第11章 ── 第18話

 昼前に帝都の衛星都市リムルに到着した。


 ジルベルトさんの馬車と一緒だったのでスルーパスだった。かなりアバウトだね。まさか帝都近辺まで敵国の貴族が来てるとも思ってないのかもしれないな。


 リムルの東門から入ったわけだが、門付近は馬車屋が多いね。見ただけで六軒もあった。ここから帝都までは馬車で急げば三時間程度だからだろう。

 それと都市内も辻馬車ビジネスが多いようだ。市民たちも手軽に利用できるのはいいな。

 トリエンだと殆どは徒歩だもんね。


 交通手段が発達しているのは色々な恩恵がある。これは現実世界でもそうだろう。

 アメリカがポニー・エクスプレスを整備したのが一八六〇年だ。郵便速達システムで東海岸と西海岸の通信事情が劇的に改善され、南北戦争の行く末を決める要因になったとも言われている。

 そういった意味でも交通手段の確立は国を富ますだけでなく国防の面でも有効なのではないか。トリエンと王都間を結ぶ交通手段を考える必要があるかも知れないな。ついでに同盟国とも結べれば完璧だ。

 だが、俺としては王国のギルドが設置している魔法道具『双方向映像音声通信システム(俺さま命名)』の方が有効な気もする。しかし、これは行政など、限られたものだけが使用できる高価なシステムになってしまうと思う。

 やはり庶民が利用できるような安価な交通システムは必須かもしれないね。



 リムルに入ってから、商人たちが宿泊するという宿に俺たちも泊まることにする。ジルベルトさんは別の宿だ。別れる際にかなりしまれた。だから、帝都でまた会う約束をしておいた。


 今回泊まる宿は安宿ではないが、高級とも言えない。まあ商人御用達って感じの中級くらいかな? 周囲は治安が悪くないし、馬車などを置ける中庭が広く取られているのが特徴だね。


 宿に落ち着いてから、大マップ画面で帝国軍の動向を確認する。


 現在、帝都の南から東側に掛けての街道の封鎖を最優先に動いているようだ。デニッセルは今、南の大都市ルシアーナと帝都の間を封鎖している帝国軍の中にいる。大都市との街道から封鎖していくつもりのようだ。


