?」


 ナルバレス子爵が木箱の影から顔を覗かせてビクビクしている。


「素晴らしい。まさに神話の世界を垣間見た気がします」


 ジルベルトさんが杖をつっかい棒にして力なく立っている。彼もグレムリン戦で支援魔法を中心として俺のチームを助けてくれていたようだ。狭いところだからね。派手な攻撃魔法だと周りに被害でるもんな。流石は有名な魔法使いスペル・キャスターだけはあるね。


 シルキスが俺の前までやってきた。


「この度は真に感謝します、ケント・クサナギ辺境伯。帝国の危機を救って頂きました」

「いや、まだですよ」


 俺の言葉にシルキスが怪訝な顔をする。


「まだ、陛下の復権をなし得ていませんからね」


 俺はそういうと周囲の椅子に腰掛けたまま、ボケーっとどこを見ているのか解らないような貴族たちを見回す。


「こいつらに陛下の地位を認めさせる仕事が残っています」


 俺はそう言うと、魔法を連発する。


魔力消散空間フィールド・オブ・ディスペル・マジック!』


 周囲に四発ほど打ち込み、全貴族に掛けられていた精神魔法を打ち砕く。

 アルコーンが死んだら解けると思っていたが、その気配が無かったからね。


 周囲の貴族たちが目をしばたかせる。


「あ、私は何を……?」

「うう……ここは……」

「ハッ!? な、なんなんだ一体!?」


 次々に我に返る貴族たち。


「諸君! 気づかれましたかな!?」


 ジルベルトさんが大きな声で貴族たちに話しかけた。みんなの顔が見えるように最初にモート公爵がいた壇上に上がる。


 その声に貴族の視線がジルベルトさんに集まる。


「ローゼン閣下ではないか。そうだ。今日は魔法道具の品評が……」

「魔法が爆発でもしたのか? この惨状は……」


 まだ混乱中の貴族がしこたま居るね。


「元老院議員の諸君。今まで帝国は魔族によって支配されていた」


 ジルベルトさんが、転がっていたアルコーンの首を掴み上げる。結構な重さありそうだけど、そこそこレベルの高いジルベルトさんは老骨ながらも持ち上げることが可能だろう。


「これを見よ! かの魔族軍参謀アルコーンの首だ!」


 掲げられた異様の首に視線が集まり、そして貴族たちは身体を硬直させた。


 もう口を開くものはいなかった。当然といえば当然だろう。彼らにとって普通の魔族の首ですら驚愕に値するものなのに、アルコーンの首だもんね。

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