第11章 ── 第23話
翌日の朝早く、トリシアたちの襲撃で目が覚めた。
トリシアとマリスが俺のベッドの両サイドに潜り込み、添い寝の形で俺の腕をガッチリ確保。ダイアナ・モードのアナベルが俺に馬乗り。アナベルが俺の襟元を掴み激しく揺り動かすという乱暴なものだ。
「コラ。起きろや。訓練の時間だろが!」
ブンブンと身体を揺さぶられ為す術もない。両腕もガッチリ固定されているので、ムチウチになりそうになった。
「起きてるわ!」
「何か抵抗しないと寝てると思われるぜ」
「両腕ガッチリ固定されて抵抗できるならやってみろ!」
左右を見ると、マリスとトリシアがニンマリと笑っている。
「お前ら~」
「役得じゃぞ」
「ふふふ。美女に添い寝されて嬉しかろうが」
こいつらめ。最近露骨にスキンシップ求めてくるよな。
俺はまず左のマリスを腕を振ってベッドにポイと転がす。
「うわ~なのじゃ~!」
コロコロとマリスが転がっていき、ベッドの端から転げ落ちた。それほど勢い付けずに振りほどいたから問題あるまい。
トリシアの襟首を掴み反対側に投げ飛ばす。
「うおぅ! 体術か!?」
アナベルに馬乗りで襟首を掴まれているので、柔道のように腰などを使えない。仕方ないので腕力だけで投げただけだ。体術などとはおこがましいわ。
最後にアナベルだが、少しご褒美いただこうか?
アナベルのたわわな胸の果実を
「あん……な、何してんだよ!?」
はい。色っぽい声頂きました。
もっと揉みしだきたい衝動を抑えて、逆に襟首を左手で掴み、腹のあたりに右手の
ダイアナ・モードのアナベルが不思議そうな顔をしている。
俺は左手でアナベルを釣り上げ、右手で腹を押すように持ち上げてトリシアの上にヒョイと投げ落とす。
「ぐは!」
「うぐ!」
アナベルとトリシアが重なりあって
「酷いのじゃぞ。頭打ったのじゃ」
もそもそと起きてきたマリスが言う。
「ふん。訓練はこんなものじゃないからな!」
俺は
「お、お手柔らかになのじゃぞ?」
「お手柔らかで訓練になるか! ビシビシいってもらうぞ!」
少々不安げになったマリスに、アナベルの下から這い出てきたトリシアが鬼教官みたいなことを言い出す。君もビシビシの対象なんだけどね?
「お前ら……プッ……相変わらず……殺す気だな……バホッ」
俺たちの騒動で目が覚めたハリスが笑いを堪えながら身体を起こした。
堪えきれてませんな、ハリスよ。ところどころ、空気漏れてるぞ。今まで、トリシアとマリスと俺のお笑いトリオが、アナベル加入でカルテットになってしまったとか思ってんのか? もう一人、お前を加えて全員集合してやろうか!?
朝食を早々に終え、宿の主人に広い裏庭を貸してもらうことにする。冒険者の訓練と称したためか、宿の主人が興味津々で見学させてくれと言ってくる。
「見てても面白いか解りませんけど」
「いやいや、冒険者がどんな訓練をするのか興味がありましてね」
まあ、いいか。
裏庭にアルフォート以外の旅のメンバーが揃う。全員、完全武装だ。マリスの横にフェンリルがいるのが多少気になる。
「諸君。ケントズ・ブートキャンプへようこそ!」
「ぶーと?」
「ケントの素敵用語じゃな?」
馬鹿め。そんな生易しい言葉じゃねぇよ。
俺は、一時期、現実世界で流行ったあのマッチョマンのDVDを思い出した。
「では、まず基礎体力を見せてもらおうか。俺の真似をして動け」
俺は例のマッチョマンDVDを数ヶ月続けたことがあるのだ。その時の記憶を頼りにマッチョマンの動きをトレースする。
「ワンモワセ!」
単調だが筋肉に負荷を掛けるダンスのような動きを二〇分ほど続けた。
「こ、これは結構キツイぞ」
「ううう、じ、自分との戦いかよ!」
「け、結構、た、楽しいのじゃ!」
「……ご、拷問……か?」
三〇分経過。アナベルが最初に音を上げて倒れた。続けざまにハリスが崩れ落ちる。
二人がバタリと倒れたが、まだ終わっちゃいない。
「ま、まだか!?」
「ま、まだみたいじゃぞ……?」
「ワンモアセ!」
そして四五分経過。座って見ていたフェンリルにマリスがフラフラともたれ掛かって動かなくなった。
「も、もう駄目なのじゃ……」
「くっ! もう私だけか……孤軍奮闘か……」
トリシアも相当、息が荒くなっている。
「ワンモアセ!」
一時間経過。通常のペースの二倍の速度に良くついてきたと言いたいところだが、さすがのトリシアもとうとう力尽きる時が来たようだ。
「う……はぁはぁ……ま、負けるか……」
そんな強気な発言も虚しく、トリシアが力尽きて地面に転がった。
「ワンモアセ!」
俺は全員倒れても続けた。一人でさらに三〇分ほど続けたところでようやくダンスを止めた。
「なんだ。みんな、だらしがないぞ」
俺は、
「ケント……お前は化物……か?」
「さすがはケントだな……」
「ふにゃ~。もう駄目なのじゃ……」
「死ぬかと思ったぜ……」
