第12章 ── 第8話

 深夜までにアナベルが買い物を済ませて来た。

 その間、ハリスは窓から外の警戒に当たった。


 俺は大マップ画面で地下水路から迷宮への道や迷宮内のアルフォートの父親のあたりまでのマップを紙に書き写す作業をしていた。


 うーん。この地下迷宮って、女帝の囚われている塔の地下も通ってるな。ついでに救出しちゃってもいいかも。



 深夜。全ての準備は整った。


「みんな、全部オーケーだな?」

「オーケーなのじゃ!」

「オーケー……」

「準備万端、オーケーだ」


 トリシア、マリス、ハリスは口をそろえる。


「おーけ?」

「な、なんだ?」


 アナベルとアルフォートは解らないといった感じだ。


「ああ、オーケーは了解とかいう感じの意味ね」


 俺はオーケーの意味を教える。


「ケントの素敵用語じゃ」

「そうだ。ケントの生まれ故郷のことばらしい」

「ほえー。なら、私もオーケーなのですよ?」

「オーケーだ」

「よし。出発だ」


 俺の号令で部屋の全員が外を眺められるテラスに出る。


「よし、『集団飛行マス・フライ』」


 俺は『集団飛行マス・フライ』をみんなに使う。これで目的の地下水路の入り口まで一気に飛んでいくのだ。


 『集団飛行マス・フライ』は風属性で五レベルの中級魔法だ。以前、ファルエンケールの女王が空を飛ぶ時に使ったものだ。便利だと思って工房にあった中級の風の魔法書で覚えておいた。


 夜の帝都はシンと静まり返っており、外を出歩くものは殆どいないようだ。集団で飛んでいるのを目撃される確率が減るので助かるね。



 地下水路の入り口は、帝都を縦断する水路にあった。城から一キロほど離れている。

 俺たちは地下水路の入り口の前で降りる。


「臭いのう」

「贅沢言うな」


 マリスの愚痴をトリシアがたしなめている。

 確かに臭い。汚物とかも流れてきているんだろうし仕方ない。


「まあ、後でちゃんとお風呂に入ろうな」

「一緒に入るかや!?」

「うん。それはいい。ケントそうしよう」


 お前ら……


「うっせーな。これから迷宮だぞ? でも、その時は私も一緒にしろよ」


 お前もか。ってダイアナ・モードかよ。


「相変わらず人気だな」

「冗談は……無事に……帰ってからに……しろ」


 少々茶化し気味のアルフォートに、言葉自体は厳しいが所々吹き出しそうなハリスが対照的です。


 俺たちは慎重に地下水路に入っていく。

 月明かりが差し込まないあたりまで中に入って、松明などの光源を用意した。

 俺とハリス、アナベルが松明に火を付ける。マリスの腰には携帯用ランタンを括り付けてやる。手に持ってると邪魔になるからね。


 大マップ画面によるマップ確認をする限り、枝道がいくつかあるがほぼ城の方向に一直線だ。ジャイアント・ラットとかいるかとも思ったが、そういう敵対モンスターはマップに表示されていないので大丈夫だろう。


 二〇分程度進むと、迷宮と繋がっているであろう縦穴を発見する。縦穴から少々水が落ちてきている。城からの排水かもな。


 さて、この上が地下迷宮だ。


飛行フライ


 まず、俺が飛行フライの魔法で迷宮に入る。


 迷宮内はえたような匂いがしている。周囲を見渡し、書き出したマップと大マップ、現在いる地形を照らし合わせて位置確認をする。


「ふむ。迷宮の北側だな」


 俺は位置確認を済ませると、インベントリ・バッグからロープを取り出して縦穴に下ろす。


 すぐに一人一人登ってくる。


「ここは下よりマシじゃな」

「確かにな」

「ヘリオスとやらはどっちだ?」


 俺はマップを見せて位置を知らせる。


「今はここだ。ここから南へ行くのが最短だな」

「私は地下迷宮は初めてだ……かなり緊張するな……」


 アルフォートは緊張というより恐怖を感じている気がする。


「人間は暗闇が怖いもんさ。何がいるか解らない迷宮では特にね。怖いことは恥ずかしいことじゃないよ。人間の本能みたいなもんさ」

「そ、そうか」

「ここまで暗いと明かりがなければ夜目も効かないからな。暗視ナイト・ビジョンを使うか?」


 確かに暗視も便利だね。でも効果時間が短いからな。掛け直している時に敵が襲ってきたりすると厄介だよ。


「いや、光源は常にある方がいい。松明とランタンで行こう」

「オーケーだ」

「よし、前衛は俺とマリス。中衛にアルフォートとトリシア。後衛はハリスとアナベルだ」


 俺は隊列を決める。誰からも不満は出なかったので出発する。


 慎重に迷宮を進む。南の通路は幾つもの枝道があり、目的地まで素直には通してくれない。


 暗くジメジメした道を進んでいると、前方から微かに音が聞こえてきた。

 すぐに大マップ画面を開いて確認する。


 ちっ。赤い光点だ。


 クリックするとスケルトン・ウォリアーが二体、スケルトン・アーチャーが三体だ。レベル五程度の脅威度なしだ。


「マリス、スケルトンが全部で五体だ。早急に片付ける」

「了解じゃ!」


 俺は剣を抜いた。マリスも盾と剣を構え直す。


──カツンカツン


 来たな。


 俺とマリスはスケルトンたちに走り出す。


「シールド・チャージ!」


 マリスが先にスキルを発動した。


 マリスの移動速度が加速し透明なオーラのようなものが大きな盾に張り出す。


「魔刃剣!」


 俺は魔刃剣で剣圧を飛ばす。下から上に縦に振った剣の刃から斬撃波が飛んでいく。


──ドガガガ!


