第12章 ── 帝都

第12章 ── 第1話

 二日後の昼前、街道を塞ぐ帝国軍が見えてきた。


 帝国軍の兵士たちの数人が俺たちの馬車を見ると、封鎖線の脇にある陣幕テントへと飛び込んで行った。

 陣幕テントから黒い制服の人物が慌てるように出てくるのが見える。

 アルベルト・フォン・デニッセル子爵だ。


 俺の馬車が帝国兵の封鎖線の前で止まるとデニッセルが馬車へと駆け寄ってくる。


「お待ちしておりました。クサナギ辺境伯閣下!」

「よく、この道を通ると判ったね」

「はっ! 数日前にリムルに入った旨をローゼン閣下よりの連絡で賜っておりました」


 あぁ、ジルベルトさんはここを通ったのか。さすがの帝国兵もジルベルト・フォン・ローゼンを通行止めには出来なかったのかもしれない。


「ローゼン閣下はクサナギ辺境伯閣下に失礼のないようにと仰せになりまして……クサナギ辺境伯閣下は、いつローゼン閣下とお知り合いに?」


「話せば長く……もないかな? 野営のために馬車止まりに止めたら、ジルベルトさんがいたんだよね」


 デニッセルはダルク・エンティルとフェンリルをチラリと見た。


「なるほど。納得しました」


 だよねー。あの人、魔法道具に目がないようだし。


「その夜、ダイア・ウルフの襲撃を受けてね。いろいろ大変だったよ」

「ダイア・ウルフですと!?」


 デニッセルが狼狽する。


「まさか……最近、馬車だけが残された襲撃事件が起きていましたが……」

「ああ、ダイア・ウルフなら心配ない。もう悪さはしないよ」


 フェンリルに目をやると、小さく頷いている。


「それは辺境伯閣下に殲滅していただけたということでしょうか?」

「いや、殲滅はしてないよ。ほら、そのフェンリルが奴らを支配下に置いたんで。もう人間は襲わないよ」


 デニッセルが俺の目線の先にいるフェンリルを驚愕の目で見る。


「ま、まさか……」

「そのまさかさ。今、ダイア・ウルフたちはフェンリルの支配下だ。フェンリルの命令なくして人は襲わない」


「ウォォォオォーン!」


 フェンリルが遠吠えを上げる。

 すると、周囲から似たような遠吠えがいくつも寒空に響き渡る。

 この遠吠えからすると、半径一~二キロ四方に展開しているようだな。


「ね?」


 デニッセルの顔はもう真っ白だ。


「では閣下の号令次第では……」


 ああ、そういう可能性を考えていたの?


「ないない。君たちを襲うメリットがまるで無い。というか、彼らは俺の早期警戒網であって襲撃用の特殊部隊じゃないよ」

「メリット……とは利点って意味でしょうか」

「そうだね。君たちは俺の協力者だ。協力者を襲っても意味はないじゃん」

「そ、そうですね……ダイア・ウルフは魔獣ですから少々心配しまして……」


 ああ、そこだよね、問題は。


「平気じゃぞ? 魔獣といっても、あのような下等なものは動物と変わらん。我のフェンリルがぎょしえないことはないのじゃ」


 フェンリルに乗ったマリスが自信ありげに胸をそらす。


「辺境伯閣下の一行の皆さまを信用させていただきます」


 デニッセルが頭を下げる。


「ありがとう。フェンリルが支配している群れは、いずれ王国に連れて行くから、俺たちが帝国を去っても安心だからね」


 俺はデニッセルに言っておく。早期警戒網は俺の周囲に展開しておかねば意味ないしね。


「そうして頂けますか!?」

「あたりまえじゃん。自分の手駒を手放すわけない」


 デニッセルはようやく安心しはじめた。


「しかし、魔獣まで手懐けるとは……閣下の手並みは凄い……」

「あぁ……俺にとっちゃ、秩序勢とか混沌勢とか関係ないんだよね。俺の周りにいて、俺の幸せに貢献してくれる者たちとは対等に付き合っていきたいんだよ」


 俺はデニッセルに視線を向ける。


「だから、帝国ともそんな関係になりたいね」


 デニッセルの目に何か確信のような色が浮かぶ。


「はっ! 両国のためにも、我ら帝国軍も協力を惜しまぬ所存です!」


 固いなー。デニッセルは固すぎ。軍人ってこんな感じなのかな?


