第12章 ── 第11話

 俺たちは無事にアルフォートの父、ナルバレス子爵を見つけ出し、彼の居た部屋から無事に連れ出した。


「しかし、死霊ファントムと仲良しだとは思いませんでしたね」

「彼らは元々帝国の貴族だった者たちだったようで……現皇帝にもですが、歴代皇帝たちによって迷宮に落とされたらしいですな」


 迷宮に落とされた恨みによって成仏できずに死霊ファントム化したらしい。罪の有る無しに関わらず、このような所に落とされたのでは確かに恨みに思っても仕方ないか。


「それで、子爵殿は何故、今の皇帝が偽物だと気づいたんです?」

「ああ、それですか……」


 歩きながらもナルバレス子爵が語りだす。


 彼がまだ貴族身分になる前に話はさかのぼる。

 彼の父、アルフォートの祖父がまだ豪商だった頃、実家の商会が経営する一軒の駄菓子屋がヘリオス少年の遊び場だった。

 そこへ時々、訪れる客がいた。身なりはかなり良い少女で、自分よりも幾つか年上だったようだ。

 彼はその少女に淡い恋心を抱いていたが、ある時期から少女はふっつりと姿を現さなくなっていた。


 彼の父が子爵に叙爵され、彼自身は子爵家の跡取りとなった頃のことだ。

 既に彼は青年になっていた。ある時、城で舞踏会が開かれ彼は出席したのだという。

 豪商の出である彼は、貧乏貴族たちの子弟や娘たちに囲まれて結構楽しい時間を過ごした。

 宴もたけなわだったが酔いの回った彼は城の中庭に涼みに出た。二つの月が満月であったのが鮮明に記憶にあるそうだ。

 大理石のテラスで休もうと中庭を歩いていると、テラスには先客がいた。

 それは白いドレスを来た美しい女性だった。彼は一瞬立ち止まったが、意を決してテラスに足を踏み入れた。

 その女性に挨拶をしベンチに腰掛けた時、彼はどこかでこの女性に会ったことがあることに気づく。

 懸命に記憶を探りようやくく思い出した時には、彼女との会話が盛り上がっていた時だった。

 彼女は駄菓子屋に時々現れたあの少女だったのだ。彼の淡い恋心に再び火が付きかけたが、彼女は近侍らしい女官に連れて行かれてしまう。その別れ際、彼は女性の名前を聞いた。「シルキス・オルファレス」と。

 その後、彼はその女性と会ったことはない。


 だが、現皇帝が即位する時に開かれた戴冠式でのことだ。全ての帝国貴族が集まったこの式典で、即位するものが男だったことに驚いたという。

 即位者の名前は「シルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルト」。

 あの時の女性の名前なのに……


「という訳でして。皇帝が偽物だった事は戴冠式の時から知っていました。それから、私は正当な皇帝……いえ女帝陛下を救助するために活動を開始したのです」

「そりゃまた、劇的なストーリーラインですなぁ」

「ストーリー? ライン?」


 ぐぬぬ、英語め。


「どっかの物語みたいですな」

「お恥ずかしい話をお聞かせしました」

「いえ。でも、これでハッキリしてきました。皇帝は魔族、あるいは魔族の関係者ですね」

「なんですと!?」


 俺は今まで知り得た情報を子爵に話して聞かせた。


「我々は魔族をはいして王国と帝国との国交を正常なものに戻すために来たんですよ」

「それは心強い……しかし、まさか魔族とは……」

「事実なのですよ。マリオンさまからのご神託なのです」


 アナベルがたわわな胸をそらして自慢げに言う。


「そして、ケントさんこそがマリオンさまから選ばれた勇者さまなのです」

「それは凄い!」

「いや、それほどでも……しかし、迷宮に落とされるとは災難でしたね」

「それなのですが、アルフォートが帝国を裏切ったと宰相から言われて、迷宮に放り込まれたのですが……」


 子爵はチラリと自分の息子を見る。アルフォートがその視線に気づいて顔を伏せる。


 あらー。そっちの理由で迷宮落ちだったんですか?


