第11章 ── 第21話

 次の日。

 宿を出るのに苦労した。トリシアやマリスの目があり、なかなか外出するのに手間取ったわけだ。フェンリルもマリスの命令で俺を夜から監視していたようだが、製作者権限で解除した。


 宿を出られたのは昼近くになってからだ。ちょっとしたスイーツを作って食いしん坊チームの目をそちらに向けさせて、コッソリと抜け出した。ちなみにスイーツはアイスクリームだよ。


 イーサルとやり合った公園はマップ機能の登録リストに入れておいたので迷うことはない。

 ふと見ると青い光点が一つ付けてきているのが解る。クリックするとハリスだ。護衛のつもりかなぁ。


 公園に付くと、ベンチにイーサルが足を組んで座っていた。


「若いの、よく来たな」

「逃げる性分じゃないんでね。それより、貴方はプレイヤーじゃないの?」

「さあ、どうかな」


 プレイヤーと聞かれて、その答えじゃ隠してないのと一緒だけど。


「なんで、俺がオールラウンダーだと知ってるんだよ。それがその証明だと思うけど」

「そうかもな。さてと……長話は好きじゃない。早速始めるか」


 周囲は昨日と同じだ。いきなり人の気配が消える。さっきまでの喧騒けんそうが嘘のようだ。

 ハリスを示す青い光点がこの公園に辿たどり着く前に、あらぬ方向に進み始めているのが見えた。

 やはり何らかの移動阻害か認識阻害効果が一帯に掛かったようだ。


「仕方ないな。俺も本気で掛からなくちゃな」


 俺は剣を抜く。

 イーサルはニヤリと笑うと、例の曲剣を軽々と抜いた。


「そう。本気でやらなければ成長はない」


 あの重圧が俺を襲う。周囲の空気が一瞬で個体になったような感覚。俺の人生でもこういった感覚は記憶にない。冷水をぶっかけられたように汗が吹き出す。


 このままでは……


 俺はオカルトとかスピリチュアルとかは信じていないが、漫画とかは好きだ。バトル漫画とかに良く出てくる、気やオーラとかを手に集中させてエネルギー弾を飛ばすのなんて憧れの技だ。そんな主人公たちにアイデアを頂いてみようか。


 俺は自分の剣に意識を集中する。そして、剣に気やオーラといったエネルギーが集中するのをイメージする。

 

 剣の先がほのかに光り始めたような気がする。

 俺は渾身の力を込めて、剣からそのエネルギーを放出するようにイメージした。


「破ッ!」


 俺を取り巻いていた戒めがガラスのように破壊された感じがした。途端に俺の身体は自由を取り戻した。


「やれば出来るじゃないか。いいぞ」


 イーサルは何故か嬉しげに笑う。曲剣は構えたままだ。


「はぁはぁ……」

「よし、次の段階だ」


 イーサルは曲剣を右水平に構える。横薙ぎの構えだ。


 俺の危険感知スキルが、俺の右側からの危険を感知する。左から襲ってくる横薙ぎより遥かに危険な反応だ!

 俺は慌てて、右に剣を振り刀身による防御「受け流しパリー」スキルを発動。

 しかし、右からは何も来ず、イーサルの左の曲剣が俺を襲う。

 俺は慌てて回避スキルを発動し、後方に飛んだ。

 イーサルの右横薙ぎが俺の眼の前を通り過ぎる。


「ふむ。筋はいい。だが、やはり経験不足だな」

「こんなハチャメチャな経験はしたこと無いよ……」

「お前は目からの情報、身体からの情報の処理が下手だな」


 何を言っているのか解らない。


「左右の攻撃を真と捉えて、結果、その回避だ。実戦なら無駄な動きだぞ」


 どちらも真とはどういう意味か。


「なるほど。お前は実践派というより理論派か。言葉でまず説明するべきか」


 イーサルは俺の困惑を見て取ったのだろう。剣を下ろして思案顔になる。


「いいか。昨日と今日の技だが」


 グワッと最初の重圧が襲う。


「これはお前も持っている威圧スキルのようなものだ。俺のはスキルじゃなく本物の威圧だがな」


 イーサルは直ぐにその威圧を解く。


「威圧は相対する敵にデバフ的な制約を課すが、目で見えるものじゃない。わかるな?」


 俺は無言で頷く。イーサルと対峙した時に動けなくなったのは、この威圧効果だったようだ。それにしても凄まじい威圧だな。とてもレベル一〇だとは思えない。


「そして今度はこれだ」


 俺の頭上に危険感知スキルが反応した。慌てて剣で受けようと頭上をガードする。

 しかし、何も襲ってこない。


「どうだ? これは威圧を応用したフェイントだ。本物の攻撃と勘違いするだろう?」

「ビビった……攻撃がくると思った……」

「これは現実世界の格闘技でもよく使われる技だ。ボクシングや空手でも身体の動きや目線などで敵の行動を誘導するのに有効だな」


 ボクシング……空手……やはりイーサルは転生者で間違いなさそうだ。


「聞いてるか? この威圧によるフェイントを戦闘に織り交ぜれば、さっきのような左右同時攻撃を相手に錯覚させられる」


 さっきの左右から攻撃が来る感覚を実践で見せるイーサル。


「この時、左。お前から見たら右か。この威圧によるフェイントに高く割り振ると、右からの攻撃をより脅威に感じさせられる。そしたら左からの剣を軽んじるだろう? お前はどっちも警戒して回避していたがな。お前は目がいいから回避に移れたが……」


