第12章 ── 第16話

 俺は国王にも了承を貰っているトリエンの土地活用計画をシルキスたちに話して聞かせた。


「というような事を俺は計画してるんですよ」

「それは……帝国に大変有利なのでは? そのようにして頂けるのであれば帝国としては大変ありがたい話なのですが」


 行政官であるナルバレス子爵が簡単に試算して言う。その言葉にシルキスもジルベルトさんも頷いている。


「もちろん、タダというわけではありませんよ。税は徴収しますし、物資の輸送にも通行税が徴収されるでしょう」

「それでも……土地の借款しゃっかんとは……初めて聞きます」


 そうだろうね。


「もし、帝国が軍勢を送り込めば王国の国防に最悪の結果を招くことも……」


 ああ、それね。


「私とトリシアがいるトリエンに攻め込めますかね?」


 トリシアに目をやるとニヤリと笑った。


「トリシアとは……?」


 ああ、この人たち、トリシアの正体知らなかったんだな。


「このエルフの女性はトリシア・アリ・エンティル。みんなトリ・エンティルと知ってビックリされますよ」


 それを聞いて全員の視線がトリシアに集まった。目を見開き驚愕の表情だ。


「それとな。このケントは、あのマリオン神の姉弟弟子だ。ケントの師匠は英雄神アースラだぞ?」


 トリシアが追い打ちを掛ける。今度は俺に視線が集まる。あごが外れたような三人の顔を見て吹き出しかけた。


「そうなのですよ。ケントさんは凄いのです」


 ニコニコのアナベルは相変わらずだ。ただ、マリオンの聖印を下げた神官プリーストが、否定もせずにそう言った事に絶大な効果があったのは言うまでもない。


「クサナギ辺境伯は一体……」


 さすがのジルベルトさんも長い年月生きてきて、こんな人物にはあったことはないのだろう。なにせ転生してきたプレイヤーだからね。


「それだけじゃないんですよ? 俺は今、ミスリルのゴーレム部隊を組織する予定で行動しています。およそ一万体くらいを想定してますが」

「ゴーレムの軍隊!?」

「ええ。その軍隊と果たして帝国軍が戦えますかね?」


 ある意味脅しだね。


「先日、帝国は我が王国に一五〇〇〇ほどの軍隊を侵攻させました。ナルバレス子爵や幽閉されていたシルキス陛下はご存知ないかもしれませんが」


 その言葉にシルキスが眉間にしわを寄せた。


「ここ二〇年ほどですが、数年に一度の割合で侵攻しているのは事実ですな」


 ジルベルトさんが首肯しゅこうする。


「我が魔法学校の生徒や卒業生を魔法兵として軍に定期的に派遣しておりますので」


 俺はその言葉に頷く。


「それで、今回の侵攻についての損害賠償請求と苦情を言いに俺が王国から派遣されてきた。これが表向きです。ちなみに、一五〇〇〇の帝国軍ですが、俺たちのチームで蹴散らしておきました」


