第11章 ── 第19話
宿に戻った俺は、仲間たちと別れて街を散策することにした。気分転換だ。
市場をうろついて珍しい食材なんかを探す。
この衛星都市リムルは、アドリアーナと比べれば、商品の種類も少なく、質も鮮度もあまり良いとは言えないようだ。貿易都市と比べたら可哀想な気もするけど、買う側としてそこは気になるよね。
俺はいくつか精肉と野菜類を補充する程度に買い付け、街をぐるりと歩いてみた。
大きくないと言っても、トリエンに比べれば倍以上大きい都市なので、流石に途中で休憩のため、見つけた公園のベンチに座って水分補給をする。
こうやって公園のベンチから帝国の街並みを眺めてみて、さほど王国の都市と変わらないと思う。偽皇帝によって何か圧政が敷かれているわけでもないようだし、街の人々も不幸に見えない。魔族は帝国に潜り込んで、いったい何をしているのだろうか?
大マップ画面を開いて『魔族』とキーワードを入力して検索してみる。
やはりマップ上にピンは立たない。一度目視なり確認なりが必要なのかもしれないなぁ。
帝国の国土を拡大したり縮小したりして眺めていた時だ。
「よう。若いの。暇をしているようだな」
俺は突然声をかけられて声の方へ顔を向けた。
そこに居たのは黒いマントに
「俺に何か用?」
「若いのが暇そうにしていたんで、ちょっと揉んでやろうかと思ってな」
その男は顎の無精髭を撫でながらニヤリと笑う。
俺も見た目は冒険者だし、初めて見る同業者を見て腕を見ようってことかな?
「何で俺に?」
「若いの。お前、銀の馬に乗っていたな。それと、隻腕のエルフを従えている」
どこかで俺たちを見たのか?
「あの、エルフを従えているんだ。お前は、かなりの腕だろう? 是非一手指南をとな」
そのエルフがトリ・エンティルとは知らないんだろうけど、エルフの冒険者は珍しいし、エルフたちは皆かなり腕が立つからね。そこから俺の腕を判断したらしい。
「俺はイーサル。
そう言うと、イーサルと名乗る
こんな町中で剣を抜くとは……衛兵がすっとんでくるぞ?
俺は周囲を見回す。おかしい。人影が全くない。さっきまでの喧騒すら聞こえてこない。
「どうした? 剣を抜かないのか?」
イーサルは俺に剣を突きつけながら言う。
「ちょ、ちょっと待て。周囲の様子がおかしい」
「ああ、気にするな。今は人避けをしている」
俺はイーサルの言葉に一瞬思考が止まった。
人避け? つまり、今、周囲に人の気配がしないのは、この男の仕業なのか? 魔法道具か何かの効果なのか?
動き出した思考がグルグルと回る。
この男の挑戦を受けなければ、そのあたりの答えも引き出せないかもしれないな。仕方ないな。少々相手をしてやるしかないか。
俺は剣の柄に手を掛ける。
「怪我をしても知らないよ?」
「ふふ、大した自信だ」
この男も相当自信があるようだ。俺は開いていた大マップ画面で、男を示す白い光点をクリックしてみる。白だから敵ではないと思うが、念の為だ。
『イーサル・ボレソール
職業:
レベル:一〇
危険度:不明
謎の剣士。経歴、年齢、一切不明』
危険度が不明なのは良くわからないが、レベル一〇程度ではよほど手加減をしないと一撃で死んでしまいそうだ。
俺は静かに剣を抜き、刀身を反転させる。峰打ちじゃないとマジで殺しかねないからね。
それを見たイーサルが笑う。
「はは。お優しいことだ。だが、俺に勝てるかな?」
そう言いつつも、イーサルは切り込んでこない。口だけか?
俺は剣を構えて静かに間合いを詰める。
その途端、俺の背中をチリチリとした感覚が襲う。
俺は進めていた足を止める。
「ほう。やるな。危険感知スキルか?」
「何かするつもりだったようだね?」
イーサルがニヤリと笑う。
「では、少々本気でやるか」
イーサルが軽口を叩いた瞬間、俺の周囲の空気が凝固したように感じた。途端に俺は嫌な汗をかき始める。
な、なんだこれは……
ジリジリとイーサルが
俺は動こうとするが、足が動かない。
なんだ……? 麻痺の呪文か?
