第12章 ── 第12話

「その顔、いつか見たような気がします」

「私をご記憶でございますか!?」


 ヘリオスが嬉しげ声を上げる。


「いえ、そちの顔は……こちらの若者を見た気が……うふふふ」


 シルキスが口元に手を当てて小さな笑い声を上げる。


「そんなはずはないのに。もうここに幽閉されて三〇年も経っていますものね。その若者はまだ二〇代でしょうに」


 シルキスはおかしげだ。


「彼はアルフォート・フォン・ナルバレス。こちらのヘリオス殿の息子です。彼の若い頃に似ているのかもしれませんよ?」


 俺はそう応える。アルフォートが俺の方に視線を向ける。


「その横顔……そう。庭のテラスでお話した若い貴族を思い出しました。彼とは小さい頃に遊んだことがあるのです」

「そ、それは私の事です、陛下」


 ヘリオスの頬に涙がこぼれた。


「ナルバレス子爵と言いましたか。その忠義に感謝を」

「ありがたき幸せ!」


 シルキスがベッドから立ち上がった。


「そして、その息子……」


 シルキスの顔が優しげな微笑みをたたえる。


「アルフォートと申しましたね。そなたにも感謝を」


 シルキスがこちらに歩いてくる衣擦れの音に、アルフォートが下げていた頭を上げた。


 優しげに微笑むシルキスがアルフォートの肩に手を置いた。


「はっ! 恐悦至極に存じます!」


 アルフォートが慌てて頭を下げた。子爵は羨ましげな顔だったが見ない振りをする。


「そして、その方。クサナギ辺境伯と申したな。王国から遥々、わらわの救出の為、よくぞ参られた」

「まあ、成り行きなんですけどね。どうも魔族が入り込んでいるようだし、マリオンやらアースラからも期待されてるみたいなんで」

「そうなのです。ケントさんはマリオンさまの勇者さまなのですから!」


 嬉しげにアナベルが宣言する。


「その勇者はやめてくれ。俺は国王に許可を貰って帝国への使者として来ただけなんだから」

「王国の使者と申すか」

「そうですよ、一応。帝国が王国に侵攻しまくってるんで、それの交渉とか、今後の話とかをしにきているんですよ」


 シルキスは少々悲しげな顔になる。


「そのような事が……大変、遺憾に思います」

「ま、女帝陛下のせいじゃないですから。魔族を排除すれば、帝国との国交も正常化できるんじゃないかと俺は思いますし、協力するのは王国の国益にも合致します。乗りかかった船ですからね」