 ナルバレス子爵が俺たちを見回す。


「たった……五人で?」

「いえ、戦ったのは四人です。アナベルはその後に俺たちと合流したので」


 アナベルはコクコクとうなずいている。


「ケントは、上級精霊召喚を行うからのう。炎の魔神など召喚されたら人間ではどうすることもできまいの」


 マリスが自慢げだ。その言葉にジルベルトさんは再び目をく。


「そ、それは神の領域の魔術では!? かの人魔大戦で神々が使ったと聞いておりますが!」

「まさにそれだな。私もあれには驚いた」


 トリシアが苦笑する。ジルベルトさんだけでなくシルキスやナルバレス子爵も何か恐ろしいものを見るような目つきになってしまう。


「まあ、それがどれくらい凄いのかは俺は解りません。でも、それを行える者が領主をしている土地で帝国が無法を行えるとは思いませんね」

「そ、そうですな。強大すぎる隣国に怯えながら暮らすことになるでしょう」


 ナルバレス子爵は肩を落とす。


「まあ、そんなに怯えないでください。帝国を滅ぼそうなどとは全く考えていませんから」

「それはまことでありましょうな?」


 シルキスは確証を得たいのか聞き返してくる。


「ええ。俺としてはできれば帝国と手を取り合って行きたいと考えています」

「クサナギ辺境伯にそうする利点がおありということか?」

「もちろんです。俺は帝国内で生産されている食材を定期的に仕入れたいのですよ。帝国を灰燼に帰してしまっては元も子もない」


 俺はトウモロコシや蕎麦ゾバルについて話す。


「それに他にも色々と手に入る可能性もあります。現に人魚やニンフたちと交渉していますからね」

「人魚とは海のニンフの事でしょうか? それと沼にもニンフが住んでいますね。彼女らも帝国の臣民……」


 シルキスは彼女らを帝国民と認識しているらしい。だが、それは違うだろう。俺はシルキスの言葉をさえぎる。


「いや、彼女らはそうは思っていないでしょう。彼女らはこの近辺で独自の文化と生活圏を守っている別の民族です。人間の治める国に取り入れられることは好まないはずですよ」


 俺はヴォルカルスがニンフたちにしようとしたことを話して聞かせる。


「そ、そのようなことが……!?」

「人間はニンフたちをそう扱うんですよ。そんなことを俺は許さない」

「と、当然です。許されるはずがありません!」

「陛下にそう言ってもらえて心強い。彼女らは保護するべきです。そして帝国民だと主張したいなら、彼女らに人間の帝国民と同等の権利を認めるべきでしょうな」

「当たり前です」


 シルキスは少々機嫌が悪くなったが、俺に対してというよりヴォルカルスに対してだろうね。彼は既に死んでて助かったかもね。

 しかし、シルキスも女性だしニンフたちへの仕打ちにかなり動揺したようだなぁ。


「ま、俺はお勧めするだけにしますが、彼女らに自治権をあたえてやればいいと思いますよ。その上で帝国は彼女らの自治領を守ってやるわけです。それが上手く行けば彼女らが帝国にあだをなすことはないでしょうしね」

「そうでしょうか?」

「彼女らは水から上がっては生きていけないんですよ。あの湿地から出られないんです」

「そうなんですか?」


 シルキスがジルベルトさんに目をやる。こういう知識については確かにジルベルトさんの方が詳しいでしょう。


「そうですな。ニンフは水から上げると、数時間で死んでしまいますな」

「当然だ。沼のニンフも海のニンフ……ケントは人魚と言っているが、彼女らは水の妖精族だ。水の神の眷属である以上、水から離れることは死と同義だ。我らエルフは森の妖精だが、大部分が森から出ないのも自分の領分をわきまえているからだ」


 そういうトリシアは森を飛び出しちゃったけど。まあ、そこをツッコむのは反則だな。


「解りました。クサナギ辺境伯の言う通りでしょう。わらわまつりごとに返り咲いた暁にはそのように手配してみましょう」

「できればそうして下さい。彼女らに何かあれば、俺は彼女らの味方ですから。でまあ、そういう脅しみたいな話は止めにしましょう。俺にそんなつもりは毛頭ないので」


 三人はまだ疑い深い顔をしているが俺は続ける。


「実際、今回の計画を帝国と行うことは、俺の領地にとっても利点が大きいんですよ」


 俺は大マップ画面を表示してみんなに見えるように設定する。ジルベルトさんの顔が嬉々としたものになるが、あえて無視だ。


「これを見て下さい。トリエン地方は王国の五分の一に相当するほど広い。しかし、この地方に住む王国の民は驚くほど少ないんです」


 俺はトリエン地方のコントラストを強めに設定してトリエン地方の広さを解らせる。


「王国には、この地方を開発するための人手がありません。これを帝国にやってもらえるなら俺の治めるトリエン地方の経済に間違いなく有利です。

 さらにゴーレム兵による防衛は国家間に対してというより魔獣などに対する防衛に有効でしょう。この安全保障が完備された土地の開発を帝国民にやってもらえればと考えているわけです」