 マリスがスケルトンの隊列にぶち当たる。


──ズババ!


 俺の斬撃波がスケルトンに襲いかかった。


 マリスはスケルトン・ウォリアー一体とスケルトン・アーチャー二体を一瞬で破壊した。

 俺の斬撃波も残りの二体を寸断した。


「あっという間じゃな」

「まあ、スケルトンだしな」

「ゾンビとかグール出てきたら任せろなのじゃ」

「それ、今言うか?」


 俺はマリスと仲間の所に戻る。


「終わったようだな」

「ああ。じゃあ進むぞ」


 さらに迷宮を奥へと進む。


 三〇分ほど進んでマップを確認する。そろそろ大きな丸い部屋だな。大マップ画面を確認する。


 丸い部屋の中に赤い光点が一つある。クリックすると……


『キマイラ

 レベル:三〇

 脅威度:中

 魔法により生み出された合成魔獣。頭と身体はライオン、背中に山羊の頭、尻尾は大蛇。毒や魔法などの特殊能力を持ち大変危険』


「ちょっと止まって!」


 俺はみんなを立ち止まらせた。


「ケント。どうした?」

「なんなのじゃ?」

「この先にレベル三〇の魔獣がいる」

「ほう、三〇か。結構なレベルだな」

「ちょっとレベルが高いのう……」


 俺とトリシアはともかく、他のメンバーより五レベル高い。ついでに言うとアルフォートより一二レベルも高いんだよ。


「で……敵は……?」

「キマイラ」


 トリシアの顔が一瞬硬直する。


「奴か……あれは厄介だぞ。前足の爪と尻尾には毒がある。前足は麻痺毒だ。尻尾は致死毒だな。おまけに魔法まで使うぞ」

「そ、そいつは豪勢じゃな……」

「ついでに顎の攻撃はドラゴン並だ」

「か、勝てるのか?」


 アルフォートが心配そうな顔をする。

 俺としてはそれほどでもない。何度か戦ったことがあるが、ようは前足に捕まらなければ問題はなかった。レベルの低い頃は何度も殺られたけどな。つねに敵の前方にいれば尻尾の蛇は気にしなくていいから、前足だけを気をつければいい。


「そうだな。マリスだけにきつけさせるのは荷が重いかな?」

「だ、大丈夫なのじゃ!」

「前足に毒あるよ?」

「へっちゃらじゃ!」


 まあ、マリスの防御力なら大丈夫な気もするけど。


「アナベル。もしマリスが麻痺したら直ぐに麻痺回復キュア・パラライズを唱えられるかな?」

「大丈夫だ。問題ない」


 ダイアナ・モードのアナベルが即答する。どっかで聞いたことあるセリフのような気がするが忘れた。


「よし、方針はこうだ。アルフォートは開幕の一発目に火球ファイア・ボールだ。その後は下がっていてくれ」

「わ、わかった」


 アルフォートはかなり緊張している。仕方ないなレベルが一〇以上高い敵だしな。


「アルフォートの魔法攻撃の後に俺とマリスが突入する。マリスは最初にスキルで挑発」

「任せろなのじゃ!」


 マリスも強くなってるしミスリル防具だし……まぁ大丈夫だろ。


「アルフォートの護衛にトリシア。後方から弓なり魔法なりで俺たちを援護だ」

「そうしよう」


 トリシアはキマイラと戦ったことがあるんだっけね? 確か物語に書かれてたよね。


「アナベルは毒解除のため支援に徹しろ。防御や毒抵抗系の魔法も使えたら使ってくれ」

「承知だ。お前らを死なせはしねーぜ」


 頼もしいね。でも魔法って神官プリーストの両分だからアナベル・モードじゃないと使えないんじゃ? まあ、そこは深くツッコんじゃ駄目な所なのかな?


「最後に……ハリスは遊撃だ。弓でも剣でもいいけど……」

「任せろ……」


 ハリスが剣を構えた。最近は結構な割合で剣を使うようになったよね。やはり忍者狙いですかね?


「よし、では行こうか」


 それぞれのメンバーは緊張しつつ頷く。


 少し進むと円形の部屋への曲がり角が見えてくる。アルフォートがその曲がり角から顔を少し出して中を確認して、すぐに顔を引っ込める。


「暗くて見えん……」

暗視ナイト・ビジョン


 トリシアが暗視ナイト・ビジョンをアルフォートに掛けた。


「助かる」


 再びアルフォートは中を覗いた。アルフォートの身体が少々震えたのが見えた。

 最初の一発だけだ。頑張れ、アルフォート。


 角の向こうから「グルル」と低い唸り声、それと荒い息のようなものを微かに聞き耳スキルが拾ってくる。

 音のニュアンス的には、まだ警戒した感じじゃないと思う。いい感じで不意打ちが出来そうだな。


 アルフォートが俺に振り向いてきた。俺は頷いて行動開始の合図を送った。

 彼の顔が恐怖を感じつつも決意したものになった。

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