第12章 ── 第10話

 一時間半ほど慎重に進んだ。

 キマイラ撃破以降、強力なモンスターはまるで出てこないが、骨系モンスターとの戦闘は幾度もあった。

 この迷宮はスケルトン系ばかりが闊歩しているようだ。


「よっと」


──ガラガラ


 スケルトン・ソーサラーが崩れ落ち、敵の一団を殲滅した。


「これで一五回目じゃが、骨ばかりじゃのう」

「スケルトンスキーなんじゃないか?」

死霊術師ネクロマンサーが関わっている可能性は?」

「それなら……ゾンビや……グールがいても……いいはず」


 少々物足りなげなマリスに俺が応え、アルフォートが推測するも、ハリスが否定する。俺の意見は無視でした。


「ケント、ゾンビとグールが出てきても安心だからな。私が対処する」


 トリシアが誇らしげに自分をアピールしてくる。


 まあ、あのグロさが苦手なだけなんですけど。


「アンデッドなら私にまかせておけばいいんだ。なんせ神官戦士プリースト・ウォリアーだしな!」


 うん。ターン・アンデッドをするならね。君、さっきからウォーハンマーしか使ってねぇよ。


 さすがに二時間近くスケルトンばかりで気が緩んできたようだ。すでに城の真下の区画に入ってきているんだがなぁ……ここからが本番なんだけどね。


 ふと先の通路を見ると、白い影のようなものが立っているように見えた。

 俺はジッとその影を見つめた。


 その白い影がフラリと揺らいだように見えた瞬間、目の前に白い影が突然ワープしてきた。


『ウォォオォォォオォォン』

「うわっ!? なんだ!?」


 俺の叫びに全員が身構えた。


 そこには、色素が抜けて半透明のような人間の形をした影が二つ浮かんでいた。


『立ち去れ!』

『立ち去れ!』


 二つの影が同時に重低音の低い声で警告を発した。


 俺の心が何やらざわつく。


『これより先は死の支配する領域! 生者の来るところではない!』


 片方が喋る。


「そうは行かないんだ。俺たちはこの先に用事がある」


 俺がその言葉に拒否と応える


『立ち去れ!』

『立ち去れ!』


 また、二つの影が同時に同じ言葉を発する。


 途端に、俺の身体の中に恐怖が膨らんでいった。


『立ち去れ!』

『立ち去れ!』


 重低音のこの言葉を聞くたびに、俺の身体の芯の部分にある氷の塊のようなものが大きくなる。


『立ち去れ!』

『立ち去れ!』


 すでに俺の身体は微妙に震え始め、冷たい汗が体中からにじみ出始める。


『立ち去れ!』

『立ち去れ!』


 その時、俺の心の中でカチリと音がした。

 気付けば、震えも冷や汗も止まった。うん? 恐怖耐性でも覚えたか?


『立ち去れ!』

『立ち去れ!』


 また、それかよ。


 俺には既に何も感じないが、他のメンバーは恐怖に凍りついたような顔で固まってしまっている。


 うん? 待てよ? こいつら何で二匹で同時に喋ってんだ?

 何か聞いたことあるなぁ……

 とある周波数帯を聞くと人間は恐怖を感じるとかいう。それじゃね?


 俺はインベントリ・バッグからガンマイクのような器具を取り出す。


 以前、ドーンヴァースでハロウィンに付随するホラー系イベントの際に用意されたイベント用アイテムです。撮影機能、録音機能、その他編集機能が付いたアイテムなのだ。

 このアイテムでゴースト・モンスターを撮影したり発する音を録音するなどをし、面白い心霊動画を作って投稿する感じのイベントだった。

 ようは「お解りただけただろうか?」系の自主制作ムービーを作ってプレイヤーたちで盛り上がるだけという何とも言えないイベントだったんだ。


 で、その時のアイテムなのだが、このアイテムはそんなイベント用にしては高性能で、様々なエフェクトなども追加できたりするスグレモノ。


 俺はガンマイクを使って奴らの音声を録音する。


『立ち去れ!』

『立ち去れ!』


 オッケー。


 今度はこの声をエフェクトでひっくり返して~。


『立ち去れ!』

『立ち去れ!』


『立チ去レ!』

『立チ去レ!』


 上手く被せて再生してやる。リピート機能で連続再生しておこう。



 すると、メンバーたちが恐怖に引きつった顔から一転、目をしばたたかせて、通常の状態に戻り始める。


「な、何があったんだ?」

「ああ、コレね。アイツら人間が恐怖を感じる音響効果を使っていたんだよ」


 トリシアが最初に恐怖から抜け出して来た。


「人間に恐怖を抱かせる声色ということか?」

「そうだね。こればっかりは肝っ玉が太かろうが細かろうが変わらない。生物の仕組みだからな」

「なんじゃ。人間はこんな声に恐怖を感じるのかや? まあ、さっきは我もちょっと動けなかったんじゃが」


 マリスが恥ずかしそうにモゾモゾと身体をよじる。


「ほえー。幽霊さんたちやりますね!」


 あ、なんでアナベル・モードに戻ってんだよ。さてはダイアナめ、怖くて逃げたんだな。


 ハリスは、うずくまっているアルフォートを助け起こしている。


「さて、どういうつもりかな?」

『我らの恐怖の宴が通じないのか……』

「いや、シッカリと効いたけど、対処法を知ってただけだよ」


 白い影どもが倍音攻撃をやめたのでガンマイクの停止ボタンを俺は押す。


『我々はこれより先に生者を行かせるわけには行かぬのだ!』

「そりゃまたどうして?」

『この先は邪悪が出入りする場所ゆえな』


 邪悪が出入り?