──コンコン


 扉がノックされたので、ハリスが扉に向かう。


 ノックしてきたのは商人たちで、ハリスが部屋の中に商人たちを入れた。


「貴族さま、これから冒険者組合に行こうと思っております。ご同道願えますでしょうか?」


 ああ、事後依頼の件だな。


「了解です。宿屋の入り口で待っててくれます?」

かしこまりました。お待ちします」


 俺はハリス、マリス、トリシア、アナベルを連れて宿の入口に向かう。

 アナベルは「ガーディアン・オブ・オーダー」に登録していないが、連れて行かないのは問題だろう。彼女も冒険者カード持ってたし。


 商人たちに連れて行かれた冒険者組合はアドリアーナよりもこぢんまりしていた。帝都の衛星都市と聞いているから、帝都の方に客も冒険者も取られているのかもしれない。


 中に入ると、三人ほどの冒険者が掲示板と睨めっこしている。

 受付には小さい子供がいた。


「いらっしゃいませー! 依頼ですか!? それとも冒険者登録ですか!?」


 受付の前に立った商人にまくし立てるように言う受付の子。


「依頼の事後申請なんですが……」

「あ! はい! ではこちらへ!」


 商人とともに応接室らしいのだが小さな部屋に俺たちは通される。この部屋に九人は狭すぎますぞ、受付さん。


「せ、狭いのじゃ……」


 ぎゅうぎゅうと押されてマリスが満員電車の子供状態で不憫ふびんだ。


「入りきれませんね……」


 受付の子がシュンとしてしまう。


「まず、事後依頼の申請を商人さんたちに終わらせてもらって、俺らの手続きはその後でいいんじゃないか?」


 俺がそう提案する。受付の子は、パッと顔が明るくなる。


「そ、そうですね! では、そのようにして頂けますか!?」


 俺と仲間たちは受付あたりまで戻る。


「子供じゃったな」

「いや、マリス。あれはブラウニーだ」


 マリスの言葉にトリシアが応える。

 ああ、やっぱりそうだったのか。ギルドの受付に子供ってのもオカシイと思ったんだ。レプラコーンかブラウニーあたりじゃないかと俺も考えていた。


 しばらく待つと商人たちが出てきた。


「次に冒険者のみなさん、どうぞ!」


 受付のブラウニーが応接室から顔だけ出して俺たちを呼んでいる。


 応接室に全員で入ると、やはり狭い。それでも入れないほどではないので俺はマリスを膝に載せて奥に詰める。マリスは俺の膝の上でご満悦だ。


「それでは、事後依頼の処理をさせて頂きます! 冒険者カードをお願いします!」


 俺たちは冒険者カードをテーブルに並べていく。


 シルバー、プラチナ、オリハルコン、プラチナ、シルバーと五枚の冒険者カードが並べられた。

 並べられていくカードの素材を見て、ブラウニーの顔がどんどん青ざめていく。



「プラチナ……オリハルコン!?」


 やっぱりトリシアのところで固まった。予想通りだ。

 それでもブラウニーは気丈にもカードを確認していく。


 一枚目のシルバー、アナベルのカードで目が見開かれる。


「きょ、狂戦士ダイアナ・エレン!?」

「いえ~、アナベル・エレンなのですよ?」

「あ、いや、その……」


 ブラウニーは汗だくだが、苦笑いで誤魔化している。


「こちらは……プラチナ……え!? ワ、ワイバーン・スレイヤー!?」


 あ、そこも驚くポイントなんだっけ。

 ハリスが居心地が悪そうに小さく身じろぎする。


「つ、次は……ト、ト、ト、トリ・エンティル!?」


 まあ、そうなるのはいつものことだな。オリハルコンのエルフってところで気付けよとも思うが。


 「こっちは……こっちもワイバーン・スレイヤー!」


 このブラウニー驚きすぎだよね。


 最後のマリスのシルバー・カードを見て、ブラウニーは少々安心した顔になる。


「こちらはマリストリアさんですね。良かった……これは普通だ……」


 後半は囁くような声だったので皆には聞こえなかったようだが、俺の聞き耳スキルは拾ってきてる。


「そ、それでは事後依頼で申請されたクエストですが、護衛依頼で宜しいですね?」


 なんとか心を穏やかを装うブラウニーが手続きを進める。


「そうです。それで問題ありません」

「了解しました! 報酬として金貨五枚を預かっています! こちらが報酬です!」


 小さな革袋が俺たちの前に置かれた。


 その後、依頼完了の手続き、アナベルの「ガーディアン・オブ・オーダー」への加入手続きを済ませてブラウニーと俺たちは応接室から出た。



 商人たちが、さっき掲示板と睨めっこしていた冒険者たちと話をしている。

 俺たちが出てくると、冒険者たちがクルリと俺たちを見た。


「おぉ、あれが銀の馬と銀の狼を従える冒険者チームの……」

「そうなんですよ。まさに英雄と呼べる方たちで……」

「ほら、あそこの小さい鎧の子。あの子は凄いですよ! 電光石火とはまさにあの子のことです」

「あちらの神官プリーストさまも凄い方でした!」


 どうも商人たちが冒険者に俺たちの事を触れ回っているようだ。


 帝国の冒険者たちはキラキラした目で俺たちを見つめてくる。微妙に居心地が悪い。


「こらこら、君たち。この方たちはね。王国から遥々帝国までやって来てくれたトリ・エンティルさま御一行だよ。失礼のないように!」


 ブラウニーがそういった瞬間、冒険者たちがカチーンと緊張で固まる。


「ト、ト、ト、ト……」

「トリ……」


 緊張で舌が回っていないのか、ニワトリに餌でもやってる爺さんみたいな変な感じになってるな。


「なんだ? トリ・エンティルが珍しいか?」


 ずいとトリシアが前に出る。


「はっ!? トリ・エンティルさま!」


 冒険者たちがペコペコとトリシアに頭を下げはじめる。


「こら、そこのブラウニー! 私のチームじゃない。私はチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』の一員にしか過ぎない。チーム・リーダーはケントだ。そこを間違うな!」

「え!? スミマセン! ということは、こちらの緑の……」

「そうなのじゃ。ケントが我らのリーダーじゃぞ。トリシアもケントの前では形無しじゃからな」


 クフフと言った感じでマリスが笑う。君もトリシアに憧れて冒険者になったはずなのにね。最近は食いしん坊チームの仲良しメンバーだよね。


 ふと見ると、冒険者たちだけでなく、受付のブラウニーも商人たちまでもが俺にキラキラとした感じの視線を向けてきていた。


「あ、えーと……たまたまだよ。たまたま」


 俺は顔を背けつつも手をヒラヒラと振る。


「照れておるのじゃ。ケントは照れ屋さんじゃからのー」

「うむ。私が部下になった以上は慣れるべきだな」

「照れるケントさんも可愛いのです」


 女性陣が俺をからかうように言いたい放題だ。


「さて、用事は終わったんだし、もう帰るよ!」


 俺は少々ねた感じを出しつつ、冒険者組合の扉を押し開けた。

 全く、毎回こんな感じで困ったもんだな。

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