第12章 ── 第5話

 筋肉の壁に圧迫されている身体に力を入れる。


「ふん!」


 途端に大男の身体が吹っ飛び崩れた瓦礫まで転がっていく。


「さすがケント!」


 アナベル……いやダイアナが称賛の声を上げる。

 転がっていた大男がスクッと立ち上がり、まさに破顔一笑。


「さすがは、マリオンさまがお認めになられた勇者さまだ!」


 何が「さすが」なのかはサッパリ判らない。というか、マリオンはいつ俺を勇者認定したんだよ?


「ちょっと待て。いつ俺が勇者になったんだよ?」


 ダイアナと大男がキョトンとしている。


「いつって、お前、マリオンと話したんだろ?」

「我々は北の地から魔族を倒すものありとの神託を受けたのだ、勇者よ」


 なんだ? もしかして魔族を倒すもの=勇者って発想か?


「ナンセンス。魔族を相手にするから勇者などという世迷い言は全くもってナンセンス」

「ナン? センス?」

魔法看破センス・マジックの類似魔法か?」


 これだよ。英語を魔法と間違える文化。王国も帝国も一緒かよ。


「いや、ナンセンスは放っとけ。俺は魔族を倒すためだけに帝国くんだりまで来たわけじゃないぞ?」

「そうなのか? どうなっておる巫女ミディアムエレン!?」

「ほえー? 何のことでしょうか? サリウス神官長さま」


 あ、ダイアナ逃げやがった!


「ぐっ!? アナベルに戻ったか……巫女ミディアムエレン。この者が勇者殿なのであろう!?」

「そうなのですよ? ケントさんはあのトリ・エンティルの支配者なのですよ」


 神官長サリウスが満足そうな笑みを浮かべる。


「ほほう。やはりな。勇者でないなどと冗談を言うとは愉快な勇者殿だ」


 何がやはりなのか。それに冗談じゃないんだがな。


「確かに、帝国の問題を片付けに来たのは事実だが、人々の為とか世界の為なんて大それた目的なんかじゃない。王国と帝国の友好の為だ。魔族がその障害になるなら取り払う。ただそれだけだ」


 俺は今後どう転ぶかなんてことは考えちゃいない。もしかしたら良い魔族って可能性だってあるんだぞ? そうだったら友好関係を結ぶことだってやぶさかじゃない。


「ははは! やはり勇者殿ではないか。よろしい! 今日は勇者殿を歓待しようではないか!」

「神官長~。そんなにゆっくりしていられないのですよ~」


 アナベルがまったりとした口調で言う。


「なんだと!? このめでたい日に!」

「あ、いや、午後から外交部へ行きますのでね。これでもオーファンラント王国の正式な使者なので」


 サリウスが少々肩を落とす。


「そうであられるか。仕方ないですな。我が武装神官たちに一手指南をと思ったのだが……」


 武装神官……物騒な呼称付けるなよ。英語で言うならアームド・プリーストか?


「まあ、今日はちょっと資材を分けてもらいたくて立ち寄ったんですよ」

「資材とな?」

「はーい。ちょっと板とか必要なのですよ」


 神官長サリウスは何のことだろうという顔だ。


「ま、まあ量にもよるが、少量なら問題ない」

「助かりますね。窓を一つ釘付けする程度でいいんですよ」


 表の騒ぎを聞き付けてか、崩れた壁からゾロゾロと神官プリーストらしき人々が出てきている。

 見れば、それぞれが思い思いの武具を身に着けている。重装もいれば軽装もいる。全く付けていないのも少々いるな。見た限りでは冒険者チームの神官プリースト勢といったところだ。


「資材ならあそこに積まれておるので自由に選ぶと良い」


 サリウスが指差す方向を見ると、丸太が幾つも積み上がっている。


 丸太しかないのか……まあ足場用の丸太だろうな。板に加工したものがないんじゃ、あれで板を作るしかないな。


「ではあの丸太の一つを頂きましょう」


 俺は丸太の一つをヒョイと持ち上げる。


「おお、あの身体の中にいったいどのような筋肉が!」


 そこは感心するポイントじゃないよ、神官長。


 俺は丸太を地面に置いて剣を抜く。


「魔刃剣・双牙!」


 剣を振ると、二本の斬撃波が平行に飛んでいき、丸太を縦に両断する。これで長い一枚の板が作れた。何箇所か横に裁断すれば出来上がりだね。


「凄い!」

「おお! 斬撃を飛ばす妙技だ!」

「あの方は一体何ものだ!?」


 神官プリーストたちがざわめく。


 アナベルは俺の技を見てニコニコしながら拍手している。


「うむ。マリオンさまに見初みそめられるだけある。素晴らしい戦技だ」


 この程度の技でなぁ。通常一発の魔刃剣はレベル一で放てるが、二発同時に放つにはレベル三でスキルを使えばいい。カッコいいので「双牙」って付けちゃう。ちなみに、以前使った「旋風波」は五レベルだよ。


