第12章 ── 第17話

 偽皇帝およびモート侯爵から帝国を奪還する作戦の発動はジルベルトさんの段取り次第だ。

 俺たちはその段取りが整うまで宿で待機となった。

 無為な時間を過ごすのも何なので、トリエンに『拠点転移ホーム・トランジション』の魔法で戻ってフィルの店に顔を出したり、米などの補充をしたりした。ウチの所帯はポーションにしろ米にしろ消費が激しいんだよね。


 翌々日、大マップ画面を確認していると、デニッセル及びアルフォートが参加しているシルキスの息子奪還作戦が開始されているのを見つける。


 しばらく観戦していたら、一匹グレムリンが現れたため帝国軍にいくらか死傷者を出したようだ。


 ぐぬぬ。昨日までグレムリンなど居なかったんだけどなぁ。


 幸い、デニッセルとアルフォートがグレムリンを何とかしたようで、数時間後にはモート公爵の別館は陥落した。無事にシルキスの息子を確保したようだ。これで一安心ひとあんしんだ。

 それでも不安は尽きないのでフェンリルをコッソリと帝都の外に送り出し、ダイア・ウルフ部隊を使って密かに護衛するように任務を与えた。


 毎日、アナベルを街へと送り出し情報収集に専念させていた。


「帝都の様子はどんどん悪くなっているのですよ」

「へぇ、どんな感じに?」


 俺は情報収集から戻ったアナベルに街の様子を聞く。


「まず、全く物資が帝都に入ってこなくなってしまったということです」

「そりゃそうだ。軍が封鎖しているからね」

「街の外に様子を見に行かせた者も誰も戻ってこないので気味が悪いとの話もありましたね」


 街道を封鎖している軍に拘束されているのかな?


「物資が来なくなった為でしょうね、食料の値段が日々上がっているのですよ」

「早く何とかしたいんだけどねぇ……ジルベルトさん次第なんだよなぁ」

「先生なら何とかしてくれるはずです。気長に待ちましょう」


 ソファにくつろいでいるシルキスがお茶を飲みながら応える。ナルバレス子爵もシルキスに付き合ってお茶をすすっている。


 シルキスは呑気のんきですなぁ。まあ、三〇年も引きこもったり幽閉されてた身分だからかもな。



 既に、あれから四日も経っている。未だジルベルトさんからの連絡はない。

 また精神魔法にでもやられたかと不安に思いだし始めた頃、ようやくジルベルトさんからの伝言が届いた。


「ご苦労さま」


 伝言のメモを届けに来たのは、あのボーイの青年だ。


「はい! ありがとうございます!」


 俺から渡されたチップにホクホク顔のボーイくんが去った。


 さて、ジルベルトさんの手配はどうなったのかな?


 俺は届けられたメモを確認する。


『色々手間取りましたが、二日後の夜に元老院議員とモート公爵との会合が行われることになりました。つきまして、イシュマルの月三三日イリアに学園に来られたし』


 とうとう来た。


「みんな、俺たちの作戦は二日後の夜になりそうだよ」


 俺は部屋にいるトリシア、マリス、ハリス、アナベルに向かって言う。

 窓から夜空を見上げていたハリスが小さくささやいた。


「アウフレーグの双子が……不在の……日か……」


 アウフレーグ? 不在? 何のことだろ?


「それはどういう意味?」


 俺の質問にはハリスではなくトリシアが答えてくれた。


「アウフレーグの双子の不在とは、月が欠けて空から月が消える日の事だ。月の神である双子のアウフレーグ兄妹が姿を隠すため、『アウフレーグの双子の不在』と言われている」


 俺はカレンダーを呼び出して確認する。

 イシュマル月(八月)三三日イリア(光曜日)は、ティエルローゼの二つの月、「ザバラス」と「シエラト」の両方が新月になるようだ。これは結構珍しい現象なのかな?


 ザバラスの公転周期は二九日。これは地球の月とほぼ同じだ。一方、ザバラスに比べて少々小さいシエラトの公転周期は一八日。

 どちらも新月になる日は比較的少ないのかもしれない。地球の月よりかは少ないだろうな。


「それは厄介じゃのう。今年のパハの月のような事が起こらねばよいのう。あれは不吉極まっておったのじゃ」


 パハの月とはティエルローゼでの六月の事だ。地球でいえば8月中旬~9月いっぱいまでを指す。


「ああ、あれは奇妙だったな」

「何があったの?」


 恐る恐る俺は聞いてみる。


「何がって……ほら、日が欠け、月が姿を消したであろうが」

「そうじゃそうじゃ。ケントはそんな事も覚えておらんのか?」

「あれは不気味でしたね。日も月も姿を消すなんて、神殿でも大騒ぎになったのですよ?」


 太陽も月も姿を消した? 皆既日食でも起きたのか?

 俺はカレンダーを遡って調べてみると……あった、これか?


