第12章 ── 第6話

「武装神官の諸君! これから北からやってきた勇者殿とわしの戦闘訓練を行う! マリオンさまから認められた者との戦闘であるぞ! 刮目かつもくして見よ!」


 戦闘前のコレって王国も帝国も同じ文化なのかなぁ。


「さあ、勇者殿! 始められましょうな? 手加減は致しませんぞ?」

「構わないよ。本気でどうぞ」


 神官長サリウスの渾身の力を込めた左ストレートが俺に襲いかかる。


 うん、ハエが止まるね。


 俺は半歩横に移動するだけで回避する。

 神官長の握られた手が手刀に代わり、そのまま俺の首を絡め取りに来た。


 そう来るよね。


 俺はダッキングでそれをかわす。

 かわされた左腕を上手く反動に使い、右下段からのショートフックが飛んでくる。


 あ、スマッシュってやつだっけ?


 さすがに、上体だけでは躱しきれない位置から飛んできたので、右の掌で受ける。


──バシーン!


 俺の身体は受けたスマッシュで簡単に宙に放り出される。

 これ、以前にあったシチュエーションだ。


「飛燕蹴り」


 スキルが発動し、正確に神官長の顎先を捉える。


──ズゴッ!


 スキルの発動によって加速された強烈な蹴りが炸裂し神官長が宙に舞う。

 俺は華麗に一回転して床に軽やかに着地した。


──ドスン!


 俺の着地と同時に神官長が地面に落ちた。


「うぐ! 返し技だと!?」


 そうだね。今の飛燕蹴りは神官長のスマッシュの威力を乗せたカウンター攻撃だね。


 以前、拳闘士フィスト・ストライカーのポーフィックに使ったっけね。あの時はまだスキルとして発動してなかったから威力はそんなじゃなかった。今回はスキル発動なのに神官長は気絶していないね。なかなかのタフネスじゃんか。


「この聖拳士ホーリー・ストライカーに返し技を使えるとは……さすがは勇者殿か」


 なんだそれ? 聖拳士ホーリー・ストライカー? 聞いたこと無い職業だな。俺の知らないクラスが存在するのかよ。


 ドーンヴァースとの差異に少々興味をそそられる。拳闘士フィスト・ストライカー神官プリーストという感じだろうか。俺やトリシアのようなデュアル・クラスなのかもしれない。所謂いわゆる、レア職だな。


 俺の思考が違う方向にいったせいだろう。すきと見た神官長が、寝そべった所からのロー・キックをお見舞いしてきた。


 俺はヒョイと小さなジャンプで回避する。

 その刹那。俺の下に滑り込んだ神官長が両足を使って空中の俺に蹴りの連打を仕掛けてきた。


「双脚連撃!」


 神官長の左右の足が分裂したような凄まじい蹴りの連打になる。


 む。このままだとどうにもならんな。


 俺はアースラに教えられた技、威圧によるフェイントを神官長にお見舞いする。顔面に向けた正拳突きをイメージした威圧フェイントだ。


「むっ!」


 咄嗟とっさに神官長が顔面を腕をクロスして防御する。そのため足技がおろそかになる。


 疎かな足技に脅威はない。狙いの甘い蹴りの幾つかを足場として利用しバック宙する。


 攻撃が飛んでこなかったのを感じた神官長が腕を戻す。

 俺はすでに床に着地している。


「な? 今のは……?」

「なに、ちょっとしたフェイントさ」

「ふぇ……」


 うん、英語でした。


「陽動だよ」


 翻訳してやると、神官長は納得した顔になる。そしてようやく立ち上がった。


「素晴らしい……わしの知らない技ばかりだ……」

「そりゃそうだね。俺も最近教わったんで」

「ほう。勇者殿の師匠は凄い方なのだな」


 俺の言葉を聞いて神官長が感心した声を上げる。


「はーい。ケントさんの師匠は英雄神アースラさまなのですよ」


 場の空気を読まないニコニコ顔のアナベルの声が祭壇の間に響き渡る。


「なんですと……?」


 神官長は俺の顔を見ながら驚愕する。


「ということは……マリオンさまの弟弟子おとうとでし!?」


 まあ、そうなっちゃうのかなぁ……


「いや、マリオンがアースラに師事しているのは聞いただけなので、本当かどうかは知らないよ」


 俺自身少々苦笑混じりで応える。


「うぐっ」


 突然、アナベルがうめき声を上げる。


「お、いいっすね。ほーい。見てたよー」


 む、その喋り方……


「マリオン?」

「そうっす! ケント、おひさしぶりー」


 アナベルに降りたマリオンが手を俺に振る。


「いやー、見てたっすよ。アースラさんの技っすね」

「そんな簡単に降りてきていいんかよ?」

「いや、ホントは駄目なんすけどねー。ちょっとウチの子に言いたいことがあるんす」


 この場合、俺に会いに来たというより「ウチの子」……信者に何か言いに来たってこと?


