第11章 ── 第25話
「で、どう? 進展はあったの?」
「ふふふ。あったのじゃぞ? 一緒にお風呂入ったのじゃ」
「なんですって!?」
エマがキッと俺の方を見る。
え? 風呂? アレのこと? というか、それどんな競争?
「あれはマリスが男湯に突撃してきたんじゃないか」
「そうじゃったかの? でも一緒に入ったことに変わりないのじゃ!」
エマは『やっぱりね』って感じの顔になった。君もよく解らんな。
「それで今日はどうしたのじゃ?」
「ケントが新作料理作るって言ってたから付いてきたのよ」
「おお! なるほどの! 今日のはどんななのじゃろうな?」
二人の頭の上に想像物のビジュアルが浮かんでそうだけど、それを見られるようなエスパーじゃないので、何を想像しているかは判らないが、マリスはきっと丼モノみたいなのだろうね。
さて、カレーだが、問題はカレー粉だ。これが無ければ話にならない。
用意さえできれば、あとは野菜と肉をぶった切って煮込めばいい。ちょっと乱暴に聞こえるかもしれないが、男料理なんてそんなもんよ。
アドリアーナで大量に仕入れた香辛料の数々を組み合わせれば作れるはずなのだが、問題は配合だね。これによって、カレーの味は大分違うものになるからね。
俺は作業用のテーブルを設置し、高ステータスを頼みに猛烈なスピードで試行錯誤を繰り返す。
俺好みの満足できるスパイス調合を完成させたのは、ほんの1時間程度後のことだ。我ながらビックリ速度。まあ、料理スキルがいつの間にか九レベルまで上がっていたので出来たんだと思う。ティエルローゼは、スキルにしろレベルアップのスピードがかなり早い気がするな。
普通のネトゲって基本、マゾゲーと言われる仕様が多いし、特に生産型は地獄のリピート生産があたりまえなんだけど。もしかして、ここ、ゲーム・バランス確認用のテスト・サーバ?
ともかく俺好みのカレー粉の配合は完了。俺は中辛くらいが好きなんだよね。
準備は整ったので、簡易
作業用のテーブルをもう一つ取り出して、並べて置く。新たに置いた方に大量の野菜や肉を載せていく。
野菜を切る作業は比較的ぞんざいだ。俺はゴロっと野菜が入ってるのが好きだしね。
タマネギも原型が残ってるほうが好きだな。あ、でも甘みを出すためのタマネギは微塵切りにしとこう。溶けるのと溶けないのが混じってる感じかな?
ジャガイモはアッツアツになって口の中を火傷しかねないので、溶ける仕様にしたいな。なので小さめ。
ニンジンはシッカリ煮えてないのは嫌いなので、大きさは気をつけておく。
肝心の肉類だが……鶏肉、豚肉、牛肉の三種類を使うとすると、どの辛さにどの肉を使おうかな? それともシーフードカレーってのもいいよね?
