第12章 ── 第18話

 シルキスが決断する。


「わかりました。わらわも同道します」

「陛下!?」


 シルキスの言葉にナルバレス子爵が声色を高める。


「よいのです。クサナギ辺境伯殿、その方はわらわの覚悟を試しているのであろう?」


 シルキスは俺の顔色を窺っている。


わらわもフリードヒリ父様の娘。自分に課せられた責任から逃れるつもりはありません」


 シルキスは強い視線で毅然とした言葉を発する。


「よく決断なされましたね。この国を守るも壊すもシルキス陛下自身の責任です。ご自身の努力なく、他人に任せきりにするような為政者でないことを嬉しく思いますよ」


 俺はニヤリとシルキスに笑いかける。


「それでは、俺たちも微力を尽くすとしますかね」


 俺が仲間たちに視線を移すと、トリシア、マリス、ハリス、アナベルが力強く頷いてくれた。


 さあ、いっちょやりますか。




 二日後の夕方、準備を整えた俺らは魔法学校のジルベルトさんを訪ねた。


「ようこそお出で下さいました」


 俺たちを迎えたジルベルトさんはシルキスの姿を認めて驚きの声を上げた。


「で、殿下もご一緒なのですか!?」

わらわは自分の責任から逃げるようなことは致しません。先生、今日はよろしくお願いしますね」

「はっ!」


 ジルベルトさんがすっとひざまずく。


「ジルベルトさんとナルバレス子爵はシルキス陛下を守ることだけに専念してください。周囲は俺たちが何とかします」

「わかった。よろしく頼む、クサナギ辺境伯」


 ナルバレス子爵が鎧姿をローブの下に隠して言う。


 俺たちは城へ向かう。

 城門からは簡単に入ることが出来た。

 俺達はジルベルトさんの研究助手として実演用の魔法道具一式を運んできたという設定だ。もちろん実演の手伝いもするという名目もあるので元老院の貴族やモート公爵の前まで行くことになる。


 城に入ると、城内のいたる所に近衛兵が展開していた。

 シルキスが逃げ出してから七日、シルキスの息子の救出から五日経っている。

 事態を知った魔族も何が起きつつあるか気づいたのだろう。


 城内では物々しい警戒状態であり、俺らが運び込む木箱なども中身を調べられた。

 だが、助手である俺たちを調べようとしたものはいなかった。結構マヌケだ。もっともジルベルトさんの人柄などもあるかもしれない。

 帝国でローゼン閣下として親しまれているジルベルトさんは、近衛たちにも評判は悪くない。

 というより、近衛たちはジルベルトさんを見ると、街角で芸能人に会った一般人のような反応なのがちょっと可笑しかった。


 木箱の中は様々な器具が入っていて、パッと見では何がなんだか解らないように偽装してあるし、何ら問題ない。


 俺たちは円形の大きな建物で待たされた。ここは元老院議会館というらしい。

 城の敷地内ではあるが別の建物で、天井はドーム状のオシャレな建物だ。

 議会館の中は段状になった床に部屋の形に沿って机と椅子があり、中央は開けている。議長机が一方にあり、そこが元老院の議長を務める宰相の席らしい。


 俺たちが議会館に入ってから暫くすると元老院の議員らしい貴族たちが議会に集まりだした。


 およそ一五分程度で元老院貴族が集まったようだ。

 周囲の貴族をうかがうと、それぞれが大貴族や上位貴族らしく、派手派手な貴族服やローブなどで着飾っている。


 宰相モート公爵が現れたのは、それから一〇分ほどしてからだろうか。

 入ってきたモート公爵は大きめの杖を突いて現れた。黒いローブにモノクルを掛けた鷲鼻の痩せた老人だが、目が異様に輝いているような印象を受ける。


「静粛に」


 低いバリトン声で、喋り合っている元老院貴族たちをモート公爵が黙らせる。


「本日はローゼン殿が開発に成功した魔法道具のお披露目として集まってもらった」


 モート公爵のギラギラした目がジルベルトさんに向けられる。


「ローゼン殿、ご苦労であったな。して、開発した魔法道具とは?」

「はい。まずはこちらでございます」


 ジルベルトさんがそう言うと、この前渡した魔法の蛇口を取り出す。


「なんだ、あれは?」

「随分と小さいようだが」


 ヒソヒソと周りの貴族がささやきあっている。


「それは?」


 モート公爵の目が魔法の蛇口に注がれている。


「これは、かの王国の魔法文化の真髄を再現したものにございます。宰相閣下」

「ほう。魔法文化の?」


 ジルベルトさんは桶を木箱から取り出し、その上で魔法の蛇口をひねる。


 ジャーっと水が出て桶を満たしていく。


「おお!? あれはあの魔法の蛇口ではないか!?」

「帝国では手に入らない魔法道具ではないか!」

「あの栄華を極めた魔法文化の一品だな!?」

「おお……あれを再現してしまうとは! さすがはローゼン閣下だ!」


 周囲の貴族は驚きやジルベルトさん向けて称賛の声を発する。


「ほほう。これは見事だ。さすがは魔法省大臣だ」


 え? ジルベルトさんって魔法省の大臣なの? ただの校長じゃないのか。まあ、校長が実験室に閉じこもっているというのもアレだもんね。兼任していたってことなんだろうな。