「そ、それはビックリ。子爵殿の女帝陛下の救出活動がバレた訳じゃないんですね」

「そのようです。私自身の活動には仲間もいません。情報収集程度のみですのでバレようがありません」


 ということは、王国内に情報を流すスパイか何かがいるってことかな? 大方、外交部の工作員が紛れているのかもしれないな。前トリエン男爵が失脚した次の日に子爵は捕まっているしね。

 男爵の失脚劇の時、アルフォートを公衆の面前で協力者として宣言しちゃったからなぁ。あれは失敗だったか。

 でも、俺の情報の信憑性を上げるのに必要だったと思いたい。そのせいで子爵を迷宮落ちにしてしまったなら、なんらかの詫びは必要かもな。


「子爵殿が迷宮に落とされた原因は、俺かもしれません」

「それはまたどうして?」


 俺は、かくかくしかじかと説明する。


「なるほど。それはありえますな。しかし、気にする必要はありません。王国への侵攻は、現皇帝が即位してから始まったのですから。不毛な戦いは止めねばならない。ブレンダ帝国皇帝の名で行われる蛮行など……!」


 子爵の顔は怒気が滲み出ていた。


「まあ、その辺りも女帝陛下を救出したら解るかもしれませんね。さてと、迷宮の入り口に付きましたよ」


 例の両開きの大きな扉の前まで来た。

 一応、扉を押したり引いたりしてみるが、鍵かかんぬきが掛かっているのだろう、ビクともしない。

 

 さて、これを開けるのは至難だなぁ。ぶち壊すのは簡単だけど、音で気づかれてしまうな。どうしたものかね……


「鍵開けの魔法とか誰も知らないよね?」


 一応、みんなに確認するが、みんな首を横に振る。当然だな。


 少々思案した時に、俺は思い出した。


「お。この手があった」


 俺はインベントリ・バッグをあさる。そして、一つの指輪を取り出した。


「それは何だ?」


 トリシアが興味深そうに見ている。


「これか? これは魔法の指輪だ。ちょっと待ってろ」


 俺は取り出した指輪を指にはめる。


「よし、ちょっと行ってくる」


 俺はそう言うと指輪の力を開放する。


 瞬き一つで俺は迷宮を塞ぐ扉の外側に瞬間移動する。


「バッチリ成功」


 この指輪は俺の寝室、元シャーリーの使っていたベッドの隠し収納にあったアイテム。そう「瞬き移動の指輪リング・オブ・ブリンク・ムーブ」だ。

 これなら鍵だろうがかんぬきだろうが関係ない。一日に三回しか使えないけど、こういう時に使うべきだよね。


 俺は両開きの扉に振り返る。そこには太いかんぬきがしてあった。錠前のようなものはないので簡単に開けられそうだ。


 周囲に警備の兵隊などは見えないので、早速かんぬきを外しにかかる。巨木を圧縮してかんぬきにしたのか、見かけよりも大分重量がある。それと共に強度も増しているようだ。なんか現実世界のアメリカの大学で研究されてた奴に、こんな技術あったような……?


