第11章 ── 第22話

 アースラの流れるような剣技の切れは、俺が昔みた戦闘動画を遥かに越えていた。


 剣が襲ってきたと思ったら剣自体が牽制で足や手による強打が来たり、牽制だと思って他を受けようとしたら剣が本命だったり……

 虚実入り混じり、さすがの俺も頭が混乱してきたが、一時間ほどやりあってアースラの身体のりきみや目線で、その真偽が分かりかけてきた。


 それから二時間。さすがにあちこち切り傷、擦り傷、打撲などでHPが半分くらいまで減ってしまった。スタミナも一割切った。


「ぜぇぜぇ……」

「ふう。このくらいにしておくか」


 何度か、アースラに付いていけるようになってきたのだが。


「さすがオールラウンダー。俺も時々冷や汗をかかされた。かなり驚いた」


 少々肩で息をする程度のアースラが俺をめている。


「ぜぇぜぇ……褒めて……はぁはぁ……るのかな?」

「当たり前だ。レベル七〇台が俺に付いてこれると思うか? 一〇〇人いたって無理だ。それをお前は付いてきた。驚愕以外の何ものでもない。お前がドーンヴァースを始めた頃から気にかけてみてきたが、これほどとはな。いや……ここに来てから変わったのかもな」


 俺がドーンヴァースを始めた頃から?


「あっちの頃から……? 記憶にないが……」

「そうだろうな。ドーンヴァースで会ったことはないからな。お前は知らなかったかもしれないが、ある裏掲示板にはお前の動向をずっと監視している連中がいたんだよ。お前をドーンヴァースから追い出そうとしている連中がな」


 それは初耳です。どんだけ恨まれてたんだろ。


「で、そいつらが徒党を組んでお前をPKする計画が何度も持ち上がった。毎回、俺と俺のクランで潰してやったけどな」

「それなら、クランに入れてくれれば良かったのに」

「それは甘えだな。そんな甘いやつは俺のクランには入れるつもりはなかったからな」


 厳しすぎです、アースラさん。俺はソロで必死に頑張ってたんだし、フレンド登録くらいしてくれればいいのに。


「ま、結果オーライだな。これだけ対人戦闘ができれば、あの魔族にも勝てるだろう。多分、余裕だな」

「それならいいんだけど」

「大丈夫だ。ヤツは魔法主体だ。接近戦に持ち込めれば瞬殺だろう。さっきお前が使ってた魔刃剣か? あれは使える」


 お、剣圧飛ばすあのスキルは有効か。そういった攻撃は魔法でも出来るけど、魔法主体の敵って大抵耐性が高いからな。物理攻撃を飛ばせるのは確かに有効なのかも。


「しかし、まさかお前がティエルローゼに転生してくるとは思わなかったな。マリオンから聞いてかなり驚いた。お前、イルシスとも仲良いらしいじゃないか」


「ああ、あののほほんとした感じの」

「イルシスの手の者を手助けしたらしいな。今、神界でもお前の話で持ちきりだ」


 そうなの? 下界じゃトリシアの方が有名だから実感わかないんですけどね。


「ティエルローゼは何人プレイヤーが転生してきたのかな? その中じゃ俺は最弱な気がするけどなぁ」

「転生者は俺が最初だな。その後は三人だ。シンノスケとタクヤ、そしてお前だ」

「シンノスケって魔神だったっけ……?」

「あいつは悲しいヤツだ。悲しみと怒りを爆発させてしまった。あいつを擁護ようごするつもりはないが、この地の人間が仕出かしたことを考えると、人間も擁護ようごできんがな」


 シンノスケに一体何があったのだろう?