 シルキスは俺の言葉に少々微笑む。


「その方は、言葉が忌憚きたんなくて面白いですね」

「ああ、元は冒険者上がりの成り上がりです。少々失礼があるかもしれませんがご容赦を」

「構いません。昔、遊んだ子も最後にあった時はそなたのような話しぶりでした」


 シルキスはナルバレス親子に目を向けた。


「はっ! その節は大変失礼を致しました。あの時は私も若く……」


 昔の自分のことを言われているのに気づいたナルバレス子爵があたふたと応える。


「さて、女帝陛下。そろそろ脱出しましょう。敵に気づかれては不味いですし」

「よいでしょう。そなたたちに付いていきます」


 俺の言葉にナルバレス子爵が立ち上がる。


「さ、女帝陛下。お手を」


 ナルバレス子爵が差し出した手にシルキスがフワリと手を載せる。


 俺たちは部屋を出て尖塔を降りる。

 尖塔の入り口から外の様子をうかがうが、気づかれていないようで静かなままだ。

 大マップ画面を開いて周囲をみても、なんの動きもない。

 随分と不用心って気もするが、やはり地下迷宮から侵入されるとは思いもよらなかったってのが正解か。キマイラが守ってたしなぁ……


 素早く小屋まで移動する。俺は殿しんがりを守る。

 全員が無事に小屋までたどり着いたのを確認し、俺も小走りで小屋の中に入った。


 小屋の中には先程の兵士二人がまだ気絶したまま転がっている。


「これは放っておいていいな」


 俺たちはそのまま地下へと降りる。


 両開きの扉から迷宮へとみんなを入れて、俺はインベントリ・バッグからかんぬきに使えそうな木材を探す。

 マリオン神殿から貰ってきた中に、さっきの高圧縮木材に似た大きさのものがあったので、それをかんぬきとして扉を閉ざした。


 そして「瞬き移動の指輪リング・オブ・ブリンク・ムーブ」を使って迷宮内に瞬間移動する。


「よし、これで脱出経路も偽装完了」

「何かしたのかや?」

「外にかんぬきを掛けておいた」

「なるほど、それならここから逃げたとは思うまいな」


 トリシアがニヤリと笑う。


「たぶんね。それじゃ行こうか」


 俺たちは来た道を戻り、迷宮を脱出する。ほとんど敵は排除してあるので何の支障もなく地下水路へ続く縦穴に辿たどり着ける。

 随分と簡単に事が運ぶよな。何かの罠でもあるんじゃないかと警戒しちゃいそうだよ。


 俺はロープをらして、みんなを下ろす。

 シルキスはナルバレス子爵が背負って行った。

 飛行フライの魔法で降りていくと、アルフォートがシルキスをお姫様抱っこしてた。


 トリシアとマリスが羨ましそうに指をくわえて俺の方を見たけど無視だ。


 外に出た俺たちは「集団飛行マス・フライ」の呪文を使い空へと舞い上がる。


 宿のテラスに降り立った時には、もう夜が明けかかっていた。

 東の空が随分と明るくなり始めている。


「どうやら夜明け前に任務完了って所だな」

「ああ……」


 ハリスと共に空の月を見上げた。


「これほど上手くいくとは思わなかったな」

「確かに……」


 俺はハリスと中に入った。


「ケント! 早速風呂に入りたいのじゃ!」


 マリスが鎧をガシャガシャと脱ぎながら訴えてくる。


「確かに。地下水路が臭かったもんなぁ」


 俺はインベントリ・バッグを開いて魔法の蛇口を取り出す。


「これ使ったら早く風呂に入れるだろ?」

「ああ! それ! 持ってきたんじゃったら早く出せばいいのじゃ!」

「すまん。忘れてたんだ」


 マリスは下着姿になると蛇口を引ったくって風呂場に駆け込んだ。


「女性陣は先にどうぞ?」

「うむ。ありがたく使わせてもらおう。シルキス陛下も一緒にどうだ?」

わらわもか?」

「遠慮はいけないのですよ?」


 シルキスはトリシアとアナベルに連れられて風呂場へと行った。


「クサナギ辺境伯殿、この度は何とお礼を述べてよいのか……」


 ナルバレス子爵が俺の前まで来て、再びそのような事を言う。


「いえ、お礼はまだ早いでしょう。これからが問題です」

「といいますと?」

「父上、女帝陛下を救出致しましたが、いつまでも女帝陛下を逃亡の身に甘んじさせるつもりですか? 帝位奪還がこれからの問題でしょう」


 その通り。皇帝になりすます魔族を排除しなければ問題は解決したことにはならない。

 それに誰も皇帝が偽物だと知らない状態だ。シルキスが本物の皇帝だと触れ回っても、周囲がそれを認めなければ救出しても意味はない。


「そうだね。そこはまず、王国の使者としての俺の任務に絡めて問題を解決していこうかと思ってるんだ」

「どのようにですかな?」

「まず、今回の帝国による王国侵攻に対する抗議や賠償の請求などを議題に皇帝との謁見を勝ち取りたいと思う」


 俺は自分の考えた作戦を教える。


「そこで皇帝の正体が偽物だということを暴露させる」

「容易いことではありませんぞ」

「なぜ?」

「皇帝との拝謁はいえつはそれほど簡単ではないのです。特に今の皇帝になってからは皇帝の側近でなければ、ほぼ不可能とまで言われております」


 なるほど、それは大変だな。


「では、今の皇帝に会うことが出来る人物は何人くらいいるのかな?」

「私の知る限りでは……宰相のモート公爵、外交部長官のエルンスト侯爵、あとは……身の回りの世話をしているメイドや執事あたりではないかと」


 政治関係の人間はたった二人か。


「皇帝が人前に姿を表すことは?」

「全くないですな」


 うーむ。少々厄介だな。


「例の噂を……利用でき……ないか?」

「噂?」

「ほら……魔族の……」


 ああ、あれか。魔族が帝都に潜んでいるってアレね。


「それを使うのはいいんだけど……どう使うかだな」

「確かに……」


 ちょっと手詰まりだな。風呂に入っているシルキスやトリシアなんかにも話を聞いてから決めたいな。


「ま、まずは風呂とか入って頭を切り替えようよ。疲れた状態では良いアイデアも出てこないよ」

「アイデア……ってなんだ?」

「考えって事。いい考えは疲れを取ってからの方がいいだろう」


 俺はアルフォートに英語の意味を教える。


「確かにそうですな。一度寝るなりしてからの方がよさそうです」


 ナルバレス子爵も俺の考えに同意してくれる。

 女性陣は長風呂なのでまだ出てこないし、俺たちも汚れた衣服を着替えておくべきだな。

 だって、膝あたりまで汚水に浸かっちゃったからね。


「ほんじゃ、トリシアなんかが風呂から出てくる前に、一応着替えておこう」

「そうだな。この臭いは問題だな」

「確かに……」

「私は服がないが……」


 アルフォートとハリスは頷くが、ナルバレス子爵は少々困り顔だ。


 ナルバレス子爵の服はアルフォートの替えのローブで代用してもらおうかな。


「アルフォートのローブは?」

「余分はある。父上とは体格が少々合わないと思うが仕方ないか」


 確かに。ナルバレス子爵は昔軍人だっただけあってガッチリで長身だ。アルフォートより二〇センチほど大きいか。


 とりあえずアルフォートのローブに着替えてもらうことに。

 着替えてきたナルバレス子爵を見て、俺とアルフォートが吹き出してしまった。ハリスは最近笑いに免疫ができつつあるが後ろを向いて肩を震わせていた。

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