「それじゃ、通させてもらうよ?」

「はっ! ご存分にお働き下さい! 我ら及ばずながら支援をさせて頂きます!」

「お願いするね。他の帝国軍と敵対したくないし。面倒だもん」


 デニッセルが仰々ぎょうぎょうしい敬礼を俺に向けてくる。周囲にいた帝国兵たちも指揮官にならって敬礼をする。


 俺は軽く手を上げ、その敬礼に応える。


常歩ウォーク


 馬車はゆっくりと帝都へ向かう街道を進み始める。


 俺たちの馬車が通り過ぎるまで、帝国兵たちは敬礼の手を下ろさなかった。やはり帝国兵は規律正しいな。プルミエの兵士の一部はそうじゃないのもいたけど、他の兵士は綱紀に乱れはないようだ。


 さて、夕方には帝都に到着するだろう。


 カツサンドを昼飯としたが、ここの所こればっかりだなぁ。飽きる。みんなは文句も言わないし、大喜びで食べてるけど。今度は別のものにしたいなぁ。


 馬車を数時間進めると、高い城壁が微かに見え始めた。帝都はもうすぐだ。


 帝都の東門が近づいてくると、門を警備する衛兵が慌ただしくなった。


「そこの馬車止まれ!」


 隊長らしき人物が大声を上げてきた。俺は衛兵たちの前で馬車を停めた。


「貴殿の馬車の紋章旗は帝国のものではないようだ。貴殿の所属と身分を明らかにしてもらおう」


 なるほど、ごもっとも。


「俺はオーファンラント王国、トリエン地方領主、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯である。オーファンラント国王リカルド・エルトロ・ファーレン・デ・オーファンラント陛下の勅命により、帝国への使者として遣わされた。また、この度帝国が引き起こした王国への不当侵攻を処理するにあたり国王陛下より全権を委任されている」


 俺は国王から渡された委任状を広げて衛兵に見せる。


「この意味が解るかね?」


 衛兵隊長らしい男の顔色が変わる。他の衛兵は顔を見合わせている。


「王国からの正式な使者に対し、少々無礼ではないかね?」


 衛兵隊長は見る見る顔色が白くなってくる。


「は! 失礼しました! しかし、規則でありますので馬車の中を確認させて頂きたい!」


 そのくらいは認めてやってもいいかな。といっても、中にはアルフォートしかいないんだけど。


「良いだろう。調べる事を許す」


 俺の言葉に衛兵隊長が馬車の中を覗く。


「こ、こちらの人物は……?」


 アルフォートの姿を確認した衛兵隊長が俺の方を向く。


「ああ、彼は帝国貴族、アルフォート・フォン・ナルバレスだ。帝国の侵攻に合わせ、王国領内に潜伏していたのを俺が捕らえた。彼は俺の軍事捕虜であり、今は帝国への強制送還の最中である。何か問題があるかね?」