各人が好き放題言っている。まあみんな、SPバーほとんど消費したからな。もっとも俺のSPバーはまだ三分の一ほど残っている。
「持久力がまだまだだな。後方支援のハリスとトリシアはともかく、マリスは持久力が足りない。壁役としては物足りないぞ?」
小さい身体であれだけ持てば
「そ、そうじゃな! 我は
「その通りだ、マリス。お前は攻撃力に
「おう! なのじゃぞ!」
「続いて、アナベルだ。アナベルは
「き、筋力は!?」
「筋力度はいらんだろ。
「でぃー・ぴぃー・えす?」
くそ、英語は駄目か。
「ダメージ・パー・セカンド。これは俺の国の言葉で……『瞬間火力』とでもいうかな。一秒でどれだけ敵に損傷を与えられるかの目安としてある言葉だ」
「要らないのか? 私は一人旅もすることがある。襲ってくる敵は殲滅したいぞ?」
「全然必要ないとは言っていない。ある程度あればいいんだ。命中率もダメージも魔法で
「ダメージとはさっきの『火力』のことだな? そうだな。『
ふむ。ティエルローゼにもあるのね。神が実在している世界だし当然か。
「だろ? それよりも回避力や継戦能力を上げる方がアナベル的には戦えるだろ?」
「承知した」
うむ。素直でよろしい。
「さて、ハリス」
俺はまだ、グッタリしているハリスに向き直る。
「ハリスはどこを目指しているんだ?」
俺の言葉にハリスが面食らう。
「目指している……とは?」
「お前は、どんな冒険者になりたいかと聞いているんだ。要は冒険者として行き着いた姿だな。トリシアを
ハリスの顔が固まる。目指していた目標を否定されたようなもんだ。だが、これはしなくちゃならん事だ。いつまでもトリシアを目標にしていたら一流にはなれないだろう。いつか自分の道を歩まねばならない。
とか、偉そうな事言ってるけど、キャラクターとしての最終ビジョンを早いうちに確立しておかないと中途半端なキャラクターになってしまうもんだよ。これネトゲの常識。
「俺は……影から……守りたいものを……守る……そんな冒険者に……」
「はい。ハリスは忍者コースで決定だな!」
「ニンジャ!? ハリスはニンジャを目指すのかや!?」
外野のマリスが反応する。なんかフェンリルもウォンウォン言ってる。自動翻訳機ないとサッパリワカラン。
「忍者……とは?」
「ニンジャはじゃな!」
マリスが俺から聞いた忍者伝説を
聞いていたハリスの目がどんどん輝いていく。
「と、超絶素敵超人な職業なのじゃぞ? 我もなれたら天にも登る思いなのじゃがなー」
「
流石に無理。
「で……どうやったら……?」
「ハリスは
「
「うん。その
俺は忍者になるための条件を思い出す。必要能力値は直感度、器用度、敏捷度の三つだ。これが一定以上必要だ。それと
「最低条件は……揃っている……ということ……か」
「そうだな。あとは直感度、器用度、敏捷度を上げる。
ハリスは考え込むような感じだが、目には決意の色が浮かんでいるように見えた。
自分で勧めておいて何だが、ハリスは
「最後にトリシアだが……」
「私の番だな! さあ助言をくれ!」
「トリシアはそのままでいいね。欠点ほとんどないもんな」
「うっ! 私には助言はないのか……」
トリシアがガックリと膝を折る。
うわ!? トリシアのこんな姿初めてみた! そんなにアドバイス欲しかったのかな?
「ト、トリシアには以前、
「強いて言うなら!?」
「
「
「そうだな。
トリシアは真剣な顔で俺の話を聞いている。
「だから、誰かが補うところがない。通常、冒険者チームって、職業ごとの欠点を補いつつ編成するだろ? 戦闘においては
「すると、私の訓練……今までの訓練に
「そうだね。弓に
トリシアはちょっと考える。
「以前、私の冒険者チームを組んでいた時は、前衛はマストールがいたからな。基本的に後衛での支援攻撃を考えていた」
「そうだろ? 今のチームでも、その役割で行動してるよね。俺のチームでもその立ち位置は重要なんだよね。俺は前衛だからね。全体を把握しずらいんだ」
トリシアは俺の顔をじっと見つめてくる。
「私に司令塔をやれと言うのか?」
「そうだ。
「そうか。了解した。だが、リーダーはケントだ。これは
司令塔がリーダーを兼任って価値観があるのかな? 音楽バンドでいうところのヴォーカルがリーダーみたいな? でも、ヴォーカルじゃない人がリーダーのバンドも多い気がするよ。
「司令塔がリーダーである必要はないからね。そこは俺がリーダーでいいよ。引き受けた」
トリシアが安心した顔になる。
その後、各メンバーの訓練メニューを考えたり、連携プレイを実戦してみたりと訓練を続けた。
見ていたはずの宿の主人は「ワンモアセ!」の段階で退屈したのかベンチで居眠り。まあ、仕方ないよね。
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