俺の口の中がどんどん乾き、カラカラになってくる。
イーサルとの間合いが詰まった。
その瞬間、猛烈なスピートで両手用の曲剣が襲いかかってきた。その曲剣はさっき見た曲剣とは違い遥かに巨大なものに見えた。
俺は全く動けないまま、その曲剣を見つめるばかりだった。
死んだな。
俺は死を覚悟した。曲剣の
目を閉じて死ぬ瞬間を待った。しかし、衝撃も痛みも襲ってこなかった。
俺は恐る恐る目を開ける。
イーサルは曲剣を肩に担ぎ、その刃をピタピタと肩の上で上下させていた。
「なんだ。こんなものか。若いの、まだまだだな」
ふと、気づく。俺の身体は元の様に動くようだ。
「いったい何をしたんだ……?」
俺は自分の身体に何が起きたのか知りたかった。
「ん? 初歩的な戦闘技術だぞ? 若いの、対人戦闘は初心者か?」
イーサルは俺の座っていたベンチに腰を掛けると、面白いものを見るような目を俺に向けてくる。
「
「ふん、そうだろうな。対人はただレベルが高ければ良いわけじゃない。職業レベルをいかに上げても勝つことは出来ない。もちろんスキル・レベルが高いだけでもな」
この男は対人戦、俗に言うPvPの腕が高い人物に違いない。
「いいか、若いの。レベルとスキル、そしてその身体を自由に動かせる腕がなければ、真に最強にはなれない」
この男は一体何者なんだろうか?
「全てを使いこなせる技量がなければ、俺に勝つ事は出来ない。例え、お前がオールラウンダーであってもな」
何だって……!? 俺の……ユニーク・スキルを知っている……だと?
「貴方は一体……」
イーサルと名乗った男は、ベンチから立ち上がると曲剣を背の鞘に納めた。
「俺は旅の剣士さ。今、そういう事になっている。お前に興味が湧いたんでな。ちょいと足を伸ばしただけだ」
顎髭をピッと一本引き抜くような仕草をしつつ、男は歩き出した。
「また、明日ここで会おう。お前は鍛え甲斐がある。久々に楽しめそうだ」
イーサルは片手を上げて
一人残された俺はベンチにへたり込む。
あの男は一体何なんだろう? 俺は腐ってもレベル七二だ。その俺が訳もわからない状態で負けた。それに俺のユニーク・スキル『オールラウンダー』のことを知っていた。
ここで解ることは、あいつはこのティエルローゼの人間じゃないということだ。オールラウンダーはドーンヴァースで唯一、俺のみが持つユニーク・スキルだ。その正体を知っているとしたら……
プレイヤー。
俺の脳裏にその言葉が浮かび上がってきた。
魔神と呼ばれた『シンノスケ』、そして『タクヤ』。邪神を倒したと言われる『アースラ・ベルセリオス』、そして俺。ティエルローゼに転生してきたドーンヴァースのプレイヤーは、俺の知る限りこの四人だ。そのうち三人は既にこの世に居ない。
ということは、新たなプレイヤーが転生してきたのだろうか?
四度あったことだ。考えられない訳じゃない。
しかし……レベル一〇程度で俺を圧倒できるようなプレイヤーがいるだろうか?
以前に、一〇レベルの差があれば二〇倍も戦闘力が違うという話をしたが、一〇レベルと七二レベルでは勝負になどなるはずがないんだ。
イーサルの正体を知るためには、明日、もう一度ここに足を運ぶべきだろう。彼は俺が来ないとは思っていないだろうし、もちろん俺も足を運ぶつもりだ。
彼は俺を鍛えると言っている。俺自身も、強くなることには興味があるし、あの技……技と言っていいのか解らないが、俺の身体を麻痺させたアレの正体は知りたい。
俺は宿にフラフラとした足取りで戻った。さっきの事が頭の中をグルグル回っている状態で、どんな道順で帰ってきたのかもあまり記憶にない。
宿の従業員におかえりなさいと挨拶をされたが、俺は無言で部屋に戻った。
「ケント……どうした……?」
俺の只ならぬ様子に、ハリスが心配して声をかけてくる。
「い、いや。流れの剣士に街で手合わせを求められてね……」
「どうだった……?」
「負けた」
俺はベッドにドカリと座り、肩を落とした。
「なん……だと……?」
ハリスが驚愕している。
「そ……そんなバカな……」
「事実だ。手も足も出なかった」
ハリスは言葉もなく、俺を見つめるばかりだった。
やつが新たな転生プレイヤーである確率は高い。その正体を確かめるためにも、明日、あの場所へ向かおう。
そして、次こそ、あの技を破らねば……
負けっぱなしは性に合わない。ドラゴンに敗れた時と同じだ。必ずリベンジしなくてはならない。
俺の目は決意に燃えた。
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