第11章 ── 第26話

 余ったカレーはインベントリ・バッグに仕舞っておいた。残ったトンカツはカツサンドにしておきましたよ。

 エマはカレーに満足したのか自身の魔法でトリエンに帰っていった。


 転移魔法が使えるようになったのか。早いなぁ。エマが帰る時にカツサンドの紙包を五個くらい渡しておいたよ。トンカツ、トンカツうるさかったからね。

 さて、転移起点装置を裏庭から回収しておくよ。これ作るの結構面倒なんだよ。



 深夜、この数日の訓練でみんなの武器や防具も大分傷んできたので補修をしますよ。

 二時間程度で全員分を直し終わった。もう深夜だよ。コンコンと音を立てていたので宿に文句いわれるかと思ったけど、何も言われなかったね。良かった良かった。


 翌日、チェックアウトと料金の支払いを済ませ、宿の裏庭でメンバーたちと馬車の準備をする。


「ご出発ですか?」


 宿の主人たちが声を掛けてきた。


「ええ。これから帝都に」

「帝都まで馬車で飛ばせば半日ですが、お気をつけ下さい」

「何か気をつけることが?」

「聞いた噂ではございますが、何やら軍が動いておるようでして。ここの所、帝都への道が規制されているとかなんとか……」


 予定通りだよ。それ、俺たちがやらせてるからね。

 大マップ画面で確認してみると、帝国軍の街道封鎖が昨日の夜までに完了していたからね。

 デニッセル子爵が、俺たちの通るリムル、帝都間の封鎖ポイントに移動している。俺たちがこの街道を通ると見越しての行動だとすると、状況予測が正確だね。


「大丈夫じゃ! 全く問題ないのじゃぞ!」

「そうだな。私たちには何の心配もいらない」


 マリスとトリシアは自信満々だ。


「例え、どんな事があろうとマリオンさまのご加護があります」


 アナベルがマリオンの聖印を握りながらお祈りポーズで応える。

 ハリスは馬車の上で主人たちに無言で親指を立てている。


「そうでございますか」

「師匠! またいらしてくれますね!?」

「師匠の料理をまた教えて下さい!」


 料理人の二人も宿の主人の後から声をかけてきた。


 あの程度で師匠扱いされるのはくすぐったいな。アドリアーナの料理人も弟子になってしまったっぽいしな。


「ああ、そのうちまた来るよ」


 馬車の準備が終わると、人目を避けるようにアルフォートがローブのフードを深く被って馬車に乗り込んできた。


「貴族さまもお達者で!」


 乗り込もうとするアルフォートに宿の主人が声をかけた。


 バレバレですかね。というか、俺たちアルフォートの使用人か部下か、はたまた雇われ冒険者だと思われていたのかも。それはそれで怪しまれずに済むから良いね。


 俺は全員が準備完了したのを確認し御者台に飛び乗る。


「それでは、みなさん。ごきげんよう」


 俺は手を振りながら馬車を出発させる。


 宿屋の人たちも名残惜しそうに手を振ってくれていた。


 一期一会いちごいちえっていうけど、こうなると何度も来る必要ありそうだなぁ……アドリアーナにも行くけどね。あそこの市場は素晴らしかったしね。


 西門へ向けて馬車は進む。途中、俺の顔を覚えていた昨日のカレー祭の参加者が手を振ってくれたので、俺も手を振っておく。



 西門を通る頃に、衛兵に声を掛けられる。


「帝都に向かうつもりか?」

「そうですが?」

「この馬車は貴族様のものだろう? 行くのは辞めておけ、軍が帝都を包囲しているという情報だ」


 衛兵たちの方が情報は正確だな。


「そりゃまた、どうして?」

「なんでも帝都で魔族が出たとか聞いている」

「魔族が暴れているので?」

「いや、そんなことはないようだが」


 ふむ。軍が追い返すためにそういった情報を流しているんだろうな。


「我々はどうしても帝都にいかねばならないんですよ」

「そうか。気をつけろ」


 衛兵は本当にただの注意喚起だけのようだね。規制しているわけじゃないみたい。でも、西門を行こうとしている馬車や人、全てに衛兵たちは手分けして情報を流しているっぽい。


 王国と比べると、衛兵も仕事熱心ですなぁ。腐ってたのはアドリアーナの役人くらいかな。他国なのでどうしようもないが、俺の領土だったら一瞬で是正してやるんだがね。


 西門を出て、一路帝都へ。


 ゆっくりと馬車を進ませる。俺たちの他に帝都に向かう影は存在しない。それどころか、帝都から来るものもいないようだ。街道封鎖が上手く機能しているのだろう。



 昼ごろになり、昼食のため路肩に馬車を止める。


 昼飯は昨日残ったカレーを使います。


「今日もカレーかや!?」

「それは重畳」

「楽しみです」

「そうか、昨日のアレか」


 みんな嬉しそうですが……


「残念! 今度はカレーじゃないんだな。昼はカレーうどんです!」

「カレー? うどん?」

胡乱うろんな名前なのじゃ……」


 それ、語感が似てるだけじゃん。


 俺は作業用のテーブルに製麺機と麺棒、材料の小麦粉、塩を並べていく。


「あれはー、ペペロンチーノの時の道具なのですよ?」


 アナベルさん鋭い!