 衛兵隊長は少々狼狽うろたえ気味だ。


「い、いえ! 何の問題もありません!」

「よろしい。では進んでいいかな?」

「はっ! どうぞ! お手数をお掛けして申し訳ありません!」


 俺は頷いて馬車を進めようとしたが、隊長にもう一度目線を送る。


「ところで……良い宿屋はある? もう夕方だし、逗留とうりゅう先を決めておきたいんだ」


 彼は何を言われるのかと思っていたようだが、俺の間の抜けた問いにキョトンとした顔になった。


「あ……はっ! この大通りを先に進みますと中央広場に出ます。そこを北へ進みますと、この帝都で最も格式の高い宿『シュタインバーグ亭』がございます!」


 中央広場の北ね。了解した。大マップ画面でも確認できた。ここか。


「ありがとうね」

「はっ! お気をつけて!」


 俺は馬車を進める。他の衛兵たちもポカーンとした顔で俺たちを見送っている。


 帝国兵と違って、規律みたいなのは緩いっぽいな。まあ規則遵守の隊長は流石だと思ったが。

 こうして、俺たちは帝都に到着した。

 俺は大通りを進みながら帝都を観察する。


 なかなか立派な町並みではあるが、王都に比べると少々見劣りするな。


 街を歩く人々も少々覇気が感じられないような……

 アドリアーナは活気あったけどなぁ。リムルは何かせわしい感じだった。街によって特色があるのかも。

 帝都はプルミエの人たちになんか似てるかもしれないな。あそこは帝国兵が威張ってたもんなぁ。


 大通りを進んだところにある中央広場はトリエンの広場に比べても巨大だった。一〇個分くらいあるんじゃないか? ちょっとした市場も開かれているようだが、軽食の出店が多い気がするね。ちょっと食べ歩きにいいかも。


 その大広場の人混みをぬって北の大通りに入る。


 北の大通りを少し進んだところが、あの隊長が言っていた「シュタインバーグ亭」だ。


 俺は宿の前に馬車を停めた。

 宿の中からボーイが数人走ってくる。


「いらっしゃいませ! 当宿をご利用でしょうか?」

「そのつもりだよ。男三人、女三人だ」

かしこまりました。馬車と馬はここに停めておいて頂いて結構です」

「へぇ……ホントに?」

「はい。当宿のものが厩舎に連れて行き、お世話させて頂きます」


 自信満々げにボーイのリーダーらしい若者が言う。


「じゃ、やってみるといいよ」


 俺は少々悪戯心が騒いでしまった。俺は御者台から降りて少々距離を取る。トリシアとマリスもゴーレムから降り俺のそばに立つ。


「できるのじゃろか?」

「無理だな。俺たちの命令しか聞かない」

「ですよねー? 私も一度乗せてもらいましたけど、一歩も動いてくれませんでした」


 アナベルがニコやかに言う。


 アナベルは馬車にも乗らず、徒歩で付いてきたんだけど疲れてないんだろうか。まあ、彼女なりの訓練法に文句はいえないんだけど。


 見ていると、ボーイたちが必死に手綱を引いているが、馬車の白銀しろがねもスレイプニルも微動だにしない。もちろん、ダルク・エンティルもフェンリルもだ。

 フェンリルに至っては、低い唸り声を発している。フェンリル担当のボーイがビクビクしていた。


「ふふふ。悪戯は終わりにしようかな。君たち、その馬たちは俺たちの言うことしか聞かないよ。無駄無駄」


 俺が声を掛けるとボーイたちが戻ってくる。


「この馬たちはゴーレムなんでね。主人以外の命令は聞かないんだ」

「そ、そうなんですね……銀色の馬なのでちょっとビックリしました」


 リーダー的な若者はまだ二〇歳前だろうか。少し幼さが残る笑顔で応えてくる。


「ま、ちょっとした悪戯だ。悪かったね」


 俺はボーイたちに銀貨を一枚ずつ握らせた。


「あ、ありがとうございます。でも少し多すぎませんか?」

「いや、いいんだ。迷惑料込みだ。多いと思ったんなら、俺たちが泊まっている間、何か便宜を図ってくれると助かるね」

「はい。お任せ下さい」


 うん。素直だね。


 俺は馬車とダルク、フェンリル、白銀しろがね、スレイプニルをインベントリ・バッグに仕舞い込んだ。


 その光景を見てボーイたちが目を丸くしていた。まあ、いつものことだね。一度見ればもう大丈夫だろう。


 俺たちは宿の中に入っていく。この宿は帝都一の格式らしいからね。どんな感じなのか楽しみ。

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