 長い板を横にスパスパと分断する。


「勇者殿は大工要らずだな」

「ケントさんは、道具も自分で作るほどの職人さんです。料理なんかも凄いんですよ」


 お前らは世間話してないで手伝え。


 出来上がった木の板をインベントリ・バッグに仕舞い込む。


「よし、こんなもんだろうね。アナベル、俺は帰るよ」

「もう帰られるのか!?」


 神官長サリウスが驚く。いや、そこ驚かれてもねぇ。板切れが欲しかっただけだし。


「ケントさん、お茶くらい飲んでいってもバチは当たりませんよ?」


 お茶ね。確かに喉は乾いているな。一時間以上歩いたしなぁ。


「そうだね。お茶くらいご馳走になろうかなぁ」


 神官長サリウスが嬉しそうな顔になる。


「そうだな! お茶だな! 最近、良いものが手に入ったのだ!」


 神官長とアナベルの案内で神殿内に入る。


 神殿内は礼拝用というより街の道場みたいなんですけど。


 広い石畳の祭壇の間は椅子などなく、石畳のみだ。壁側は武器棚があり、模擬戦用の武器などが所狭ところせましと掛けてある。


 この祭壇の間の左手の廊下に入った一つ目の扉が神官長の部屋だ。


 神官長の部屋の壁にはナックル系の武器がズラリと壁にかけてある。どうもこの神官長は拳闘士フィスト・ストライカーっぽいなぁ。神官プリーストなのになぁ。


 暖炉には火が入っていて、そこに鉄製ポットが置いてあり、蒸気を上げていた。


「さあ、座ってくれたまえ」


 俺はアナベルと共に木製の長椅子に座る。形はソファっぽいけど、ただの長椅子だよね。


 神官長はポットからお茶をカップに注いで持ってきて俺たちの前に置く。


「我が神殿も勇者殿を迎えられて大変嬉しい。マリオンさまには感謝せねばな」

「だから勇者とか言われると困るんだけどね。俺はケントでいいんだ」

「勇者ケント殿、お茶にこれを入れられるとよろしい」


 この筋肉ダルマは人の話を聞いちゃいねぇな。


 ふと、神官長の出してきたものを見る。


 ん? これは何だ?


 白い粉で、微妙に乳製品の香りがする。


「これは?」

「これはですな。茶や水などに溶かして飲むと良い筋肉が育つのですよ」


 ぷろていーん! こいつの影響か! ダイアナが筋肉筋肉うるさかったのは!


「あ、いや。プロテインは要らないよ」

「ぷろて? いん? 何のことですかな?」


 解らず使ってるのかよ。


「これを日夜常飲することで、美しい筋肉を維持できるのですよ」


 いや、プロテインは単なるタンパク質だろ。筋肉維持や増強なんかに効果があるという医学的データは存在しないはずだが。取らないよりマシって程度だと思うんだけど。まあ、ティエルローゼでは肉が貴重っぽいので、タンパク質摂取手段としては優秀な部類ともいえるが。


「神官長、どうも筋肉至上主義に陥っているようだね」

「筋肉こそ戦闘の基本でしょう」

「いや、筋肉も重要だけど、敏捷性、持久力なども重要です」


 俺は神官長の筋肉篇重に異を唱える。


「個人戦闘はバランスが重要です」

「ばら?」


 ぐぬぬ。英語め。


「能力の均衡、平衡、釣り合い……とにかく、筋肉だけ鍛えても意味はありませんよ」

「しかし、一撃で敵を粉砕するためには……」

「当たらなければどうということはない」


 某有名ロボットアニメのライバルキャラのセリフをつい言ってしまう。


「それは聞き捨てなりませぬ。実戦で証明されると良い」

「それは賛成。ちょっと揉んでやりますよ」


 神官長が立ち上がったので、俺も立ち上がる。


 俺の戦闘理論は間違ってない。そこはゲーマーとして譲れねぇ。


 直ぐに帰るつもりだったのに、やっぱり一手指南ってことになってしまう。

 まあ、全員にってことじゃないし、筋肉至上主義の神官長だけ相手にするんだし悪くないか。

 俺と神官長は祭壇の間に向かう。ニコニコしたアナベルが後ろから付いてきた。この人はホントに天然だなぁ。

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