少々思案するが、シーフードは後日に回そう。それほど量があるわけじゃないからね。
甘口に鶏肉、中辛に豚肉、辛口に牛肉を使うことにする。
竈に火を入れて、鍋には水を張る。
肉を切り分けながら、
肉を炒め、野菜を炒めて順次それぞれの大鍋に放り込む。時々
そろそろ、ご飯とトンカツを用意しよう。
宿の厨房を借りてご飯を炊く。
トンカツはその間に仕上げる。出来上がった分からインベントリ・バッグに仕舞っておこう。アツアツがいいからね。
さて、そろそろカレー粉を使ったカレー・ルーに取り掛からねば……
俺があっちこっちと歩き回るたびに、宿の料理人が付いてくるのに気づいた。
カレー・ルーを作るに至って、強烈で暴力的なカレーの匂いが周囲に漂い始める。
「こ、これは……かなり香りがキツイですね」
「そうでしょ? 厨房で作るとこの匂いが付いちゃいそうだから外でやってるんだよ」
宿の料理人の一人が、話しかけてきたので答えておく。
「でも……この香りは嫌いじゃないな……」
「客が呼べそうな匂いだよな」
もう一人の料理人もそんな事を言い出す。
「カレーは美味しいからなぁ……確かに、匂い嗅ぐと食べたくなるんだよねぇ」
俺は会社帰りなどにカレーの匂いを嗅いで、急遽カレー屋に駆け込んだりしたことを思い出す。
かなりの量のカレー・ルーを用意できたので、大鍋に入れていく。それぞれのカレー・ルーの辛さは、ちゃんと調整してありますよ。
甘口にはさらに、少量の牛乳、ハチミツを入れることで甘みを
中辛、辛口にはハチミツも牛乳も入れません。深みを出すためにガラムマサラとかを少々多めに入れますよ。
さて、ここからが俺特製カレーの真骨頂。隠し味に
コクを出すためにコーヒーなんか入れると良いっていうけど、この世界ではインスタント・コーヒーは手に入らない。残念ですな。
気づいた時には、俺の周囲は人だかりになっていた。
周囲を見回すと、ウチのメンバー、宿の料理人や従業員、宿の客はもちろんだが、この宿の周囲の住人までが集まってきているようだ。総勢八〇人くらいか?
「へ? 何でこんなに集まってるの?」
俺の間抜けな問いに、宿の主人が困ったような顔で語る。
「あの……あまりにも美味しそうな匂いだと言うので、街のものが食堂に押しかけまして……ウチの料理なら出して欲しいと言われて困っております……」
ふむ。なるほどなるほど。それは仕方ないね。この猛威を振るうカレーの香りではな。
というか、これを予感していたのかも。どうもご飯が大量に必要になる気がしてたんだよ。
「まあ、いいでしょ。かなり多めに作ってるから。ここのみんなにもご馳走しよう」
「「おおおお!!」」
周囲から歓声が上がる。
しかし……マジ、ご飯足りるかな!? カレー・ルーは大丈夫だと思う。
俺は慌てて予備の簡易
「まずは、限定で二〇人から行こうか。残りの人は一時間後に来てもらえるかな?」
宿の主人と従業員たちにそう言って順番の整理を行わせる。整理券を配ってもいいかもね。
カレーの状態を確かめると、そろそろ良さそうだな。ご飯はもう厨房のは炊きあがったしね。
「よし、最初の二〇人を食堂に入れてくれ」
最初に食べるのは、俺たち七人と宿の主人、宿の料理人と従業員たち、宿の客だった。なるほど、宿の主人は先に味見したかったんだね。
俺一人で仕事するのも大変なので、宿の従業員たちにも配膳を手伝わせる。ご相伴に預かるんだから働け。
「よし、終わったな」
「ケント、これがカレーというものか? 茶色い汁で煮た肉と野菜の料理のようだが」
「そう、これがカレーだ。見た目は地味か? ご飯に掛けてあるから融合度は高いぞ?」
トリシアは微妙な顔つきだ。
「ふぬ。匂いは刺激的じゃな」
「マリスのは一応、甘口にしといたよ。大丈夫そうならお替りに別の味にしてみるといいよ」
マリスは興味津々だ。
「これが和食……」
「いや、和食じゃないな。インド料理だけど……そういやインド人は、これはインドの料理じゃないとか言ってたっけ……和食なのかなぁ……?」
「そんな事言われても知らないわよ」
そりゃそうだ。
「さあ、食ってくれ」
俺の号令でみんながスプーンを手にとった。