 パハ月の三四日~三六日にかけて、面白い天体現象が起きていた。

 三四日には太陽が皆既日食を起こし、その日から月が新月になっている。そして、三五日と三六日も新月のままだったようだ。


「あの日、日が欠けただけならともかく、双子月も消えてしまったのですよ」

「そうじゃったなぁ。日はすぐに戻って来たのじゃが、その後月どもが三日も姿を隠しよってのう」

「あれは何かの吉兆だとか、凶兆の現れだとか騒がれたな」


 恒星や惑星、衛星などの科学による天文学的知識がない時代では、そう判断されてもおかしくない事だ。このティエルローゼもそんな感じなんだろうな。


「面白い現象だね。皆既日食に新月が重なったんだな」

「皆既日食? 新月? それはなんじゃ?」

「太陽が月に隠れると日食。つまり日が欠ける現象が起こるわけだ。新月はティエルローゼと太陽の間に月が入って影になるから月が空から見えなくなる現象だね」


 部屋の中にいる全員の頭の上にハテナマークが浮いているのが俺の目にも見えるようだ。


「日が空を征くのは大いなる日の神メイナルドの力だろうが」


 トリシアが憤慨したような顔で言う。


「そうなのです。そしてアウフレーグの双子神、ザバラスとシエラトが空を踊るのですよ?」


 アナベルもトリシアに乗っかる。


 うーむ。天体の運行とかは教えたら不味い知識なのかなぁ……説明したら宗教観ぶち壊しになっちゃうしなぁ。


「そ、それで……その三三日の事だが」


 俺は不味い方向に行きかけている話を別方向に逸らすことにした。滅多な知識を披露して問題になるのは避けたいからね。


「そうだな。アウフレーグの双子の不在の日は魔獣や魔人の力が増す。その日が会合だとすると少々厄介かと思ってな」


 ほえー。狼男の逆のイメージかな? それはともかく、モート公爵たちが会合をその日にしてきたのは、ジルベルトさんが疑われているのか、はたまた偶然なのか。判断材料がまるで無いので何とも言えないが、微妙に不気味さを感じる。


「どうする?」

「何がじゃ? どうもこうも無いじゃろう? 行かねばなるまいの」

「罠だったら?」

「罠なんて正面から食い破るっすよ! というのがマリオンさまのお言葉集にあります」


 それ何て厨二病ライトノベル? つーか、マリオンなら言いかねない気がしてならない。


「さきほどから聞いておりましたが、確かに不吉な感じがします。その日は中止にするべきではありませんか?」


 シルキスが心配そうな顔で言う。


「いや、そうもいかないでしょう。この機会を逃したら次があるかどうか……」

「しかし……」

「それに、時が経てば経つほど、帝都庶民の生活に出ている支障が大きなものになる。中止は論外ですよ」


 俺にそう言われて、シルキスは口を閉じた。


 気持ちはわかるよ。シルキスとしては自分のために危険を冒させたくないのだろうし、だからといって危険を回避すれば庶民が苦しむ。善い心根の為政者なら判断に苦しむだろうね。


「危険から目を背けるわけにはいかない。シルキス陛下。多くの民のために犯す危険には価値があると思いませんか?」


 多を助けるために小を殺す。初歩的な政治哲学だと思うが簡単に割り切れるほど冷徹なら帝国は今のような状況に陥っていないだろうな。


「それは解ります。しかし、貴方たちや先生が危険を犯すのも……」

「敵は魔族ですからね。心配も解ります。なら、自らも危険に身を晒してみては?」

「というと?」

「その会合、貴方も連れて行きます」

「ク、クサナギ辺境伯! な、何を申すか!?」


 ナルバレス子爵が突如激高する。


「陛下に危険を犯せと!? 貴公、正気か!?」


 うん、ナルバレス子爵の憤りも解る。主君は後ろでふんぞり返っていて欲しいんだろうね。それが普通だ。


「ナルバレス子爵、俺はこう思うんですよ。最高権力者である者が後ろで控えているより、前線に出てきて兵を鼓舞したらどうかと」


 後方の命の危険の無い場所で命令しているだけで人心を掌握できるだろうか?


「民や家臣にとって安全地帯で威張るだけの主君より、前線に自ら出てきて民と命運を共にするような主君。果たしてどっちに人は心を動かされるかとね」

「そ、それは……」


 ナルバレス子爵が声をつまらせる。


 当然だ。普通の主君は前者だ。だが、民たちが心から尊敬、信頼するだろう主君は後者だろ。誰も解っている。


「しかし、陛下を危険な所に……」

「それを決めるのは貴方じゃないよ、ナルバレス子爵。陛下、どうなさいますか?」


 シルキスがギュっと拳を握りしめる。


 彼女は今までただ生きてきただけだ。

 自分の責任というものとは無縁の幽閉生活を送ってきた。これほどのプレッシャーを感じることは初めてなのかもしれない。

 だが、それに負けているような主君では民が不幸だ。

 彼女に上に立つものに必要な資質があるかどうか、今、この瞬間、問われている。


 もし、彼女にその資質がないのなら……いっそ俺の手で帝国を滅ぼそうか。その方が庶民たちには幸福なのではないか? そして俺の手で幸福をもたらすべきではないのだろうか。


 彼女が恋に心を奪われ、そしてその恋が破れたために帝国を今の状況に追い込んでしまった。当時はまだ若かったのだから仕方なかったのかもしれない。そこは許してやるべきか?


 だが現実はそれほど甘くない。自分の都合の良いように世界は回ってくれない。すきを見せればガブリといかれる。まさに弱肉強食なんだ。

 これは経済でも一緒だった。俺はその事をよく知っている。機を逃せば一瞬でおじゃんだ。


 シルキスは、握りしめた拳だけでなく、身体がフルフルと小刻みに震えはじめていた。


 さあ、どうするんだ、シルキス? 君の言葉次第では俺自身も色々覚悟しなきゃならなくなる。


 俺はシルキスを見守りながら、様々な可能性や行動にともなうメリットやデメリットを考察していた。

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