第12章 ── 第7話

 マリオン神殿から宿に帰る時には辻馬車を利用した。青銅貨一枚で帝都のどこにでも行ってくれる辻馬車は便利だね。


 途中、雑貨屋に寄って釘なども仕入れておく。アナベルはこの都市に住んでいるので、どこで仕入れられるか知ってて助かるね。


 宿に戻るとトリシアとハリスも戻ってきていた。


「で、情報はどうだった?」

「今、定期的に入ってきていた物資が止まっているせいで食料品が高騰しているな」


 うん。それは俺も聞いた。


「あと、魔族が帝都に侵入していて帝国を破壊することに怯えるような話がチラホラ聞こえている」


 それも屋台で聞いたな。


「で、北から勇者がやってくる。だろ?」

「良くわかったな」


 当たり前だ。俺とアナベルが聞いたのと一緒だよ!


「その他は?」

「貴族が……政争か何かで……分裂している……」

「ほう?」

「元老院派と……下級貴族の間で……色々あるようだ……」


 それは聞いてないな。


「たとえば……庶民が住む……西区の貴族が……」


 ハリスがチラっとアルフォートを見た。


「元老院派の……宰相によって……投獄されたと……」

「それは私も知ってます。アルフォートさんのお父上なのですよ」

「な、なんだと!?」


 アルフォートが目をく。

 空気を読まないアナベルでも黙っていたようだ。


「アルフォートさんにお聞かせするべきか悩んでいました」

「一体、どんな理由で!?」

「さぁ……何か物資を横流ししたとか何とか……」


 アナベルも歯切れが悪い。詳しい情報は知らないのだろう。


「ふむ……確かアナベルさんと初めて会った時に、西の行政官かと聞かれた記憶があるな。逮捕された日は覚えてる?」

「はい。確か……」


 アナベルが思い出そうと眉間にしわを寄せる。


「アミエルの……一九日のはずですよ?」


 アミエル月(七月)一九日。前領主の男爵が失脚した次の日。俺が王都に向かった日の出来事か。何かタイミングが良すぎるような気がしないか?


「アルフォート。君のお父上は西区の行政官なんだな?」

「そうだ。元は祖父の時代に豪商でね。金と飢饉回避の功労で子爵にまでなった。親父はその跡取りだ。俺は父が疎ましかったが、祖父からの家訓で庶民こそが国の基礎だと教えられた親父は貴族ながらも庶民派と言われていた。逮捕されるとは考えられん……」


 アルフォートの父、ヘリオス・フォン・ナルバレス子爵は永代貴族であるが、祖父の代で貴族になった成り上がりの下級貴族と言われていたそうだ。だが、元々豪商であった祖父の代から金は持っていたため、ヘリオスは貴族界で金を使い地位を確立していったという。

 そうしつつも庶民たちへの援助や便宜を図る子爵は、帝都民たちにも親しまれるような貴族だったようだ。


「物資の横流しとなると、何を横流ししたのかな?」

「さぁ……私もそこまでは知らないのですよ」


 うーん。情報が不足しているな。


「ハリス、そのあたりの詳しい情報は?」

「秘密……らしいな……公表されていない……ようだ」


 俺はヘリオス・フォン・ナルバレスを大マップ画面で検索してみる。


 帝都の東端に聳えている皇帝の居城「シンシア城」の地下にいるようだ。死んではいないな。


「アルフォート。君のお父上は健在だ。城の地下にいるようだよ」


 俺は大マップをみんなに見えるようにしてやる。


「この光点がそうだ。地下に幽閉されてるのかな?」

「シンシア城の地下は迷宮だ。何代も前の皇帝が作り上げたと言われている……そこに放り込まれたのか……」

「でも、捕まって直ぐに放り込まれた割に無事みたいだね」

「親父は一応、若い頃に軍人だったからな。私が軍人になったのもその影響かもしれない。もっとも私は魔術の道に走ったが」


 帝国では魔法兵はエリートらしいもんな。


 一応、ヘリオス氏の光点をクリックしてみる。


『ヘリオス・フォン・ナルバレス

 レベル:一五

 脅威度:なし

 ブレンダ帝国のナルバレス子爵家の当主。シンシア城地下に住む死霊ファントムたちの盟友』


 うわ。何だこれ?


 アルフォートも見ていたので驚いた顔をしている。


死霊ファントムの盟友? 一体親父は何をしているんだ?」

「良くは解らないが、お父上のナルバレス子爵は、地下でも何とか生きているようだね」

「あの親父がねぇ……」


 アルフォートも少し落ち着きを取り戻したようだ。


早急さっきゅうに救助に行きたいところだが……城に侵入なんてできるかな?」

「無理だな。警備は万全だ。魔法による侵入防御もされている」


 だよな。普通はそうだ。


 俺は大マップをり回し進入路を探す。五分ほどいじくっていると、なんと進入路を発見してしまった。


「ねぇ。ここ。地下水路が迷宮と繋がってるっぽいんだけど」


 俺が指差ゆびさすと皆の視線が集まる。


「繋がってるな」

「繋がりまくりだな?」

「繋がっているのですよ?」

「繋がっておるのう」

「繋がって……いる……な」


 となると救出可能ということかな?