「それは魔族のことか?」

『いかにも! 我らは魔族によってこの地へと追放されしもの。その扉がこの先にある』


 話をまとめると、生者を魔族に近づけたくない。この先に魔族が迷宮を出入りする入り口……所謂いわゆる、城への出口がある。彼らはそこから迷宮へ放り込まれた犠牲者の幽霊ってところか。


「少々、聞きたい。この先にヘリオス・フォン・ナルバレスという貴族がいるはずなんだが」


 白い影は目のあたりにある落ち窪んだ二つの影穴を見開く。


『ナルバレス! 我らの同志』


 やはりな。こいつらが死霊ファントムだ。


「俺らは彼を助けるためにここに侵入した」

『待ち望んだぞ! 救援者よ! 彼をこの地より連れ去れ! 我らを襲った死が、彼を手に入れる前に!』

「彼に命の危険があるのか?」

『今ではない。だが、じきに訪れる避けがたき運命なり!』


 コイツらの喋り方、妙に古臭いなぁ。


「よし、では彼の所に案内してくれないか? 彼の息子も迎えに来ている」

『ジルフォート! 彼の長男にして有能な助手!』

「いや、アルフォートの方だな」

『勇猛なるアルフォート! 彼の次男にして偉大なる魔法の使い手!』

「そう、そっちだね」


 俺はアルフォートの方を見る。

 アルフォートはフードがはだけけて、素顔がさらされていた。


『然り然り! 彼こそが同志の息子なり!』

『参られよ! 参られよ! 同志の息子たち!』


 フワリと死霊ファントムたちが動き出す。そして俺たちを手招きしている。


「お父上のお友だちのようだ。ついて行こう」


 俺はアルフォートをうながす。


「ああ……行こう」


 少々力なくだがアルフォートが返事をした。


「よし、みんな。慎重に彼らに着いていこう」

「了解じゃ!」

「承知……」

「はーい」

「心得た」


 死霊ファントムたちに着いて一〇分ほど歩いていくと、大きな両開きの扉があった。


『ここが邪悪の出入りする門なり! 警戒せよ!』


 ここが城への入り口か。


 大マップを開いて確認する。城の隅あたりにあるようだ。女帝の囚われている尖塔にほど近い。やはりそっちも帰る前に救出してしまおう。


 さらに二〇分ほど行くと、前方に明かりが見えてくる。


『さあ! 同志を救出せよ!』


 明かりに近づくにつれ、周囲には随分と古い骨がゴロゴロと転がり始める。

 明かりの部分なんかは、壁一面に骨が積み重ねられている有様だ。


 明かりのある場所は小さな部屋のようになっていた。

 中を覗くと、小さいランタンに明かりが灯り、朽ち果てる間際といった感じのボロボロのベッドの上に、齢にして五〇歳くらいだろうか、白髪の老人が寝そべっていた。


「父上!!」


 その声に老人が振りむいた。


「む! アルフォートか!? 何故ここにいるのだ!? まさか……あの皇帝に迷宮に落とされたのではあるまいな!?」

「違います。仲間と救援に参りました」


 その言葉に老人は身体を起こして俺たちの方に目をむける。


「それはかたじけない」


 老人が深々と頭を下げる。

 アルフォートが父上と言っているし、この老人がヘリオス・フォン・ナルバレス子爵に間違いなさそうだね。


「ナルバレス子爵、お元気そうで何よりです」

「アルフォート、こちらの方は?」

「彼はオーファンラント王国の貴族、ケント・クサナギ辺境伯閣下です、父上。

 彼は帝国の危機を察知し、帝国にやってきてくれたのです」


 ナルバレス子爵の目がキラリと輝く。


「それでは……皇帝が偽物であることを……」

「あ、やっぱりそうですか。皇帝ではなく女帝のはずなのにオカシイと思ってたんですよ」

「知っておられるのか!?」

「ええ、俺の目は誤魔化せませんよ」


 俺はニヤリと笑ってみせる。


「うむ。ケントは誰がどこに居ても解るのじゃ。素敵で不思議な男なのじゃ」

「確かにな。ダルクと走っている時に念話されたのは驚いた」

「ビックリ箱……だ」

「おまけに強いのです!」


 みんなが口々に言う。その言葉にアルフォートも笑顔で頷いている。


「良い知己ちきを得たようだな、アルフォート」

「はい。父上に反発していたのがバカらしくなりました」


 アルフォートがクスクスと笑うと、ナルバレス子爵も同じ様な忍び笑いをする。


 この二人にも色々とあったんだろうね。


「さて、子爵殿。ここに居ても仕方ありません。俺たちと脱出するとしましょう。ついでに女帝陛下を救出なんてしてみませんか?」

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