「は、お褒めの言葉、痛み入ります」

「して、それだけではないのだろう? 先程『まずは』と言っておったようだが」

「はい。続きまして……」


 俺たちは、木箱の一つから銀色に光るミスリルの大狼の像を取り出して床に置く。

 モート公爵の目が大狼の像に目が釘付けになっている。


「そ、それはミスリルではないのか!?」

「左様でございます。これはミスリルで作りましたダイア・ウルフ型のゴーレムでございます」

「ゴーレムとな!」


 モート公爵が興奮気味になる。


 もう、解ると思うが、これはフェンリルだ。今は動かないように命令してあるので彫像みたいだが。

 ダイア・ウルフ部隊は現在もデニッセルやアルフォート、シルキスの息子を警護中だが、フェンリルには戻ってきてもらった。フェンリルにまで念話が通じるとは思いもよらなかったよ。念話はある意味、チートクラスの便利機能すぎるな。


「左様でございます、宰相閣下」

「動くのか!?」

「はい。立て」


 ジルベルトさんの命令の言葉に合わせるように、俺は小声でフェンリルに立ち上がるように命令をささやいた。


 フェンリルが俺の命令に従い、スクっと立ち上がった。


「おお! とうとう我が帝国はゴーレム技術を手に入れることに成功したわけだな!」


 ほー。我が帝国ね。我らでもなく。


「そのゴーレムは何体も作ることが出来るのであろうな?」

「大量生産は難しいでしょう。素材が集まりません。これ自体は今までコツコツと集めてきたミスリルから作り上げましたのでかなりの年月が掛かっています」

「左様か……やはり早急に王国を落とさねばならんか……」


 後半は小声で誰にも聞こえていなかっただろうが、俺の聞き耳スキルでしっかり聞こえた。


 どうやら王国を落として、アルテナ大森林内にあるファルエンケールが本命ってことなんだろうな。魔族の狙いは妖精族ってことは明白だね。

 あのヴォルカルスがニンフを捕まえようとしていたのも妖精族を捕まえるって事だし、つまるところ、あいつもモート公爵の命令を受けて捕獲命令を帝国軍に出していたという可能性がある。

 王国の草原地帯を手に入れて食糧事情を改善しようという話は、本当の目的である妖精族を手に入れることを隠すカバーストーリーってことか。


 魔族が妖精族を手に入れようとする理由はなんだろう? 先程のフェンリルへ向ける目から推察すると、魔法金属であるミスリルが狙いか?

 ありうるね。ミスリルは武具でもゴーレムでも非常に有効な金属だった。アダマンチウムはもっと貴重だし、大量に手に入れるならミスリルだろう。


 ほぼ魔族の目的は解った。そろそろいいかな?


「なるほどね。それが狙いだったんだな」


 俺の声にモート公爵がフェンリルから視線を外して、こちらに目を向けた。


「何だと? ローゼン殿、そやつは何だ?」

「こちらですか? こちらはケントと申す者にございます」

「ケント? 何者であるか?」

「ご紹介痛み入ります、ジルベルトさん。もう大丈夫です。陛下の護衛に回って下さい」


 俺がジルベルトさんに掛けた言葉にモート公爵が怪訝な顔つきになる。


「さて、モート公爵閣下。ジルベルトさんのご紹介の通り、俺の名前はケント。ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯と申す」

「辺境伯? そんな爵位は帝国にはない……もしや……」

「そのもしやだよ。公爵閣下。俺は王国からやってきた使者だよ」

「なに? 王国からの使者? 使者がなぜここに!?」


 ギロリとした目がランランと輝いている。


「それはね。お前らがイルシス神殿の神官長らと画策した王国侵攻作戦について苦情と賠償の請求のため……」


 周囲の貴族たちがざわめいている。


「王国からの使者だと? やはり作戦は失敗したのだな」

「やはり紅き猛将は打ち破れなんだか……」

「なぜ失敗のしらせが来ておらんのだ?」


 ほう、作戦失敗は帝都まで届いてなかったのか。デニッセルもさすがに報告し辛かったのかな? ま、それはいいか。


「その王国の使者が表向き苦情を述べに来たのは理解しよう。裏向きがあるのだろうな」

「そりゃあるよ。そこらは既に本当の皇帝陛下……いや、女帝陛下と話しあってある」


 みるみるモート公爵の顔に怒りの色が浮かんできた。


「貴様か!? 貴様が!!!」

「ご明答。そして、魔族の正体を暴きにやってきたのさ」


 周囲の貴族たちが困惑した顔をしている。俺たちの会話の意味が解らないんだろうな。多分、ジルベルトさんと同じように魔法に掛かってるんだな。


「ふ。魔族だと? 何の話をしているんだ?」

「はーい。それはですねー。マリオンさまから神託が降りたからなのですよ」


 アナベルが手を上げて嬉しそうに前に出てきた。


「ブラミス・モレス・セルシス・ファル・リュミエル。『正体看破トゥルー・ペネトレーション』なのですよ!」


 アナベルが魔法を唱えた。


 するとモート公爵が胸を押さえて苦しみだす。


「うぐぐ……貴様は……うごおおお!!」


──メリメリメリ…… 


モート公爵の胸が異様な音を立てて裂け始める。


 うわー。かなりグロい。


 その裂け目から鉤爪のようなものが飛び出てきた。そして、腕、頭などが顔を覗かせる。


 これは魔族に憑依された人間は死んじゃうっぽいなぁ。なむなむ。

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