第12章 ── 第19話

 モート公爵だった何かを脱ぎ捨てたモノがそこには立っていた。


 全身はウロコに覆われ、手には鋭い鉤爪、背中にはコウモリを思わせる翼、そして頭は山羊ともドラゴンともライオンとも見える。


「よ、よくも……」


 擬態と化していたモート公爵だったものを無理やり引っ剥がされた魔族が呻くようにささやいた。


「あ、あれは……まさか伝承に伝わるアルコーンでは……」


 ジルベルトさんが魔族の姿を見て震える声で言う。


 アルコーン? ああ、大マップの検索で見たデータにそんな事が書かれていたっけ?


「クサナギ辺境伯殿! アルコーンは人魔大戦で名を馳せた魔人ですぞ! に、逃げねば……!!」


 ジルベルトさんが慌てている。


「ぐふふふ、こうなっては逃がすものか。人ごときが片腹痛いわ」


 アルコーンが自信ありげに笑う。


 俺はアルコーンのデータを大マップ画面の光点をクリックすることで調べる。


『アルコーン

 レベル:八〇

 危険度:重大

 魔人族の大いなる参謀。グノーシス主義では第一のアルコーン、「この世の創造主デミウルゴス」と言われていた。ソピアー神話では「ヤルダバオート」という名で知られる』


 ぐは! レベル八〇!? 俺より四つもレベル高いよ! つーか、神クラスじゃねえかよ!


 俺の表情を読んだのか、アルコーンがさらに笑う。


「うははは。我が正体に気づいてももう遅いわ。お前らを皆殺しにすれば何の問題もない」

「大した自信だな。俺は逃げる気はないよ。例えお前が俺よりレベルが高くてもね」

「勇猛と無謀は紙一重だぞ、人間よ」


 アルコーンが転がっていた杖を尻尾で拾い上げた。


「陛下……陛下だけでも落ち延びて下さい」


 ナルバレス子爵の声が後ろから聞こえてくる。確かにこんな敵を正面から相手にするのは不可能だろうし、仕方ないね。俺も守りきれるかどうかわかんないや……


「そうはいきません。例え相手が混沌の亜神であっても、逃げるわけには参りません……」


 その言葉に振り返るとシルキスがローブのフードを下ろし、毅然とした態度でアルコーンを睨みつけていた。だが身体は小刻みに震えている。


「ほう。女帝自身が参っておったか。安心するがいい。そちは殺さぬ。殺してしまっては色々問題があるのでな」


 俺は剣を抜く。


「それはありがたいね」

「その方は何者だ? ただの貴族ではあるまい」

「俺か? ただの貴族で、だたの冒険者だよ」


 その答えを不満に思ったのか杖が光ったと思った瞬間、俺の身体が異様な重さに押しつぶされそうになる。


重力爆発グラビトン・エクスプロージョン!』

「うお……!!」


 くそ、重力魔法か……魔族は無詠唱で魔法を唱えるのかよ……


 猛烈な重力に俺の体中の骨がギシギシと不気味な音を立て始める。

 重力波がどんどんと爆発的に大きくなり、その効果が俺を攻め立てる。


──ガゴンッ!


 あまりの重力に大理石の床がひび割れて俺の足がめり込む。


 ああ、これはキツイ……


 俺の体重が何十倍もの重さになっていく。さすがに俺は膝を突いてしまう。


「きさま! ケントに何をするのじゃ!!」


 俺の前にローブを脱ぎ捨てたマリスが飛び出した。


「よ、よせ……! マリス……」


 俺は押しつぶされそうな重力波に耐えながらマリスを諌める。


「よさぬ! ケントを傷つけようなどと! 我は許さぬ! 我はケントの盾じゃもの!」


 マリスが果敢にも小さい身体で俺の前で仁王立ちになった。


「ほほう……私を許さぬと? これは面白い。どう許さぬと申すか、小さき者が」


 心から面白そうにアルコーンが言う。


「小さき者じゃと……。我を愚弄するか……たかが魔族の分際で……」


 マリスの身体をブルリと震わせ、その声も震える。


『魔族ごときが、我を……』


 重力波に耐えながらも俺は必死でマリスを見ていた。

 マリスの雰囲気が少し変わってきた。それは今までのマリスのオーラとは少し違う……なんと言うか黒いものが混じりだしたような……そんな雰囲気だ。


 それと、マリスの声色が微妙におかしい。声が二重に聞こえるような……重力波の影響だろうか?


 マリスの身体が少しずつ大きくなっていく。錯覚か?


──パシン……パシン……


 ミスリルのプレートを留めている皮のバンドが弾けていく。

 いや、これは錯覚じゃない……実際にマリスの身体が大きくなっているんだ!


──パシン……パシン……


 一体何が起きているんだ?