「どうする?」


 俺は一応みんなの意見を聞く。


「救出するべきだろうな」

「これは神の啓示かもしれませんね!」

「ケントに従うのじゃ」

「マリスに……同じ」

「私は……どうするべきだろうか……」


 トリシアとアナベルは救出賛成派だな。マリスとハリスは俺次第か。アルフォートは自分の身内案件だから言い辛いのだろう。


「よし。救出決定だ。ここに放り込まれた罪状がどんなものかは不明だけど、本人に会って聞いてみる方が早いだろうしね」

「いいのか?」

「もし無実なら味方にしておいて損はなさそうだ。いいか、俺の世界では貴族などというものは既に力を失って形だけの名誉職だ。貴族が幾ら威張っても民衆が立ち上がったら一発なんだよ。その民衆に人気がある貴族なら助けておくに越したことはないと俺は思っている」


 まあ、フランスもロシアも革命によって王族や貴族は滅ぼされたもんだしな。ドイツは……あれは世界大戦もあって疲弊していなくなっちゃった感じだっけ? ドイツの歴史には詳しくないんだよな。


「恩に着る」

「恩返しはその働きで返してもらうつもりだよ」


 俺はニヤリと笑って応える。アルフォートは少々ブルリと震えた。


「お手柔らかに頼むよ」

「合点承知のスケ」

「のすけ?」

「そこは気にしなくていい」


 子供の頃に可愛がってくれた近所の爺さんの口癖を真似ておどけてみたが、この世界では通用しなかった。ちょっと恥ずかしい。


 となると、予定変更だ。


「それでは、午後の外交部訪問は一時取り止めだ。急だが救出作戦を発動する。迷宮はかなり広い。何がいるかも皆目わからない。なので迷宮探索の準備を急いで行う事。必要になりそうな物の一覧を作って一気に買い込むぞ」

「了解だ。楔、長い棒、水、ロープ、手斧」

「松明もですねー。スリングの石も欲しいのですよ?」

「ランタンで良いじゃろ?」

「いや……ランタンだと……壊れたら……消える」


 俺は言われるものを紙に書き出す。

 インベントリ・バッグの中身を確認しつつ、必要品リストと見比べる。


 長い棒は在庫ありますな。楔は一〇本しかない。ポーションは……この前の訓練でMP回復ポーション以外を結構使っちゃったな。


「ポーション類も仕入れたいんだが」


 在庫が不安なので提案する。


「ポーションなら、魔法学校近くに錬金術屋があるぞ」

「あ、そこ知ってますよ。でもちょっと高いです」


 ふむ。アナベルと買いに行くか。アルフォートも連れていきたい所だが……


──コンコン


 不意に扉がノックされた。みんなの視線が扉に集まる。


 俺はゆっくり扉に近づく。


「どちらさま?」

「はい。宿のものですが」


 俺は扉を少し開けて外を見る。

 そこには、宿に着いた時にいたボーイのリーダーだった青年が立っていた。


「少々よろしいでしょうか?」

「いいよ?」


 俺は扉を開けてボーイ君を部屋に入れる。


「おくつろぎの所、申し訳ありません」

「どうしたんだ?」

「実は先程、役人を名乗る者が宿に来まして」

「役人?」

「はい。なんでも外交部とかいう役所らしいのですが……」


 俺はみんなに目を向けた。みんなも俺の方を見た。


「それで?」


 俺はボーイ君に向き直り聞く。


「なんでも王国の貴族が泊まっていないかと聞かれまして。もしかするとお客さんたちかと思いましてお知らせに……」

「そうだね。俺は王国の貴族だよ」

「やっぱりそうでしたか」


 ボーイ君は少し安心した顔になる。


「実はお客さまにはお心付けを沢山頂きましたし、便宜をと申されましたので」

「うん」

「ここには泊まっていないと答えておいたのです」

「ほう」


 こいつは思わぬ援護射撃。


「やるな少年!」

「うむ。やるのう!」


 トリシアとマリスが笑う。


「で、その役人は帰ったの?」

「はい。ここではないようだと言って去っていきました」


 ハリスが窓の外の通りを窓の隅からコッソリと確認している。俺の方を振り返るとコクリと一度だけ頷く。


 外にそれらしい役人はいないということか。


「お手柄だね。この事を知ってる他の従業員は?」

「いません。私たちだけです」

「俺たちの事をこれからも外の者に秘密にしておいてくれる?」

「はい! 大丈夫です!」


 この青年は信用できそうだね。カウンターのあいつは駄目だが。


「君たちは全部で何人?」

「えーと、全員住み込みですので全部で五人です」


 俺は銀貨を五枚取り出してボーイ君に握らせる。


「みんなで分けてくれ。そういう奴がまた来た時に頼みたい」

「大丈夫です。私たちはお客さまの味方です!」

「ありがとう。これからもよろしくね」

「はい!」


 ボーイ君は新たなチップに嬉しそうではあるが、表面には出さないようにしているようだ。なかなか悪くない。


 ボーイ君は元気よく頭を下げて部屋から出ていった。


 外交部は情報早いな。やはり西門の衛兵から情報が行ったんだろうな。

 ボーイ君たちを味方に付けておいて助かったかもしれない。まだ、騒ぎにしたくないもんな。

 買い物はアナベルに任せることにして、救出作戦は夜に決行と決めた。アルフォートは当然だけど、この街の者でないチームメンバーが彷徨うろついて外交部に目をつけられると問題がありそうだからだ。

 何はともあれ、闇夜に紛れて上手く行動していこう。

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