「ひっさしぶりのカレーだぁ!」
俺は歓喜
「うまぁ~い!」
俺の歓声にトリシアもカレーを口に運ぶ。
「お! これは……!? 何という複雑な味だろうか! まさに戦場で乱戦に巻き込まれたような混沌と……いや……戦場ではないな……酒に乱れた宴遊会のような?」
もう何言ってるのかよく解りません。
「これはうまうまじゃな! この星型のニンジンは楽しいのう!」
「良いわね。お星様なんて。私のには入ってないわ」
うん。マリス用に作ったニンジンです。それをカレーの中から探すのに苦労しました。
エマ、君のは中辛だから入ってないよ。ていうか、君二二歳でしょうが。
「はあ……この食べ物はご飯と一緒だと、程よい辛さになるのですね」
アナベルは幸せそうな顔でウットリしている。
ハリスとアルフォートは無言で黙々と食べている。宿のもの、宿の客もそうだ。まあ、そうなるわな。
みんなが三分の一程度食べたところで……
「さて、本番はここからだ!」
俺の宣言に全員の目が集まる。
「ここに取り出したるはトンカツです」
インベントリ・バッグから作っておいたトンカツを取り出す。
それをまな板の上でカットしていき、みんなのカレーの上に載せていく。
「はい。これでカツカレーになりました」
トンカツを載せられたトリシアとマリスは目をまん丸にする。
「こ、これを上に載せるだとっ!?」
「トリシア!? 戦闘力が、とんでもない事になっておるのじゃ!」
お前ら、毎回、何と戦ってるんだよ。
「カツカレー!? 何それ!? トンカツって何!?」
「これはカツカレーと言って、カレートッピングでは鉄板ですな。ご賞味あれ」
トリシアとマリスが震える手で、カレーに濡れたトンカツをスプーンですくい取る。
三人はカツを口に入れた瞬間、彼女たちの精神は天界に飛んだ。と俺には見えただけだけどね。
「ふぅ……」
「はぁ……」
「うはぁ……」
三人は
その後、食いしん坊チームは猛烈な勢いでカツカレーを食べ始める。すでに言葉はいらないってところかな。
お替りをみんなしたので、二杯ずつ食べたことになる。カレーって一食で結構な量なのに、ついお替りしちゃって、いつもより食べ過ぎじゃうんだよね。
「カレーはどうだったかね?」
俺は食べ終わったメンバーに話しかけた。
「カレー単体でもあの美味さなのに、あそこにトンカツが来るとは……思わぬ伏兵に少々食べ過ぎた」
「ケントは料理の天才じゃのう。至高のトンカツをよもやここでも使うとはの。完成された料理をさらに高める。さすがケントじゃ」
食いしん坊チームは大分お気に召したようだ。
「もう……食えん……錬金術などという言葉は陳腐だ。まさに神の奇跡」
「マリオンさまに感謝なのですよ、アルフォートさん」
「何の神でもいいが。神に感謝する」
アルフォートが神に感謝を捧げる。アナベルも一緒だ。そこまでかい。
「ビックリ箱……」
「トンカツって何なのよ!?」
ハリスはその言葉好きだね。まあ、この世界にはない料理だものね。
エマ、君はまだトンカツに
その後、第二陣が大量にやってきた。食堂には入り切らないので、宿の従業員たちは中庭に特別にテーブルを並べて対処したようだ。
総勢五〇数人もいたので、俺も従業員たちも必死に働かざるをえなかった。
そんな中、片隅に知った顔がいたせいで一食分を地面に落としてしまい無駄にしたよ。
「ア、アースラさん!? なんでここに!?」
「バカか。カレーと聞いて俺が来ないわけないだろ」
アースラさん、カレー大好きだったの? まあ、日本人はみんなそうかもな。
思わぬ神の飛び入りに誰も気づかないまま、このカレー祭は終了した。
宿の主人は涙を流しながら俺にお礼を言ってくる。大分礼金が置いていかれたようで、半分俺にくれた。しめて銀貨二一枚。お店出したら儲かりそうだな。
宿の料理人たちは俺を師匠と呼び、また料理を教えてくれと言ってくる。アドリアーナでもそんなだったな。この世界の料理人って向上心あるじゃん。なんで料理が発達してないのよ。
こうして、帝都へ出発する前夜は過ぎていった。
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