「おお、カレー味のペペロンチーノかや!?」

「いや、全く違いますよ」


 俺は小麦粉に塩を加え、水で練っていく。結構力仕事ですが、俺の腕力は異常に高いので簡単です。本当だったら踏んでコシを出すところですが必要ないね。


 練り終わったタネを三〇分ほど寝かす。この間に具材や汁の準備をしておこう。


 以前大量に作った蕎麦つゆをベースにカレーうどんを作ります。

 通常、カレーうどんには長ネギは入りませんが、俺は入れちゃいます。カレー南蛮風の方が好きです。もっともカレー南蛮は蕎麦を使うと思うけど、そこはえて饂飩うどんで。カレーの香りで蕎麦の香りが楽しめないのは好きじゃない。同じ南蛮なら鴨南蛮で蕎麦を食べたい。


 三〇分寝かしたうどん玉を麺棒で伸ばして製麺機に掛けます。この製麺機は押し出す方式と切る方式を切り替えられるように作ってますので便利です。


 切り出した饂飩うどんに打ち粉を振る。あとは茹でるだけ~。

 すでに大鍋の水が沸騰を始めたので、どんどん、饂飩うどんを投入して茹でていく。

 一本拾い上げて口に入れてみると、いい感じのコシ具合でした。期待通り。


 火にかけた蕎麦つゆが頃合いなので、ネギや肉を投入しておく。今回は鶏肉を使った甘口カレーをベースにしたので鶏肉を追加で入れていこう。

 味見してみたらちょっと甘すぎなので、少し辛いカレー粉を投入して味を調整します。ほんのり辛いくらいが食欲をそそりますからね。


 茹でた饂飩うどんを水で締め洗いする。これでさらにコシが出ますな。うどんを大笊おおざるに載せておく。


 興味深そうに覗き込んでいる食いしん坊チーム。


「ソバとは違うな?」

「細くないのじゃ」

「パスタってやつより太いですね」


 お前ら、そのツクシ状態は既にデフォなんですか?


 いい感じに湯気がカレーのつゆの鍋から上がっている。どうやら完成したようだ。

 俺は饂飩うどんをもう一度茹で直しアツアツにする。そして茹でた饂飩うどんを器に取り分けて、その上にカレーつゆを掛けてゆく。


「よーし、完成だぞ」


 俺は食事用のテーブルを出して椅子を並べる。

 みんなが、ウキウキした感じで近づいてきた。


 カレーうどんがみんなの前におかれた。

 マリスが早速フォークで食べようとした。


「ジャスト・ア・モーメント!」


 俺の言葉にマリスの手が止まる。


「素敵用語……? なんじゃ! 早く食べさせるのじゃ!」

「ノンノン。そのまま食べると後でお母さんが大変です」

「なんじゃと?」


 俺はインベントリ・バッグから布を人数分取り出す。


「この布を前掛け代わりに付けなさい」

「前掛け? 我々は幼子ではないぞ?」


 わかってないな。


「このカレーうどん、どんなに静かに食べても、汁が絶対飛びます。それが服に付くと、そのシミは取れないのです」

「気をつければいいのでは?」


 俺は意味深な顔付きになる。


「無駄です。どんなに気をつけようと……これは呪いなのではないか……と俺は考えています」


 全員の表情が凍りつく。


「なので前掛け必須です!」


 俺はみんなに布を配り、自分の襟元にも布を押し込んで前掛けにする。


「早く食べたかったら、前掛けしなさい」


 俺は自分用のはし饂飩うどんをすくい取る。カレーのつゆが麺にからみついていい感じです。


──ずるずる


 俺は饂飩うどんすすり上げる。


「はぁ……たまらんなー。カレーときたら、次の日はこれだよなー」


 俺の幸せそうな顔を見た全員が、襟首に布を突っ込んだ。そして饂飩うどんを食べ始める。


「うお! これは!? カレーとたがわぬ戦闘力!」

「カレー味のペペロンチーノかと思っておったのじゃが別物じゃ!」

「なんかホッとする温かさです」

「腹の中から温かくなるな」

「美味い……」


 どうやら好評のようですな。寒い日は温かい食べ物が良いね。


 トリエンを出発して二四日目。

 イシュマル月(八月)も中頃まで来ている。既にこの世界では冬だ。雪などはまだ降ってないが、俺たちを通り過ぎる風は身体の芯まで凍えさせるくらいだ。


 あともう少しで帝都に到着する。こんな食事をまた取れるだろうか。

 俺はカレーうどんの温かさを味わいながら、少々不安を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る