 しかし、これは重いな。でも俺の腕力で外せないほどじゃないよ。


 通常なら二~四人くらい必要そうな巨大なかんぬきを俺はいとも簡単に持ち上げる。

 外したかんぬきは、何かに使えるかも知れないのでインベントリ・バッグに直行させる。


 俺は扉に手を掛けて押して見る。


──ギギギギ……


 微妙に嫌な音を響かせながらも扉が開いた。周囲に聞き耳を立てるが、城の者に気づかれた様子はない。


「驚いたのじゃ。ケントがいきなり消えるのじゃもの」


 開いた扉から顔を出したマリスが俺の姿を見つけて安心した声を出す。


「驚いたろ? 瞬間移動の指輪だ」


 俺は「瞬き移動の指輪リング・オブ・ブリンク・ムーブ」を外してインベントリ・バッグに仕舞いながら言う。


「なるほど、これは鍵要らずだな」


 マリスの次にトリシアたちが出てくる。


「よし、ここからが勝負だ。気を引き締めていこう」


 俺は小声でみんなに言う。みんなは無言で首を縦に動かした。


 迷宮への扉がある通路はすぐに登り階段になっている。俺たちは慎重に階段を登る。

 階段は城壁付近の小屋に繋がっていた。小屋の外の様子を窺うと、外は木が何本もあり、小屋自体は周囲からは殆ど見えないような感じだ。


 俺は大マップ画面を開いて女帝陛下が囚われている尖塔への道を探す。

 尖塔は小屋から二〇メートル程度しか離れておらず、結構簡単に近づけそうだ。


 問題があるとしたら、その尖塔の入り口に二人の兵士が見張りとして立っている事だろう。だが、その入口の周囲に他の者の姿は見えない。


 まさか城に侵入してくるなんて思ってないだろうしな。当たり前といえば当たり前なんだけど。


 俺はアナベルに目をやる。ハンドサインで二人の兵士を指差し、手をくるくる回してから頭をコツンと叩く。


 アナベルがニヤリと笑い頷いた。アナベルがニヤリと笑うのも珍しいのでダイアナかも。


 アナベルがスリングを腰から外して腰の革袋から石を二個取り出す。スリングのポケットに石の弾丸を二つ入れると、クルクルと回し始める。


 ヒュンヒュンと小さいながら不気味な音が鳴り始めた時、弾丸が放たれた。


 猛烈な速度で飛翔する弾丸は兵士二人の頭に正確に飛んでいく。見事な照準といえる。


──ガガッ!


 鈍い音が二つ俺の耳に飛び込んできた。見れば兵士が二人ともドサリと倒れた。


「グッジョブ」


 俺は親指を立ててアナベルを称賛する。アナベルも親指を立ててニカッと笑う。


 俺は付いてこいのハンドサインをハリスに向けて行い、倒れた兵士に向かう。

 ハリスと俺で兵士を担ぐと小屋のあたりまで戻ってくる。


 俺とハリスはロープで兵士を入念に縛り上げ、猿轡さるぐつわもしておく。片方の兵士が鍵束のようなものを持っていたので奪い取る。

 縛り上げた兵士には、もう用がないので小屋の中に放り込んでおこう。


「よし、塔へ向かうよ」


 俺たちは尖塔に入った。中は簡素なテーブルと椅子があるだけで、他はなにもない。壁に上りの螺旋階段があるので、そちらに聞き耳を立ててみるが、何も音は聞こえなかった。


 俺たちは慎重に螺旋階段を登り始める。

 階段を登り切ると、そこには扉が一つ。大マップ画面で扉の向こうを確認すると白い光点が一つ確認できる。他に光点はない。


 扉に手を掛けるが、やはり開かない。さっきの兵士から手に入れた鍵束を試す。三つあった鍵のうち一つが錠に合うようだ。

 鍵をひねると、ガチャリと音がして錠が外れた。


 扉をゆっくり開くと、中は外の扉や階段などと違い、比較的豪華な飾り付けをされている。

 一番奥に天蓋付きのベッドがあり、その中に身を起こす人物の影が見えた。


「どなた?」


 弱々しいが凛とした女性の声が聞こえる。


「シルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルト女帝陛下でいらっしゃいますか?」


 俺はその影に声を掛ける。


「左様。わらわはシルキスである。なんじは何者ぞ?」

「俺はケント。オーファンラント王国トリエン地方領主、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯と申します。陛下の臣下のものと陛下の救出にうかがいました」

わらわの臣下?」


 囚われの身の女帝にとって自分の臣下というものに心あたりは無いのだろう。


「はい。ヘリオス・フォン・ナルバレス子爵とその息子、アルフォート・フォン・ナルバレスと共に参りました」

「女帝陛下。お迎えに上がりました」


 子爵が俺の横まで進んできて、女帝にひざまずいた。アルフォートも子爵の横でひざまずく。


 うっすらと窓から差し込む月明かりの中、身じろぎした女帝の顔半分が暗闇の中に浮かび上がる。

 それは、少々皺があるものの年齢を感じさせない美しい女性の顔だった。

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