第11章 ── 第20話

 夕食のため、宿の食堂へと降りていくと、トリシアとマリス、アナベルの三人が一つのテーブルを既に占領していた。


「おーい、こっちじゃぞー」


 マリスが元気に手を振って俺とハリスを呼ぶ。

 アルフォートは帝都が近づいたせいか、自分の個室から出ようとしない。後で何か食事を持っていってやらないとね。


「よっ! 早いな!」


 俺は昼の事もあって食事って気分でもなかったが、皆に心配を掛けることにならないように、平静を保とうと降りてきていた。ハリスには本当のことを知らせたけど、皆には内緒だと口止めをしておいた。


「ん? どうした?」


 トリシアがそう俺に聞いてくる。


「え? 何でも無いけど?」


 トリシアがジッと俺を見つめている。


「なんじゃ? 微妙にいつもと違うのじゃ」


 え? 何にも変わってないはずだけど……?


「何か隠しているな。間違いない」

「そうじゃな。目が泳いでおる」


 目かよ。別に泳いでなんか……


「別に何も変わらないよなぁ。ハリス?」


 俺はハリスに目を向けて同意を求める。


「ん……まあ……たぶん……な」

「ふーん」


 ハリスの曖昧な同意の仕方にトリシアが疑いの晴れない相槌を打つ。

 俺は無理やり笑顔を作って椅子に腰掛けた。


「さーて、今日の夕食は何かなー?」

「やっぱり、何か変なのじゃ」


 マリスはまだ何かを疑っている。


「ふふふ。男には誰にも言えない秘密があるんですよ、きっと」


 ニコニコ顔のアナベルが意味深な事を言う。


 しかし、トリシアとマリスは、何となく俺の異変に気づいてしまったようだ。


 女のカンはあなどれないな。浮気をしたら即行バレたとかいう話をよく聞くもんな。まあ、俺の場合、浮気じゃないが。というか、彼女らと恋人じゃないし、気にするポイントじゃないけどね。



 食事が終わってみんなで部屋に戻る。

 階段を上がり、俺とハリスの相部屋に入ろうとした時、トリシアが後ろから俺とハリスを部屋に突き飛ばした。

 俺とハリスはもんどり打って部屋に転がり込んだ。


「な、なんだよ!?」


 俺は立ち上がろうとしつつも、部屋の入り口を見ると、トリシアとマリスがズカズカと俺たちの部屋に入ってきた。その後ろからニコニコ顔のアナベルがそっと入り、部屋の扉を閉めている。


「さて、聞かせてもらおうか?」


 トリシアが、まだ立ち上がっていない俺たちの前に仁王立ちだ。マリスもトリシアの横で彼女の真似をしている。


「吐くのじゃ!」


 うわー。強硬手段に打って出てくるとは思わなかった。


「いや、別に何も無いけど……なあ、ハリス?」


 ハリスは無言で肩をすくめてみせる。


「そうか、喋る気がないか。よし、マリス。行け!」

「おう! なのじゃ!」


 マリスがニヤニヤしながら俺ににじり寄る。な、何をする気だ、マリス。


「ふふふ。観念かんねんするのじゃぞ!」


 マリスが手をワキワキさせて、俺へと迫る。


「こうじゃ! コチョコチョコチョ」

「ぶ!? うわ! や、やめろぉおぉぉ」


 マリスは小さな手で俺の鎧の隙間から、俺のウィークポイントである脇腹を攻め立てて来た。


「ふふふ、我はケントの弱点を知っておったのじゃ! 隠しても無駄なのじゃ!」

「ぎゃははは。マ、マジで勘弁! うぐぐ! うははは」


 マリスは不意にくすぐるのをやめる。


「はぁはぁはぁ……」


 俺は息を荒くしてマリスたちを見上げる。


「どうじゃ、我の必殺のコチョコチョ攻撃は!?」


 マリスは拳を腰に当てて得意げなポーズだ。


「その弱点は私も知らなかった。やるな、マリス」

「そうじゃろ? 伊達にケントにまとわり付いていたわけじゃないのじゃ。トリシアも今度、ケントと二人っきりになったら試してみるとよいぞ?」

「ああ、是非そうさせてもらう」


 おい、二人とも。何、不穏な事を言っているんですか?