 イーサルは横薙ぎ体勢から踏み込んできた。

 俺の首筋に曲剣の刃が来ていた。


「技へ変化を加えれば、さっきの回避は一瞬で無効化できる」


 寸止めされた刃がギラリと日を浴びて光る。


「技を途中で変化させるなんてことは、剣でも拳でも当たり前の技だ。気をつけることだ」


 言っていることは解る。現実世界の格闘技経験をティエルローゼに持ち込んでいるんだろうな。


「でも、俺は現実世界で格闘技の経験ないんだよ」


 イーサルは剣で肩をポンポン叩きながら苦笑する。


「そりゃそうだろうな。だがお前はオールラウンダーだ。実技経験がなければスキルで覚えればいいだろ。なんせスキル習得数、無限だろう?」


 オールラウンダーのスキル詳細まで知っているのか。


「ここに転生してきて解ったけど、何度かイメージして習得したい技を実践するとスキルを獲得できるみたいなんだよね。頭の中でカチリって音がするんだ」

「俺はもうスキル習得数が頭打ちでね。新たなスキルの習得を経験したことがないからわからん」


 スキル習得数が頭打ち? 一〇レベルで? ありえないだろ。


「だがな、ケント。ドーンヴァースのシステムが全てじゃない。俺はこの世界に来て、それを学んだ。時間と努力でスキルなしでも似たようなことが出来る。そこは現実世界でも一緒だ」


 やはり転生者だ。イーサルはプレイヤーに間違いない。


「同じ転生者に出会えて嬉しいな。俺の知らない事を色々教えてくれ!」

「ふふ。俺はそのためにここに来たんだ。まずは戦闘をモノにしてもらわねばな」


 イーサルは渋めの顔を歪めてニカッと笑う。


「では、続きをやろうか。さっきの事を念頭に俺と打ち合ってみろ」



 それから数時間、イーサルと真剣で打ち合う。段々とコツが掴めてきた。

 威圧スキルを先鋭的に使うことで相手の行動を誘導したり、逆に制限したりする。これは戦闘ではかなり有効だ。

 そういえば、アドリアーナで役人を気絶させたのも威圧スキルだったし、これは便利だな!


「信じられんな。お前、筋がいいなんてもんじゃないぞ」


 必死にイーサルの動きを追っているうちに、イーサルとある程度打ち合えるようになってきた。


「あんたの教え方が上手かったんじゃないか?」


 やっと休憩時間になり、イーサルとベンチに座って水分補給を行った。


「いや、お前はセンスがいい。レベル一〇〇の俺とここまで打ち合えるとは思わなかったぜ」


 俺は一瞬動きが止まる。


「一〇〇レベル……?」

「あぁ。俺は一〇〇レベルの剣士ソードマスターだ。お前、レベルいくつだ?」

「七二……」



 イーサルが驚いた顔になる。


「七二でこれかよ! はははっ! こりゃめっけ物だ。こりゃいい! ははははは!」


 イーサルは何が可笑しいのか大爆笑だ。


「よし、最後の仕上げだ。次は俺も本気を出すぞ。まあ、殺さないように気をつけるが、心しろよ」


 イーサルは立ち上がる。立てかけていた曲剣を拾い上げると、素振りを始めた。

 その動きは流れるような連続攻撃。

 複数の敵を想定したシャドーボクシングといった動きに俺は目を奪われる。


 その動きは流麗かつ大胆。


 何となくどこかで見たことがある……


 俺は必死に記憶を探った。

 思い出そうとしていた俺の顔が、段々と目が見開かれていき驚愕したものに変わる。


「ま、まさか……もしかして……アースラ……ベルセリオス?」


 剣を振っていたイーサルが動きを止めて振り返った。


「今頃気づいたのかよ」


 イーサル……いや、アースラがヤレヤレと言った感じで肩をすぼめる。


「で、でも……確か邪神と戦ったとか……」

「ああ、もう三〇〇〇〇年以上前の話だな」


 俺は驚愕して言葉を失う。


「今じゃ、神界で神どもの一員だよ。面倒なことだ」


 アースラは邪神カリスを倒し神になっていたのか!? さすがアースラ……


「今回、下界に来たのは魔族のせいだ。今までのお前ではあの魔族に勝てそうになかったからな」


 アースラは曲剣をピュッと振りながら言う。


「あいつはお前よりレベルが高い。普通は神として下界のものに手を貸すのはご法度だが。魔族が関わっているからな。特例だ」


 アースラは俺を鍛えるために神界から降りてきたのか。直接倒してくれれば楽なのになぁ。


「俺が直接手を下すのは駄目だぞ。そういう決まりだ。良くは解らんが、ウルドがうるくてな」


 ウルド? 軍神ウルドのことか?


「ウルドって軍神の?」

「そうだ。あいつ神界のナンバー2の癖に口煩くちうるいんだ。土方歳三の話なんかするんじゃなかったな。最近では『鬼の副官』と自称してんだぜ?」


 なんだそれ? 神界の今のトレンドは新撰組ですか?


「無駄話してても仕方ないな。始めようか」

「了解だ。よろしく頼む」


 俺はベンチから立ち上がり、アースラの前に立つ。あのドーンヴァース最高のPvPチャンピオンとの手合わせだ。俺は心の底から歓喜の念が湧き上がってきた。

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