「えーと、サリウスだっけ? ま、名前はいいんすけど。君、ちょっと筋肉筋肉言い過ぎっす。ケントもさっき言ってたっすけど、筋肉だけじゃ駄目っすよ」


 あ、天の啓示で俺の言葉が肯定されてる。


「戦闘は筋肉だけじゃないんす。直感力、敏捷力、耐久力、持久力、あと運もちょっぴり。いろいろと必要なんす」

「はっ! マリオンさま!」


 マリオンが降りてきたのが解ったようで、神官長が土下座参拝始めました。仏教でいう所の五体投地ごたいとうちってやつだね。


「今回、ケントとの模擬戦でいろいろ勉強するといいっすね」

「はっ! 勉強させて頂きます!」


 周囲の武装神官たちもひざまずいて聖印を切り始めた。


「凄い……勇者様はマリオンさまの弟弟子おとうとでし様だったのだ!」

「ああ、マリオンさまに出会えるなど……望外の極み」


 ギャラリーうるせえ。


「で、マリオン。それだけ言いに来たの?」

「いや、そうなんすけど……そうそう、アースラさんが神界で自慢話ばっかりでウザいっす! ケントの料理が絶品だとか! ウルド先輩が不機嫌で困るんすよねー。アースラさんにはケントからちょっと注意して欲しいっすよ。私から言うのもちょっとね」


 ああ、カレーの事かい。


「私ら肉体なくした神はいい迷惑っす。自慢されても味わえないっすから! それとまだ肉体のある他の神たちが下界に降りようと画策始めたんす。マジ神界の秩序が不味い状態っす」


 それはマジで不味いっすね。


「あ、すまんね。アースラに今度言っとくよ」

「頼むっすよ。念話でもいいから注意しておいて欲しいっす」

「りょ、了解した」


 まさか神界でそんな騒ぎになっているとは……アースラめ。後先考えろよ。

 下界に神々が降臨なんてことになると、下界の秩序もいろいろ問題ありすぎな気がする。


 そういえば、俺の念話スキルは神とも繋げられたもんな。アースラにちょいと釘をささねばなるまい。


「そんじゃ、今日はこのくらいで。ケント、またね」


 そう言うとアナベルの身体は力が抜けた。


「あら?」


 アナベルは周囲を見回している。


「みなさん、ひざまずいてどうなされました?」


 うん。いつものアナベルです。


「神が降臨なされた! 四〇〇年ぶりに!」


 土下座の神官長が感涙でベショベショになりながら言う。


「ほえー? それは素晴らしいです! マリオンさまはどちらに!?」


 アナベルはキョロキョロと周囲を見回す。


「いや、アナベルさん。君に降りてきたんだよ?」

「え!? そうなのです? あーあー、マリオンさまー?」


 自分に話しかけても駄目でしょ。


「いや、もう帰っちゃったし」

「そ、そんなー」


 アナベルがガックリと崩れ落ちる。


 気持ちは解らなくもない。信者なら尚更なのだろうけども。


「いや、本当に勇者殿は勇者であった!」

「まあ、成り行きで知り合っただけなんだけどね……」


 俺は復活したのがマリオンの神殿、いや教会だっただけなのでね。たぶん偶然です。


「我々の信仰は無駄ではなかった! 本日、この日を神の再臨日とし拝礼の儀を催す一日とする!」


 うーん。よく解らん。どれほどの事なのかサッパリ。まあ記念日みたいなものかね。


「で、続きはどうするの?」


 神官長はハッとした顔になり立ち上がる。


「マリオンさまよりお言葉を賜った。続けさせて頂きたい」


 神官長は再び構えを取る。


「そうだね。もうちょっと付き合うよ」


 俺もファイティング・ポーズを取る。


 その後、休まず二〇分ほどやり合ったが、神官長のSPが枯渇こかつしてガクリと膝を折ってしまったので模擬戦は終了した。


 神官長は最後まで俺にクリーン・ヒットを当てられずスタミナ切れといった結果でした。


「マリオンさまの……いや、勇者殿の言葉通りであった……」

「でしょう? 筋肉ばかり肥大させても、持久力なければ駄目だし、攻撃を当てられなかったらやっぱり駄目でしょ」

「これより訓練方法を少々考えるようにしなければ……」


 俺は可哀想になってきたので、少々訓練メニューを考えてやった。現実世界でもスポーツに取り入れられるようになった科学トレーニングの方法だ。


 トレーニング機器みたいのは、この世界にはないので、出来うる訓練方法を教えておいた。ただ、これは肉体鍛錬方法であって戦闘方法じゃないので、実戦形式の模擬戦は必要だとは思う。そこは変えなくていいんじゃないかな。


 何はともあれ、少々ドタバタしたがマリオン神殿での用事は全て終わった。もうお昼近いし早く宿に帰って次の計画に移らなくちゃ。全く忙しいね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る