 開発費は帝国持ち、安全保障はトリエン持ち。そしてその土地から上がる利益を山分けしようってことだ。


「とにかくトリエンは人材がいないんです。これが無ければ、この広大な土地は宝の持ち腐れでしょ? 帝国が侵攻してくるのだって、この宝の山を狙ってでしょう?」

「そ、そうですな」

「戦争は無益です。武器や防具、食料などを大量に消費し、そして最も貴重な資源である人をすり潰す。俺はトリエンでそのような愚かな行為を失くしたいんです」


 俺の切実な言葉にシルキスが大きくうなずく。


「その通りですね。戦争などという愚かな事は国の力を疲弊させます。あたら男たちを死地に追いやりたいと思う女がおりましょうか。愛するものを無駄に死なせるなどあってはならないことです」


 元軍人だったナルバレスもシルキスの言葉にうなずく。


「確かに。先程の辺境伯殿の言葉にもありましたが、死んでしまっては元も子もありませんな」

「でしょう? もっと建設的な事に労力は使うべきです。そして両国ともに繁栄したいものです」

「先ほどの魔法の蛇口もそうですが、魔法文化の交流なども行えましょうかな?」


 ジルベルトさんが食いついてきた。


「それも必要でしょう。こういった技術は一国が独占していい結果になった試しはないですしね。技術の平和利用であれば大いに交流するべきでしょう」


 ジルベルトさんが盛大にうなずいている。彼のライフ・ワークだもんね。


「どうでしょう? 俺の計画に乗ってみますか?」

「私には異存はないが……」


 ナルバレス子爵がチラリとシルキスを見る。


「私も是非乗ってみたいものです」


 ジルベルトさんもだ。


わらわも乗ってみたい……しかし、まずは国を取り戻してからの話です。それが叶わねば、わらわなどには何の力もない」

「ごもっともです。では、帝国奪還を最優先事項として行動を開始しますか」



 その日の夜、ジルベルトさんやナルバレス子爵を交えて、モート公爵の排除に向けた作戦を色々と話しあった。

 それに付随して、王国侵攻作戦などに関わった者、イルシス神殿の神官長や捕らえられている兵士たちの処遇についても話し合う。全ては帝国が奪還した後の話だが、シルキスがいる今しておいたほうが楽だろうと思ったからだ。

 それにより、シルキスが女帝に返り咲いた暁には、帝国と王国との講和と友好条約が約束された。

 またアルフォートを外交官として俺との折衝に充ててもらうことも確約頂いた。彼は家名を許され、伯爵号が叙勲される見通しとなる。本人が今は不在だが、彼の望んだものが与えられることになる。



 その日、俺は宿の厨房を借りて手料理を作り、シルキスとナルバレス子爵、ジルベルトさんに振る舞った。


「やっぱり、ケントの料理は最高じゃな! この唐揚げというものは何と言って良いのか判らんのじゃ!」

「マリス、この唐揚げはカレー味だぞ? すでに戦闘力が限界を突破している」

「なんじゃと!? トリシア! 我にもよこすのじゃ!」

「こっちのコロッケというのも素晴らしいのですよ。サクサク、ホクホクでたまらないのです!」


 今日、用意したのは唐揚げ、コロッケ、天ぷらの三種類。唐揚げはカレー味、塩味、醤油味です。


「いやはや、このテンプラという食べ物は素晴らしい。油で揚げたものだと聞きましたが、なんという軽さ、そして旨さ」


 ジルベルトさんがきすの天ぷらでご満悦だ。


「このソースというものは凄いですな。濃厚でいて甘く、ピリリともしますな」


 ソースをかけたコロッケに感動するナルバレス子爵は、ここの所、迷宮に落とされていた割りに元気いっぱいだ。


「このご飯という食べ物は様々なおかずに合いますね。わらわも気に入りました。帝国にはないのでしょうか?」


 シルキスがご飯をスプーンで口に運びながら言う。


 無いでしょうね。トリエンでも仕入れるのに苦労しましたからね。


「まあ、この料理は小麦や油などを使いますし、今の帝国だとかなり贅沢なものでしょう。でも我々の計画が上手く運べば、庶民の口に入ることも夢じゃないと思います」

「そうですね。わらわもそれを望みます」

「ついでに魔法文化も庶民の手が届くところまで行かせたいものです」

「そうですな。庶民たちが豊かに暮らせれば帝国はさらに発展するでしょう」


 料理は人を幸せにしてくれる。ささやかなうたげであったが、三人の帝国人の心に大きな楔となった事だろう。


 王国と帝国の今後が大いに楽しみになってきたね。

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