 トリシアが俺に向き直る。


「さて、吐く気になったか?」

「吐けったって……別に何も……」

「やれ! マリス!」

「おう!」


 くすぐり地獄はその後三〇分以上も続き、さすがの俺も音を上げた。


「わ、わかったよ! 話せば良いんだろ! マジ、もうヤメテ」

「最初から素直になればよいのじゃ! でもちょっと面白かった」


 マリスは顔を上気させつつも満足げな顔だ。


「ちょっとマリスが羨ま……いや、なんでもない」


 トリシア。俺には聞こえたぞ。それがどういう意味かワカランが。


「なんか、ちょっとエッチだったのですよ」


 アナベルが顔を赤くしてクネクネしてた。エッチってなんだよ。くすぐられてただけだろ。


「で、何があった。正直に話せ」


 仁王立ちポーズのトリシアは容赦がないな。


「一人で街を歩いてた時だ……」


 俺はイーサルと名乗る剣士ソードマスターとの出来事を皆に話す。

 話しているうちにトリシアたちの顔色が変わってくる。


「バカな。ケントが手も足も出なかっただと? ありえん」

「私も信じられないのですよ。ケントさんはとてもお強いのです」

「なんじゃ? まだ嘘を吐くつもりかや?」

「いや、ホント。マジなんだって!」


 マリスが手をワキワキさせてにじり寄ってきたので、俺は真実だと必死に弁明する。


「どうも、本当のようじゃぞ?」


 マリスはトリシアを見上げながら顔を曇らせる。


「信じられんがな……そいつの特徴は?」

「俺のみたいな草臥くたびれたブレスト・アーマーに革鎧。両手用の曲剣、マントや服は黒色だったな。黒のロン毛の無精髭だ」


 トリシアが腕を組んで考え込む。


「ケントが前に言ってたマップの検索で居場所をつきとめるのじゃ!」


 おいおい。お礼参りでもするつもりか? でも、ヤツの居場所にはちょっと興味あるな。


 俺は大マップ画面で『イーサル』を検索する。

 検索結果に呆然とした。どこにもピンが立たない。


「おかしいな」

「どうした?」

「いや……検索に引っかからないんだ」

「どういうことなのです?」


 例えば、クリストファを検索すると、トリエンの街まで自動的に画面がスクロールして、俺の館の所にピンが立つ。距離が離れていてもその場所にピンが立つわけだ。


 イーサルは検索してもどこにもピンが立たない。これは相手が死亡していたりしない限りありえない。あと一つの可能性としては、偽皇帝のような存在か?


「どうも、良くわからないが……このティエルローゼに現在、イーサルという人物は存在しない」

「偽名か……?」


 ハリスが良いところ突いてくる。だが……


「いや、偽名じゃないと思う。やつの名前やレベル、職業などの情報がマップ機能で見られたからね。この機能は嘘は表示されないはずだし」


 だから、表示されないわけないんだ。


「高度な隠遁術いんとんじゅつたぐいかもしれんのじゃ」

「そんなのあるの?」


 マリスも怪訝な顔ながら言う。


「多分じゃがな。ケントはドラゴンを大マップで検索できるかや?」


 俺はマリスに言われた通り検索してみる。幾つかピンが立つのでクリックしてみると、大抵はレベル一〇~一五程度の下級の幼竜だった。古代竜や中級、上級の成竜は引っかからない。ティエルローゼはドラゴンが殆どいないのか? いや、あの山の……トリシアの腕を噛み切ったというドラゴンも検索できないわけがない。確か、名前は「グランドーラ」だっけ?

 試しに検索したけど、やっぱピンは立たないね。


「どうじゃ?」

「下級の幼竜くらいしか検索できないようだな」

「そうじゃろ? 竜は混沌勢から離脱して身を隠したのじゃ。その時に潜伏地に結界を張ったと言われておる。我も詳しくはしらんのじゃがその隠遁いんとん結界は、神々からも姿を隠すことが可能だそうじゃぞ」


 なるほど。そういう技が存在するとなると、そのたぐいの可能性はあるな。しかし、一〇レベルの剣士ソードマスターがそんな事出来るのか? どこかの遺跡で古代の魔法道具を手に入れたとかいう可能性も否定はできないけど。


「そんな人物がいるのなら、私も手合わせしたいぜ」


 バシーンと手を打ち合わせるアナベルがいた。


「え? アナベル……?」

「私は戦士ウォリアーダイアナだ。神官プリーストアナベルは寝ているぜ」


 えー。マジ、ダイアナ・モードかよ。というか、そこ性格ごとに職業別々なの? 神官戦士プリースト・ウォリアーって一個の職業でしょ。

 頭がこんがらがる。


「で、なんでダイアナが出てきたんだよ」

「ん? 戦闘の匂いがしたら私の出番なんだよ。その剣士ソードマスターと戦えば良い修行になりそうじゃねぇか」

「いやー、多分、ダイアナ・モードでも勝てないんじゃないかなぁ」

「そんなにか?」

「俺が勝てないもん。レベル七二で手も足も出ないなんてな……」


 ダイアナが目を見開く。


「あ、ゴメン。これ秘密だった。マジ、忘れて」

「今は忘れておいてやる。後で手合わせしてくれよ」

「機会があったら……」

「機会はあるもんじゃない。作るもんだ。忘れるなよ」


 それだけ言うと、ダイアナの気配は消え、ニコニコのアナベルが戻ってきた。この子も厄介な体質だね。頼もしい気もするけど。


「それで、ケント。どうするつもりだ?」

「明日、探してみるよ。一応、また会う約束をしたからね」

「ほう……」

「ふむ……」


 トリシアとマリスが首肯し納得顔になる。あ、こいつら付いてくる気だな。まあ、俺に勝てるヤツだし興味をかれるのは理解できる。


 あっちの方が強いし、チームを抜けるとか言うかもしれないな。まあ、それはそれで仕方ない。戦力は下がるが、なんとかなるだろうし。


 でも、付いてこられるのも問題かな。『人避け』とかいうのやってたし、ヤツは人に見られたがらない可能性が高いよね。俺一人で行くべきなんだけどな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る