「ま、既に過去の話だ。今の下界なら問題ないだろう。あの出来事を教訓にできねばティエルローゼから人間がいなくなる方がいい」


 アースラも語りたくないほどの何かがあったようだな。その出来事でシンノスケは魔神と化したのか。


「さて、俺はそろそろ戻らねばならん」


 アースラは立ち上がる。


「いいか、気をつけろよ。あの魔族は人心を掌握しょうあくすることにけている。魔法によってだがな。惑わされるな。魔族を倒す事が最優先事項だ」

「了解だよ……また会えるかな?」


 アースラは俺に振り返る。


「機会があればな。今回のような機会が何度も来ては困るけどな」


 アースラが苦笑を漏らす。


「そうだね。こんな機会が何度もあるわけないか」


 アースラは肩をすくめると背中を向けた。


「それじゃまたな、ケント」


 アースラが光に包まれ、一瞬のうちに空へと消えていった。

 アースラが消えた公園のベンチに俺は座り込んで、空を見上げた。


「またな……か」

「何が……またな……なんだ?」


 いきなり後ろから声を掛けられて、ビクッとしてしまう。

 慌てて振り返ると、ハリスがそこにいた。


「ハリスか。ビックリさせるなよ」

「何が……あった!?」


 振り返った俺が切り傷、擦り傷、青タン状態なのでハリスが驚いたような顔で言う。


「少々手荒な訓練をしてたんだよ」

「訓練……?」

「ああ、神様とな」


 ハリスは一瞬ビックリした顔をしたが、頭を横に振りながら冷静さを取り戻そうとした。


「相変わらず……ビックリ箱……だな」

「時々いうね、それ」

「ふふふふ……」


 ハリスはおかしげに笑いながら俺の隣に座る。


「どう……だったんだ?」

「凄かったな。俺の憧れの人物だけはある」

「ケントの……憧れ?」


 ハリスが聞き返してくる。


「そうだ。俺がこの世界に来る前のな。アースラ・ベルセリオス。彼は最強の剣士ソードマスターだったんだ」

剣士ソードマスターか……」


 俺が見つめる空にハリスも目をやる。


「アースラ……邪神カリスをほふりしもの……」


 ハリスも知っていたか。


「彼は俺と同じ世界から来たんだ。いつの間にか神になってたみたいだよ」

「ケントも……?」

「いや、俺は人間さ。そう簡単に俗世を捨てられるかよ。まだまだ俺の知らない冒険が待ってるというのに」


 ハリスはホッとした表情を浮かべる。


「そう……だな……」

「そうさ」


 既に傾きかけた冬の太陽が、ささやかな温もりを俺たちに感じさせる。



 夕方、ハリスと共に宿に戻る。


 宿の入口から入ると、鋭い視線が俺に突き刺さる。


「あ、ただいまー」


 俺は宿の食堂の椅子に座ったトリシアとマリスにニコやかに声を掛ける。


「どこに行っておったのじゃ。浮気か!?」

「痣だらけになるような浮気は俺はしたくないなぁ」


 浮気と言われて俺は肩をすくめる。


「ケントがそれほど傷つくとは……相手は一体何ものだ?」


 トリシアは相手の事が気になるようだ。


「神だ……英雄神アースラ……」


 え? アースラは英雄神なの!? まあ、アースラは俺の英雄だし、問題ナッシングだけどね。


「は!? アースラ!?」


 トリシアが驚愕する。


「はーい。アースラ神さまは、マリオンさまのお師匠なのですよ?」


 アナベルが手を上げて衝撃の事実を語る。


「マジで!?」

「マジなのです」


 ということは、マリオンは俺の姉弟子!? うーん。アースラ……スケールでけぇな。この分だと、ウルドと神界で喧嘩仲間とかになってそうだな。ありえるから怖い。


「はぁ……毎度ケントには驚かされるな。よもやアースラ神と訓練とは……」


 浮かしかけた腰を落としたトリシアが脱力している。


「俺も色々とビックリしたけどね。まあ、お陰で戦闘というものが、より解った気がするよ」

「ほほう……それはそれは……是非一手指南をしてもらわねばならんな」

「我も! 我もケントと訓練したいのじゃ!」

「あ? それは見過ごせんな。私も一手頼もうか」


 トリシアが言い出すと、マリスまでもが……というか、一瞬でダイアナ・モードになったアナベルもかよ。


「今日は勘弁してくれ。流石に今からは、マジ勘弁」


 俺の疲労ぶりや傷の状態から察して欲しいんだが。


「仕方ないな。今日は諦めよう。なんなら私自ら介抱してやろうか?」

「ずるいのじゃ。介抱なら我もするのじゃ」

「戦闘以外に興味はない……あら?」


 介抱は必要ないと思います。あ、ダイアナ・モードから元に戻ったか。


 その後、宿で食事を取り、宿の共同浴場でハリスに背中を流してもらう。

 途中、マリスが男湯に突撃してきて、それを追ってトリシアとアナベルが来たため、他の男性客が前を隠して浴場から逃げ出した。

 宿の主人にしこたま怒られて、俺は平謝りだ。


 そんなドタバタも楽しい冒険ライフと言えなくもないかな。この日常を壊そうとしている魔族は放っておけないよね。まあ、本当に壊そうとしているかは知らないけど。


 とにかく、帝都についたら対峙することになるだろう。何が目的なのかはその時に解るに違いない。その時までにパーティの底上げはしておくべきかも知れない。

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