──ガラン……ゴロン……


 皮のバンドが弾け、鎧がマリスの身体から剥がれ落ちていく。


『我をただの人間じゃと……』


 すでにマリスの身体は二倍にも膨れ上がっている。

 マリスの着ていた鎧は全て剥がれ落ちてしまった。


──ビリ…ビリリ……


『思っているのか……』


 マリスの服が破けていく。そして、マリスの肌に黒いテラテラと光るウロコが浮かび上がってくる。


 マリスは一体……まさか……?


『カリスに造られた出来損ない風情が!』


 その瞬間、異様な衝撃波がマリスを中心に周囲へと拡散した。


 ……そこには背中にはコウモリのような翼が生え、手と足には凶悪な鉤爪があり、頭には角……半人間、半ドラゴンといった姿があった。


「ま、まさか!? 貴様は……ド、ドラゴンか!?」

『グルルルル……ドラゴン? 只のドラゴンじゃと思うのか……愚かな出来損ないめ』


 マリスがアルコーンを冷笑する。


『我が名は……マリストリア……いや、ニズヘルグと申しておこうか』


 マリスはいつもの可愛い声と魔獣にも似た唸り声が混ざったような感じの声色で言う。


「ニズヘルグ……!? 古代竜エンシェント・ドラゴンの名をかたるか!?」


 否定している割りにアルコーンが動揺した声を上げる。


 ニズヘルグ……? 北欧神話にニーズヘッグって黒竜が出てくるが……超有名ドラゴンの名前に似ているな。


 マリスの身体は黒いウロコに覆われ、小刻みに脈動している。それは完全に竜に戻ろうとしている身体が、人型に保とうと何かに抵抗しているように見える。


『ケントを傷つけようとするものを我は許さぬ! 我はケントの盾じゃ! 例えそれが同じ神に造られた者であろうと許さぬぞ!』


 マリスの口がカッと開いたと思うと、強烈な炎がアルコーンを襲った。


──ゴゥ!!!!


「ぎゃあぁあぁあぁぁぁ!」


 周囲は猛烈なドラゴンブレスの熱波に包まれる。

 その瞬間に俺をいましめていた重力波が解けた。


 あまりの事に動けずにいた仲間たちは慌てて木箱の後ろに隠れた。


 元老院の貴族たちは何やらボーっとしたままだ。さっきからイヤに静かだと思ったら、コイツら何やってるんだ? 逃げもしないし驚きもしない。まるで心ここにあらずってやつだ。


 俺は熱波にも負けず、自分の身体を見回して異常がないことを確かめる。


 大丈夫だ。異常はないようだ。


 剣を構え直し、マリスの横に行く。


「マリス、すまん。心配掛けたようだ」


 半ドラゴンの顔がブレスを吐くのをやめてこちらに向いた。少々ウロコだらけになったが、マリスの可愛い顔の特徴がまだ残っている。

 身体が大きくなったせいか巨乳でした。このマリスも中々……って戦闘中に俺は何考えてるんだか。


『我をまだマリスと呼んでくれるのじゃな、ケント』

「何だよ。当たり前じゃん。どんな姿だってマリスはマリスだ。俺を助けてくれることに変わりはないんだろ?」


 俺は燃えるアルコーンを見ながらマリスに言う。


『そういうと思ったのじゃ。それがケントじゃものな』


 グルグルとした音がマリスの口から漏れる。あれがドラゴンの笑い声かな?


 アルコーンの方に動きがあった。ブレスによって焼かれた身体の炎が徐々に消えていく。多少コゲコゲになったが、まだご顕在けんざいの様子。


 さすがは八〇レベル、しぶといな。


「マリス。それ、元に戻れるのか?」

『これはまだ半分じゃ。元にもどったら、ここの屋根を突き抜けてしまうのじゃ』


 いや、そっちに戻るんじゃなくて、人間の姿の方なんだけどな。


「おのれ……我が神カリスから絶大な力を賜りながら裏切ったドラゴンめが……!」


 アルコーンが杖を構えようとする。


 二度はさせねぇよ。


 俺は指にはめた指輪の力を開放した。


 一瞬でアルコーンの後ろに転移し、その背中に愛剣を突き入れた。


「ぐほ……」


 むう。これだけじゃ死なねえな。まあ、当たり前だな。


 ふと、俺は頭の中に技のイメージが浮かび上がる。


 剣に意識を集中する。


「貴様……いつの間に……」


 鉤爪を持つ腕が、人間と違い奇妙な角度で曲がって俺に襲いかかる。


「魔剣・蒼嵐そうらん!」


 途端に剣の刃から鎌鼬かまいたちにも似た真空波が無数に発生し、刃にまとわりつく。頭の中でカチリと音が響く。


「グオオオオ!?」


 身体の内部を真空波に切り刻まれ、アルコーンが痛みにほええる。


 剣を抜き取っていくと、刺さった傷の部分がどんどん真空波によって切り刻まれていく。


「ガアァァァアアァアァアァ!!!!」


 強烈な痛みが襲っているのだろう。アルコーンは凄まじい悲鳴を上げる。


 さてと。アースラは距離を詰めれば瞬殺って言ったよな。じゃあ、もうコイツは敵じゃないな。さっさとやっちまおうかな?

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